第14話:甘党にとってブラックコーヒーは泥水
翌日、体調は良くなったけど正直仕事には行きたくなかった。だけど家に居てもラヴィーナに心配掛けるだけだし、仕事をサボるのは良くないよね。甘ったれても仕方ない。
その日の朝には珍しくヒヨが私の家に訪れていた。
「ヒヨ、おはよ」
「おはようございます、サーイェ。体調はどうですか?」
「すっかり大丈夫だよ。ルーカス隊長とラヴィーナのおかげかな」
ちらりとラヴィーナの方を見ると、ラヴィーナがはにかんでいた。
「本当に」
ラヴィーナが居なかったら、鬱と熱であのまま野垂れ死んでたかも。
ヒヨに微笑んだら、ヒヨもはにかんでいた。
萌え!!朝から萌え萌え兄弟が見れるなんて怪我の功名だね!
「僕がここに来たのは、サーイェの様子見と、ガイシス団長からの伝言を伝えにきました」
「ガイシス団長から?」
「はい。今日も体が辛いようなら仕事を休んで良いそうです」
「あー‥そっか」
ガイシス団長にも心配掛けてたんだね、申し訳ない。
「大丈夫、行くよ」
「…本当に大丈夫ですか?」
「うん」
「分かりました。ではそう伝えておきます」
「うん、わざわざありがとね」
「いえ、くれぐれも無理はしないで下さいね?」
ヒヨが心配そうに顔を覗き込んで来たので、顔がにやけた。もーこの男の娘め!可愛すぎるんだコノヤロー!
「サーイェ?」
「ん?ああ、無理しないから心配しないで!」
「分かりました。ではまた後で会いましょう」
「うん!バイバーイ」
ヒヨが家から出て行きルンルン気分で家の中に戻った。良いもの見れた!目福だなぁー!
「ずいぶんご機嫌ですね?」
「うん!ヒヨの可愛い顔が見れたからね!」
「お兄さまが可愛いんですか?」
「うん!もちろんラヴィーナもすっごい可愛いよ!」
「…ありがとうございます」
顔を赤らめはにかむラヴィーナは天使だった。ラヴィーナの周りに花が咲いてるように見えるよ!よーし、今日は頑張るぞいっと!
いつもと同じ様に仕事場に向かうと、行く先々ですれ違う騎士達に心配された。
「サーイェ大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「食中りなんだってな」
「え?…ええ、そうです」
「俺達がやたら食べ物をあげるからなったのかもしれないな。ごめんな?」
「いやいや、そんなこと無いです!お菓子貰えて嬉しかったですし」
「これからはサーイェのお菓子制度も見直さなくちゃな」
「…ありがとうございます」
そんな制度あったんだね。まぁいいや。貰う側が文句言っちゃいけないよ。
「失礼します」
休んだ事を謝りに団長室に入ると、何故か隊長達が揃っていた。
「お、サーイェ!」
「サーイェおはよう」
「おはよう」
「ん」
順にマーリンド、ロイス副団長、ガイシス団長、ルーカス隊長が挨拶してくれた。
「おはようございます、皆さん」
「調子はどう?」
「大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「ううん、気にしないで」
ロイス副団長がふわりと優しく笑ったので、私は少し安心した。
「今回の事件は災難だったな」
「そうですね…。まさかチョコにあんなものが仕込まれてるとは思いませんでした」
「普通は思わないさ」
「ですよねー」
ガイシス団長にへへへと苦笑すると苦笑を返されてしまった。
ルーカス隊長が凭れていた壁から起き上がると、私に謝罪した。
「今回の件は俺の責任だ。悪かった」
「いえ、ルーカス隊長も知らなかったですし、悪いのはチョコくれた人って事で」
「…そうだな」
意外とあっさり引き下がったな!
「ところで犯人はどうなったんですか?」
「その日の内に捕まった」
へぇ、当日に捕まえるなんて早いな。感心しているとロイス副団長が説明してくれた。
「今回の事件の犯人はバルギン卿のご令嬢、シーケス様。多分分からないよね?」
「はい。全く」
「中流貴族のつまんねぇ女」
「え?」
「マーリンド、失礼だぞ」
「ほんとの事だろ。美人だけど媚びるか見下す位しか出来ないし。大体サーイェは分かんないんだからこっちのがシンプルで分かりやすいだろ。な?」
「え?まあ…そうだね」
「サーイェ…」
「すみません」
だって分かりやすいんだもん。ロイス副団長は溜め息を吐き、マーリンドはどや顔、ルーカス隊長は鼻で笑い、ガイシス団長苦笑いした。
「けどさ、何でわざわざ媚薬なんか入れたんだ?」
あ、媚薬だって知ってたんだ。なんかショック…。
「恐らくルーカスの気を引きたかったんだろうね」
「ていうと?」
「『また会いに来て』って事だよ」
ロイス副団長は苦笑するとルーカス隊長を見た。しかしルーカス隊長は知らん顔をしている。
「どうしていつも貰わないのに、今回は貰ったんだ?」
「気分」
「気分って…それなら自分で食べれば良かったじゃないか。どうして食べなかったんだ?」
「気分」
何でも気分で済ませるつもりか?確か私のために貰ってきたとか言ってたような…。ロイス副団長はわざとらしいくらい大きな溜め息を吐いた。
「気分で貰うのはルーカスの自由だけど、その気もないのに貰うとその分恨まれるぞ」
「体験談か?」
「違う!」
「まぁまぁ…。それよりルーカス隊長は何も無かったんですか?」
ルーカス隊長の冗談にムキになって答えるロイス副団長が意外だったけど、話が進まない。こんな所で揉めないでくれ。
「ああ。犯人の供述に寄れば、チョコ一個に含まれる媚薬の量は少なく、大量に摂取しなければ軽くムラつく程度で、大して身体に問題は無いらしい」
「…じゃあ食べ過ぎた私がいけないんですね」
「それもある」
「全く、お前が知らない奴から菓子を貰ってバクバク食ってるのがいけないんだからな!太るぞ!」
「え、ああ‥うん。そだね」
マーリンドは腰に手を当て、わざとらしく怒った。言い返す言葉も無いっす。はぁ、美味しいからとかチョコに罪は無いって言って人の物を食べたから罰が当たったんだね。これからこういう類の物は絶対食べない!
「だけどさ、これってルーカス役得じゃね?」
「私がチョコ食べたから自分に被害が及ばなかったからって事?」
「そうそう。そのお陰でサーイェのエロい姿が見れたんだから一石二鳥じゃん」
「それはある」
「無いわ!」
私はマーリンドのアホな意見にルーカス隊長が頷いたのを思いっきり否定した。
「あーあ、俺が一緒にいるときに食べれば良かったのに」
「 絶 対 嫌 だ !!!如何わしい事しか考えてなさそう!」
「そりゃそうだろ。据え膳食わねば男の恥だぞ!」
「それならルーカス隊長の方がマシ…」
でもないか?実際ディープキスされた訳だし。ついルーカス隊長の方を見ると、蠱惑的な笑みを返された。うぉー…フェロモンが流れ出てるぜ!
「…いや、ガイシス団長かロイス副団長が良かった」
「俺達か?」
「何でだよ!」
「2人の方が安全な気がするからです」
「はは、随分信頼されたな」
「そうだね。子供に手を出すのは気が引けるよ」
「ですよね!!」
「実際は見てみるとどうなるか分からないぞ」
「え…?」
「煽るな!!」
「いーなーいーなー!俺も見たい!」
「もういい加減してよ!」
思い出したくもない事を何時までもいじくるなっつーの!!
私は怒りと恥で顔を真っ赤にしながらマーリンドを睨んだ。その姿を見てガイシス団長がようやく止めに入ってくれた。
「マーリンド、これ以上言うのはサーイェが可哀相だから止めるんだ」
「ガイシス団長の言う通りだよ!」
「だって見たいんだもーん」
このクソガキ…!お前は小学生か!!『だもーん』って言っても何っにも可愛くないからね!?むしろムカつくから!!
文句を押し殺していると、ガイシス団長が大きな溜め息を吐いた。
「大体見たところでどうするんだ?マーリンドじゃ解毒出来ないだろ」
「そうだけど見たい」
「見んな!」
「サーイェも落ち着いて…」
ロイス副団長がどうどう、と言ったように私を宥めた。
「何も出来ないなら居ても迷惑なだけだよ!」
「何だと!?」
マーリンドはいつものように私の頭をぐしゃぐしゃしようとしたんだと思う。だけど私はマーリンドが手を伸ばしたとき、一昨日の出来事がフラッシュバックした。
押さえつけられた体。
這い回る手。
揺れる赤髪。
何も写さない瞳。
汚されたピアス。
逃げられない。抵抗は、無意味。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!
「嫌っ!!」
「痛てっ!!!」
私は叫んで思いっきりマーリンドの手を叩いた。昨日の事を思い出して息が荒くなった。あの時自分で何も出来なかった恐ろしさと悔しさが込み上げてくる。
「…サーイェ?」
ガイシス団長に名前を呼ばれて我に返った。
「ごっごめんマーリンド!」
「え、あぁ。俺は大丈夫だけど…」
「大丈夫か?」
「はい、すみません…」
「何かあったのか?」
「いえ…無いです。ごめんなさい」
「いや、謝る必要は無いが…。腕が痛むのか?」
「え?」
気が付けば私は自分の左腕を力一杯握り締めていた。言われてから腕に痛みを感じ始めた。
…駄目だな。精神的に辛くなるとつい左腕を傷付ける癖が治らない。いや、治す気がないのかな。
私は小さく溜め息を吐くと、じんじんと痛む腕から手を放した。
「大丈夫です」
「…そうか」
ガイシス団長は少し困ったようにしていると、バツが悪そうにマーリンドが謝った。
「悪い、サーイェ。そんなに嫌がるとは思ってなかったって言うか…」
「違う、マーリンドが悪いんじゃないの。私が悪いから…」
一昨日の事を思い出してすごく失礼な事をしてしまった。
マーリンドは、オズじゃないのに。
「…もしかして俺のせいか?」
ルーカス隊長が難しい顔をして私を見つめた。
「俺のせいで男が怖くなったのか?」
「いいえ違います!ほら!」
私は隣にいたガイシス団長の手を握り、努めて明るく話した。
「ちゃんと触れるし男性恐怖症って事はないです。大丈夫ですから心配しないで下さい!」
「じゃあ何故そこまで過敏に反応するんだ?」
「それは…」
みんなが心配そうに見守る中、私は何も言えなかった。オズに襲われたなんて言える訳ない。言いたくないし、思い出したくない。
ぎりっと歯を食いしばり拳に力を入れると、左手が優しく握り返された。ガイシス団長だ。ああ、さっきから握ったままだった事を忘れていた。
「ご、ごめんなさい…」
慌てて手を放そうとしたが、ガイシス団長は私の手を放さなかった。
顔を見上げると、ガイシス団長は無意識のうちに左腕を握ろうとしていた私の右手も取り、私の両手を自分の両手で優しく包んだ。
「サーイェ」
ガイシス団長は私の名を呼ぶと、私の前にしゃがんで顔を見上げた。
「無理しなくていいんだ。俺達はサーイェを責めているんじゃない。辛い思いをしていないか心配なんだ」
「……」
「言うのが辛いなら言わなくていい。だけど他に辛いことがあって、俺達に出来ることがあるなら言って欲しい」
ガイシス団長の真っ直ぐな視線が、それが本気だと言うことがひしひしと伝わってくる。
顔を見つめると優しい笑顔を返してくれた。この優しさは嬉しいけど、まだ言うことが出来ない自分が嫌になる。
「言いたくなったら…言います」
「ああ、分かった」
ガイシス団長は爽やかに微笑むと立ち上がった。
「じゃあ、今日はもう休むんだ」
「もう大丈夫です」
「けど俺達が心配なんだ。腕も痛むようだし、もう少し元気になったら仕事に来てくれ」
「…はい」
「よし、いい子だ」
いつものように私の頭をぽんぽんすると優しく撫でた。子供扱いは嫌だけど、ガイシス団長がやると落ち着くというか安心する。…このままずっと撫でて貰いたい。
その暖かさに浸っていると、すっと手が離れていった。
「お前達も各仕事に行ってくれ」
「ああ」
「分かった」
「じゃあ解散」
ルーカス隊長以外が返事をすると解散し、私はガイシス団長の指示通り家に帰った。
「ただいまー」
「サーイェ?」
ラヴィーナの返事をするとパタパタと玄関まで迎えに来た。
「おかえりなさい。今日は早いですね。何かあったんですか?」
「うん、ちょっとね。今日はもういいから元気になったら仕事に来いだってさ」
「まあ、そうなんですか…。まだ辛いならゆっくり休んで下さい」
「うん、ありがと」
心配してくれるラヴィーナを見ると、私はラヴィーナにぎゅっと抱き付いた。
「サーイェ?どうしたのですか?」
「んー、何となく」
「何となくですか?」
「うん、何となく」
私の適当な理由にラヴィーナはくすりと笑った。
「今日のサーイェは甘えん坊さんですね」
「うん。…だめ?」
「いえ!全然だめじゃないです。むしろサーイェがラヴィーナを頼ってくれて嬉しいです!」
「ラヴィーナ…」
「ラヴィーナで良ければどんどん甘えて下さい!」
「うん、ありがと」
ラヴィーナも私をぎゅっと抱き締めてくれで互いに抱きしめあった。
何だかレズみたいだな。女の子はソフトレズが多いって聞いたけどほんとなのかな?けど可愛い子がいたらいちゃつきたくなるよね。ラヴィーナ可愛い。やわらかい。いい匂い。男だったら絶対嫁にする!娘だったら絶対嫁に出さない!!
「…ラヴィーナ」
「はい?」
「恋人が出来たら言ってね」
「え?!どっどうしたのですか急に!?」
「ラヴィーナに相応しいか吟味するから」
「そ、そうなんですか?」
「うん。変な奴だったら二度とラヴィーナに近付かないようにさせるから」
ラヴィーナが欲しけりゃ俺の屍を越えていけ!だね。
「そうですか。えっと‥ありがとうございます?」
「うん!どういたしまして!」
ラヴィーナはよく分からないままお礼を言った。ラヴィーナに抱き付いたおかげで元気が出た。
私は次の日も仕事を休んだ。あれだけ心配されてるのに、次の日に平気ですって言ってもまだ無理をしてるんじゃないかと思われそうで、仕事に行きにくかった。
その日はラヴィーナと一緒にお菓子を作った。最近忙しい事続きだったから、こういう休日っぽい事がすごく平和に感じる。良き事だ。
しかしその夜、珍しい事にザビーが我が家に訪れるという連絡が入った。…嫌な予感しかしない。
「夜分に失礼する」
「いえ、構いません。ご足労ありがとうございます。どうぞお上がり下さい」
ラヴィーナはいつもの仏頂面でやってきたザビーをリビングに通した。
「お久しぶりです」
「……」
返事無しかよ!!会話はキャッチボールなんだぞ!気まずい雰囲気を払拭しようとラヴィーナがザビーに声を掛けた。
「あの、ザビロニス様!コーヒーと紅茶、どちらがお好みでしょうか?」
「コーヒーを頼む」
「かしこまりました!すぐにお持ちします!」
ラヴィーナがそそくさと出て行くと再び沈黙が訪れる。
「…このまま立ってるのも何なので、どうぞ座って下さい」
「……」
ザビーにソファを薦めると、返事をせず黙ってソファに座った。何だか態度悪いなあ。
「今日はどうされたんですか?」
「……」
「ザビーが家に来るなんて初めてですね」
「……」
だから返事してよ!これじゃただの独り言じゃないか!つぶやきはツイッ●ーで十分だよ!
「お忙しいのにご苦労様です」
「全くだ」
ムカつくなう!即答すんな!私だって社交辞令で言ってるだけだよ!!
ツッコミたいのを我慢していると、ラヴィーナがコーヒーを持ってきてくれた。
「どうぞ」
「すまない」
「いえ、熱いのでお気をつけ下さい」
「ああ。有り難う」
ん?ラヴィーナにはちゃんとお礼も言うんだね。何だ、私が可愛くないからか!確かにラヴィーナは天使だよ!だけどあんたにラヴィーナはあげないんだからね!!
「サーイェもどうぞ。コーヒーミルクです。蜂蜜もたっぷり入れておきました」
「わーいありがとー!」
「どういたしまして」
ラヴィーナが柔らかく微笑んだ。わー!ふわふわのエフェクトが見えるよ!まるで少女漫画のようだね!ラヴィーナで癒されているとザビーの馬鹿にしたような目で私とコーヒーミルクを見た。
『こいつコーヒーも飲めないんだな』って言ってるのがよく伝わってくる。悪かったね!苦くて食べられるのはビターチョコくらいだよ!
「君、席を外してくれ」
「はい、かしこまりました」
「…ラヴィーナ行っちゃうの?」
「はい。何か御用があればお呼び下さい。では失礼いたします」
ラヴィーナはぺこりと頭を下げると静かに部屋を出て行ってしまった。うわーん!ザビーと2人っきりなんて嫌だよー!
ラヴィーナを名残惜しく思いながらも、私は姿勢を正してザビーを見た。
「あの、御用件の方は何ですか?」
「単刀直入に聞く。一昨日何があった?」
「…何がというと?」
「陛下がお前の元へ来られたであろう」
「来ましたけど…」
「その時の事を聞いている」
「……」
何て言えばいいんだろう。言いたくない。思い出すだけで気持ち悪い。
「オズは‥陛下は何も言ってないんですか?」
「尋ねても何も答えない」
「そう、ですか…」
「陛下に何をしたんだ。答えろ」
「…どういう意味ですか?」
まるで私が悪いみたいじゃないか。私は何も悪いことなんてしてない。
「あの日以降、陛下の様子がおかしい」
「というと?」
「口数も少なく食事をまともに取らず、集中力が低い。そして陛下は認めないが、身体を痛めているようだ」
「……」
それは私がキレたときに飛ばしたせいかな。けどそれって自業自得だと思う。当然の報いだよ。
「このままではそのうち執務にも支障を来すであろう。その前に原因を把握したい。何があったのか話せ」
「…陛下が何も言わないなら。私も話す事は何もありません」
「何だと?」
ザビーは微かに眉を動かした。
「陛下が話さないなら話す必要がないって事なのでは無いのでしょうか?」
「ならば何故お前と会った日から様子がおかしいのだ?」
「…陛下がどうなろうと私には関係ありません」
私の言葉に周りの空気が重くなり、ザビーはカップをテーブルを置いた。
「ふざけるな。陛下はこの国にとって掛け替えのない存在だ。お前とは違う」
「…そうですね、陛下は私と違ってこの国で、この世界には必要不可欠な王様ですから」
だけど…
「だけど、王様だったら何をしても良いんですか?」
私は気持ちを落ち着けるために左腕を掴んだ。
「私は陛下に強姦されそうになりました。それって陛下が悪いんじゃないんですか?だけど王様で、権力があればそんな事をしても許されるんですか?
「落ち着け」
「それとも私がここには必要のない人間だからですか?必要のない奴なら何をされても我慢しなくちゃいけないんですか?それなら何で…」
バシャッ!
「落ち着けと言っている」
「……」
髪からコーヒーが滴っている。どうやらザビーは私にコーヒーを掛けたようだった。
幸いコーヒーは冷えていたので、火傷をする事はなかった。ザビーを見ると、再びカップをテーブルに置いた。
「私が聞いているのは何が3日前に何が起きたのかだ。お前の気持ちなど私には関係無い」
「…っ!」
ザビーの鋭い視線が私を貫いた。確かにザビーは関係無い。私はこんな奴に何を話しているんだろう。分かってくれるはずなんかないのに。慰めて欲しかったのか?…馬鹿みたい。
自己嫌悪に陥ってると、ザビーの軽い溜め息が聞こえた。
「それで強姦されそうになったのは分かった。身体を痛めたのはお前が抵抗したからということか?」
「…はい」
「そうか」
私の返事を聞くと、ザビーは立ち上がった。
「それだけ聞ければ十分だ」
ザビーは礼も謝罪も言う訳もなく、立ち上がると部屋を出ようとしたが、ふと立ち止まった。
「陛下の名誉のために言っておくが、陛下が本当に権力主義者なら、貴様の事を気に病む事などしないだろう」
「……」
「そして今回の様に、陛下に攻撃を与えるなど反逆罪として殺されてもおかしくはない。ハーレムに入れられる可能性だってある」
「……」
「しかし陛下のそれをせず、貴様の要望に応えて貴様の望んだ設定を使い、希望した職業に就かせ、この家に住まわせている。今の貴様の生活は陛下の優しさと慈悲で成り立っているものだ。その事を忘れるな」
「……」
静かにドアが閉まり、私は一人部屋に取り残された。
ザビーの言う通りだけど、私はすぐに返事を言えなかった。確かにザビーの言ってることは正しい。だけど、それでも許し難いと思う私はおかしいのだろうか?
「はぁ…」
私は溜め息を吐くとソファに凭れた。髪から滴って流れてきたコーヒーが口に入ってしまった。
「お゛ぇ!!」
苦ッ!!!まずっ!!!よくこんなの飲めるな!!
今までマイルドで甘いコーヒーミルクを飲んでいたので、ブラックコーヒーがひどく苦く感じた。
その後はラヴィーナが部屋に入ってきて、私の姿を見てテンパってるのを適当にあしらって部屋へ戻り、膿のような気持ちを胸に抱えながら音楽を聴いて寝た。
最近は音楽を聴かないと寝られないようになってしまった。あんまり使い過ぎると、部屋を訪れたラヴィーナにバレてしまうかもしれない。だけどそれでもやめられない自分は、自分に甘過ぎるのかもしれない。
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