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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第二章
38/57

第13話:もうぐしゃぐしゃ

「触るな!!!!」

「ぐあっ!!」


 私が叫ぶと突風が巻き起こり、オズは壁際まで吹っ飛び、壁に叩き付けられたオズはその衝撃で床に倒れた。


「う‥」


 だけど私は、オズが飛んでいったことより触られてピアスを舐められた事で頭がいっぱいだった。

 布団を剥ぎ取り急いでを拭いた。だけどそれだけじゃまだ気持ち悪くて、私は洗面所へ駆け出した。水を全身に被り、必死で舐められた箇所や触られたところを必死で擦った。


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!



 このピアスはあいつが初めて自分で稼いだお金で買ってくれた物だ。

 私が初めてあいつの前で発作を起こして以来、急によそよそしくなり付き合いも悪くなったから、私は嫌われた事を確信した。もう一緒に居られない、そう思って私もあいつに近付かないようになった。それから約一ヶ月後、あいつに呼び出され、告白されてこれをプレゼントされた。

 急によそよそしくて付き合いが悪くなったのは、バイトをしているのを隠したかったからだったらしい。

 私と付き合うのに生半可な気持ちじゃ駄目だと分かっていたあいつは、真剣に付き合いたいからそれを形にしてくれた。

 このピアスをくれた場所は、私があいつにチョコレートを渡し溝に捨てた場所で、要らないなら溝に捨ててくれ言われたけど、そんな事出来る訳無かった。


 涙が出た。

 気持ち悪くて病気持ちで面倒臭い私をこんなに愛してくれる人が現れるなんて思わなかった。

 こんなに愛してもらえる事が嬉しくて、だけど言葉に出来ない私は、あいつに抱き付いて泣いた。私が泣きやむまで優しく抱き締めてくれるあいつと、ずっと一緒に居ようと思った。



 そんな大切な物なのに、オズは…オズは!!!

 思わず力任せに耳をタオルで拭くと血が出た。


「いたい…」


 じわじわと染み出てくる血は、まるで私の心から染み出た毒のようだ。


 いっそのこと全部出ていってしまえばいい。


 私は笑みを湛えてオズに触られた場所を掻き毟った。



「サーイェ!!どうしたのですか!?」


ラヴィーナが慌てて洗面所に入ってきた。私の元に来ると私の耳から血が流しながら身体を掻き毟っているのを見て目を見開いた。



「サーイェ!!やめてください!!!」


 ラヴィーナは私に駆け寄り無理やり腕を押さえて掻き毟るのをやめさせた。


「一体何があったんですか!?」

「……」

「サーイェ…答えてください‥」

「……」


 何も答えない私にラヴィーナは悲しげに瞳を閉じ、シャワーを止めると私の傷を治そうとした。


「やめて」


「え?」


 ラヴィーナはピタリと動きを止めた。


「サーイェ?」

「私は大丈夫だから、気にしないで」

「だけどこんなに傷ついているじゃないですか!」

「放っておいて」

「サーイェ…」




 心配してくれている人に対して失礼だということはよく分かっている。だけど誰にも触って欲しくないの。

 しばらく沈黙になると、ドアの方にオズが来ていた。ドアにもたれ掛かっている所を見ると、どうやら体を痛めたようだ。

 そんな事どうでもいい。

 オズの姿を見ると、再び沸々と先程の怒りが湧き上がってきた。


「サーイェ…」


 オズはゆっくりと私に近付いてきた。


「来ないで!!」

「サーイェ…すまない。悪ふざけが過ぎた」

「悪ふざけ…?」


 その言葉にその心は一気に黒に染まった。


「…その悪ふざけのせいで、私がどれだけ嫌な思いしたと思ってんの?」

「すまない‥許せ」


 そう言ってまた私の元へ来ようとするオズに私はキレた。


「来んなって言ってんだろ!!!王様だったら何しても許されると思ってんの?!ふざけんな!!!あんたが私に触る価値なんかない!!私はあんたの物じゃない!!あんたは私を汚した!!!私は絶対に許さない!!!あんたなんか大嫌い‥死ねよ!!!もう二度と近付くな!!とっとと消えろ!!!」


 酷い言葉。だけど言わずにはいられなかった。

 憎いの。どうしようもないくらい。

 私だけじゃない。あいつも汚されたんだ。

許せる訳ないじゃない。



「お願いだから出て行ってよ…これ以上言わせないで…!」


 それが悔しくて辛くて、私はしゃがみ込み、蹲ってこれ以上何も言わないために左の二の腕に爪を立てた。自分を痛めつけなければ自分を抑えられなかった。


「…分かった」


 オズの落ち着いた返事聞こえた。蹲っていたからその表情は分からない。


「サーイェ、すまなかった」


 ぽつりと静かに謝ると、オズは部屋を出て行った。そして心配そうにラヴィーナが私を呼んだ。


「サーイェ…」

「ごめん。一人にして」

「…はい」


 ラヴィーナとベルクラース様は静かに部屋を出て行った。




「…っ!!」



 私は馬鹿だ。

 本当はあんなに言う必要は無かった。

 けど感情を抑えきれなかった。ガキみたいに一方的に意見を押し付けた。

 だけど今は何も聞きたくない。謝罪も、優しい言葉も、今の私には煩わしい物でしかない。


 悔しい。泣きたい。けど泣けない。泣き場所がない。


「ハル…!」



 涙が出るのを抑えるように、私は二の腕をより強く爪を立てて握りしめた。

 そして再びシャワーを出すと、自分の気が済むまで身体を掻き毟った。

 その後、少し気分が落ち着くと、びしょ濡れのまま私はベッドに倒れこんだ。

何も考えたくない。寝てる間は忘れられる。そう言い聞かせて目を閉じた。






 次に目が覚めた時は、辺りは真っ暗だった。時間を見たら10時を回っていた。どうやら夜まで寝ていたらしい。


「ゴホッ…」


 体中痛くてだるい。熱いような、だけど寒気もする。自分で体を引っ掻いて、水被ってそのまま寝ればそうなるか。

 目が冴えてくると、ヒリヒリとした痛みが強くなってきた。身動ぎすると、引っ搔き傷とシーツが擦れて痛かった。動くの面倒くさいな。

 それでも喉が渇いた私は、重い身体を何とか起こして、ベッドサイドテーブルに置いてある水を飲んだ。


「はぁ…」


 喉が潤い一息つくと、視界の端に姿見が入った。その鏡に映る自分の姿は、髪はボサボサ、体はボロボロ、この世の不幸を一身に受けているような顔をしていた。それはあまりにも無様で、哀れで…滑稽だった。


「くっ‥はは!あは…あはははは!!」


 こんなに傷だらけで馬鹿みたい!

 それにこの顔!まだ大して人生生きてない癖に、偉そうに不幸面しちゃって何様のつもりだよ!!


「あはは‥!はははは…」


肩を揺らしながら傷ついた腕をぷらぷらと力なく振っていると、まるで自分の物じゃなく見える。

 だけどその傷口に触れると確かにそこは熱を孕み、痛みを伴った。


 ああ、確かにこれは私で、生きてるんだなぁ。


 私は再び姿見を見る。両手両足は赤くなり、首、胸元、腹などオズに舐められた箇所はより酷く掻き毟られ、特に首元が酷かった。未だに血が滲んでいる。そして耳のピアス穴から滲んだ血で瘡蓋が出来ており、ピアスが重たそうにぶら下がっている。

 私はピアスをギュッと握った。


 ごめんね、ハル。


 私は耳の怪我が治るのを想像すると、握った手のひらが温かくなり、ぽろっと瘡蓋がとれて綺麗に怪我が治った。草臥れたようにぶら下がっていたピアスも、なぜが元気になったように見える。不思議。

 怪我を治せるという人間離れした行為に苦笑しながら、私は身体中にある傷をなぞる様に触れていった。

 傷は治すというよりまさに消すという言い方の方がしっくりきた。傷をなぞると修正液を使ったかのように綺麗に消えていく。


そして一番怪我が酷かったのが左腕。事あるごとに私が爪を立てたため、少し肉が抉れている。元からある傷跡との上に怪我をしたため、爛れていて余計醜く見える。傷口に軽く触れると、びりっと痛みが走った。


「…っ!」


 痛い。


「…………」


 痛いけど…これは治さない。

 私は部屋に包帯が無いか探した。

 この傷跡は私を私たらしめるものだ。この傷跡が無かったら、私は2年前にすでに死んでいる。この傷跡があるから私は生きているし、死ねない。

 死にたくても、死ねないんだ。

 今、この傷を消すことは出来るだろう。だけど…あいつの残した傷を消したくない。

 思わず左腕を握りしめていしまい、痛みに顔を歪めた。


「………はぁ」


 包帯、見つからないや。探すのを諦めた私は、気だるい身体をベッドに横たえ、シーツに包まった。面倒くさいしもういいや。体怠いし、寒いし。治さなくても死にはしないだろう。

動くのが面倒だった私は、枕の下に隠しておいたmp3を取り出し音楽に浸った。


 ランダムで流していると癒月の『you』が流れた。いつも思うけど切ない歌詞だ。



 あなたは今どこで何をしていますか?

 この空の続く場所にいますか?

 いつものように笑顔でいてくれること

 今はただそれを願い続ける



 胸が痛い。


 今、私はシャネウィグにいるよ。

 この空には多分繋がってないと思う。

 笑顔、か…。全然笑顔じゃないよ。辛いし、泣きたいよ。だけど…。


 私は耳からイヤフォンを外した。こんな気持ちでこれ以上聴くのは惨めだ。







「う…」


 きもちわるい、だるい、ぼーっとする…。

寝苦しくなった私は目を覚ました。どうやら風邪が悪化したらしい。のども痛いし頭が重い。

 頭を傾けると何かがずり落ちて私の視界を遮った。どうやらそれは湿ったタオルで、私の頭を重くしていた原因らしい。私の熱を吸って生温かくなっている。…じゃま。

視界を遮るそれを退けると、目に映ったのはベッドのそばに椅子を寄せ、そこで船を漕いでるラヴィーナがいた。…かわいい。

 どうやら私の面倒を看てくれたらしい。空も白んできているし、おそらく一晩中看ていてくれたのだろう。

 あんな風に突き放したのに、こんな風に世話を焼いてくれるラヴィーナ。よく見るとラヴィーナの目が腫れている。泣いたのかな…。

 私の胸は罪悪感でいっぱいだった。

 ごめんね、ラヴィーナ…。

 船を漕いでるラヴィーナを見つめていると、ラヴィーナはカクッと大きく頭を揺らすとはっと目を覚ました。そしてふるふると頭を振ると、私が目を覚ましたことに気が付いた。


「サーイェ!!!」


 ラヴィーナは叫ぶように私の名前を呼ぶと、目に涙を滲ませた。


「良かった!目を覚まして…!本当に良かったです!!」

「ラ‥ヴィーナ…」


 そしてぽろぽろと涙を溢し、綿日の手をぎゅっと握った。


「ごめん‥ね…」


 喉が痛くて掠れた声でラヴィーナに謝ると、ラヴィーナはぶんぶんと頭を振って否定した。


「ラヴィーナのことはいいのです!!サーイェの方がいっぱい辛いのですから」

「……」

「お加減の方がいかがですか?」

「だいじょうぶだよ…」


 私は心配してくれたことが嬉しくて、安心させるように表情を緩めてラヴィーナに答えた。正直しんどいけど。

 ラヴィーナは私の頭に手を当てると、苦い顔をした。


「まだ熱が高いです」

「…そっか」


 道理で怠いわ。


「もう少し休んでください」

「うん、ありがと」


 ラヴィーナは再び私の頭に冷えたタオルを乗せた。そして私を安心させるように微笑むと、私の胸は罪悪感で溢れた。


「…ラヴィーナ」

「はい?なんでしょう?」

「酷い事も言って、ごめん。ちょっと取り乱しておかしくなってた…」


 私はあの時のことを思い出して、微かな笑みも失笑に変わる。


「本当にごめんなさい」


 頭を下げるとラヴィーナが顔を上げさせた。


「誰にでも辛いときはあります。そんな事でラヴィーナはサーイェを嫌いにはなりません」

「ラヴィーナ…」

「サーイェが大丈夫なら、ラヴィーナはいいのです」


 ラヴィーナが私の手を握って優しく微笑むから、私は胸が熱くなった。


「サーイェ、今はしっかり休んでください」

「…ありがとね」





 私は、ラヴィーナの好意に甘えて休むことにした。涙が零れ落ちる前に。







 次に目が覚めた時は、だいぶ身体が軽くなっていた。

 よっと、体を空きあがらせると、その反動でふらふらした。どうやら体はまだおねむのようだ。時計を見ると午前8時45分。遅いか早いか微妙な時間だ。とりあえず回復したので、ラヴィーナに会いに一階に下りた。

 一階のリビングに行くと、ラヴィーナが寂しそうにちくちくと刺繍をしていた。


「ラヴィーナ…」


 私が声を掛けると、ラヴィーナは勢いよく私を見た。


「サーイェ!!もう大丈夫なんですか!?」

「うん、おかげさまで。すっかり熱は下がったよ」

「良かったです~‥!」


 大きな瞳はすぐに涙で溢れ、重力に従いぼろぼろと地面に落ちた。そしてラヴィーナは私の肩口に顔を埋め、みるみる涙で染みを作った。

 私はしばらくぎゅっとラヴィーナを抱きしめると、あやす様に背中を優しく叩き続けた。

 ようやくおちついたラヴィーナはぐすぐすしながら顔を上げた。


「ラヴィーナ」

「ズズっ!はい…」

「ありがとうね」


 私は微笑み、優しくラヴィーナの頭を撫でると、赤かった顔をさらに赤らめて、いつもの可愛すぎる笑みを私に向けてくれた。


「はい!サーイェ、お腹は空きませんか?」

「…空いてきたかも」

「ホワイトシチューを作ってあるのでそれを食べましょう!」

「ラヴィーナ、ご飯食べてなかったの?」

「お腹が空かなかったので。けどサーイェの顔を見たら何だかお腹が空いてきました!」


 よく見ると、ラヴィーナも少しやつれた様に見える。ほんと、申し訳ないことをしたな。私は敢えて何も言わなかった。


「私と一緒だね」

「はい!」


 お互い笑いあって、今までの空気がすっかり無くなり、いつもの穏やかな空気による戻った。私は、ご飯も食べずに私の好物を作って待っていてくれたラヴィーナの優しさを、裏切らないでいようと思った。



 食後、心配してくれたラヴィーナに申し訳なかったので、私が引きこもっていた理由を話した。だけど全部を話すことは出来ないので、オズに襲われてちょっとおかしくなってたって事だけ話した。


「そんな陛下が…非道いです」


 話を聞き終えたラヴィーナは目を見開きすごく辛そうな顔をした。そして私の隣に座ると、私を抱き締めた。


「サーイェ…怖かったでしょう」

「…そだね。けど怖いより嫌だって気持ちが強かったかな。やっぱり、好きな人じゃないのにあんな事されたくなかった」

「可哀想に…」


 ラヴィーナはギュッと抱きしめる力を強めた。


「いくら陛下だからって許されることではありません!」

「だけどラヴィーナが居てくれるから少しは落ち着いたし、そうやってラヴィーナが泣いて悲しんでくれたから、大分助かった。ありがとね」

「サーイェ…」


 私の言葉にラヴィーナはまた大きな瞳からぽろぽろと涙を零した。


「ほら、泣かないで」

「サーイェが泣かないから変わりにラヴィーナが泣くんです!」

「なんだか立場があべこべだね」

「ふふっそうですね!」


 その事が妙に可笑しくて、私達は自然と笑みがこぼれた。

 こういう友達がいてくれて本当に良かった。そして私は那由の事を思い出して、すごく那由に会いたくなった。



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