第9話:これが私の職場
そして遂に黒鷲騎士団に入団する日になった。朝に迎えに来てくれたヒヨと一緒に、ガイシス団長のいる団長室へ向かった。
「ヒヨックートです。サーイェをお連れしました」
「ああ、入ってくれ」
ガイシス団長から入室の許可が下りると、ヒヨがドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「ありがとう、ヒヨ。失礼します」
団長室に入ると、ガイシス団長がコーヒーの様なものを飲みながら新聞を読んでくつろいでいた。…出勤前のうちのお父さんみたいな。まぁうちのお父さんはこんなに格好良くないしだらしないだけなんだけどね。
「お、なかなか団服が似合ってるじゃないか」
「ほんとですか?ありがとうございます」
ガイシス団長は爽やかに笑うと私の団服を褒めてくれた。お世辞でも嬉しいな。私は少し照れながらお礼を言った。そしてガイシス団長は新聞を軽く折り畳むと机の上に置いた。
「これから集会があるんだが、サーイェは集会が終わったら3番隊に合流してくれ」
「集会ですか?」
「ああ。黒騎士団は週に一度、黒騎士全隊で集会をするんだ。そこでは先週の報告と今週の予定、それから隊で出た質問や提案を議論しあうんだ」
へえ、そうなんだ。学校で言ったら全校集会みたいなものか。
「そこで新団員のサーイェにはみんなに挨拶してもらう」
「挨拶っていうと…」
「自己紹介だな」
うお!きたよー。転校生の最初の関門!この掴みでこれからの待遇が随分変わってくるんだよ。出来れば窓際の端っこの席希望かな…。
私が少し俯いていると、頭をぽんぽんと優しく叩かれる感触があった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。挨拶は一言だけでも構わないから。な?」
ガイシス団長は爽やかに微笑んだ。一言かぁ、その一言がなぁー‥。挨拶のことを考えるとテンションが下がった。
「じゃあ行くぞ」
「…はい」
ガイシス団長に着いて行くと、巨大なスタジアムの様な建物が見えた。何だろうあれ?気になったので隣に歩くヒヨに聞いてみた。
「ねぇヒヨ、あれって何?」
「あれはマリークロニケ・コロシアムです」
「コロシアム?」
「ああ、戦いの女神の名を冠ずる我が国最大の国立闘技場だ」
ヒヨの代わりにガイシス団長が答えてくれた。あー、確かにローマのコロッセオに形が似てるわ。
「闘技場って戦う場所ですよね?」
「ああ」
「黒騎士は活動拠点が東西南北に分かれているので、集会がある時はちょうど中央にあるここを使うんですよ」
「そんなに多いの?」
「城に居るのは黒騎士は大体400人位だな」
「多いな!」
「今回の集会で来るのは半分の200人位だ」
「そうなんですか」
コロシアムの中に入ると、石造りの建物が異国感を漂わせていて、海外旅行に来ている気分になった。今更かよとか思われるかもしれないけど、この世界に来てまだ4ヶ月だし、こういう建物には入ったこと無いからね。ちょっとテンション上がったわ。
物珍しくてきょろきょろと周りを見ていると、勘違いしたのかヒヨが心配してきた。
「サーイェ、大丈夫ですか?」
「へ?何で?」
「さっきからそわそわしているから、もしかして体調が悪いのかと思って」
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとコロシアムが珍しいだけで」
「そうでしたか。だけど週に一度は必ずここに来るのですぐに慣れますよ」
「そっか」
どんどん進むと、コロシアムの中心部へ出た。そこには規則正しく並んだ大勢の騎士達がいた。実際に見るとやっぱりその多さがよく分かる。
「おーい遅ぇぞー」
列の正面に立っていたマーリンドがへらへらと文句を言ってきた。一緒にルイス隊長、ルーカス隊長もいる。
「悪いな」
「そんな事ない。ちょうど良い時間だよ」
「マーリンドも今来たところだしな」
「おい言うなよ!」
ルーカス隊長の暴露にマーリンドは怒ったが、すぐさまヒヨのお叱りが出た。
「また寝てたんですね!僕ちゃんと起こしたじゃないですか!」
「あの時は起きた」
「じゃあ何で遅刻したんですか?」
「二度寝した」
マーリンドは悪びれもせずに言った。漫画だったら『どーん!』て効果音が出てそう。ここまで堂々としてると清々しいな!悪気が無いってすごいね。
「僕が起こした意味ないじゃないですか!」
「いやあったって。お前が来たから朝飯食いっぱぐれなかった。ありがとな」
「…ということは、朝食食べてからまた寝たんですか?」
「おう」
「……」
「お前、幸せなやつだな」
「そうかぁ?」
ルーカス隊長、私もそう思う。
「それよりサーイェだろ。こいつの紹介も兼ねて集会するんだろ?」
「ああ、そうだな」
ああ、そうだったね、あまりにも緊張感の無いやりとりで忘れかけてたよ。
「おはよう、サーイェ」
「おはようございます、ロイス副団長」
「女性が黒騎士団の制服を着ているのは新鮮だね」
「そう…ですか?」
「うん。似合ってるよ」
「ありがとうございます」
「凹凸無いから少年っぽいよな!」
「おい、マーリンド!」
「……」
「美少年に近いからそう落ち込むな」
マーリンドの余計なひと言をルーカス隊長がフォローしてくれた。別に美少年でなくていいけど、せめて女の子に見てくれよ!
「お前ら大人しくしろ。サーイェの紹介をするために集まったんだ。ほら、サーイェ。挨拶するんだ」
「え、えぇ!?」
いきなり過ぎやしませんかね?!気まずくガイシス団長を見るけど、うん、と頷くだけだった。いや、うん、じゃないっすよ!
けど後には引けない。仕方ないので私は緊張しながら自己紹介をした。
「初めまして、サーイェ・アマーノゥです。今日から三番隊に配属されることになりました。未熟ですが早く仕事に慣れようと思うので、どうぞよろしくお願いします」
こ、これでいいですかね?ガイシス団長をちらっと見ると、笑顔で頭をぽんぽんとされた。
「今日から俺たちの仲間になったサーイェ・アマーノゥだ。みんな仲良くしてやれよー」
「…よろしくお願いします」
私は目の前にいる騎士達に挨拶をした。小学校の転校生か!!当然ほとんどの騎士達は不安がっているか気味悪がっている。悪かったね気持ち悪くて。だけどこれもある意味転校生への洗礼だよね…。
「おいサーイェ、笑顔が足りねーぞ!!」
「そりゃすみませんねぇ…マーリンドさん」
もとからあんまりよろしくしたくないから仕方ないじゃん!
「確かにマーリンドの言う通り、笑顔の方が早く皆と仲良くなれるぞ」
「そうだな、大変だと思うけど頑張りなよ」
「サボるならばれない様にサボれよ」
「サボるだなんて!サーイェ、そんな事絶対にだめですよ!!」
私の周りで声を掛けてくれるのは種類の違う美形ばかり…。やんちゃ系、爽やか系、穏やか系、アンニュイ系にかわいい系。……もうこれ乙ゲー作れるんじゃない?
「ハァ…」
コントローラーを握り締めるプレイヤー側に戻りたい…。
「ていうかさ、何でまた『さん』付けで呼んでるんだよ。マーリンドで構わないって言ったろ?」
「いやいや、この国の王子で四番隊隊長のマーリンドさん、いえマーリンド様を呼び捨てにするなど恐れ多いですよ」
「思いっきり棒読みだな」
「わざとですが何か?」
「嫌がらせかこの野郎!」
そう言ってマーリンドは私の首に腕を巻き、私を引き寄せると頭をぐしゃぐしゃにした。
「ちょっとやめてよ!髪がボサボサになっちゃうでしょ!!」
「当然だろ、わざとやってるんだからなぁ」
ニヤニヤしながらマーリンドは私の頭をぺしぺしと軽く叩いた。腹いせか!ちくしょう!
バシバシとマーリンドの腕を叩き、とっとと離れるように催促するが、マーリンドは離れなかった。
「おいおい!」
「マーリンドやめて下さい!」
「あ?」
ロイス副団長とヒヨがマーリンドを止めようとすると、マーリンドは頭を叩くのは止めてくれたけど、私を離してはくれなかった。むしろさっきよりしっかり抱き締めてる。まるで玩具を取られまいとする子供のようだ。おーい、私は玩具じゃないぞー。
「何で?お前にもやってるじゃねえか」
「僕とサーイェは違います!」
「それに彼女は女性だぞ」
「サーイェだからやってるんだよ」
「は?」
何だその理由は。それこそただの嫌がらせだろ。やめてくれ。
じと目でマーリンドを見ると、真面目な顔で騎士達に向かって話し始めた。
「俺はサーイェの事知ってるからいいけどよ、大半の団員はサーイェが黒騎士団に入ることに不安を感じてるんだろ?」
その言葉に周りの騎士達から少し騒ついた。
「確かにサーイェは赤髪で黒い瞳で外人みたいな容姿をしてて、しかも女なのに騎士になろうなんて普通じゃねぇ」
「‥‥‥」
「普通じゃねぇけどさ、嬉しかったら喜ぶし、むかついたら怒るし、楽しかったら笑うし、悲しかったら泣く。そんなの、俺達と何も変わらねぇよ」
私は驚いた。ただふざけているだけかと思ったら、実はこんな事を考えているとは思ってもみなかった。
「この間だってさ、俺がこいつのケーキ食べただけで怒るんだぜ」
「…どうしてそういう話をするかなぁ?」
いま上がり始めた好感度が一気に下がったぞ!
「お前が怒る例を話しただけだろ」
「そんな例を出さなくていいよ!」
「えー?じゃあヒヨックートが寝てるときにリボンを着けて爆笑してたとか?」
「そ、その話は出さないで下さいよ!」
「何でヒヨックートが出て来るんだよ!」
「僕の事なんだから当たり前じゃないですか!」
「えー?それなら牢屋で親の事を考えて泣いたとか…「泣いてないよ!」
「泣いてただろ」
「泣いてないって!」
「おい、静かに」
ギャーギャー言っていると、ガイシス団長がパンパンと手を叩き前に出て来た。
「サーイェはこれから一緒にいる仲間だ。いきなり信じろとは言わない。だけど外見に捕らわれず、ちゃんとサーイェの事を見て欲しい」
ガイシス団長の暖かい言葉に、私の胸も熱くなった。
「言いたいことをガイシスに取られちゃったね」
「ああ。美味しいとこ取りされたな」
「そうだぞ!団長だからってずるいぞ!!」
「まぁそういうな」
団長達が笑い合ってる姿を見ると、私の心も安らいだ。差別する人だけじゃなく、ちゃんと理解してくれている人がいるのは、すごくラッキーで幸せだと思う。その事が嬉しくて、思わず笑顔が漏れた。
「お!笑った!」
その事に気付いたマーリンドは、私をみんなの方に向かせた。
「え!?何?!」
「おいお前ら、怖くないだろ?」
「は?!」
他の騎士もよく分かってないのか、騒めきしか聞こえなかった。
「サーイェが安全だってアピールしてんだよ。お前、笑えば可愛いんだから笑えって」
「別に可愛くないよ!」
「人が誉めてるんだから素直に受け取っとけよ!」
むぅー!そんな事言われても違うもん!けどここで言い争っても不毛なんだよな。仕方なく私は折れて小さくお礼を言った。
「‥‥ありがと」
「おう!」
ワシワシと私の頭を撫でると、ようやく私を放してくれた。そして私の紹介が終わったので、通常の集会に戻った。
集会は無事終了すると、各隊分かれてそれぞれの持ち場に戻った。
「サーイェまたなぁー」
「うん、またね」
「初仕事頑張れ」
「はい、頑張ります」
「ルーカス、頼んだぞ」
「ああ、じゃあ行くぞ」
「はい」
皆から応援のメッセージを貰うと、ルーカス隊長に続いてコロシアムを出て、三番隊の主な活動場所である第三訓練所へ向かった。背が高くて長髪の男の人が隊を纏めていた。私達に気が付くと、私に軽く微笑んで手を差し出した。
「初めましてサーイェちゃん。三番隊副隊長のジャン・リオ・ガリウスだ」
例に違わすイケメン。というよりイタリアのちょい悪オヤジみたいな?外見は40代位で、、日焼けした肌に無精髭、波打つダークブラウン髪を後ろで結び、ヘーゼル色の瞳をしている。大人の色気というかそんなものが醸し出されている。…三番隊はお色気担当なの?
「初めまして、サーイェ・アマーノゥです」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「さて。ルーカス隊長、三番隊全員集合しました」
ジャン副隊長はルーカス隊長に軽く敬礼をすると、隊員達も全員揃って敬礼をした。
「さっき紹介したサーイェ・アマーノゥだ。この三番隊で俺の補佐をする事になった。仕事柄、お前達に比べてあまり任務には出ない。しばらくは補佐の仕事をさせるが、慣れたら訓練を始めるから面倒をみてやってくれ」
「はっ!」
ルーカス隊長への返事の掛け声が、思っていたより迫力があってびっくりした。これが体育会系ってやつですか?
騎士達の視線は集会の時よりも和らいでいて安心した。…ん?落ち着いて騎士達を見ていると、重要なことに気が付いた。
イケメンじゃないやつがけっこういる!!!
ひゃっっほぉおおおい!!!!イケメンじゃないって失礼かもしれないが、私からしたら褒め言葉だよ!ありがとう!凡人!!
一般レベルではイケメンの部類に入るのかもしれないけど、しばらく飛び抜けたイケメン達に囲まれていたから目が肥えてしまったのかもしれない。それだとしたらイケメンの部類に入る人達ごめんよ!
ぱっと見だけど隊長レベルは見当たらないし、次に目立つ感じの人は大体10分の1程度。単純計算したら1班に1人がイケメン。だけどそれは『クラスには必ず1人や2人はかっこいい人いるよね』、みたいな感じ。つまり残りは凡!並!普通だよ普通!!
「ほら」
ルーカス隊長は私の背中をぽん、と軽く押されてはっ!と我に帰った。いけない、ついいつもの悪い癖が出てしまったよ。
ルーカス隊長を見ると、視線で三番隊を示した。あぁ、挨拶しろって事ですね。私は自分を落ち着かせるため一息吐いた。
「今日から三番隊隊長補佐をする事となったサーイェ・アマーノゥです。補佐と言ってもまだお手伝い程度しか出来ませんし、分からない事だらけで皆さんに御迷惑を掛けてしまうと思いますが、一生懸命頑張るのでよろしく御願いします」
よし、ちゃんと言えた。さっきより視線が優しくなったのと、騎士団にイケメンばっかりじゃないと分かった安心感から、私は自然と笑みが零れた。特にイケメン率が低いことが嬉しくて仕方ない。これで少しは落ち着いて生活出来そうだ。その事を想像してにやにやしていたら、みんながポカーンとしていた。
しまった!またにやけちゃったよ!!せっかく少しは安心な生活が送れそうなのに、にやけ顔で全部無しにするところだった。私は急いで顔を引き締めるとルーカス隊長を見た。もう終わってもいいよね?!
恥ずかしく思いながら目で訴えていると、ルーカス隊長はくすりと笑った。
「とりあえず今日はやる事を教えるだけで終わるから俺の側にいろ」
「はい」
「テレウス」
「ハイ」
あれ?言葉のイントネーションが違う?聞こえた返事は訛りが入ったような返事だった。…関西系かな?
独特な訛りで返事をしたのは、浅黒い肌色の男の人。
20代前半位でけっこう若い。身長はみんなに比べたら低め。ヒヨより少し高いくらいかな?童顔で目が大きくて吊り目。雰囲気は冷たい感じがするけど、目が大きいせいかどこかかわいく見えてしまう。髪の毛は薄紫と何ともファンタジー色できれいに切り揃えられた髪型から、几帳面さが伺える。
「今後のサーイェの訓練を任せる」
「…何でボクなんですか?」
テレウスさんは眉間に軽く皺を寄せ、嫌そうに答えた。関西系だけど何か違うんだよなぁー。
「サーイェのタイプはお前の魔法の使い方が一番相性が合ってると思う」
「けどボク…」
「じゃあ頼んだ」
「…ハイ」
テレウスさんはルーカス隊長の提案に不満げに思いながらも、テレウスさんは渋々了承した。なんかすみません…。
「では各自の持ち場に戻れ。解散」
ルーカス隊長の号令でみんな解散し、私は仕事案内をしてくれるというルーカス隊長に着いて行った。
ルーカス隊長がまず始めに連れてきてくれたのは三番隊の隊長室。
ここが主な私の仕事場だ。
私が三番隊でやらせてもらう仕事はルーカス隊長の補佐という名の雑用係。今はその中でも簡単な書類整理と他の隊長への連絡から始める事となった。そのうち報告書の作成等をやらせてもらえるらしい。やるからにはしっかり働きたいから仕事を任せてもらえるよう頑張ろ!
黒鷲騎士団が仕事や訓練等の活動をする場所は、4つある城壁のうちの外側から2番目の場所だ。通称セカンド・ウォール。そのまんまだよね。そして騎士達は各隊が東西南北に別れており、東を四番隊、西を三番隊、南を一番隊、北を二番隊が守っている。
すごく敷地が広いので、各隊が毎日顔を合わせるのは少ないらしい。だけど私は各隊長に連絡をしなくちゃいけないのでここを把握することは必須。
そして次は訓練場。訓練場も東西南北に別れていて、各隊の毛色に合わせて作られているのでそれぞれ違うらしい。基本的に自分の隊の訓練場を使うけど、別に強制じゃないから他の隊の訓練場に行っても問題はないらしい。私は面倒くさいから三番隊の訓練場だけでいいや。
その後も入り口や倉庫など様々な場所を案内してもらった後、隊長室に戻り騎士団や隊の規則を教えてもらった。分からないこともあり、色々質問して説明してもらっていたら、気が付けばもう日が沈み掛けていた。
「…で、他に質問は?」
「大丈夫です」
「一応最初のうちは俺も出来るだけここにいるから、分からないことがあれば聞け」
「はい」
「1ヶ月は無料で相談にのる」
「…1ヶ月以降はどうなるんですか?」
「どうだろうな?」
ルーカス隊長は目を細め、蠱惑的に微笑んだ。うっわー‥セクシー。ちょっと笑っただけでこんなに色気を振りまけるなんてすごいね!女として悔しいというよりもう感心するしかない。
「俺はどっちでも構わないがな」
「頑張って早めに覚えます」
クスリと笑うルーカス隊長を見て、やっぱりこの人は危険かもしれないと再認識した。
「取りあえず、今日の説明はこれで終わりだ」
ルーカス隊長は深呼吸をすると、座っていたソファに凭れた。
「あの、今日は遅くまで有り難うございました」
「仕事だからな」
「ちゃんと働けるように頑張ります」
「そうしてくれ」
ルーカス隊長は髪をかき揚げるとふと何かを思い出したようだった。
「重要なこと言うの忘れてた」
「何ですか?」
重要なことだというので、私は姿勢を整えた。
「この部屋の隣に給湯室があるのは分かるな?」
「はい」
「給湯室の棚の左には食器、右から二段目に紅茶と、左から三段目に菓子が入ってる。フォークなどは引き出しだ」
「そう‥ですか」
「あと入り口付近にこの部屋の灯石の通石がある」
「はあ…」
それの何が重要なの?ルーカス隊長を見ると、ルーカス隊長も私を見つめていた。う!直視はまだ慣れてないよ!
私は目を逸らして気が付いた。日が沈み掛けているので部屋が暗い&紅茶とお菓子は休憩に必要なもの=電気付けて茶と菓子を用意しろ。
「紅茶淹れますか?」
ルーカス隊長は満足そうに笑った。
「ミルクは棚の右下で、菓子はチヨコとクキーで」
「はい」
ちゃんと言えばいいのに…。お世話になったから顎で使われても嫌な気はしないけどね。私は灯りを着けると給湯室に向かった。
「お待たせしました」
私は紅茶を淹れると、注文通りの品物を持って隊長室へ戻ってきた。
ルーカス隊長はソファから起き上がり、私はカップに紅茶を注いだ。
「どうぞ」
「どうも」
紅茶はラヴィーナに教えてもらったから一応淹れられるけど、ラヴィーナ以外の人に振る舞ったことがないからちょっと不安…。
「…どうでしょうか?」
「普通」
はい、『普通』頂きました!『不味い』じゃないからいいんだけどさ、『美味しい』とも言われないのも何だが残念というか何というか…。別にいいんですけどね!
「サーイェは飲まないのか?」
「頂いてもいいんですか?」
「自分が淹れたんだから好きしろ」
「じゃあ頂きます…」
カップを持ってくるとルーカス隊長が注いでくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ん」
いかがなものかと飲んでみたけど…。
「普通ですね」
それ以外何にも言えねぇや!
「菓子も食べていいぞ」
「ありがとうございます。あ、おいしい」
「お前のおかげで茶菓子がうまいだろ?」
「‥そうですね」
そのフォローもどうかと思うけど、もうどうでもいいや。実際お菓子美味しいしさ。けど今度は美味しく淹れられるように練習しよ。
特に喋ることも思い付かないので黙々とお茶を飲んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。
「俺だ。入っても大丈夫か?」
「ああ」
カチャリとドアが開くと、ジャン副隊長がゆっくりと顔を出し部屋に入ってきた。
「どうした?」
「いや、終了時刻になってもお前が来ないからどうしたもんかと思ってな」
あ、ほんとだ。気が付けばもう終了時間になっていた。時間が過ぎるの早いなぁ。
「殺されたとでも思ったか?」
「いや、耽込んでるかと」
ジャン副隊長は口の片端を上げニヤリと笑った。この顔見たら何に耽込んでるかなんて聞きませんよ。それに対しルーカス隊長も鼻で笑い返した。
「そこまで節操無しじゃない」
「どうだかな」
副隊長はわざとらしく肩を上げて溜め息を吐いた。こういう仕草が外人っぽい。なんか海外ドラマ観てるみたい。
「まぁサーイェが迫ってきたら話は別だけど」
「絶対ありませんのでご安心下さい」
やっぱり節操無しじゃねえか!!
「はは!サーイェちゃんなかなか良い反応するねー」
「ありがとうございます」
「で、実際はどうだい?」
「え?」
「何かされてないか?」
何かって…。絶対この人楽しんでる。私は溜め息が出かけたけどそれを飲み込んだ。
「大丈夫です。今日は仕事に関しての質問に付きあって頂いただけです」
「へぇ、面倒臭がりのお前が珍しいな。なぁルーカス?」
「後でいちいち説明する方が面倒臭いだろ」
「それもそうか。だけど気を付けろよ。気が付いたらルーカスにパクッと食べられちまうからな」
「向こうから来る時だけだ」
「それを受け入れるのもどうかと思いますけど」
「据え膳食わねば男の恥だろ」
「そうだな」
「……」
このフェロモン星人め!ジャン副隊長も納得すんな!私が黙っていると、ジャン副隊長はチラッと私を見た。何?
「サーイェちゃん、俺にも紅茶貰える?」
「あ、はい。いま淹れ直しますので少しお待ち下さい。他にお菓子もありますが食べられますか?」
「じゃあモコロンある?」
「はい」
「じゃあそれよろしく」
「分かりました」
私はジャン副隊長の注文を受けると、給湯室へ向かった。モコロンはもちろんマカロンみたいなお菓子。あの外見でモコロンみたいな可愛い名前が出るなんて…ギャップ萌えだわ。
少しテンションが上がりながら部屋に戻ると、ジャン副隊長は私が座っていたソファで寛いでいた。顔がやたら楽しそうだけど、何か面白い事でもあったの?
「紅茶をお持ちしました」
「ありがとう」
ジャン副隊長は紅茶を受け取ると少しソファをずれてくれた。
「ありがとうございます」
「うん。紅茶もおいしいよ」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと」
今回は成功したみたい。良かった。ジャン副隊長はモコロンを口に含むと、紅茶を一気に飲んだ。…ほんとにおいしいの?
ジャン副隊長は全部飲み干すと私の肩を引き寄せた。な、何?
「サーイェちゃん」
「は、はい?」
「困った事があったら何でもオジさんに言いなさい。出来る限り力になるよ」
「そ、そうですか…」
ジャン副隊長は綺麗にウィンクをした。オジさんって…30代だと思うけど、そこまで年齢を感じさせないんだよね。。それに困ったことと言ったら、今この現状です。
「じゃあまず離れて貰えますか?」
「…ん?ああごめんね」
予想してなかったのか、ジャン副隊長は少し残念そうに私から離れた。いや残念がられても困るから。
それをみてルーカス隊長はクスリと笑った。
「早速フられたな」
「うん、残念。いつか娘もこんな態度をするのかと思うと淋しいよ…」
ジャン副隊長はわざとらしい位にうなだれた。
「娘?」
「ああ。ジャンはこう見えて愛妻家で親バカだ」
「そうなんですか」
こんなタラ…モテそうな人なのに家族に一筋だなんて意外だ。ジャン副隊長はニッと笑った。
「意外だろ?」
「そうですね」
「ジャンも昔は『美食家』って言われて、そこら辺にいる年齢・国籍問わず、美人ばかりと遊んでいた」
「へぇ」
やっぱりタラシか。
「サーイェちゃん、ちょっと視線が痛いなー‥」
「そうですか?」
「事実だろ」
「まぁそうだけど…。ここからがいい話だから!な?」
弁解しようとジャン副隊長はゴホンと咳き込んだ。
「あれは156年前、俺が…「つまりどうしようもない女誑しが1人の女にベタ惚れしたって事だ」
「あぁ、なるほど」
「俺、ここからがいい話って言ったよな!?」
「長いだろ」
「私も何となく話が分かったから結構です」
「そんなサーイェちゃんまで~!」
ジャン副隊長は私にしなだれかかってきた。
「だから止めて下さいって…」
「あんまりしつこいと嫌われるぞ」
「だってさー‥」
「そんなんじゃ娘に嫌われるのも時間の問題だろうな」
「……」
ジャン副隊長は黙ってススス‥と離れていった。ほんと親バカなんだね。本格的に落ち込み始めないでよ。
「ふふふ…」
「ん?」
「ふふ、ごめんなさい。こんなかっこいいのに娘の事になるとこんな風になるなんて思っていなくて。素敵だと思います」
「お!じゃあ俺の所に来る?ルーカスより大切にするよ」
ジャン副隊長がまた寄ってきたので肩を押し返した。
「困った時は相談しに行きます」
「そうか。まぁいつでもどうぞ」
「…お前達俺が困らせる前提で話するのやめろよ」
和やかに隊長達と笑いあって、何だかんだで穏やかに過ごせる場所だと分かり、私は少し安心した。
「じゃあ今までルーカスがご親切に教えてくれてたのか?」
「まぁ、そうだね」
口にお菓子を詰め込み頬袋を作っていたマーリンドは、それを飲み込むと真剣な顔になった。
「んぐ。おいガイシス。聞いたな?」
「ああ」
「ルーカス呼ぼうぜ」
「え!?何で?」
私の疑問に、マーリンドは大きな溜め息を吐いて答えた。
「だってあのルーカスだぞ!?なぁ!!?」
「ああ」
ロイス隊長も真剣に頷いた。
「提出書類が書き終わってるのに、提出するのが面倒臭いから期限ギリギリで俺が取りに行くまで出さなかったり、」
「訓練の時には点呼取ったら1日姿を眩ます事もあるな」
「それに腹が減ってもめんどくさかったら食べないんだぞ!?」
ロイス隊長、ガイシス団長、マーリンドがテンポよく答えてくれた。めんどくさかったらご飯食べないってのは私もあるから何とも言えないけど、ルーカス隊長はそんなに面倒くさがりなのか。そんな人の面倒をこれから私が見るのか。先が思いやられそう…。
「けど後で聞かれるよりか今教えてしまった方が楽だって言ってましたよ」
「それは本当?」
「はい。だから一ヶ月間は無料で教えてくれるそうです」
「一ヶ月後は何があんだよ?」
「分かんないけど何かあるみたいだよ」
マーリンドは神妙な顔をすると、みんなを引き寄せこっそり話した。
『やっぱりルーカスの奴、最初は優しくして後で弱味を握ってばっくり行くつもりだな!』
『そこまで心配しなくてもいいだろう』
『俺はルーカスを信用してサーイェを任せたんだ。マーリンドも少しはルーカスの事を信用しろ』
『ガイシス団長の言う通りです!ルーカス隊長に失礼ですよ!』
『だけどあいつ23年連続抱きたい&抱かれたい男No.1だぞ!サーイェだって女だし、いつろーらくされるか…』
「目の前で内緒話するのやめてよ」
「……」
みんなが気まずそうに私の方を見た。丸聞こえなんだよ馬鹿ヤロー!!!
「…聞こえてた?」
「当たり前じゃん!そんな風に決めつけられると気分悪いよ」
私がむくれるとガイシス団長が謝った。頭を掻いた。
「悪いな。ルーカスがあんまりにもいつもと違う反応を取ったからつい、な」
「大丈夫ですよ。ジャン副隊長も相談に乗ってくれるって言ってましたし」
「ジャンだって美食家じゃねぇか」
「今は愛妻家で子煩悩です。確かに少しはスキンシップは多いですけど…」
「ジャンも呼ぶか」
「呼ばなくていいよ!」
「けどなぁ…」
あーもうめんどくさいな!!!グダグダ言ってんじゃねぇ!!
「どんなにルーカス隊長が迫ってきたとしても、私はルーカス隊長と男女の中になる気はは絶対に無い!!!」
「……」
私が大声で断言したせいか、みんな押し黙った。
「大体、ルーカス隊長が私みたいなクソガキ相手にする訳無いじゃないですか」
「サーイェ、クソガキって…」
ロイス隊長が私の発言に頭を抱えた。ああ、つい地の言葉が…。まぁいっか。
「だってほんとの事です。可愛くないし性格悪いし、こんなの相手にするのなんてキチガイか変態くらいでしょ?」
「ぶっ!ぶははははは!!」
「ちょっ!マーリンド!!」
「キチガイ…」
「変態か…」
腹を抱えて私を指差しながら爆笑するマーリンドをヒヨが必死に宥めた。
なにそのm9(^Д^)プギャーみたいな笑い方は!
ふんっと鼻を鳴らすと、横からラヴィーナが思いっ切り抱きついてきた。
「そんな事ありません!」
「え?」
今まで黙って傍観していたラヴィーナがいきなり声を上げた。
「サーイェは可愛いです!すごく可愛いです!!サーイェを可愛いと思うのがキチガイさんか変態さんなら、世の中キチガイさんと変態さんだらけです!!」
キチガイさんと変態さんだらけって…褒めてんのか貶してるのかよく分かんないよ。当然ながら後ろでマーリンドが爆笑している。しかしラヴィーナはそんな事を気にせず、私の手を握ると一気にまくし立てた。
「おいしそうにご飯を食べる姿はもちろん可愛いし作法の勉強で失敗してもムキになって一生懸命勉強する姿もとっても可愛いです!それに寝る時はいつも下着で布団に包まって寝ている姿や寝落きの時に目を擦る姿は幼くてとても愛らし「もうやめようか」…はい」
確かにここまで語れたらもう立派な変態さんだよ!!!
「何?お前寝るとき下着で寝てんの?寒いならオレがあっためて…」
「いらんわ!!」
ややこしくなるから便乗すんな!!
「とにかくサーイェは可愛いのです!!!」
「‥‥」
必死になってるラヴィーナの姿を見ると、もう否定するのが可哀想というか面倒というか…。けどお礼は言っておこうか。
「えっと、ありがとね?」
「はい!」
嬉しそうに笑うラヴィーナの笑顔がすごく眩しかった。萌えー。
ラヴィーナに萌え萌えしてると、苦笑混じりのガイシス団長の声が聞こえた。
「もういいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「ははっ!あー‥腹痛かった」
マーリンドが笑いながらソファに凭れていた。
「まさかラヴィーナがここまで熱く語ると思ってなかったよ」
「僕もです」
ロイス隊長とヒヨの言葉に、ラヴィーナは顔をボッと赤らめた。
「サーイェは愛されてるね」
ロイス隊長に微笑みかけられ、私も少し照れた。面と向かって愛されてるねって言われるのは少し恥ずかしい。
「それだけサーイェが魅力的って事だろ?」
「ガイシス団長…」
いやいや、これはトリップ効果と言いまして無条件で愛されるシステムなんです!
言いたくても言えなくて、もやもやしてると頭をぽんぽんと撫でられた。
「だからルーカスが手を出すとは思わないけど、他にも十分気を付けろよ」
「はい」
なんだか最近、ガイシス団長に頭を撫でられると落ち着くようになってきた。なんでだろ?
「それでラヴィーナ、他にサーイェのどこが可愛いんだ?」
「はい!他にはですね…」
「もういいよ!!」
結局その後もギャーギャー騒がしく過ごしていたので、初日の緊張とか吹っ飛んでいったけど、違う意味で疲れた。