第5話:誰だよっていうか知らねぇよ!
とぼとぼと部屋に戻ると、ロイス副団長がお茶の用意をしてくれた。
「ん!おいしい!!」
「そう?」
「はい!すごくおいしいです!」
ロイス副団長の淹れてくれたお茶は、高級なダージリンのような深い味わいと心地よい香りのするお茶だった。この味はティーパックじゃ出せないね。私はティーパックのお茶しか出せないよ。
「良かった。ほら、これもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お茶の味に感動していると、ロイス副団長はお茶菓子まで出してくれてた。おいしいお茶も出せるし、お茶菓子を出す心遣い。きっといいお嫁さんに…ならないか。旦那だね、うん。だけど誰かの心の中で嫁にもらわれると思うよ!
ロイス副団長と過ごす時間は不思議なほど落ち着いた。この城に来てこんなに気が休まったのは初めてな気がする。私はソファに凭れかかった。
「疲れたのかい?」
「あー、まぁそうですね。この城に来て初めてこんなに和んだなぁと思いまして」
「初めてこの部屋に来た時も緊張していたね」
「はい。こんなに芸術品に囲まれたのは初めてですし、それを私が使って良いのかと不安になりまして…。あの、私って ずっとこの部屋で過ごすんでしょうか?」
「うーん、それは陛下に聞かないと分からないな。俺たちが決める事じゃないし」
「そうですか…」
「だけど今までみたいに俺達が部屋を警護する事はなくなると思うよ」
「ホントですか!?」
「随分嬉しそうだね」
「あ、すみません」
「クス、いいよ気にしなくて。実際僕もいつまでも他人が自分の部屋に居られたら窮屈に感じるだろうからね」
ロイス副団長…やさしいな。ロイス団長やルーカス隊長みたいな派手さはないけど、普通に整った顔立ちしてるし、穏やかな雰囲気が落ち着く。ずっと一緒に居るとしたらこれくらいの人が一番安定した暮らしが出来そう。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありません。お菓子頂いてもいいですか?」
「うん、どうぞ」
私はもれそうになった溜息を、お菓子と一緒に飲み込んだ。
それからしばらくロイス副団長と和んでいると、コンコンとドアを叩く音が聞こえた。
「どなたでしょうか?」
「俺だ」
「オレも!」
誰だよ。オレオレ詐欺か。しかも許可も取らずに2人は部屋に入ってきた。あぁ、ルーカス隊長と…誰だ?
前髪がセンター分けで跳ねっ毛で燃えるような赤色。強気なスカイブルーの瞳が印象的。カッコいいけどまだ子供っぽさが残っている。
陛下に似ている気がするので多分王子だろう。
「よぉ!サーイェ!」
「…こんにちは」
「何だ元気ねぇな」
「え、そのようなことはありません」
ただいきなり王子に友達感覚で来られても困ってるだけですよ。
「そうか。ならいい」
(多分)王子はずんずんと進んでくると、私の横のソファに元気よく座った。よくこのソファをぞんざいに扱えるな!さすが王族!
「ロイス、茶」
「ああ、いま淹れる」
ルーカス隊長は向かいのソファに座ると、軽く一息を吐いて髪をかきあげた。…すっげーフェロモン。アニメだったら絶対に彼の周りの空気はキラキラのピンク色だよ。
普通だったら不快に感じるんだけど、この人のは全然わざとらしくない。むしろすっごいナチュラル。超似合ってる。声もなんかエロいもん。気だるげな喋り方なせいか吐息が…。テニ●リの忍●みたいだ。多分素でこうなんだろうな。きっと近くにいるとかなり迷惑を被りそうだ。あーあ。この人の隊ですごく残念。
「ほら」
「おう」
「サンキュ」
2人はロイス副団長からお茶を受け取ると、(多分)王子は一気に飲み干した。熱くないのか?
「ロイスおかわり」
「…マーリンド、少しは味わいなよ」
「味わってるって。ほらおかわり!」
「まったく…」
「へへっ」
ロイス副団長は溜息を吐きながらもお茶を注いだ。お母さんみたいだな。生意気だけどなんか憎めない、そんな感じかな。私が(多分)王子を観察していると、私の方に振り向いた。
「何だお前も欲しいのか?」
「え、そのようなことはありません」
「ならいいけど‥なんかお前固くねぇか?」
「え、そのようなことはありません」
「それ三回目だな」
ルーカス隊長がお茶を啜りながら呟いた。観察しないでください。
「やっぱり固ぇじゃねぇか。何でだ?」
「マーリンド、質問ばかりしてサーイェが困ってるだろ」
ロイス副団長が(多分)王子にお茶を差し出しながら助け船を出してくれた。ありがとうお母さん!あれ?もうこの世界にお母さんが二人も…。まぁいいや。それよりこの人マーリンドっていうのか。私がこの城で会った人は限られてるから…
「ああ!」
「どうした?」
「もしかして牢屋の騎士様!?」
「何だ?お前オレのこと忘れてたのか?薄情なやつだな」
「忘れてたって言うより顔を知らなかったんですよ!」
「あー、そういえばあの時は甲冑かぶってたな」
「はい。それなのにいきなり友達感覚で来たから困ったじゃないですか!」
「あはは、悪りぃ悪りぃ」
「お前達仲いいな」
「え?」
今まで傍観していたルーカス隊長がぽつりと呟いた。
「そうだな。何かあったの?」
「牢屋で話しただけですよ」
「何だよそっけねぇな。一緒に一晩過ごした仲だろ?」
「そういう如何わしい言い方しないで下さい」
確かに言ってることは間違ってないけど、他に言い方があるだろうが!ルーカス隊長が興味を抱いてしまったじゃないか!
「それより何であなたがここにいるんですか?用があるのはルーカス隊長ですよね?」
「ん?ああ、そうだな」
ルーカス隊長は返事をしながらも呑気に茶を飲んでる。この人何しに来たんだよ…。
「別にお前に会いに来ただけだ」
「え?何で?」
「だってオレも隊長なのに挨拶がないなんてずるいだろ」
「……あなた隊長だったんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ」
「あはは、悪りぃ悪りぃ」
それ本日2度目なんですけど。
「まったく…それじゃあサーイェが分からなくても仕方がないな」
「一国の王子が情けない」
「うるせぇなルーカス!」
「ほらマーリンド、ちゃんとサーイェに自己紹介するんだ」
「あぁ?あ、悪りぃ。オレはオラリオス帝国・第三王子で黒鷲騎士団四番隊隊長のマーリンド・アーサナート・オーディスラルドだ」
また長い名前かよ。四番隊ってことは武術が得意なのか。そんな感じするわ。
「えーと‥マーリンド様でいいんですか?それとも隊長?」
「マーリンドでいい。よろしくな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「おう!」
は!流されてしまったがこんなにすっぱり王子を呼び捨てにしていいのか?やばくね?身の安全が…。けどこの人あんまり人の言うこと聞かなさそうだなぁ。
「悪いが本題に入っていいか?」
「あ、すみません。お願いします」
ルーカス隊長がカップを置いたので、私はルーカス隊長に向き直った。
「今回の試験でサーイェは三番隊に入隊が決まっただが、しばらくは仕事をせずに勉強をすることになった」
「勉強ですか?」
「ああ。お前はイセアに来る前の記憶がほとんど無いんだろ?」
「え?そうなのか?」
「ええ、まぁそうです…」
「けどお前親の顔覚えてたじゃねぇか」
「え?!」
「ほら、確か目が父ちゃん似で口元が母ちゃん似なんだろ?」
「あー‥」
しまった~!!!!そういえば牢屋で言ってたわ…。あの時はどうせ死ぬからいいやーとか思って普通に話してしまったよ!!あーどうしよう!落ち着け!落ち着くんだ私!!
「本当なのか?サーイェ」
「あの、その事については何というか…あやふやなんです」
「あやふや?」
「はい。朧げな記憶って、ありませんか?」
「朧げな記憶?」
「例えばー‥昔に会った人の顔は覚えているけど、名前は思い出せないとか」
「あー、よくあるよくある」
「王子のお前がよくあったら困るだろ」
「私の場合はその逆で、その人の少しの情報があっても、その人の顔がまったく思い出せないんです」
「じゃあお前の両親の顔も名前も憶えてないのか?」
「……」
率直な質問に私は俯いた。嘘ですごめんなさいめっちゃ覚えてます。父は誠で母は小百合です。ビールが好きなくせにすぐに酔っちゃう中年体系と、ジョニー・デップが大好きな少し細めのおばさんです。申し訳なさ過ぎて顔上げられないよ。嘘ついてる時に同情の眼差しを受けるのはきついよぉ~。
「とりあえず、今はその事はいいとしよう。その後はサーイェには訓練をしつつ俺の補佐をしてもらう」
「補佐‥ですか。補佐の仕事内容はどのようなものなのですか?」
「まぁ、主に報告書の作成や書類の整理、隊に必要なものがある場合それを用意したりするとかそんなところだな」
「ぶっちゃけるとルーカスのパシリだぜ」
「あと仕事をサボらないように見張る仕事だよ」
にやにやしながらマーリンドは私を小突き、ロイス副団長は苦笑しながら言った。ルーカス隊長はそれに不服を漏らした。
「ちゃんと仕事してるだろ」
「確かにしているけどお前は書類を出すのがギリギリだし、隊に指示を出したら時々姿を消すだろ」
「あー、それ情報収集に行ってるんだ」
「この間、オレの隊のやつがお前が昼寝してるとこ見つけたぞ!」
「それお前の隊のやつもサボってんじゃないのか?」
「え?そうか?」
「きっとそうだ」
ルーカス隊長はお茶を啜りながら悪気もなく答える姿にロイス副団長は溜息を吐いた。
「こんな感じに何だかんだと理由をつけてサボるからよろしく頼んだよ」
「はい、分かりました」
事務と雑用と見張りか。うん、地味でいいね!ルーカス隊長を見るとちょうど目が合いじーっと見られた。な、なんだよ。見つめられると少し照れるじゃないか。…て、ちょっと待て。平和な仕事を貰えた喜びで忘れてたけど、この顔、声、フェロモン。ルーカス隊長は絶対モテる。モテないわけがない。
ルーカス隊長の補佐→一緒に居る時間が長い=女性から嫉妬を買う可能性大。
かなりの迷惑を被ることを思い出した私の喜びは一気に落胆に変わった。
「あの‥ルーカス隊長」
「何だ?」
「私に出来る仕事ってそれだけですか?」
「何だ、もっと働きたいのか?」
「え、そういう訳では…」
「それならオレの書類も整理してくれよ!」
「マーリンドはサーイェに任せたら全く書かないだろ」
「だってサーイェが書くんならオレが書く必要なんてないじゃねーか」
「いや、だから…」
他の意味で身の安全な仕事をくれって事ですよ!でかい声で言いたいけど言えない。
「とりあえず今はお前がどれだけ働けるのか知りたいから我慢してくれ」
「はい…」
今は我慢‥仕方ないか。仕事を選り好み出来る身分じゃないからね。私は内心大きなため息を吐いた。
「悪いな」
「え?」
「お前の要望に応えられなくて」
そう言ってルーカス隊長は蠱惑的に笑った。ルーカス隊長からしたら普通に私を見ただけなのかもしれない。だけど何故か自分の考えが全て見透かされているような気がしたから。うーん…さすが参謀、だね。
「じゃあ、今日の俺の要件はそれだけだ」
「はい、分かりました。わざわざありがとうございました」
「ああ。ロイス」
「何だ?」
「茶」
「オレは菓子の追加―!」
……用事が終わったんなら帰ってよ。
結局ルーカス隊長達は夕飯近くまで私の部屋に居座った。最初は城や騎士団の話をして、私の話になると記憶喪失設定を駆使して話題を遠ざけた。途中でヒヨが私の夕飯を知らせに来るまでずいぶん時間が経っていることに気が付かなかった。
ロイス副団長は急いで、ルーカス隊長はマイペースに部屋を出て行ったが、何故かマーリンドはそのまま居座って私とヒヨと一緒に夕飯を取った。
「ねぇマーリンド」
「んあ?」
「口にソースついてるよ」
「ん」
マーリンドは口をもごもごさせながら返事をすると、口の周りをべろんと舐めてまた食べ続けた。お前はガキか。
「マーリンドって一応王子なんだよね?こんなんでいいの?」
「別にいいって。公の場ではちゃんとマナー守ってんだし。な?」
「うーん…」
「これ食わないならもらうぞ」
「あ」
私が考えている間にマーリンドは私の皿に乗っていた残り物を摘まんでいった。
「マーリンド様はしたないですよ!」
「あー。いいよヒヨ。もうお腹いっぱいだから」
「そういう問題じゃ‥って、ヒヨってもしかして僕の事ですか?」
「うん。ヒヨックートって言い難いし」
「そうか?」
「私はね。それにヒヨの方が可愛いでしょ?」
だってぴょんと跳ねてる毛がヒヨコみたいで可愛いんだもん~!ヒヨなんてぴったりの名前じゃないか!
「か、可愛いだなんて失礼じゃないですか!僕は男なんですよ!!」
ヒヨが顔を赤らめて反論してきた。予想通りの反応が可愛いなぁ。
「そういえば昔よくドレス着せられてたよな」
「え!?マジで!??」
「昔の話です!!」
「マジマジ。オレ初めてこいつに会ったとき女だと思ったもん」
「うわぁー超見たい!ヒヨ着ない?」
「絶・対・着・ま・せ・ん!!」
「まだいけるんじゃねぇの?」
「いけません!というよりそんな問題じゃないでしょう!!いい加減にしてくださいよ二人とも!怒りますよ!!」
「もう怒ってんじゃねぇか」
「あはは確かに!!」
「~~~!!」
ヒヨは顔を真っ赤にして怒りと羞恥に耐えていた。あー久しぶりに涙が出るかと思った。いちいちムキになって答えるヒヨはすごくいじりがいがあって可愛い。まぁ可愛いなんて言ったらまた怒るだろうから言わないでおこう。
「まったく…!」
「ごめんごめん。拗ねないでよヒヨ。ほら、このデザートあげるからさ」
「別に拗ねてなんかいません!それにいりません!」
「んじゃオレがもらう」
「あんたは少し遠慮しなよ」
「食わないなら一緒だろ?むしろ食べ物を粗末にしないオレに感謝しろよー」
私を肘で小突くとあーんと大口を開けておいしそうにデザートを頬張る姿を見ると何も言えなかった。まぁ‥いいんだけどさ。おいしく頂かれたなら食材もきっと本望だろうよ。
食後は二人の関係について教えてもらった。なんとヒヨは将軍の息子らしい。この顔で将軍の息子とか将軍はどんだけ可愛い顔してるんだろう?気になるなぁ。まぁそのおかげで王家と関わりがあり、幼い時に出会って同い年ということも手伝って仲良くなったそうだ。話を聞く限りだと昔っからヒヨはマーリンドに振り回されながら面倒を見てきた感じだけどね。長年お勤めご苦労様です。
その後も二人と談笑しているとノック音が聞こえた。
「はい」
「陛下の御成りだ。開けるぞ」
「どうぞー」
ザビーがドアを開けると陛下と共に部屋に入ってきた。
「マーリンド?」
「おっすオズ兄!」
「何故お前がここに居るのだ?」
「サーイェに会いに来たからに決まってんじゃん」
はい、実に簡潔ですね。確かにそうでなきゃあなたはここに居ませんよ。陛下は訝し気にマーリンドを見た。
「何だと?」
「あー、それは黒騎士団隊長の中で自分だけ私にちゃんと挨拶してなかったからわざわざ来てくれたそうです」
「ほう、こんな時間にか?」
「いえ、それは夕方に来てそのまま居座っていただけです」
「そうそう」
「…て、何で私があんたの説明を代わりにしなくちゃいけないのよ」
「まぁいいじゃねぇか」
「まったく…。ちゃんと自分で答えなよ」
「へーへー」
「……」
これは絶対に答える気ないな。お母さんの『宿題やりなさいよー』に対する返事と同じだ。本当にガキだ。
「随分、仲が良いのだな」
またこの質問だ。だけどルーカス隊長とは違って陛下のは少し冷えた声だった。え、何また何か怒らせた?うーん…あ、あれか!マーリンドと仲良くしてるから怒ってるのか!うわぁー逆ハー設定めんどくせぇ!!
「ああ、一緒に一晩過ごした‥ゴフッ!痛ってぇな!横腹突くな!!」
「あんたの言い方が悪いからいけないの!普通に言いなよ!!」
「じゃあ同じ皿の飯を食った仲だ」
「それも違う!!!」
もう何なのこいつ!何で普通に言えないの?!誤解を生むことに気付け馬鹿!!
「…で、実際はどうなのだ?」
「だから陛下!これはただマーリンドが牢屋の見張り番だったのと、私の残した夕飯をこいつが勝手に食べただけです!!」
「オレちゃんと許可取ったし」
「返事をする前に食べてたら意味ないわ!」
「…もう良い」
「え?」
「ヒヨックート、マーリンドを連れて部屋を出よ」
「え、あ、はっ!」
ヒヨは勢いよく敬礼をすると、マーリンドを引き摺って部屋の外へと向かった。
「おいヒヨックート放せよー」
「だめです!陛下のご命令をお聞きください!」
「オズ兄~」
「出ていけ」
「……」
陛下の怒りを感じたのか、マーリンドは不貞腐れながらも大人しくヒヨに引き摺られていった。あぁ、私も一緒に行きたいよ…。
ぱたんとドアが閉まると、冷たい沈黙が部屋の中に流れた。うわぁ陛下に話しかけたくねぇー!少しばかりの期待を寄せてザビーに視線を向けると…ガン無視。そうだよな!お前はそういう奴だもんな!ちょっとでも期待した私が馬鹿だったよ!!
「サーイェ」
「はい!」
陛下に呼ばれ反射的に返事をすると、不機嫌そうに陛下は私を見ていた。もう何で怒られなきゃなんないのさー!
「来い」
「え?」
「良いから来い」
有無を言わせなかった。内心溜息を吐きながら、私はじりじりを陛下に近付いた。やだなぁこういうの。けど負けないんだからね!陛下の前に立つとしばらく睨み合い、ぽつりと陛下が呟いた。
「何故…」
何故?
「何故お前は余の事を愛称で呼ばぬのだ」
「……は?」
「何故余の事を愛称で呼ばぬのかと聞いている」
「え?何でって…」
「ザビロニスやヒヨックートでさえ呼ばれているのに、何故余の事は呼ばぬのだ。昨日ちゃんと教えたであろう?」
「それはそうですけど…」
「呼べ」
陛下はきつく言いながらも切なさを湛えたような自然を私に向けた。もう何なんだよこれ…。私は内心溜息を吐いた。
「オズ」
仕方なくそう呼ぶと陛下の視線が少し和らいだ。そんなに愛称で呼ばれたいものなのか?私はあんまり好きじゃなかったな。『さえっち』とか勝手にニックネームを付けられたときは嫌だったよ。『っち』ってなんだよ『っち』って。たまごっちじゃねぇんだぞ。けど陛下…いや、オズにとっては大事な問題なんだろうなぁ。もしかして…
「朝、機嫌が悪かったのもそのせいなんですか?」
「……」
つんとした表情をしてるところを見ると当たりのようだった。
くーだーらーねぇー!!この人もガキだな!さすがマーリンドのお兄さんだよ!
呆れたようにオズを見ていると、視界の端にザビーが見えた。『うわ‥こいつマジ馬鹿だ…』って言ってるのがよく分かる。うん、私もそう思うよ。
「はぁ…よく考えてくださいよ。私はあくまでも私は一般庶民の身分なんです。そんなやつが国王に向かって愛称で呼ぶなんておかしいでしょう?不敬罪に値してもおかしくないと思うのですが…」
「陛下、残念ながらこの者の言う通りです」
ザビーの残念ながらは陛下に対して『残念』じゃなくて私が言い当てたこととが『残念』なんだろうな。嫌な性格してるね。
「そういう事です。だから我慢してください」
陛下は考えているのかどこかを見ているようだった。だがすぐに視線を戻した。
「ではこうしよう。公の前では陛下と呼び、普段はオズと呼べばいいだろう」
「…陛下、そういうものはいつか綻びが出るものです。どうぞ御自重下さい」
「その時はその時だ」
「……」
明るく言うオズに私とザビーは呆れていた。以外にこの人は楽観的だな。ザビーを見るともう諦めていた。あ、もうこの人はこれ以上言う事を聞く気はないってことですね。分かりました。もうこれ以上は何も言いませんよ。
「それで良いな?サーイェ」
「ええ、それでいいです…」
「陛下、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「ああ」
ちゃんと用があったんだね。愛称の件で何でこの部屋に来たのかすっかり忘れてたよ。
「今回の用件は、明日にお前の処遇を決める会議が開かれることになったのでそれに出席してもらう。重要決定案は大臣と共に相談し合い決めなければならない決まりだ」
「そうですか。だけど私は何をすればいいんですか?」
「黙って立っていればいい」
「え?」
「相談しなければならないが、結局最終決定をするのは余だからな。心配することはない」
「なるほど。分かりました」
「明日はガイシス黒騎士団長とロイス副団長が迎えにくる。ちゃんと準備をしておけ。以上だ」
「はい。おつかれさまです」
「陛下、帰りましょう」
「先に行っておれ」
「御意」
ザビーはとっとと部屋を出て行ったのに陛下は留まった。今度はなんだよ…。オズは私に近付くと顔を寄せてきたので反射的に後ろに引いた。
「何故離れる」
「いやそれはこっちの台詞ですよ。何で近寄ってくるんですか?」
「寝るときの挨拶はないのか?」
「はぁ?」
オズは自分の左頬をつんつん、と触った。おやすみのチューか。
「余の機嫌を損ねたのだからそれ位してもいいだろう?」
「そんなのオズが勝手に拗ねてただけでしょ。私のせいにしないで下さい。ていうか離れて下さい」
ぐいっとオズを押し返すと、オズは溜息を吐いた。
「サーイェは冷たいな」
「そんなことありません。普通の反応ですよ。ほら、オズもういいでしょ。さっさと部屋出てって下さい」
「してくれないのか?」
「する訳ありません。ていうか絶対にしません。間違いなくしません」
「そうか、では余がしよう」
「は?」
一瞬の隙をつき、陛下は私の額にキスをした。一瞬訳が分からなかったが、オズの面白げな笑顔ですぐに理解した。なんだこのどや顔は!してやった?ふざけるな!朝の腹いせかこんちきしょう!!私はオズを突き飛ばした。
「何してるんですかいきなり!!」
「寝るときの挨拶だが?」
「『挨拶だが?』じゃありませんよ!!勝手にキスしないで下さい!!」
「では聞いたら良いという事だな」
「違ぇよ!!…あ」
思わず素の喋り方になってしまった。オズは楽しそうにクスクスと笑っている。うあー、抑えろ自分。こっちが怒れば陛下が楽しむだけだ。…あ、そういえばさっき自分もヒヨで遊んでたわ。ヒヨ、ごめんよ。私は深呼吸をすると気を鎮めた。
「もういいから出てって下さい。おやすみなさい」
「サーイェも…「しねぇよ!!とっとと帰れ!!!」
私はオズの背中をずんずん押して部屋の外に出した。外で笑い声とおやすみという言葉が聞こえた。あー、全く王様は自分勝手だな!だけど王様だからって何しても許されると思うなよ!!
私は頬を拭い、そこを綺麗に拭いた。
「はぁ…」
私は溜息を吐くとベッドに沈んだ。何でオズはこんなに私にくっついてくるんだ。こんな愛され設定いらないよ。面倒くさい。巻き込まれる身にもなれよ。逆ハーより嫌われ設定の方が私にとってはマシだ。いや、それはそれ面倒くさいか。あー明日は会議か。いっそのこと死刑になった方が楽なのかもしれない…なんてね。