第20話:さよならイセア
ヤン婆の家までの道のりはとても空気が重苦しかった。多分私の扱い方が良く分からないんだと思う。実際私の両隣の黒騎士の態度‥というか空気が変。まぁ、仕方ないか。自分で言うのも何だけど、外見的にも能力的にもまったくの未知数だからね。あー、こういうのほんと嫌。面倒くさい。私の事が気味悪いならいっその事一人で歩かせてくれ。…って言える立場じゃないか。
そんな空気の中黙々と歩き、ようやくヤン婆の家に着いた。
「ダン!サーイェ!!」
「ジャックも!無事でよかったわ」
「ほんと…」
カカンヌさんを始め、ロン君やミーナ、他の村の皆も到着した私達を見て嬉しそうに迎えてくれたが、捕まってる私の姿を見てみんなは騒ついた。
「サーイェどうしたんだい!?」
カカンヌさん達が私達の所へ来ようとした時、ヤン婆の家の警護をしていたであろう騎士が引きとめた。
「なにするんだい!」
「カカンヌ、それ以上サーイェに近づいてはならん」
「ヤン婆!?」
皆の後ろに控えていたヤン婆はゆっくりと前に出てきた。そして団長の前に来ると御礼を述べた。
「騎士団の方々、ご苦労じゃった」
「いえ、駆けつけるのが遅くなり申し訳ありませんでした」
ホント遅いよ。もうちょっと早く着てくれたらみんなが戦わずに済んだのに。
「サーイェ・アマーノゥは如何なさいますか?」
「…始末しなさい」
始末。殺せって事か…。何でいきなり始末されなきゃいけないんだよ。具体的にご説明頂きたい。
「どうしてだよヤン婆!!!」
「この者は魔者じゃ」
「こいつが魔者!?」
まもの?マモノ?魔物?…魔者?何それおいしいの?‥って今更か。
もう驚くのも面倒くさいよ。ヤン婆は重々しく口を開いた。
「護神の森から出てきたと聞いた時から不思議に思っていたんじゃ。今まで森から生還した者は居ないからのぅ。そして実際にお前に会って、疑問は疑念となった」
そうですか。
「赤の髪と黒の瞳、そして何とも知り得ない不思議な力を持っている。神聖なる存在か、それとも悪しき存在か図りかねていたが…今日でそれが明確になったわい」
そうですか。
「お前たちも見たじゃろう。バルファーのような凶暴な魔獣を従え遊び、空を飛ぶような者をワシは見たことも無い」
そうですか‥て、え!?
「お前は神聖な者などではない!愚かにも神聖な色を纏った魔者じゃ!!!これ以上この村に災いを撒き散らす事は許さん!!早く消え去れい!!」
消え去れい!!‥ってかなり怒ってるけど、私遊んでないよ!!!真面目に引き付けてただけじゃん!やっぱり傍目から見たら遊んでるようにしか見えなかったのか…!それに武空術も無いのか。はぁ…、DBの世界だったら良かったのに‥ていうか何でヤン婆は居なかったのにその事知ってんの?やっぱり魔女だからか、そうなのか!
「ヤン婆なんて事言うの!サーイェはそんなんじゃないわ!」
「そうだヤン婆、サーイェは私達のために一人で頑張っていたのに…」
「頑張っていた、じゃと‥?あやつがバルフやバルファーを村に呼び寄せたんじゃ!」
「なっ!!」
「あやつが居なければ村が襲われる事も無かった!誰も傷つく事は無かったんじゃ!全てあやつのせいじゃ!!早く‥早く始末するんじゃ!!!」
「……」
アンヌとダンさんがヤン婆に講義するけど、ヤン婆は全く耳を貸さない。それどころか逆に興奮して私を恐ろしいほどに睨みつけてきた。ヤン婆は私のせいにしないと気がすまないらしい。…仕方ないか。
集団生活の中で異質は気味悪がられる。自分たちと同じだけど‥違うから。だから嫌悪を抱き排除する。それはどこの世界でも一緒なんだね。
それなら…もういいや。終わりにしよう。
「分かりました。どうぞ私を始末してください」
「えぇっ!?」
「そんなっ…」
「サーイェ!!お前は何を言ってるんだい!?」
「お前は何も悪い事はしていない、そうだろ?」
必死になるラウム家の皆には申し訳ない。だけどもうこれ以上みんなに迷惑掛けるのは嫌なんだ。
「実際はどうなんだ」
黒騎士の団長が私の前に立ち、静かに尋ねた。団長の一言で周りは自然と静かになった。ありがとよ団長。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」
「どういう意味だ?」
「バルフが何故村に来たのかは私にも分からないからです。偶然かもしれないし、私がいるせいかもしれません」
「……」
皆が黙って私の話を真剣に聞いている。本当、何でなんだろうね?私はいつでも迷惑を掛けることしか出来ない。前の世界でも、今の世界でも。
「理由が分からずとも私が居るせいで揉め事を起こすなどの問題を起こし、ご迷惑を掛けてしまいました。私はもとから皆さんに迷惑が掛かるようでしたらここを出て行くつもりでした。そしてこのような結果を招いてしまいました。だから私はどのような処罰でも甘んじてお受けいたします」
私は団長を真っ直ぐ見据えると、はっきりと断言した。団長は何も言わず黙って私を見下ろしている。
「サーイェ、私達は…」
「分かった」
「騎士様!?」
ダンさんの言葉を遮り黒騎士は返事をすると、後ろへ振り返りヤン婆のほうに体を向けた。
「ヤンディール様、サーイェ・アマーノゥは城へ連行致します」
「なんじゃと?」
ヤン婆がいかにも不服そうに眉間に皺を寄せて団長を睨んだ。
「何故すぐに始末しないのじゃ!!こやつは魔者ぞ!!」
「そうかもしれませんが、今はまだ断言できません」
「今日のこやつの行動を見れば分かるじゃろう!それにこの目、この髪、見たことも無い容姿!!この世の者とは思えん!!」
…そりゃこの世界の住人じゃありませんから。私が内心ツッコんでいると、今度は後ろから白騎士が出てきた。
「しかしヤンディール様、彼女は赤い髪をお持ちです。何かしら王族に関係性があるかもしれません。それに特殊な力を持っているようなので、ここで勝手に始末をして後に問題が起きるといけません。そのような危険が伴う問題は、私どもでは判断を致しかねます。国王陛下のご意見をお聞きしたのち、彼女の処遇を後ほどご連絡させていただきます」
ずいぶん饒舌だなこの白騎士…。それに喋り方が上品。声も高過ぎず低すぎず聞き取りやすい良い声だ。団長にしろこの白騎士にしろ、何で騎士なのにこんな良い声をしているんだ。声優になれよ。
「それでよろしいですか?ヤンディール様」
白騎士はヤン婆に了承を求めたが、これは了承と言うより決定事項だろ。なかなか黒いな。
「…分かった」
「ご理解頂き有り難うございます」
すげぇこの白騎士!あの煩いヤン婆を丸め込んだ!やっぱり騎士じゃなくて政治家とかになりなよ!
「では彼女は私達が責任を持って連行致しますのでご安心下さい」
「……」
一応了承したけどヤン婆は不服のようだ。まぁそりゃそうか。死刑になるはずだった奴が生きてるんだからね。そんな不機嫌なヤン婆に白騎士は優しく話しかけた。
「どうやら今日のヤンディール様はお疲れのようにお見受けいたします。貴方様の魅力である冷静さと聡明さが薄れているように感じます。少しこの問題の事から離れて、どうぞごゆっくりお気をお安め下さい」
「…もう良い。早くこやつを城に連れて行け」
「御意」
そう言うとヤン婆は家の裏へと消えていった。
すげぇえこの白騎士!アフターケアもばっちりだ!!あんたやっぱり騎士じゃなくてホストになりなよ!タラシっぽいし。
私が感心して白騎士を見ていると、白騎士と目が合った。その時何故か笑われた感じがした。…なんだこいつ失礼だな。やっぱりホストじゃなくて結婚詐欺師とかの方が良いかもしれない。
その間に黒騎士団長はそして良く通る毅然とした声で指示を出した。
「一番隊は俺と一緒に城に戻るぞ。残りの黒騎士はロイスの指示に従って怪我人の救護、及び破壊された村の修理を手伝え」
「はっ!」
「じゃあロイス、あとは任せた」
「ああ」
団長は側に居た黒騎士に声を掛けると、さっきの白騎士がやってきた。
「じゃあ私たち白騎士は怪我人の治療をするよ」
「ああ。よろしくな」
この白騎士は団長だったのか。言われて見れば確かに黒騎士団長と同じく鎧の装飾がかっこいい。まぁそれくらいじゃないとヤン婆の前に出る事は出来ないよね。一人納得している間に、騎士達はそれぞれの仕事を始め始めた。その様子を見ていたら、横から出てきた黒騎士に麻袋のような物を被せられた。
「わっ!」
「被っていろ」
「え?」
「いいから黙って被っていろ」
「…はい」
黒騎士団長に言われてしまったので私は大人しく言うことを聞いた。幸いこの麻袋には目の部分に穴が開いていたので前を見る事は出来た。被ってやっても良いけど、せめて説明してくれてもいいんじゃないですか?そんな文句を考えていたら両隣の黒騎士に引っ張られ歩き出した。その時アンヌが私を呼び止めた。
「サーイェ!!」
「アンヌ…」
アンヌはまた泣きそうな顔をしていた。今日はそんな顔してばっかりだね…。アンヌに続き、他の人達も私の元へ行こうとしたが、やはり騎士に止められてしまった。
「騎士様お願いします!サーイェを連れて行かないで下さい!!」
「あの子は本当に良い子なんです!」
「騎士様!!」
みんなが必死に訴えかけている。私のために。
「…すみません、ここからでいいので少し話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
ここでみんなの声に答えない訳にはいかない。私がじっと目で訴えていると、団長は黙って止まってくれた。
「数分だけだぞ」
「有り難うございます」
数分でもいい。多分ここに居られるのは今日で最後だろう。ちゃんとお別れしなきゃね…。
「ダンさん、カカンヌさん、アンヌ、ロン君。私を家族のように接してくれてありがとう。村のみんなも今までお世話になりました。私は少しでもここで暮らす事が出来て幸せでした。何も知らない私に親切に一から教えてくれて、本当に嬉しかったです」
「サーイェ…」
「こんな風にみんなに迷惑掛けてごめんなさい。私はもう村には戻れないけど、みんなの事は絶対に忘れない。今までありがとう」
目頭が熱い。視界がだんだんぼやけてきた。
ここでなら平穏生活が送れると思ったけど、いつまでもここで平和に過ごせるとは思って無かったよ。こんな特殊設定まみれの私がいつまでも村で平和に過ごせるわけがないって。だけどダンさん達の仕事の手伝いをしたり、カカンヌさんやアンヌとご飯を作ったり、みんなと遊んだりして過ごす日々がすごく楽しくて…一日一日を平和に過ごせた事に幸せだった。だからいつもこの生活が続くように祈ってた。平穏な日々が続きますようにって。だけどやっぱり…無理だった。
「…じゃあね」
これでみんなと、この村とはお別れだ。私の言葉と共に目から流れ出た涙は、ごわついた麻袋に沁みこんでいった。
「サーイェ!!」
アンヌが悲しみに顔を歪めて私の名を叫んだ。
「ごめんなさい!さっきは‥酷い事言ってごめんなさい…!!」
「アンヌ…」
アンヌはぼろぼろ涙を流しながら謝った。きっとさっきの事を言ってるんだろう。
「大丈夫だよ」
私はアンヌに向かって微笑んだけど、麻袋で顔を覆っているから表情は分からないだろうな。
「正直に言えばあの言葉はけっこう傷ついたけど…あれはアンヌがみんなの事を思って言った言葉だから」
アンヌはしゃくり上げながらも黙って私の言葉を聞いていた。
「私とアンヌは考え方が違うんだもん。考え方が違うから衝突する事もある。だけど違うからこそお互いの事を分かり合おうとするし、思いやる事も出来る。今だってこうやって分かりあうことが出来たでしょ?だから私は大丈夫。もう泣かないで」
「サーイェ‥あ、ありがと…ありがとう…!!」
「うん…」
アンヌは震える声でお礼を言うと、そのまま泣き崩れてしまった。最後に見るのが泣き顔なんて悲しいな。だけどこの状況で笑ってなんて言うのは酷だよね。
次に会うことが出来るなら笑顔が見たい。だけどそれはきっと叶わないんだろうな。殺されるか、生きていてもヤン婆がいる限り戻る事は許されないだろう。きっとみんなも私が戻ってくる事が出来ない事が分かっているからこそ、こんなに必死で引き止めてくれているんだろう。
「遠くにいても‥皆の幸せを祈っているよ」
もう戻れない。いや、もう戻らない。それなら前に進まなきゃ。たとえそれが茨の道でも、ってね。私のやりたいようにやるよ。さ、気持ちを切り替えなきゃ。
「お時間を下さり有り難うございました。行きましょう」
「……」
団長は黙って私を見てきたので、私も見返した。お互いに表情を読み取る事は出来ない。
「行くぞ」
黒騎士団長が声を掛けると私達はヤン婆の向かって行った家の裏に向かった。