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いつも見ていた世界  作者: 板井虎
第一章
19/57

第18話:それぞれの大切なものの守り方

この話はグロテスクな表現が含まれています。苦手な方はご注意下さい。



 アンヌどこだー?出来ればまだ村に到着してくれないと良いんだけど…。ここからだとジャックの家のほうが近いな。そっちにも寄ってみるか。

 ジャックの家のある区域に着くと、村人達はバルフと戦っていた。ミーナは4匹とか言ってたけど、彼女が逃げてからまた続々増えたようだった。いま襲ってきているバルフの数は少ないが、10匹くらいは地面に倒れている。暗いのでその姿をはっきりとは見えなかった。


「サーイェ!何でここに‥オラァ!!」


 ぼーっとそれを見ているとフェズおじさんはバルフを鍬でぶっ飛ばして、炎の弾を喰らわした。うわ、すごー!

 打撃と炎を喰らったバルフは呻きながら炎に包まれてもがいている。なんかアン●リーバボーで流れてそうな光景だな。

 もがいていたバルフはまだ燃えている炎を身に纏ってよろよろと森のほうへ向かおうとしたのか、歩き始めた瞬間にフェズおじさんが鍬を振り下ろした。私は思わず目を瞑った。


「…っ!!」

「キャンッ!!!」



 悲痛な叫び声が聞こえた後に恐る恐る目を開けると、横たわっているバルフの首から血が流れ、ゆっくりと地面に広がっていった。広がる血を目で追っていると、周りに倒れている他のバルフ達も目に入ってきた。暗いのに目が慣れ始めてきていたので、さっきとは違ってはっきり彼らの姿を見る事ができた。体が焼けて黒ずんでいたり、切断されて中身が見えているものもいる。現実味を感じない光景に、私は何とも言えなかった。


「ほら危ないから早くヤン婆の家に行け!」

「え!?あ、あぁ…」


 ビックリしたー‥。フェズおじさんはお冠だけど、おかげで正気に戻ったわ。


「フェズおじさん、私アンヌを探してるんだけどここにアンヌ来てない?」

「え‥あぁ!ジャックがアンヌを見かけたからあいつが追いかけて行ったぞ」


 グッジョブジャック!多分ジャックの足ならアンヌに追いつけるから少しは安心だな。


「じゃあアンヌとジャックと一緒にいるのね?」

「多分そうだと思うが‥なっ!!」

「うわぁっ!!」


 話している最中にさっきとは違うバルフが私達に襲い掛かってきた。しかしその前にフェズおじさんが思いっきりバルフを打ち飛ばした。ナイススウィングです、フェズおじさん。ファーストゴロ辺りかな。バルフはその強いスウィングにノックアウトされて伸びていた。


「ふぅ…。あ゛ー、全く何でこんなにバルフが出てきやがったんだ!」

「周りを見る限りだと結構の数のバルフが来たみたいだね」

「あぁ。今はもうだいぶ倒したから落ち着いてるが、さっきまで次から次へと出てきて大変だったんだ」


 そういって頭をガシガシ掻くフェズおじさんは疲れているようだった。


「そっか‥。けど無事で良かったよ。じゃあ私はアンヌを探しに行かなきゃ」

「お前一人じゃ危ねぇだろ。俺もついていく」

「だめだよフェズおじさん。疲れてるんでしょ?それにまだここも安全とは言い切れないし、怪我をしている人達もいる。私よりもまずその人達を助けてあげて」

「だけ…」

「私なら大丈夫!逃げ足は速いから危なくなったらすぐに逃げるし、少しは攻撃魔法も出来るから怯ませるくらいは出来る。帰りはジャックもいるから少しは安心でしょ?」

「……」


 ニコニコしながら一気に捲くし立てた。さっきもミーナに似たような事を言ったな。フェズおじさんは顔を顰めて考えてると、ようやく折れてくれた。


「はぁ…。危なくなったらすぐに逃げろよ」

「うん。じゃあ行ってくる。フェズおじさんも無茶しないでね」

「そりゃこっちの台詞だっつーの。じゃあな」


 疲れた顔をしているフェズおじさんに別れを告げると、私はまた村に向かった。




 暗闇の中で一人走っていると、さっきのバルフの事を思い出しだんだん怖くなってきた。多分さっきは驚きで心がついてこなかったんだと思う。

 焼かれて毛も無くなりバランスの悪い黒ずんだ体。首を切りつけられてぱっくりと開いた頭と胴体。そこから静かに地面に広がっていく血。だらしなく開いた口から力なく垂れている舌。殴られたときの衝撃で飛び出た目。何も写さない、瞳。

 ぞっとした。

 まるで映画のような事が現実で起きている。今まではお菓子やジュースを飲みながら視聴していた立場だったが、今はその逆だ。視聴している時に時折スリルを感じる時はあったが、それなんかとは比にならない。全身に張り詰める緊張感の中、呼吸はいつもよりやたらよく聞こえるし、心臓を打つ鼓動も早い。走っているせいじゃない事はよく分かっている。とにかく今は早く明るい場所に出て誰かに会いたかった。誰でもいい。独りにしないで。




 私ががむしゃらに林の中を走っていると、二つの影が見えた。ようやく見つけた!


「アンヌ!ジャック!!」

「サーイェ!?」

「何でお前まで!!」


 アンヌは目を丸くし、ジャックは驚きの中に苛立ちが伴っていた。


「無事で良かったー‥」


 ほんと良かった。誰かに会えた事、アンヌの無事が確認出来ると安心して肩の力が抜けた。今まで緊張しっぱなしだったからね。安心したせいか精神的な疲れが出てきたよ。

 まったく…こんなに大量にバルフがいる場所に向かうなんて無茶すぎるでしょ。サファリパークでバスに乗らずに周るのと同じようなもんだよ!私だったら絶対にしない。


「アンヌがヤン婆の家から姿が見えなくなったから探しにきたんだよ」

「だとよ、アンヌ」


 ジャックがアンヌを睨みながら嫌味たっぷりに言うと、アンヌは申し訳無さそうにうなだれた。


「ごめんなさい…」

「うん、だけどアンヌが無事ならいいよ」

「ったくよー、お前たちバカなことすんじゃねーよ」

「ごめんごめん」


 私がアハハと笑うと、ジャックは疲れしたように溜め息を吐いて頭を掻いた。さっきのフェズおじさんみたいだ。やっぱり親子だね。


「あ、そう言えば…」

「なんだよ」

「さっき来る途中にジャックの家の方に寄ったんだけど、私が行った時にはほとんどのバルフを退治出来てたよ」

「そうか…」


 ジャックはほっと安心したようだった。そりゃ自分の家族の事は心配するよね。


「じゃあお前らは戻れ」

「えっ!?」

「えっ!?じゃねぇよ!」

「そうだよアンヌ、戻ろう」

「だけど…ジャックはどうするの?」


 アンヌは不安そうにジャックを見つめた。


「オレはダンさん達の様子を見てからそっちに向かう」

「私も一緒に行くわ!」

「だからさっきからダメだって言ってんだろ!」


 やっぱりアンヌは家に行く事を諦めていなかった。


「どうしてよ!」

「危ないからに決まってんだろ!」

「だったらジャックだって同じじゃない!!」

「違ぇだろ!だいたいお前は戦えないだろ!!」

「白魔法が使えるから平気よ!!!」

「だからって‥「あーもー!いい加減にしなよ2人とも!!」


 私が一喝すると2人は息を巻きながら睨み合った。あー言えばこう言うとはまさにこれだよ!一体何回ビックリマーク使ってると思ってんだ!!


「今は痴話喧嘩してる場合じゃないでしょ?」

「「痴話喧嘩じゃない!!」」


 2人はタイミングぴったりで言うと、お互いを睨んでからふんっ!と顔を背けた。こんなに息が合うんだからやっぱり痴話喧嘩でしょ。


「じゃあそれでいいよ。とにかく今は自分のやるべきことを考えてよ。ジャックはダンさん達の安全確認、私達はヤン婆の所に戻る、いいねアンヌ」

「でも…」

「ジャック、アンヌは私が連れてくから早く村に行って」

「おー、頼む」

「うん」

「ジャック‥!!」


 ジャックは私にアンヌを任せるとさっさと村へ向かった。私がアンヌの腕を掴んでいると、アンヌは私の方を向き訴えてきた


「お願いサーイェ行かせて!」

「駄目」

「そんな…」

「ジャックも言ってたでしょ。危ないって。そんな所に戦えない私達が言っても邪魔になるだけだよ」

「……」

「心配なのは分かるけど、今は皆を信じて待とうよ」


 私がアンヌの両肩に手を置きじっと見つめていると、アンヌは静かに俯いた。


「じゃあ、行こう」

「……」


 私達がヤン婆の家に戻ろうとした時、背後が光った。


「…何?」


 振り返ると村から大きな炎が上がっていた。それは燃え移っているわけではないが何者からか攻撃を受けているかもしれない。


「お父さん…」


 その炎を見たアンヌは再び村へと走りだそうとしたが、私は強くアンヌの腕を掴んで引き留めた。


「放して!!」

「駄目だってば!!危険すぎる!」

「どうしてよ!何で分かってくれないのよ!!!」


 アンヌは苛立ちが溜まりどんどんヒステリックになってきた。


「アンヌ、さっきも言ったけどここは危ないの。私達が居ても邪魔なだけだよ。皆のために出来ることは逃げて皆をバルフ退治に集中させる事。そしてこの事をヤン婆に伝える事が私達に出来ることだよ」

「……」


 ようやく納得してくれたかな?と思ったけど、アンヌは思いきり腕を振って私から離れると、顔を歪めて私を睨んだ。


「確かに私に力はないし、出来ることは少ないかも知れないけど…それでも皆の役に立ちたいの!私だって皆を、村を守りたいの!!」


 そう叫ぶアンヌは赤い顔をして肩で息をしていた。完全に頭に血が上ってる。面倒な事になったな…。ここで揉めてる場合じゃないのに。


「アンヌ落ち着いて…」

「危ないのは分かってるわよ!だけどそんな危ない中で戦っている皆だって危ないのは一緒じゃない!!だったら私だって一緒に戦う!!」

「だけどアンヌ!今は我慢して。私達はこの事をヤン婆に伝えなきゃいけないの。だから‥」

「サーイェには分からないわよ…」

「え?」


 さっきまで声を荒げていたアンヌが低く静かな声で呟いた。そして拳を握り締めると震える声で叫んだ。


「サーイェに私の気持ちなんて分からないよ!!大切な人を失うかもしれない気持ちなんて分かるはずないわよ!!!」


 アンヌは涙を流して悲痛に叫ぶと駆け出していった。私はその背中を、呆然と見つめる事しか出来なかった。






 大切な人を失う気持ちが分からない?そんなの…嫌というほど分かってるよ。

 私は今まであったもの全てを失ったんだ。家族、友人、生活、…私の、世界。もう手に入れる事は出来ないんだ。それを認めたくないから現実逃避したりしたけど、結局何も変わらなかった。

 全てを失った私は何?全てが無いなら私も無いも同然。

 だけど、私はここで前向きに生きようと思った。今までのものと引き換えに、前では出来なかったことをしようと、自分の力で生きようと思った。そうしないと、何か目標が無いとやっていけなかった。

 その目標どおり前向きに生きたら、大切な人たちが出来た。だけどまた大切なものを失いかけている。

 もう失いたくない。失いたくないから、守りたいから逃げていたのに…どうして、分かってくれないのかなぁ?




「キャァアアア!!!」


 アンヌの叫び声で我に返った。ボーっとしてる場合じゃない!全速力で村に向かうと、そこには巨大バルフがいた。


「何あれ…」


 普通のバルフはマウンテンバイクくらいなのに対し、巨大バルフはトラックくらいある程の大きさだった。歩くたびに爪が地面に食い込み、呼吸をする度に口から炎がゆらゆらしていた。火炎放射器みたい…。

 巨大バルフは余裕なのか襲い掛かるどころか品定めをする様に周りを見ていた。男性人は遠くから囲み攻撃すタイミングを考えあぐねていると、巨大バルフはふと、何かに気付いたように私達を見てきた。え、何?

そして体の向きを変えると私達の方向へ寄ってきた。マージーでー‥?


「二人とも逃げろ!!」


 私は呆けているアンヌを引っ張った。


「アンヌいつまで固まってるの!!」

「え、あ‥」

「逃げるよ!!」


 私達が走り出すと、巨大バルフも私達に向かって走り出した。私はアンヌの腕を引っ張って逃げようとしたけどすぐに追いつかれてしまった。


「ちっ!」

「サーイェ!!」


 もしかしてこれがバルフのボスなの?こんなの村人が戦うレベルじゃないよ!!勇者来いよ勇者!!!ていうか騎士団何してんだよクソ!!!

 巨大バルフが噛み付こうとした時、ジャックが炎の玉を飛ばして巨大バルフを攻撃した。攻撃は全然効いていないようだが、巨大バルフの狙いが私達からジャックの方へ向かった。ジャックが巨大バルフの気を逸らしてくれたのだ。サンクス!!しかしそれは無駄に終わった。


「ジャック!!」


 バルフがジャックの方へ向かおうとした時、アンヌが大声でジャックの名を叫んでしまったのだ。そのせいで巨大バルフの気を再び私達の方へ戻してしまった。


「ちっ!」


 せっかくジャックが気を逸らしてくれたのに!

 私は体を軽くしてアンヌを引っ張り走り出した。当然巨大バルフは私達を追ってきた。

 あーもうこの状況で一体どこに逃げれば良いのよ!こうなったらヤン婆の家にも戻れないし、村にも行けない。

 苛立ちながら暗い林の中を走っていると、アンヌの呼吸が激しくなっている事に気がついた。体を軽くしているとはいえ、走り続けるのはキツイ。それにどうやら私より体力の消耗が激しいようだった。このままじゃまずいな…。食べられる前にアンヌが死んじゃう。村にも戻れないしー…仕方ない。アンヌとここで別れよう。その方がどちらにとっても安全だ。

 私はスピードを落とすと、アンヌと茂みの中に入った。


「アンヌ、大丈夫?」


 顔をのぞき込むと、アンヌはただゼエゼエと喘いでいた。やっぱりこれ以上走るのは無理そうだ。


「‥アンヌはここで隠れてて」


 彼女は返事をせずに、苦しそうに視線を私に寄越した。


「私はあの巨大バルフをここから引き離すから、その間にヤン婆の所に戻って」


 私がそう告げるとアンヌは弱弱しく私の腕を掴んだ。どこまでも他人の心配をする彼女に思わず苦笑した。


「大丈夫だよ。戦うことはしないから。ほら私、足速いでしょ?前も逃げ切れたし。騎士団の人達が来るまでの間のただの時間稼ぎだから心配しないで」

「だけ‥ど…」


 アンヌが泣きそうな顔をして何かを言おうとした時、巨大バルフの足音が大きくなってきた。


「お願い、この事をヤン婆に伝えるために逃げて。逃げることは悪い事じゃないの。あなたが逃げることで私達が助かるかもしれない。それはダンさんもジャックも思ってたことだと思う。だから逃げて」

「サー‥イェ…」

「さ、早く早く!」


 私は明るくアンヌの背中を押した。


「じゃあよろしく頼んだよ」


 笑顔でアンヌにお願いすると、彼女は意を決したようで力強く頷き、少しよろけながらも走ってヤン婆の家へと向かっていった。

 これで一安心、かな。私はアンヌが走り去るのを見届けると。ズシンと響く足音のする方へ、体を軽くしながらゆっくりと向かっていった。



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