第17話:突然の災害
「みんなー!!バルフだ!バルフが来たぞー!!!」
私達が楽しく食器洗いをしていると、突然外から大声が聞こえてきた。
「え、どうしたの?!」
私達は皿洗いをする手を止めると、ダンさんとロン君が窓に駆け寄り外を覘いた。
「‥バルフだ!」
「え?!」
「何だって!?」
「バルフが村に下りてきてる!」
カカンヌさんとアンヌも急いで窓に駆け寄るので私もそれに続いた。バルフって何だ?
「あっ!!」
あれ森にいた魔獣じゃん!
「どうしたんだいサーイェ?」
「私あの魔獣に森で襲われたの!」
「あんたバルフから逃げる事ができたのかい!?」
「え、あ、はい…」
チート能力のおかげだけどね!
「サーイェは本当にすごいね…。バルフは足が速いのに」
「‥そう、なの?」
「ああ」
みんなが驚いて目を見張っている。…言わない方が良かったですか?それにしても、森では単体だったのに今回は…いちー、にー、三匹か。マウンテンバイク位の大きさの狼型魔獣。
そんな事を話している間に、バルフという魔獣は徐々にこちらの方に近づいてきた。
「俺はシャイク達と一緒にバルフを追い払いに行ってくるから、お前達はヤン婆の所に行ってこの事を伝えるんだ」
「うん、わかった!」
「だけど父さん…」
アンヌは心配そうにダンさんを見つめると、ダンさんは優しくアンヌを抱きしめた。
「バルフを追い払ったら俺達もヤン婆の家に行くから心配するな」
「…うん。早く来てね」
「ああ」
ダンさん優しく答えると、そっと離した。ラウム家はこういう事が自然に出来るから良い家族だなぁって思う。
「じゃあカカンヌ、子供たちを頼む」
「分かった。無茶するんじゃないよ」
「ああ。じゃあ行ってくる」
カカンヌさんの言葉にダンさんは苦笑すると家から出ていった。
カカンヌさんはダンさんの奥さんのはずなのにお母さんに見えるよ。確か男性ってマザコンが多いんだっけ?だから恋人や奥さんに母親を求めるというか…
「さぁ、じゃああたし達も急いでヤン婆の所に行くよ!」
「うん!」
「お、おおぅ…」
びっくりしたー。こんな時に関係ない事を考えてちゃいけないね。という訳で、私達はヤン婆の家に向かった。
ヤン婆の家に向かう最中、アンヌはダンさんの事が心配なのかどことなく沈んでいた。やっぱり心配だよね。
「カカンヌさんはダンさんの事が心配じゃないんですか?」
「え?ああ、心配って言えばそうだけど、ダンはバルフにやられるほど柔じゃないからね。だからきっと大丈夫さ」
カカンヌさんは明るい声と優しい笑顔が、ダンさんへの信頼を感じた。やっぱり奥さんだ…。
「それにしても、どうしてバルフが村に?」
「それはあたしにも分からないよ。後でヤン婆に聞いておくれ」
「…うん」
ヤン婆の家に着くと、そこには既に数人の村人が来ているのが見えた。
「ミーナ!」
「アンヌ!!」
私達が到着すると、ミーナが心配そうに駆け寄ってきた。
「良かった無事で・・。アンヌ達の所にもバルフが来たの?」
「うん。ミーナの所にもバルフが?」
「うん…。私の所には4匹くらい襲ってきたから、男の人達が村に残って、私達はヤン婆に伝えに着たんだけど、まさかアンヌたちの所にもいるなんて…」
「じゃあジャックは…」
「うん…」
ミーナは気まずそうに頷いた。やっぱり男の子だから戦わなくちゃいけないのか…。だけどジャックはそんなに弱くないはずだ。前に魔法を教えてもらう時にジャックの魔法を見せてもらったけど、結構大きい火を出していたから多分殺される事はないと思う。
アンヌは少し俯くと、ぱっと顔を上げた。
「ジャックも男なんだから、しっかり戦ってもらわなきゃね!」
意外にも明るい反応のアンヌにびっくりした。ダンさんの時はあんなに心配そうだったのに、ジャックの時は異様に明るい。もしかして、私達に心配を掛けないように空元気を出してるのかな…。
「ヤン婆はどうしてるの?」
「いま王都に連絡を取っているみたいよ。だから騎士団の方達が救助に来てくれると思う」、
「そっか。騎士団が来るならもう心配は無いね」
「良かったー!」
みんな騎士団と聞いて少し緊張が解け、ロン君にいたってはかなり喜んでいる。不謹慎だけど実は私も内心少しワクワクしてる。
騎士団ってきっとあれだよね!鉄の鎧兜着て剣やランスを持って戦う人達。中世ヨーローッパー!すごい見たい!あぁー早く来てくれないかなー!!
私達がヤン婆の家の前で待っていると、少しずつ村人が集まりだし、お互いの無事を確認しあった。みんな安心してきたのか、おばさま達の世間話で少し賑やかになった。やっぱり女って話すの好きだよね。
それにしても少しずつだけどどんどん人が集まっているって事はそれだけ広範囲にバルフが降りてきているって事なんだろうか。何でなんだろう…。魔獣が過去に襲ってきたのは人口が増えた時で、それは自分たちのメージが取られると考えていたから。だけど村には私以外増えていないからメージを思いっきり消費する事はない。それでも魔獣、バルフが襲ってくるという事は…
「ちょっとごめん、安心してきたせいか、トイレに行きたくなっちゃった」
「え?」
私が考え事をしているとアンヌは少し照れたように言った。
「もうアンヌったら!」
「アハハごめんごめん!ちょっとヤン婆の所にトイレ借りに行ってくるね」
「うん、いってらっしゃい」
私とミーナは苦笑してトイレに向かうアンヌを見送った。周りは暗かったからアンヌの姿はすぐに見えなくなった。
「ねぇ、ミーナ」
「なぁに?」
「大丈夫かな?」
「え?…あぁ、ここなら安全よ。サーイェは知らなかったかもしれないけど、ヤン婆って村で一番の魔術師なの!」
「へぇ‥そうなんだ」
「うん!だから心配しなくて大丈夫」
ミーナが優しく教えてくれたけど、私が聞いたのはその事じゃない。アンヌの事。
普段から明るいアンヌはとても情が深い。見ず知らずの私を拾って家に置いてしまうくらいに。そりゃカカンヌさんも情が深いけど、ダンさんを信頼しているし、母は子供を守るためなら強くいられる。ロン君はまだ子供だからあまり危機感が無い。
だけどアンヌは違う。丁度その中間の一番不安定な位置にいる。そこまで強くもなければ楽観的に考える事が出来るわけでもない。そのアンヌが家族や友人が危険な状況にいるのに、彼女は平気でいられるのだろうか?
ミーナも安心しているみたいだから、また不安にさせたくなかったので私はその事を言わなかった。
「アンヌ遅いね」
「そうね、お腹でも痛いのかな?」
「……」
本当にミーナは天然だな。20分過ぎて出てこないなんてどれだけ大量の排泄物を出してるんだよ。それとも便秘か。何だか嫌な予感がする…。
「ねぇミーナ、私もトイレに行きたいんだけど、トイレってどこにある?」
「ここからじゃ見えないけど、ヤン婆の家の隣にある、少し木に覆われた所にあるわ」
あー‥確かに見えないね。
「ありがとね。じゃあアンヌの様子見がてら行ってくるわ」
「うん」
「さて…」
トイレの前まで来た訳ですが、アンヌはいるんでしょうか?
私はドアをノックしてみた。
「アンヌ、大丈夫?」
…応答なし。
「アンヌ?」
嫌な予感がどんどん大きくなってきた。私がトイレのドアを押すと、キィっと音を立てて簡単にドアが開いた。
居ない。念のためあんまり行きたくないけどヤン婆の家も覗いてみるか。仕方なく私は隣のヤン婆の家のドアをゆっくりと押して家に入った。
「失礼しますー‥」
私はドキドキしながらヤン婆の家のドアを開けると、ヤン婆がこっちを振り向き私を確認すると、まるで憎んでいるかのように私を睨んできた。…やっぱり嫌われてるなぁ。まぁそれは仕方ないとしよう。今の問題はこんな事じゃない。
「あのー、アンヌを見てませんか?」
「来ておらん」
「そうですか。では失礼します」
「……」
私はアンヌが居るかを確認すると、さっさと家を出た。こっちだってヤン婆に係わりたくないし。
それにしても面倒くさいことになったなー…。
アンヌは多分村に行ったね。アンヌが私達に断りも無く外に出て行くわけが無い。私達にそれを言わない=何かやましい事、隠したい事があるってことでしょ。ダンさんやジャック、他の村人が心配だったんだろうけど、行こうとすれば周りから反対される事が分かってるからこっそり一人で出て行った…。アンヌの事だからそんなところう。
私は深く溜息を吐くと、ミーナの元へと戻った。
「あ、おかえりサーイェ。アンヌは?」
「その事なんだけど…ミーナ。ちょっとこっちに来て」
「え、うん‥」
私は不思議そうな顔をしているミーナを家から離れた薄暗いところに連れて行くと、小声で話しかけた。
「静かに、落ち着いて聞いてね」
「うん」
「アンヌが居ないの」
「えっ?!」
「しーっ!」
「ご、ごめん…」
ミーナは謝りながらすごく不安そうな顔をしていた。
「トイレに行ったけどそこに居ないし、ヤン婆の家を覗いてみたけど見当たらない。多分アンヌは、村に向かったんだと思う」
「そんなっ!どうしよう‥アンヌはあんまり攻撃魔法使えないのに…」
「どうして?」
「使いたくないんだって…」
アンヌらしいな。確かにアンヌが攻撃魔法を使っているのは見たこと無い。いつも生活に役立つものか、回復魔法を使っている。きっと優しいから、魔獣であろうと傷つけたくないんだよね。それは良いことだけど、今はそれが裏目に出ている。
「うーん、じゃあアンヌは少し回復魔法が使えるから、皆のサポートをするために戻ったのかもしれないね」
「そんなっ!サーイェどうしよう…!!」
「……」
はぁー‥、どうしようと言われても。アンヌがサポートに行ったとしてもどれだけの回復魔法が使えるかが問題だな。大体ゲームでも結構白魔法が使えるようなら良いんだけど、あんまり使えないとなるとぶっちゃけ足手まといだ。
私が怪我をした時に治療をしてくれたのはアンヌだけど、あの傷を治すだけで疲れていた。しかも完全にでは無い。失礼だけどその程度だったら戦闘で使えるわけが無い。まぁ敵の強さにもよるけどね。アンヌの事と村で戦っている皆のためを思うと、ここは私が連れ戻すしかないか…。
「ミーナ、わたし村に行ってくるよ」
「だけどそれじゃあサーイェも危ないわ!それにアンヌが村にいるかはまだ分からないし、やっぱりヤン婆に伝えた方が…」
「それはだめだよ。ヤン婆はここを守っている。それにここにいる皆もヤン婆が守ってくれていると思っているから安心していられる。だからヤン婆がここからいなくなることは皆を不安にさせてしまうし、アンヌが居ないという事が知られても皆の不安を仰ぐだけになる」
「だけどサーイェ…」
ミーナは不安で泣きそうな顔をしているので私はぽんっとミーナの頭に手をのせて笑って見せた。
「大丈夫!実は私、森でバルフに襲われたけど逃げてくる事が出来たんだもん。足には自信があるから、ちゃんとアンヌを連れて帰って来るよ!」
「……」
ミーナが俯いたけど、ここでのんびりしている訳にはいかない。
「じゃあミーナ、私行ってくる。この事は皆に言っちゃだめだよ」
「…サーイェ、無事に帰ってきてね」
「うん、分かった。じゃあいってきます!」
私はミーナに別れを告げると、私は前のように体を軽くして村へと全力疾走した。