表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/36

三十一話 覚醒

 薄れゆく意識の底。暗闇に沈む俺の脳裏に、古いフィルムのような映像が、焼けるような痛みとともに逆流してきた。

 

 ――それは、赤色に染まったあの日。

 瓦礫の山の中で、冷たくなった両親の手。その掌から、呪いのように俺の体へ流れ込んできた「力」の奔流。

 

『リョウ、世界を守って。……ヒーローに、なるのよ』

 

 最期の言葉は、鎖だった。

 あの日から俺は、自分の名前を捨てた。リョウという少年は死に、人類の盾という機能だけが生き残った。

 

 一人きりで、数え切れない夜を戦い抜いてきた。

 誰もいない広い家。冷たい廊下。

 感謝の言葉も、賞賛の声も、俺の孤独を埋めることはなかった。俺にとって世界とは、守るべき義務であり、同時に俺から自由を奪い去った檻だった。

 

「……が、はっ……」

 

 現実の衝撃が、肺の中の空気を叩き出す。

 怪異の爪が、俺の胸を深く抉っていた。

 視界は血に染まり、力は霧散していく。

 ああ、これでようやく、あの重い鎖から解放される。ヒーローとしての役目が終わる。

 

 けれど。

 その瞬間に脳裏をよぎったのは、世界の平和でも、両親の遺言でもなかった。

 あの白い指先。

 あの何よりも愛おしい声。

 

 ――俺が死んだら。

 ――あの子の生きる世界まで、消えてしまう。

 

 そんなの、耐えられない。

 義務も、宿命も、英雄の誇りも、全部くれてやる。

 

 俺が守りたいのは、そんな大きなものじゃない。

 

「……笑わせるな」

 

 止まっていた心臓が、怒濤の勢いで跳ねた。

 

「俺から……ユイトを、奪わせない……っ!」

 

 それは、ヒーローの祈りではない。ただの男の、醜くも美しい執着だった。

 全身の細胞が、命を燃料にして爆ぜる。

 失われたはずの力が、純白の閃光となって俺の右腕に収束していく。

 

「ユイトの生きる未来に……お前は、いらない!」

 

 俺は、己の全存在を懸けて突き進んだ。

 怪異の咆哮が、俺の叫びに掻き消される。

 人類を救うためじゃない。

 明日、あの子が目覚めた時に、カーテンの隙間から差し込む朝日が、今日と同じようにシルクのように揺れているように。

 あいつが、もう一度誰かを愛せるような、そんな当たり前の世界を遺すために。

 白光が世界を塗り潰す。

 怪異の核を貫くと同時に、俺の体もまた、耐えきれぬ負荷に崩壊を始めた。

 

 相打ちでいい。

 この命、一秒だって余らせるつもりはない。

 全部、全部、ユイトの明日のために使い切ってやる。

 

 結界が内側から弾け飛び、俺の意識は、眩しすぎる光の中に溶けていった。

 

 最後に感じたのは、不思議なほどの静寂。

 そして、遠い日の記憶にある、ユイトの温かな手の感触だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ