二十九話 拒絶
クレープを包んでいた紙が、風に吹かれてカサリと音を立てた。
陽だまりのような温かさに包まれていたはずのベンチが、急激に熱を失っていく。リョウが隣で、空になった包装紙をじっと見つめたまま、独り言のような低い声を出した。
「……ユイトは、俺と出会えてよかった?」
唐突な問いに、胸の奥がざわついた。
さっきまでの穏やかな「デート」の続きにしては、その声があまりにも湿り気を帯びていたからだ。
「急になんだよ。そんなの、当たり前に決まってるだろ」
俺は少し照れ隠しに、ぶっきらぼうに答えた。
「お前がいなきゃ、俺は今もあの暗い教室の隅で、誰とも喋らずに死んだように過ごしてた。……感謝してるんだ、本当は」
リョウは一瞬だけ、ひどく傷ついたような顔をした。
けれど、次の瞬間にはその表情を消し、冷徹な仮面を貼り付ける。
「そっか……。よかった」
リョウは立ち上がり、俺を見下ろした。逆光で彼の表情がよく見えない。
「でも、ごめん。……もう、俺に関わらないでほしいんだ」
心臓がドクリと跳ねた。耳鳴りがして、リョウの言葉が理解できない。
「はぁ? ……何言って……冗談だろ?」
「冗談じゃないよ。もう、会うことはできない」
「なんでだよ……! 理由を言えよ! さっきまであんなに普通に笑ってたじゃないか!」
俺は思わず立ち上がり、彼の腕を掴もうとした。けれど、リョウはその手を、氷のような冷たさで払いのけた。
「君にはわからないよ。……世界を背負って戦うことが、どれだけ孤独で、どれだけ重いか」
リョウの口から漏れたのは、今まで一度も聞いたことがない、傲慢で冷酷な言葉だった。
「君一人と、数億人の人間が生きるこの世界を天秤にかけた時、どっちが大事かなんて、わざわざ言うまでもないでしょ」
突き放すような、蔑むような視線。
いつも俺の手を握ってくれた、あの優しさはどこにもない。
「君と過ごす時間は、俺にとってただの『足枷』でしかなかったんだ。……ヒーローには、守るべきものが多すぎる。君みたいな『普通』の人間を構っている暇なんて、本当は一秒だってないんだよ」
「……リョウ、お前、本気で言ってるのか?」
足元から崩れ落ちそうになるのを必死で堪える。
嘘だと言ってほしかった。いつものように笑って「驚いた?」と抱きしめてほしかった。
けれど、リョウの瞳には、一切の揺らぎがなかった。
「もういいよ。十分楽しませてもらったから」
リョウは背を向け、歩き出す。
「待てよ! リョウ!」
叫んでも、彼は振り返らない。
その背中が、あのお泊まり会の朝に見た「孤独を飼い慣らす廊下」のように、あまりにも遠く、冷たく感じられた。
「……ごめん」
去り際、風に溶けるような小さな呟きが聞こえた気がした。
それが謝罪なのか、それとも最後の手向けなのか。
一歩も動けない俺を残して、リョウの姿は人混みの中に消えていった。
手元に残ったのは、冷めきったクレープの甘い匂いと、あいつがわざと置いていった、痛いほどの絶望だけだった。




