二十六話 未来
カラオケボックスを出ると、夜気は驚くほど冷えていた。
駅前の喧騒を離れ、住宅街へと続く一本道を二人で歩く。街灯が等間隔に落とすオレンジ色の光が、俺たちの影を長く伸ばしては縮めていく。
「ふぅ……。やっぱり、あの中は酸素が足りないね」
リョウが首を回しながら、大きく伸びをした。
「……お前がサービス精神出しすぎなんだよ。少しは手を抜けばいいのに」
「あはは、職業病かな。つい、みんなが笑ってると安心しちゃうんだ」
リョウはそう言って笑うけれど、その横顔はどこか遠くを見ているようだった。
不意に、リョウが立ち止まり、夜空を見上げた。雲の隙間から、頼りない月が顔を出している。
「ねえ、ユイト。……高校卒業したら、どうするの?」
心臓が、微かに揺れた。
それは、進路希望調査票を埋める時のような、ありふれた問いかけのはずだった。
「卒業したら?」
「そう。大学に行くのか、それとも何かやりたいことがあるのか。……俺がいなくなっても、ユイトの未来は続いていくんだから」
リョウの声は、あまりにも淡々としていた。
まるで、明日の天気を予報するように。自分がそこにはいない未来を、確定した事実として受け入れているような、そんな響き。
「……あんまり、考えてない。まだ先のことだし」
「そっか。……ユイトなら、きっとどこへ行っても大丈夫だよ。優しいし、芯が強いから」
リョウは満足そうに頷き、再び歩き出した。
その歩調は穏やかで、交わされる会話も、傍から見ればどこにでもある親友同士の、あるいは恋人同士の語らいに見えただろう。
けれど、俺の胸の中には、じりじりと焼けるような痛みが広がっていた。
俺は、考えていた。
卒業しても、同じ大学に通えたらいいなとか。
もっと大人になって、今より広い部屋で、リョウと一緒に朝ごはんを食べる未来とか。
リョウの体の傷が増えなくなって、二人でどこか遠くへ旅行に行く計画とか。
俺が描いていた「将来」のキャンバスには、いつだって、当然のようにリョウの姿があった。
けれど、今、隣を歩くリョウが口にした言葉には、自分の居場所なんて一ミリも残されていなかった。
――俺がいなくなっても。
その前提が、彼の中では絶対なのだ。
ヒーローとして戦う彼は、今日を生き抜くことにすべての命を使い果たしている。
彼にとっての「未来」は、真っ白な空白だ。描くことが許されない、いつか唐突に断ち切られることが決まっている、終わりの風景。
リョウは「いつかいなくなる人」なのだ。
その残酷な事実が、繋いだ手の温もりを通して、冷たく俺の心に染み込んでくる。
「……ユイト? どうしたの、急に黙り込んで」
「……なんでもない。ちょっと、眠くなっただけ」
「あはは、そうだね。今日は遊びすぎたかな」
リョウが優しく笑って、俺の頭を撫でる。
その掌が温かければ温かいほど、俺は泣きたくなった。
一緒にいたいと願っているのは、俺だけだった。
リョウは最初から、自分を未来から切り離している。
夜の淵を歩く俺たちの足音だけが、虚しく響いていた。
明日が来るのが、こんなにも怖い。
あいつが「来年」を口にしない理由を、俺はもう、嫌というほど理解してしまっていた。




