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二十四話 打ち上げ

 後夜祭の余韻を断ち切るように、クラスの「一軍」と呼ばれる連中が俺たちの元へやってきた。


「リョウ君、ユイト君! この後、駅前のカラオケで打ち上げやるから、二人も来なよ!」

 

 断る間などなかった。勢いに流されるまま、俺たちはネオンの光が明滅するカラオケボックスへと足を踏み入れた。

 狭い室内に充満する、安い芳香剤とポテトの匂い。スピーカーから流れる大音量のヒットチャートが、鼓膜を執拗に叩く。

 

「二人もなんか歌う? 入れちゃいなよ!」

 

 マイクを差し出され、俺は咄嗟に首を横に振った。

 

「俺は……大丈夫……。喉、ちょっと枯れてるから」

「リョウ君は? 一曲いっとく?」

 

 女子たちの期待の視線を一身に浴びて、リョウは困ったように、けれど完璧な愛想笑いを浮かべた。

 

「俺も大丈夫。みんなの歌、聴いてる方が楽しいし」

 

 リョウは歌うどころか、甲斐甲斐しくクラスメイトたちの世話を焼き始めた。空いたグラスをまとめ、ドリンクバーから人数分のジュースを運び、盛り上がる曲では誰よりも早く手拍子を送る。

 その姿は、どこからどう見ても「気が利くクラスの人気者」だった。

 

 けれど、俺の隣に座るリョウの横顔は、どこか仮面を被っているように見えて仕方なかった。

 あの日、俺の肩で震えていたリョウ。お化け屋敷で少しだけ汗ばんでいた彼の手。

 ここには、俺だけが知っているはずの「少年のリョウ」がいない。

 

 俺がポテトを一つ口に運ぶと、リョウがすぐに気づいておしぼりを差し出してきた。

 

「ユイト、飲み物足りてる? オレンジジュース、もう一杯持ってこようか」

「……いや、いい。大丈夫」

 

 リョウは俺を気遣っている。つきっきりで世話を焼いてくれている。

 なのに、胸の奥がざらりとした不安に侵食されていく。

 

 ――リョウは、楽しいのだろうか。

 ――無理をして、俺が浮かないように、あるいは「普通の高校生」を演じるために、この騒音に耐えているんじゃないだろうか。

 眩しすぎる液晶画面と、噛み合わない手拍子のリズムに耐えきれなくなり、俺は立ち上がった。

 

「ちょっと、トイレ……」

「あ、ユイト。場所わかる? ついていこうか?」

「大丈夫」

 

 逃げるように部屋を出た。

 廊下の冷たい空気。防音扉越しに漏れてくる不協和音が、遠くの波音のように聞こえる。

 冷水で顔を洗い、鏡の中の冴えない自分を見つめる。

 ヒーローの隣にふさわしい人間になんて、なれそうもなかった。

 

 数分後。意を決して部屋の前に戻った時、俺の足が止まった。

 少しだけ開いた扉の隙間から、リョウの姿が見えた。

 彼は、数人の女子に囲まれていた。

 

「ねえリョウ君、さっきの話の続きなんだけど!」

「本当にかっこよかったよ、文化祭の準備の時もさ」

 

 女子たちが、リョウの腕に触れんばかりの距離で詰め寄っている。

 リョウは拒むこともせず、ただ穏やかに、けれどどこか空虚な微笑を浮かべて彼女たちの言葉を受け流していた。

 

 その光景は、あまりにも完成されていた。

 俺がいなくても、リョウはこの世界に完璧に馴染んでいるように見えた。

 いや、彼が「守るべき世界」の住人たちと笑い合っている姿こそが、正しい在り方なのだと突きつけられた気がした。

 

 俺が隣にいることは、彼にとって「重荷」でしかないのではないか。

 

 部屋の中から、楽しげな笑い声が溢れ出す。

 俺は、ドアノブにかけようとした手を静かに下ろした。

 あの輪の中に戻る勇気なんて、これっぽっちも湧いてこなかった。

 

 俺は背を向け、暗い廊下を出口へと向かって歩き出した。

 賑やかな音楽が遠ざかるほど、心の中に冷たい空洞が広がっていくのを感じながら。

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