二十三話 後夜祭
グラウンドの中央に組み上げられた巨大なキャンプファイヤーが、爆ぜる音を立てて夜空を焦がしていた。
昼間の喧騒が嘘のように、校庭を包む空気はどこか厳かで、それでいて終わりを惜しむような熱を帯びている。炎から放たれる橙色の光が、集まった生徒たちの顔を等しく照らし、影を長く、深く地面に刻みつけていた。
「……結局、最後まで残っちゃったね」
リョウが隣で、パチパチと舞い上がる火の粉を見上げながら呟いた。
俺たちの周りでは、フォークダンスの名残で盛り上がるグループや、少し離れた暗がりで肩を寄せ合う男女の姿が点在している。
そんな光景を眺めていると、どこからか聞き飽きた「噂」が風に乗って流れてきた。
「ねえ、知ってる? 後夜祭の火が消えるまで一緒にいたカップルは、卒業してもずっと一緒にいられるんだって」
近くの女子生徒たちが、期待に満ちた声を弾ませている。
それを聞いた俺は、鼻の奥で小さく息を吐いた。
「……ずっと、か。相変わらず、都合のいい噂だな」
俺の冷めた言葉に、リョウが視線をこちらへ向けた。炎の反射で、彼の瞳の中に小さな火が灯っているように見える。
「噂って、だいたいそうだよね。自分じゃどうしようもない未来に、名前のついた保証が欲しいだけなんだと思うな」
リョウの声は穏やかだったが、その響きにはどこか突き放したような、酷く現実的な冷ややかさが混じっていた。
「ずっと」なんて言葉を、誰よりも信じていないのはリョウ自身だ。明日には死ぬかもしれない、次の一分後には戦場へ駆り出されるかもしれない。そんな極限を生きる彼にとって、ジンクスや噂話は、子供騙しの御伽噺に過ぎないのだろう。
「リョウも、そう思うか」
「うん。……だって、未来がどうなるかなんて、火が消えるまで隣にいたからって決まるわけじゃないでしょ? 運命がそんなに安っぽいものなら、俺、もっと楽に生きてるよ」
リョウは自嘲気味に笑い、再び炎を見つめた。
俺たちは、恋人たちが囁き合うような甘い言葉を一つも交わさない。ただ、冷めた理屈を並べて、このロマンチックな空気を台無しにしている。
「……でもさ」
リョウが、ポケットから出していた左手を、そっと俺の方へ伸ばした。
指先が触れ、絡み合い、お化け屋敷の時よりもずっと強く、確かな熱を持って握りしめられる。
「噂を信じてないからって、手を離す理由にはならないよね」
リョウの掌から、微かな震えが伝わってきた。
それは恐怖なのか、それとも、言葉にはできないほどの切実な願望なのか。
「ずっと」なんてありえない。卒業後の未来なんて、彼には描けない。そんなことは、俺も、彼も、痛いほど分かっている。
それでも、今この瞬間のリョウの力強い握り方は、どんな甘い愛の囁きよりも雄弁だった。
噂なんて馬鹿げている。けれど、もしもこの炎に「祈り」という力があるのなら。
俺はリョウの手を、折れんばかりの力で握り返した。
「……ああ。俺も、離すつもりはないよ。噂が嘘でも、関係ない」
「ずっと」なんていらない。
ただ、次の瞬間も。その次の日も。
俺たちが、この熱を忘れないでいられるように。
高く舞い上がった火の粉が、夜空の星と混ざり合って消えていく。
炎が小さくなり、夜の冷気が足元から忍び寄ってきても、俺たちの繋いだ手だけは、いつまでも火傷しそうなほど熱かった。
冷めきった少年の、熱すぎる祈り。
それは誰に届くこともなく、ただ夜の風に溶けて消えていったけれど。
俺の手の中にあるリョウの体温だけは、確かにそこにあった。




