表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/36

二十一話 メイド

 文化祭当日。俺たちのクラスの模擬店は、予想以上の大盛況だった。

 ポテトを揚げ続け、声を張り上げて呼び込みをし、ようやく手に入れた自由時間。俺とリョウは、油の匂いが染み付いたエプロンを脱ぎ捨て、戦場のような中庭を後にした。

 

「ふぅ……。ユイト、お疲れ様。ポテト配るの手際良すぎてびっくりしたよ」

「……必死だっただけ。リョウこそ、女子の集団に囲まれて大変そうだったろ」

「あはは、あれはユイトが助けてくれなきゃ逃げられなかったかも」

 

 リョウは首筋の汗を拭い、屈託なく笑う。その細い首筋に、戦いの痕跡は見えない。今はただ、祭りの熱気に浮かされた一人の少年だ。

 

「それで、どこ行く? お化け屋敷? それともライブステージ?」

「……どこでもいいけど、あんまり騒がしくないところがいい」

「了解。じゃあ、ちょうどいい場所があるよ。二組がやってるやつ。……ほら、あそこ」

 

 リョウが指差した先には、ピンクのフリルとレースで過剰にデコレーションされた教室の入り口があった。看板には踊るようなフォントで『喫茶・ぴゅあぷりんせす』と書かれている。

 

「……え、待って。あそこって」

「メイド喫茶。こういうのも経験しといた方がいいよ。社会勉強、社会勉強!」

 

 嫌な予感がした。だが、リョウに背中を押されるまま、俺はあえなくその異界へと足を踏み入れてしまった。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様! ぴゅあぷりんせすへようこそっ!」

 

 鼓膜を突き抜けるような高音。

 入り口で待ち構えていたのは、フリフリの衣装に身を包み、語尾にハートマークが見えるような笑顔を浮かべたクラスメイトの女子たちだった。

 

 俺は思わず一歩後ずさる。圧倒的なまでの陽のオーラ。これまで「ぼっち」を決め込んできた俺にとって、この空間は酸素が薄い。

 

「ご主人様、こちらのお席へどうぞにゃん!」

「にゃ、にゃん……?」

 

 案内された席に座る。向かい側のリョウは、慣れた様子でメニューを眺めている。いや、慣れているというより、この状況を楽しんでいる。

 

「ユイト、何にする? 『愛情たっぷりオムライス』か、『魔法のいちごパフェ』か」

「……普通のアイスティーでいい」

「だめだよ。ここではコンセプトに従わないと。すみませーん、オムライス二つで!」

 

 リョウの非情なオーダーにより、運命は決まった。

 数分後、目の前に置かれたのは、ケチャップで歪なハートが描かれたオムライス。そして、メイド姿の女子が俺たちの前に立ち、手をハートの形に組んだ。

 

「それでは、美味しくなる魔法をかけちゃいますね! ご主人様も一緒にやってください! せーのっ」

 

 地獄か。ここが地獄か。

 俺は助けを求めてリョウを見た。しかし、あいつは楽しそうに俺を指差して、「ほら、ユイト、頑張って!」と無声で応援している。

 

「おいしくなーれ! もえもえ……」

 

 メイドの女子が、期待に満ちた目で俺を見つめる。隣のテーブルの客たちも、にやにやしながらこちらを見ている。逃げ場はない。

 

「……も、もえ……」

 

 蚊の鳴くような声。

 

「聞こえませーん! もっと心を込めて! せーのっ!」

「……も、もえ……きゅん……」

 

 消え入りそうな声で、俺は人生最大の屈辱――もとい、魔法を口にした。

 指先で小さなハートを作りながら。顔面は間違いなく、オムライスのケチャップよりも赤くなっていただろう。

「はい! 完璧です! ごゆっくりどうぞ!」

 

 メイドが去った後、俺は机に突っ伏した。死にたい。今すぐこの場から蒸発したい。

 すると、正面から「くふっ」という堪えきれない笑い声が聞こえてきた。

 

「……リョウ、笑いすぎ」

「ごめん、ごめん……。でも、ユイトが……あんなに真っ赤になって『もえもえきゅん』なんて言うから。……可愛すぎて、どうしようかと思った」

 

 顔を上げると、リョウが頬杖をついて、心底愛おしそうに俺を見つめていた。

 その瞳には、先ほどまでの悪戯心とは違う、熱を帯びた優しさが混じっている。

 

「……可愛くない」

「ううん、最高に可愛かったよ。世界を救うヒーローでも、あの可愛さには勝てないな」

 

 さらりと、リョウが「ヒーロー」としての自分を自虐的に混ぜる。

 

「……変なこと言うな。早く食え。冷めるぞ」

 

 俺は照れ隠しに、スプーンでハートのケチャップをぐちゃぐちゃにかき混ぜた。

 一口食べたオムライスは、魔法のせいか、それともリョウの笑顔のせいか、驚くほど甘かった。

 

「ねえ、ユイト。次はあっちのお化け屋敷、行かない?」

「……行かない」

「えー、俺が守ってあげるからさ」

 

 リョウが手を伸ばし、俺の指先に少しだけ触れた。

 メイド喫茶の狂騒の中、その僅かな接触だけが、熱を持って俺の肌に刻まれる。


「……仕方ねぇな」

「やったね」


 リョウが楽しげに笑い、俺たちは甘すぎるオムライスを完食した。

 

 祭りの喧騒はまだ続く。

 けれど、このフリフリのレースに囲まれた騒がしい教室の中で、俺は孤独を完全に忘れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ