十一話 接戦
運命のテスト返却日。教室には、歓喜と絶望が入り混じった独特の喧騒が満ちていた。
俺とリョウは、自分の席に座ったまま、裏返しに置かれた成績表をじっと見つめる。
「……準備はいい、ユイト?」
「どっちが勝っても恨みっこなしだからな」
リョウがいたずらっぽく笑い、俺は緊張で強張った喉を飲み込んだ。
「せーの!」
二人の手が同時に動き、紙がひっくり返る。
俺の目に飛び込んできたのは、三ケタの数字の並びと、その端に記された学年順位。
「……嘘だろ」
俺は、自分の順位とその一つ上の数字を見比べ、そのまま机に突っ伏した。
リョウの順位は、俺よりちょうど「一つ上」。
あんなに余裕ぶっていたのに、たった数点の差。しかし、そのわずか一歩の差で、俺は「なんでも言うことを聞く」という賭けに敗北した。
「やったぁ! 僅差だけど俺の勝ち! ……ふふ、ユイト、約束だよ?」
耳元で響くリョウの声が、勝利の余韻でひどく弾んでいる。
俺は顔を上げられないまま、絞り出すような声で聞き返した。
「……わかったよ。で、何させれば気が済むんだよ。購買のパンか? それとも次のノートか?」
「うーん、そんなんじゃつまんないよ。そうだなぁ……」
リョウは少し考える素振りを見せてから、俺の耳元に顔を近づけた。
「今週の休日、空いてる?」
「空いてるけど……。どっか行くの?」
「ううん。ずっとしてみたいことあったんだよね」
リョウが少しだけ声を潜める。
期待と不安が入り混じった俺の視線を受けながら、彼は真っ直ぐに俺の目を見て、とびきりの笑顔で言った。
「お泊まり会」
「──は?」
「俺の家に、ユイトを招待したいんだ。一晩中一緒にいて、ゲームしたり、下らない話したりさ。……ダメ?」
ヒーローとしての孤独な夜を何度も過ごしてきたはずのあいつが、そんな子供のような純粋な「願い」を口にするなんて思わなかった。
「なんでも聞く」と言った以上、拒否権はない。けれど、あいつの家に泊まる──つまり、彼の『日常』に足を踏み入れることに、俺の心臓はさっきの順位表を見た時よりも激しく跳ねた。
「……ダメじゃないけど。お前、ちゃんと部屋片付けておけよ」
「あはは! もちろん。最高のおもてなしをするから、楽しみにしててね」
一学期の終わり、テスト休み。
ただのクラスメイトから、秘密を共有する唯一の存在へ。
俺たちの関係は、あの日クレープを分け合った公園のベンチよりも、もっと深い場所へと進もうとしていた。




