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九話 土産

 新幹線の滑らかな加速が、座席越しに心地よい振動となって伝わってくる。

 俺は三列シートの窓際に座り、飛ぶように過ぎ去っていく見慣れない景色を眺めていた。


「ユイト、もうお弁当食べちゃう?」


 隣に座る母親が、旅行ガイドを膝に乗せたまま明るい声で尋ねてくる。


「……どっちでもいい」

「もう、せっかくの家族旅行なんだから。もっとシャキッとしなさいよ。お父さんなんて、一ヶ月前から有給の調整して張り切ってたんだから」


 通路側に座る父親は、早々に買った駅弁を広げながら「まあまあ」となだめるように笑った。


「ユイトも最近、学校の準備とかで忙しそうだったからな。いい息抜きになるだろ。……お前、なんか窓の外ばっかり見て、考え事か?」

「別に。……ただ、見てるだけ」


 再び、視線を車窓の向こうへと投げた。

 実際、父さんの言うことは半分当たっていた。


 ……今頃、何してんだろ


 リョウのことだ。

 たった一人であの『影』と対峙しているのだろうか。それとも、相変わらず呑気に寝坊でもして、課題に追われているのだろうか。

 流れる景色の中に、夕闇に溶けそうだった笑顔を探してしまう。

 自分がいない間に、新しいガーゼが増えていたら。そう思うだけで、胃のあたりがキュッと締め付けられる。


「ねえ、あなた。あっちに着いたら、まずはお土産物屋さん見ましょうよ。親戚の分とか、買い忘れがあると困るし」

「そうだな。ユイトも、友達に何か買っていくか?」


 父さんの言葉に、俺は一瞬だけ肩を揺らした。


「……友達?」

「なんだ、いないのか?」

「一人、いるけど」


 自分で口にしてから、その響きに少しだけ照れ臭さが混じる。

 一緒にいよ。

 あの夜、リョウが言った暫定的な約束。


「……なんか、適当なものがあれば。見てみる」


 スマホを取り出し、リョウの連絡先を表示させた。

 結局、何も送れないまま画面を閉じる。

 土産屋に並ぶ、少し子供っぽくて、けれど確かな『存在』の証になるようなもの。

 そんなものを探している自分を想像して、窓に映る自分の顔が、心なしか緩んでいることに気づき、慌てて目を逸らした。




 休み明けの教室、隣の席に座るリョウは、驚くほどいつも通りだった。

 新しいガーゼも、疲れ切った様子もない。そのことに心底安堵している自分に気づき、俺はカバンの奥で出番を待つ小さな袋を指先で探った。


「ユイト、おかえり。旅行、楽しかった?」


 カバンを置くのと同時に、リョウが弾んだ声で話しかけてくる。その屈託のない笑顔を見ると、用意していた台詞が全部喉の奥に引っ込んでしまった。


「……うん。普通」

「家族水入らずってやつ?」


 冗談めかして笑うリョウの机に、俺は視線を逸らしたまま、ガサゴソと小さな紙袋を置いた。


「……これ」

「ん? なに?」

「お土産。……変なものしかなくて、その、いらなかったら、捨てて」


 早口でまくしたてると、リョウは一瞬だけきょとんとしてから、宝物でも扱うような手つきで袋を開けた。

 中から出てきたのは、旅行先の観光地で売っていた、なんてことのない犬のストラップ。なぜかリョウの笑顔に似ている気がして選んだものだ。


「……ユイト」


 リョウの声が、さっきまでとは違う温度を帯びる。


「ありがとう。……これ、家宝にするね」

「……は? そこまでしなくていい。ただのストラップだろ」


 大げさすぎる言葉に、俺はたまらず顔を赤くして反論した。けれどリョウは、ストラップを手のひらに乗せて愛おしそうに眺めた後、すぐに自分のスマホケースへと付け始めた。


「ただのストラップじゃないよ。ユイトが、旅行中も俺のことを考えて選んでくれたってことでしょ?」

「……別に、そんなんじゃない。ついでに買っただけ」

「嘘だ。ユイト、耳まで赤いもん」


 リョウは満足げに、スマホで揺れるストラップを指で弾いた。

 「家宝」なんて言葉を平然と使うあいつの隣で、俺はこれ以上弄られないように教科書を大きく広げた。

 窓から差し込む朝の光が、リョウの指先と、揺れるストラップを等しく照らしている。

 相変わらず、世界を救うヒーローという実感は湧かないけれど。

 俺が贈った小さな証を大事そうに握りしめる彼の手は、昨日までの不安を溶かしてしまうほどに、温かかった。

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