表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/36

プロローグ

 まだ青い正義感が走る。どこまでも。

 何が正しいのかなんてわからないし。

 この世界に未来がなくたって、この世界がどれだけちっぽけだって。

 見限るなんて選択肢、俺にはないんだ。

 

 夜の帳が下りる頃、街は偽物の光で着飾る。ネオンの瞬き、車のヘッドライト、帰路を急ぐ人々のさざめき。そのどれもが、俺にとってはガラス細工のように脆く見える。一歩、境界線を踏み越えれば、そこには言葉の通じない絶望――「怪異」が口を開けて待っている。

 

 俺の指先には、いつも微かに鉄の匂いが染み付いている。どれだけ石鹸で洗っても、どれだけ温かい湯に浸かっても、皮膚の裏側にまでこびりついた「死」の予感は消えてくれない。

 

 ヒーロー。

 正義の象徴であり、憧れの存在。だが、その実態は、明日をも知れぬ命を薪にして、束の間の平和を燃やし続けるだけの消耗品だ。

 

 クラスメイトが「週末の予定」を笑いながら話し合っている時、俺は心の中で、自分だけが持っていない「来週」の存在を数えていた。彼らの語る未来には色がある。けれど、俺の視界にあるのは、いつだってモノクロームの戦場だけだ。

 

 守りたいと思うほど、世界は俺から遠ざかっていく。

 強くなればなるほど、俺は「人間」という輪郭を失い、単なる「兵器」へと塗り潰されていく。

 

 誰かに触れたいと思った。

 誰かに、俺という存在がここにいたことを、戦いの記録ではなく、ただの熱を持った「一人の少年」として覚えていてほしかった。

 

 けれど、それは許されない。俺が誰かを愛すれば、その愛は怪異を引き寄せる火種になるだろう。俺の隣は、世界で一番安全で、世界で一番死に近い場所なのだから。

 

 深い傷を負い、暗い自室に戻るたび、仏壇に灯る火を見つめて自問する。

 

「……あと、何回。あと何回、俺は『ただいま』を言えるんだろう」

 

 返ってくるのは静寂だけ。夜風がカーテンを揺らし、孤独という名の冷たさが肌を刺す。

 心臓の鼓動が、秒読みの音に聞こえる。ドクン、ドクンと、確実に最期へと向かうカウントダウン。

 

 明日、俺は死ぬかもしれない。

 いや、別に明日でなくたっていい。今日、この瞬間にだって、俺という存在は歴史の塵になって消えてしまう可能性がある。

 そんな絶望を飲み込み、偽りの日常という仮面を被って、俺はまた朝を迎える。

 

 誰にも知られなくていい。誰にも報われなくていい。

 ただ、この孤独な疾走の果てに。

 俺を「ヒーロー」としてではなく、ただの「リョウ」として見つけてくれる誰かがいるのなら。

 そんな、叶うはずのない祈りを、血の味のする唾と一緒に飲み込んだ。

 

 ――そして、春が来た。

 桜の並木道。新しい教室。

 窓際の席で、所在なげに外を眺めている、あの少年の背中。

 

 それが、俺の終わるはずだった物語が、激しく、残酷に、そして愛おしく狂い始める序曲だとは、まだ知る由もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ