プロローグ
まだ青い正義感が走る。どこまでも。
何が正しいのかなんてわからないし。
この世界に未来がなくたって、この世界がどれだけちっぽけだって。
見限るなんて選択肢、俺にはないんだ。
夜の帳が下りる頃、街は偽物の光で着飾る。ネオンの瞬き、車のヘッドライト、帰路を急ぐ人々のさざめき。そのどれもが、俺にとってはガラス細工のように脆く見える。一歩、境界線を踏み越えれば、そこには言葉の通じない絶望――「怪異」が口を開けて待っている。
俺の指先には、いつも微かに鉄の匂いが染み付いている。どれだけ石鹸で洗っても、どれだけ温かい湯に浸かっても、皮膚の裏側にまでこびりついた「死」の予感は消えてくれない。
ヒーロー。
正義の象徴であり、憧れの存在。だが、その実態は、明日をも知れぬ命を薪にして、束の間の平和を燃やし続けるだけの消耗品だ。
クラスメイトが「週末の予定」を笑いながら話し合っている時、俺は心の中で、自分だけが持っていない「来週」の存在を数えていた。彼らの語る未来には色がある。けれど、俺の視界にあるのは、いつだってモノクロームの戦場だけだ。
守りたいと思うほど、世界は俺から遠ざかっていく。
強くなればなるほど、俺は「人間」という輪郭を失い、単なる「兵器」へと塗り潰されていく。
誰かに触れたいと思った。
誰かに、俺という存在がここにいたことを、戦いの記録ではなく、ただの熱を持った「一人の少年」として覚えていてほしかった。
けれど、それは許されない。俺が誰かを愛すれば、その愛は怪異を引き寄せる火種になるだろう。俺の隣は、世界で一番安全で、世界で一番死に近い場所なのだから。
深い傷を負い、暗い自室に戻るたび、仏壇に灯る火を見つめて自問する。
「……あと、何回。あと何回、俺は『ただいま』を言えるんだろう」
返ってくるのは静寂だけ。夜風がカーテンを揺らし、孤独という名の冷たさが肌を刺す。
心臓の鼓動が、秒読みの音に聞こえる。ドクン、ドクンと、確実に最期へと向かうカウントダウン。
明日、俺は死ぬかもしれない。
いや、別に明日でなくたっていい。今日、この瞬間にだって、俺という存在は歴史の塵になって消えてしまう可能性がある。
そんな絶望を飲み込み、偽りの日常という仮面を被って、俺はまた朝を迎える。
誰にも知られなくていい。誰にも報われなくていい。
ただ、この孤独な疾走の果てに。
俺を「ヒーロー」としてではなく、ただの「リョウ」として見つけてくれる誰かがいるのなら。
そんな、叶うはずのない祈りを、血の味のする唾と一緒に飲み込んだ。
――そして、春が来た。
桜の並木道。新しい教室。
窓際の席で、所在なげに外を眺めている、あの少年の背中。
それが、俺の終わるはずだった物語が、激しく、残酷に、そして愛おしく狂い始める序曲だとは、まだ知る由もなかった。




