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みずたまり

作者: みずたまり

 放課後の帰り道、蝉の声が遠くで鳴き続けていた。


 隆志は歩道の段差につまずき、派手に転んだ。


 手と膝を擦りむいた痛みに顔をしかめながら起き上がったとき、頬から顎にかけてがじっとりと濡れていた。


 転んだ拍子に顔が水溜りへ突っ込み、鼻先から口元まで泥混じりの水に沈んでしまったのだ。


 慌てて身を起こしたが、舌の奥には生ぬるい水の感触がわずかに残っていた。


 どうやら息を吸った瞬間に、その水をわずかに呑み込んでしまったらしい。


 その夜、隆志の家に、芳樹、広斗、寛太が集まっていた。


「なあ、肝試し行かね?」


 隆志の唐突な提案に、芳樹は怪訝な顔をする。


「お前、明日も部活だろ。そんな体力あるのかよ」


「平気平気。近所の廃屋だし、ちょっと見るだけだって」



 夜九時過ぎ、四人は人目を避けるようにして、その廃屋へ向かった。


 木造二階建ての廃屋は、街灯の明かりを拒むように黒く沈み、黴の匂いと湿った空気が漂っていた。


 玄関の鍵は掛かっていなかった。


 ゆっくりと引き戸を開けると、古びた床板が悲鳴をあげるように軋んだ。



 廊下を進む途中、隆志が急に足を止めた。


「……なんか、喉乾いた」


 壁際の古びた流し台の前に立ち、蛇口をひねる。


 赤茶けた水がしばらく流れたあと、透明な水が勢いよく飛び出した。


「おい、やめろ!」


 芳樹が制止する。


「そんな水、絶対飲むな!」


 広斗も眉をひそめた。


 だが、隆志は二人を無視して、水を両手で受け、がぶがぶと喉へ流し込んだ。



 探索を進めると、天井には蜘蛛の巣が垂れ下がり、床はところどころ腐って穴が開いていた。


 気味の悪さに足早になる。


 外に出ようと玄関へ戻ると、引き戸がびくともしなかった。


「……開かねぇ」


 寛太が力いっぱい引いても、結果は同じだった。



 窓やサッシもすべて閉ざされ、びくともしない。


 やがて不安が焦りに変わる。


「割っちまえ!」


 広斗が石を掴み、窓ガラスに叩きつける。


 乾いた音だけが響き、ガラスは傷一つ付かなかった。



 額に汗を浮かべ、息を荒げる四人。


 喉の渇きが我慢できなくなり、ついに芳樹も広斗も寛太も蛇口の水に手を伸ばした。


 冷たいはずの水は妙にぬるく、口の中で舌を包むように絡みつく。


 それでも、全員がごくごくと飲み干した。



 その瞬間、玄関の方で「カチャリ」と鍵の外れる音がした。


 恐る恐る向かうと、引き戸が静かに開いていた。


 四人は無言で外へ飛び出し、その場で解散した。



 深夜、隆志はベッドの中で寝返りを打っていた。


 最初に気づいたのは、目の端が湿っている感覚だった。


 指で拭おうとしたが、そこから透明な水滴がぽたりと落ちる。


 唇の端からも、首筋からも、水がじわりと滲み出していた。



「……な、なんだよこれ……!」


 やがて全身から水滴が吹き出し、シーツを濡らしながら床へ落ちていく。


 水滴は一つ、また一つと集まり、人の頭ほどの塊となってゆらりと揺れた。


 隆志は半狂乱になり、布団を蹴飛ばして逃れようとしたが、足元が崩れるような感覚と共に力が抜けた。


 水がすべて抜け落ちた彼の身体は、干からびた古木のように痩せ細り、動かなくなった。


 水の塊は静かに部屋を抜け出し、夜の闇を這うようにして、あの廃屋へと戻っていった。



 翌朝、芳樹、広斗、寛太の家からも、それぞれ変死体が見つかった。


 いずれも身体から完全に水分が抜けており、死因は不明とされた。



 数日後、放課後の帰り道。


 良太はうっかり歩道の段差につまずき、転んだ拍子に水溜りの水を口に含んでしまった。


 濁った水面が、不気味に揺らめく。


 ――そこに、確かに笑みが浮かんだ。

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