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チェリエの家出




「それに、父さんと母さんの子供だからね」


 申し訳無さでいっぱいになる心は重たくて、ヴィンを両親と対峙させた自分の身勝手さと卑劣さに吐き気を覚えた。


「こんな息子でごめんね。でも、父さん……母さんが何よりもリーガルーダを大事にしているのと同じくらい、僕はチェリエを大切にしたいんだ」


 自由になった両手で私はようやく左右の指を組んで短い懺悔を幼馴染に捧げ、指を解く。

「姫」と、ナヒアの王子が私を呼ぶ。自分達の生殺与奪が私の一存にかかっているのだと判断したらしく「あいつは助けてくれ」と、囁く声で続けてきた。


「自分は死んでも構わないって聞こえるんだけど」

「そう言っている。無論、俺の死が戦争の引き金になると理解もしている」


 それでも今なお燃え盛る炎に包まれて、ザレスの一声で炙られようとされる従者の命だけは救ってくれと懇願してきた。

 私を見ないのは、従者がいつ燃えてしまうか目が離せないからなのだろう。


「死なせなければいいの? それとも、生きていればいいの?」

「どちらも構わない」


 力強い答えが即座に返ってきて、私は一歩を踏み出した。

 騎士見習いと肩を並べて、自分の三つ編みに一纏めにしていた自分の髪を掴み、それを前方へとまっすぐと伸ばし掌に乗せる形で掲げる。


「ヴィンドール・ウィンディ・ガルセレット。私が命じます。〝火竜の焔〟を〝消しなさい〟」

「御意」


 ヴィンは私の髪を、ザンと、一振りの動作で斬り上げた。勢いで宙を舞った髪が苛烈に燃え上がって、灰と散る。


「チェリエッ」


 防御の印を結んだザレスが吠えた。間に合わないと顔を青くする魔導師の表情を最後に私の視界は真っ暗なものとなった。


「ヴィンドール!」

「怒鳴らなくても安心してよ、父さん。きちんと斬り離したから燃え移らないよ」


 光源でもあった〝火竜の焔〟が消えた暗闇の中で、慌てる父親を子供が宥めている会話が聞こえる。


「それに姫様に感謝しなきゃ。女の子が自分の髪を切るだなんて勇気がいったろうに」

「その見返りが他国の人間の命の救済か? おまえが〝火竜〟の火を消すほどの価値があるのか?」

「彼女が望んでいるのなら意味はなくとも、僕はそうするだけ。それに――なに、母さん?」

「――ああ。納得はしていない」

「確かに僕も父さんと喧嘩をするつもりはないけど……」


 ザレスとヴィンが押し黙った。

 口笛が聞こえて、ふわりと、柔らかい照明魔法の光が出現する。

 胸の高さで浮遊する光の球を下から支えるように両掌で固定しているファロウは、光源を生み出した為に集まる注目に少しだけはにかむように笑うと隣のリーガルーダを見上げた。


「ちー姫」


 小さい頃の呼び方をされて、私はリーガルーダをひと睨みし、すぐに両肩を竦める。


「全てはあなたの手のひらの上かしら?」

「答えてもいいんですか?」


 質問を質問で返されて私は緩く左右に首を振った。


「ゼルデティーズ魔導師長、ナヒア国の王子達を城に案内してください」


 視線も向けず命じた私に「はっ」と、ザレスが応えて、鉄製の拘束具を取り出す。


「抵抗してもいいんだぜ」

「姫の考えに従う」


 素直に従う王子にザレスは嘆息を吐く。


「ヴィンドールは姫の護衛の任に、ファロウは――」

「スペンド魔導師は王子の従者の手当を。それが終わったら魔導師長の命に従ってください」


 横から口を出す私に、ザレスは異を唱えず、ナヒアの王子だけを拘束具で縛り上げた。


「わかったよ」と頷いたヴィンが母親から光の球を受け取って先導役を引き受ける。

「いえ。俺が前を歩きましょう」


 転がったランタンを拾い上げて、灯火を復活させたリーガルーダが自分が適任だと名乗りあげた。有無も言わせぬ強引さに閉口した私は、ナヒアの王子に視線を向ける。


「王子様。あなたも私も馬鹿だったと反省すべきね」


 火炙りに処されかけた従者を検分するファロウを眺める王子の肩がぴくりと反応を見せた。


「ザレスが言っている生きたまま帰せないっていうのはそのままの意味だし、リーガルーダも私を脅しただけ」


 ぐったりとしている従者を、口笛をひと吹きしてしてから、ひょいと持ち上げたファロウに王子が目を剥いて驚くので私は少し笑ってしまった。

 ナヒアの国は魔術に対して懐疑的だし、忌避もしている。魔法大国のルシエ程ではないが、魔術が身近にある私からしたら、王子の反応は新鮮で大げさに見えてしまった。


「私は戦争は怖くないの。それが自分がきっかけであってもよ? 後悔しない自信があるくらい。けれど、私はセレンシア国民全員に、国の為に死ねとは言えないみたい」


 続ける私に、王子は眉根を寄せる。


「戦争は死ねと命令しているも同義ではないのか?」


 不可解だと表情で問われて私は左右に首を振った。


「それに、セレンシアの地を踏めたのなら、あなた達ふたりも立派な私の婿候補ってこと。よかったわね。夜這い一歩手前までは成功したみたいよ」


 愚かしい考えでも行動こそは間違いではなかったと、私は答える代わりに王子へと告げた。

 移動できる準備が整って、私達は城へと戻ることになる。


「そうでしょ? リーガルーダ」


 動き出す皆の流れに、先に進む背中に投げかけると、リーガルーダはランタンを揺らして応えた。

 死なせるのは惜しいのだと無理矢理にこじつけた私に、この場の誰も言い返しはしない。示し合わせたような無言の同意に私は唇を噛みしめた。

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