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チェリエが迷子




 暗闇の向こうから口笛のような風鳴が聞こえて、私のサイドを固めるふたりの足が止まった。

 両肩を竦めて振り返る。


「そう何度も立ち止まらないで。ただの風鳴りなんだから」


 「これ持ってきたんでしょ?」と、私は持たされたランタンを揺らした。


「蝋燭だとすぐ吹き消されるくらい空気の通りがいいのは自分達でわかっているのに、どうして納得してくれないのかしら? 警戒しても意味がないし、疲れない?」


 いちいち立ち止まって周囲を見回し、目配せし合うという一連の安全確認という流れに付き合わされている私は私で、これも何度目ともなる説明と説得を試みる。

 互いの利害が一致して行動を共にしているが、勿論、信用などされるわけもなく、小娘の意見など黙殺された。


「おい」

「はいはい。気が済んだなら歩きましょう、ね」


 少しでも怪しい動きをしたら痛い目に遭わせるぞという形だけの脅しを受けながら私は、三人で仲良く歩みを再開させる。


「緊張する気持ちはわからなくもないけど体が保たないわよ。どの道、発見されたら三人一緒に殺されるだけなんだから」

「姫も、か?」

「地下都市へと下る……侵入は死罪だもの」


 他国の人間も、また、自国の民でも、そこに区分はなく、発見され次第処されるし、セレンシアはそれを良しとしている。王族である私も例外ではないだろう。


「なぜだ?」

「質問を質問で返すみたいで悪いのだけど、なぜだと思う?」

「セレンシアの地下は風竜の住処と聞いている」


 守護竜と並ぶ世界に名の知れた竜が私の国に巣を構えていて、棲んでいる。けれど、国は存在自体は秘匿としていた。所在の詳細を知るのは陸竜のみで、真偽は王族さえ判断できないほどの国家最大の極秘事項のひとつだ。


「あら、随分と調べたのね。その話、自分の父親には話したりする?」

「根も葉もない噂程度では父上に話す価値は無い」


 それでも、私に会いに、王子様本人は、噂に縋ったというの。竜が住まうから城へと続いていると、そんなあやふやで荒唐無稽なままの可能性を信じたというの。


「不思議な人ね、あなた」


 つい呟いてしまって、「姫?」と、怪訝な声で呼ばれてしまう。私は腹の前で括られた両手を、ランタンを持たされた指先で王子を指差す。


「あなたは冷たい人かしら。お付きの人は挑発に乗りやすいわね。主人よりも先に感情を剥き出すことを、そんな自由をあなたは許しているわ」


 話題転換に黙すふたりに私はそう言えばと思い出して、疑問を投げかけた。


「王子様はどうして、私が家出したと見抜けたのかしら」

「本当にそうなのか?」


 あら。家出の事、信じてなかったの。思惑は別にあると考えていたのね。


「今更体裁を繕ったって私があたなに出会った事実は変わらないもの」


 偽るだけの虚栄心は無いと言えば嘘になる。けれど、王女が出奔したという家の恥だと押し通すのがこの場では無難と思えたのだ。奸計だと誤解されたくないし、実際家出だし。

 悪巧みをしていたのなら、自分達と出会っては計算が狂ったのだろうと、疑いを抱いている間は王子様はそう考えてしまうだろうし。

 私の真意を理解してくれるのは幼馴染のヴィンドールだけだし。

 ああ、考えが塞がっていくのがわかる。このままでは心が拗ねてしまうわ。


「婚儀を前にして姉上が姿を消したことがあった」


 沈黙に耐えられず私が根を上げかけた寸前で、王子様が苦々しい顔で口を開いた。


「それって……結婚式の日に?」

「そうだ。無事に姉上は発見できたが、その日の騒ぎは大きなもので、事態の収拾に数日を要したものだ」

「お姉さんに振り回されたのね。で、それが理由?」

「ああ。女は皆、同じだろう? どんな理由があれど気に食わないことがあれば逃げるものだ」


 私はむっとする。


「随分な言い分ね。振られ続けていたからと、あなたのお姉さんとあなたと私を結びつけるだなんて安直すぎだわ。


 あなた、変な人よ。男は個々として良しとするのに、女は一括りなのね」

 王子の口角が歪んだ。


「俺が知る女の中でおまえは一番ひどいな」

「心外ね、馬鹿になんてしてないわ。喜んで、と言ったつもりなのよ」


 一括りとしてしまえるくらい、女性に対して傲慢なのか。

 一括りにしかできないくらい、女性との交流が少ないのか。

 私が一番だと噛み付いてきたのが、それらの疑問の回答のようで、心からの本音に聞こえてきて、思わず笑ってしまう。

 そして、そんな小さな噴き出しを聞き捨てられないだろうことも推測できるくらい私はナヒアの王子様を理解しつつあった。それがおかしくて手で口を押さえる。けれど、それはもう遅いのだ。


「なぜ笑う?」


 案の定というか何というか、掠れるくらいわざと低くした声で問うてくる王子に私は言葉を探す。

 最中、口笛のような風鳴りにふたりの足は止まった。


「ところで道はこっちで合っているの?」


 中断された会話の継続よりも先に優先すべきと思えた質問を私はふたりに投げかけた。

 すると、王子の顔色があからさまに変わった。付き人の男も驚いているようである。

 嫌な予感を覚えて私は「嘘でしょ」と不安を漏らした。


「帰り道が分からないとかふざけたことを言わないわよね?」


 主導権という優位を掴んで私が詰問すると、男が私の手からランタンを奪う。


「姫は、知っているだろう? 家出してきたと豪語するのだから」

「豪語できたわよ。魔術の道具を捨てられなかったら、道くらい知っていると胸を張って言えたわ」


 護身用の短剣のひとつ分のスペースも惜しいと周到に用意した持ち物は王子の手によって全て横を流れる水路に捨てられてしまったのだ。

 城から外への抜け道は網羅していても、侵入さえ許されていなかった地下都市の構造までは把握できっこない。

 ランタンを持たされた時、魔法の使用を警戒されたものと思ったが、道案内をさせるつもりだったのか。

 宛が外れたふたりの胸中や如何に。


「さっきの追いかけっこで互いに道を失ったのね」


 ご愁傷様と、私の唇は言葉を綴る。


「じゃぁ、三人仲良くこの場所で死にましょう?」

「小娘がッ!」


 従者の男ではなく、王子本人の荒声が埋もれた都市に響く。

 この中で誰が一番短絡で愚かだったのか。悪びれもしない娘に責め立てられて、王子は年相応の激情を顕にした。

 縛られた両腕を鷲掴まれ、上へと持ち上げられた私は、関節を捻りられる痛みに喉の奥で息を詰める。

 苛みに歪む私の目を覗き込むように、王子の顔が近づいた。


「姫は、セレンシアの王の娘だろう? 本当に知らないのか?」


 引き返すには進み過ぎた。死を待つだけの絶望に抗う術を求めてくる王子に、私は風鳴の口笛に違和感を覚え、耳に届く音に口角を下げる。

 遅れて王子様も駆けつけてくる靴音に気づいたらしかった。

 けれど、もう遅い。


「姫様を離していただけないでしょうか」


 暗がりの中で翻った手刀が王子の手に叩き込まれ、緩んだ隙に私の体は確保された。


「ヴィン!」と、騎士見習いの登場に名を呼ぶと、「お怪我は?」と無事を確かめられるので、「無いわ」と私は平然を装う。

「チェリエ様」


 ヴィンドールの背中で庇われる私は王子達ふたりを挟んだ向こう側で、〝炎〟が出現したことで、そちらに目を遣った。

 松明のように揺れる炎に照らされたのは知っている顔だ。セレンシアの衣装の上から法衣を纏う女性のように美しい金の髪の男。


「ザ……じゃなかった。ゼルデティーズ師も一緒なの」


 迎えは自分になるとヴィンドールは宣言してものだから、宮廷魔道師の姿に私は狼狽えた。言い訳をどれにしようかと迷うほどに。魔導師は優しい造作の見目に反して粗野で厳しい。説教は免れないと腹を括らねば。


「探されるとはわかってたけど、思ったより早かった――」

「セレンシアの守護竜、か?」


 言いかけて、私は目を見開いた。

 陸竜リーガルーダの人間態は知れ渡っている。王子の掠れ声に私はそちらに目を向けて、愕然とした。ゼルデティーズの横にルシエ人の女性を従えたリーガルーダが在った。

 風鳴りだと思っていたあの甲高い音は、正真正銘に口笛だったのだと、悪寒が背中を駆け上がる。


「ゼルデティーズ、ファロウ、手を出しては駄目よ!」

「もう遅い。ここは何人たりとも侵入は許されていない」


 制止の声はゼルデティーズに一蹴されて、走り出そうとした私はヴィンドールに後ろから抱きしめれれる形で掴まれた。

 〝逃げて〟と、叫ぶ時間もなかった。



 既に、緋色の焔は、ナヒアの王子とその従者を飲み込んでいた。

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