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対照的な姉弟と城内を散策に

「と、いうわけで。僕たちが遣わされたのです」


 円卓の向かいで、白い歯を見せる少年の名をフロリアンと言った。


 侍女のミラが淹れた香茶をお代わりして、それから皿にたっぷり用意された焼き菓子も彼がほとんど平らげてしまった。パトリツィアもふたつほどクッキーを摘まんだのだが、びっくりするほどサクサクで美味しい。育ち盛りの少年が無遠慮に食べ尽くすのも無理はないだろう。


 そのフロリアンの隣にはもう一人がいる。

 にこにこ顔の少年とは対照的に相好そうごうを崩さない彼女の名はユーディト。フロリアンの姉だ。


 二人とも騎士服を纏っているのできっとギルベルトの騎士なのだろうと、そう推測したパトリツィアは正しかった。ベネディクト家は代々アストレアの領主に使える騎士の家系だ。


(そういえばアストレアの貴族といえば、エーベル家もいるわね。それにもう一人……)


 思い出そうとしたところでパトリツィアの思考は止まった。ユーディトが肘で弟を小突いている。香茶のお代わりのときもクッキーをもぐもぐ食べているときも、彼女は咳払いしたり小突いたりとしていたものの、フロリアンには効いていなかった。


(なるほど、対照的な二人ね)


 にこにこしているのが弟、背筋がしっかり伸びているのが姉。これがベネディクト姉弟だ。

 アストレアへと嫁入りの際に、身の回りは侍女のミラだけで十分と伝えていた。とはいえ、パトリツィアはイレスダートの王女である。なにかと不自由があっては困ると、ギルベルトが二人を寄越してくれたのだろう。


(旦那さまはおやさしい方だわ)


 ちょうどこれから散歩を称して城内を散策するつもりだった。

 勝手にうろうろするのも気が引けるところ、案内役を務めてくれるならありがたい申し出だ。


「あの、ベネディクト卿」

「フロリアンでいいですよ」

「では、フロリアン。お願いいたしますわ」


 少年はやおら立ちあがると、パトリツィアの前で騎士の挙止きょしをした。十六歳のフロリアンは成人まであと二年あるものの、一人前の騎士に見える。そして姉のユーディトは彼より三年先に騎士になったらしい。彼女が落ち着いているのはそのためだろう。


「さあ、まいりましょうか。準備はもうお済みですか?」

「ええ、もちろん」


 そう言ったあとで、ふとパトリツィアは動きを止めた。


「ごめんなさい、フロリアン。ひとつ忘れていましたわ」

「なんですか?」

「持ち手の付いたバスケットを」

「でしたら、私が用意いたしましょう」


 名乗り出たユーディトは弟をちらっと見た。フロリアンはにこっとする。


「わかってるよ、姉さん」


 会話はなくとも意思疎通が可能な姉弟らしい。ユーディトが退出したのを見届けると、パトリツィアたちもそれにつづいた。




   *




 アストレア城の歴史はまだ浅く、ギルベルトの代になって造られたのだという。

 辺境の小国にもいくつか要衝ようしょうとなる街や砦が存在するが、領主が統べるための城はなかったらしい。


「僕たちがこの南部に移り住んだのも、まだ一年ってところです」


 回廊をゆっくりと進みながらフロリアンが言う。


「だから僕らも、本当はそんなに馴れてはいないんです」


 にこにこ顔でつづけるフロリアンを見ていると、パトリツィアも自然と笑顔になる。西の居館から東へと移動する途中で大台所を通り過ぎた。大鍋と格闘する料理人たちは忙しそうで、午餐ごさんの準備に追われている。一番恰幅の良い料理人と目が合って、パトリツィアがお辞儀をする前に料理人が口の端をちょっとあげた。挨拶のつもりらしい。さっき朝食を食べたばかりなのにもうお腹が空いてくる。


 そのまま東の居館へとつづいた。

 西がアストレアの要人たちの私室なら、東は従者たちのための建物だという。領主であるギルベルトは多忙を極めているから、普段はほとんど東の執務室に籠もりきりだそうで、私室も東に用意されているときいてパトリツィアはため息を吐きそうになった。


(それでは疲れてしまうのも当然だわね)


 バスケットを持ったユーディトが追いついたところで、ちょうど案内も終わった。

 アストレア城はそれほど広くはなく、王都マイアの白の王宮を知るパトリツィアならなおさらだった。城内に聖堂や礼拝堂といった施設は存在していないようで、教会も城外にあるらしい。フロリアンがそこへと案内してくれると言ったのでパトリツィアは素直にうなずいた。もともと用事があるのは城の外だ。


 ヴァルハルワ教会が管理する教会でパトリツィアは歓迎された。

 王家と教会には深い繋がりがあり、特に次期国王となるリヒャルトは熱心な教徒だった。パトリツィアとリヒャルトは従兄妹同士、そのためパトリツィアも敬虔けいけんなる教徒だと思われたのかもしれない。


(お祈りの言葉をまちがえないようにしないと)


 フロリアンが司祭たちと話し込んでいるあいだに、パトリツィアと侍女のミラは聖イシュタニアの前で祈りを捧げた。祈りの時間にずっと感じていた視線はユーディトのものだった。ベネディクト家が敬虔な教徒だというのを、パトリツィアはここで知った。


「さて、姫様。他に行きたいところはありますか?」


 そう言ってくれるのをパトリツィアは待っていた。パトリツィアは侍女のミラをちらっと見てから、またすぐフロリアンに視線を戻した。


「わたくし、ずっと気になっていましたの」


 逸る気持ちを抑えながらパトリツィアは胸の前で手を合わせる。


「アストレアは素晴らしいところですわ。森と湖と女神に守られし国。このような自然に囲まれた場所でしたら、きっと薬草もたくさん採れるのではないかしらと」


 とんちんかんなことを言ったつもりはなかったのに、フロリアンとユーディトが目を合わせた。


「それにね。わたくし、この城に入る前に見ましたの。あの白い花はなあに? 王都では見たことがなかったのよ」

「白い花……。ああ、リアの花ですか?」

「まあ。リアの花っていうのね!」


 思わずパトリツィアの声が弾む。


「ああ。王都の方にはめずらしいのかもしれませんね。あの花は、アストレアにしか咲きませんから」


 道理で見たことがなかったはずだと、パトリツィアはミラとうなずき合う。


「わたくし、あの花をもっと見たいの」

「まあ、いいですけど。あの花なら、うちの庭にも咲いていますし」

「フロリアン」


 呼びかけて咳払いするユーディトに、フロリアンはううんと唸る。どうやらベネディクト邸までは遠いようだ。


「あれ? でもさっきは薬草って」

「そうですの。わたくし、薬草にはすこし詳しいのよ」

「へえ、すごいですねえ」

「うふふ。それでね、できるだけたくさんの薬草を持ち帰りたいのよ。あのね、旦那さま――ギルベルトさまはお体の調子が良くないって、そうきいたから。解熱に咳止め、胃腸にも効くものだってあるのよ。だいじょうぶ。わたくし、目利きには自信があるの。ねえ、ふたりとも。手伝ってくださらない?」


 侍女のミラは腕まくりをして準備万端というところだ。目をぱちぱちさせていたフロリアンも次にはぱあっと笑顔になった。


「そういうことでしたら、任せてください! ね? 姉さん」


 謎の張り切りを見せる三人をよそにユーディトだけが冷静だった。

 とはいえ、ユーディト・ベネディクトは騎士だ。主君の妻の声には逆らえないというもの、時間を忘れて薬草探しに没頭する三人を、ここで止めておけばよかったと後悔したのはここだけの話である。

 

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