第四章
夜、早速佐倉からラインが来た。
初めての異性とのラインのやり取り、しかも相手はかつて好きだった女子だったので、直接接している訳でもないのに、内心かなりドキドキしながらやり取りしていた。
とりあえず今度の日曜日、見たいアニメ映画があるので、それを見に行くか提案してみると、意外にも佐倉もアニメは好きだということだったので、その映画の内容とそのアニメの本編シリーズの事を軽く話すと、日曜日までに見ているVODで予習してくると言い、その日はやり取りを終えた。
いよいよ前日に土曜日の夜、明日の事で興奮した俺は、中々眠ることが出来なかった。
初デートの前夜は興奮して眠れないというシチュエーションは、恋愛小説などではよくあるシーンだが、まさかそれが現実のものとして自分が体験することになろうとは。
色々な思いが頭を駆け巡って結局眠りに落ちたのは、3時をかなり回った頃だった。
当日、あらかじめ目覚ましをセットしておいたが、4時間少々しか寝ていないにも関わらず、アラームが鳴る前に起きることが出来、しかもこれまでにない快眠をすることが出来たらしく、頭もスッキリしていて、まさにデートするには最高の体調だった。
緊張で殆ど食欲など無かったが、食パン1枚とコーヒーを無理矢理胃の中に押し込め、念入りに歯を磨いて身支度を整え、家を出た。
通学の為にいつも使っている道や駅ではあるが、いつもと同じ道路を歩いている筈なのに、信じられないくらい足取りが軽い。
通学するときは、事故後はそれなりに友達も出来て前よりも学校が楽しくなったとはいえ、ここまでの足取りの軽さは未だかつて経験がないことから見ても、如何に今日のデートと言うのが非日常的で、しかもその相手が、かつて好意を寄せていた女子なことも相俟って、より気持ちの高揚感を感じさせていたのだった。
「くぅ~~~、緊張する。」
行きの電車の中で、思わず口にする。
高揚感と緊張で、夏でもないのに喉がカラカラになって、途中の自販機で買ったミネラルウォーターを何度も飲んだもんだから、待ち合わせ場所最寄りの駅に着いたときに、速攻でトイレに駆け込んだのは言うまでもない。
用を足し終え、いつもより念入りに手を洗い、ハンカチで拭きながら待ち合わせ場所である駅前のロータリー内にある最近出来た遊興施設に向かう。
待ち合わせ時間の15分前だった。
取り敢えず遅刻せずに来れたことにホッと胸を撫で下ろした。
佐倉はまだ来ていなかったので、適当なベンチに腰を降ろす。
待ち合わせ時間が迫る毎に緊張が高まって来て、ミネラルウォーターを口にして落ち着かせようとするが、中々治まる気配がない。
が、何故かとても心地良く、暫しその心境に身を任せていると、スマホのライン通知の着信音がなって、スマホを見ると、佐倉から、今駅に着いた旨のメッセージが来ていたので、自分も既に待ち合わせ場所にいることを返信すると、直ぐに行くというスタンプが付いたので、分かったのスタンプを付いて、スマホをカバンにしまい、待つこと少し。
「お待たせ~~!」
と、声がしたので、そちらに顔を向けると、佐倉が駆け寄ってきたが、その姿に胸の鼓動が飛躍的に高まった。
肩下まで有った髪の毛をポニーテールに結い上げ、黒のオフショルダーの長袖シャツに、赤が基調のチェックのプリーツミニスカート、黒のショートブーツといういで立ちだ。(服の名前は後から本人に聞いた)
普段学校で見る制服姿の佐倉も可愛かったが、私服ともなると何時もの8割増しの可愛さとあって、
緊張を忘れて思わず見惚れてしまった。
「ごめん。待った?」
笑顔で言う佐倉に、更に胸の鼓動が跳ね上がる。
「いや。大丈夫」
恥ずかしさに中々言葉が出てこない。
「なんかさぁ、今日の横峯ちょっとカッコいいよ。キマッてんじゃん!」
「ありがとう。今まで外見とか意識したことなかったから、姉ちゃんに大分仕込まれたよ。」
自分で言っていて、我ながら情けななくなってしまう。
「まあ良いんじゃない。これからオシャレも勉強していけば。」
「ありがとう。佐倉も今日はいつもより可愛いよ。」
思わず本音を口に出すと、俺の言葉が予想外だったのか、佐倉が少し顔を赤らめて俯いた。
「あ、ありがとう。」
少し気まずくなって、俺も俯いて黙り込んでしまった。
少しの沈黙が続いたあと、
「へぇ~。横峯って割とそういう事言うんだね。結構意外かも。」
少し茶化したように、佐倉が言う。
「いやぁ。なんか自然と出てきたっていうかさ。まあ、佐倉にしちゃ可愛いなんて、いつも言われてんだろうけど。」
「まあ、可愛いはよく言われるかな~。」
「何だよそれ。」
なんか可笑しくなって、お互いに笑い合う。
一頻り笑ったあと、不意に付けていた腕時計を見ると、そろそろ映画が始まる時間が迫ってきているのに気が付き、佐倉に声をかける。
「そろそろ行こうか?」
「うん。」
返事をした佐倉と連れ立ち、映画館へ向かって歩き出した。
前日の夜は珍しく寝れなかった。
これまで休日に男子含めたグループで遊びに行ったり、男子と二人きりで出かけたことは何度もあったが、二人きりの外出でさえ、ここまで前日の夜に緊張したりワクワクしたりする事は殆ど無かったと思い返して、自分でも気持ちの折り合いがつけれずにいた。
日々の横峯とのラインのやり取りも、はっきり言ってかなり楽しかった。
夜に、次の日の待ち合わせ時間と場所の確認をして、横峯とのやり取りを終えると、すかさず麻衣に電話をした。
「ういっす~。有希、どうかした?」
「うん。何となく声聞きたいなぁ~って。」
「へぇ~そうなん。そういやさ、明日いよいよ横峯とデートだよね?何?緊張でもしてんの!?」
自分でも知らず知らずのうちに確信を突かれたみたいで、何も言えずに押し黙ってしまう。
「わぁ~照れてる、照れてる~。今からビデオ通話に切り替えて今の有希の顔見せてよ(笑)」
「絶対やらんし!茶化さないでよ!」
「ごめんごめん。でも分かるわ~。あたしも光洋との初デートん時は、前日の夜ソワソワして落ち着かんかったな~。」
光洋と言うのは麻衣の彼氏で、中学2年の三学期くらいから付き合い始めて、結構長い。
「そう言えばそん時の話詳しく聞いてなかったけど、光洋と何処行ったの?」
「別に。岡崎のショッピングモールブラブラして、あたしの買い物付き合って貰って、お茶して終わりだったかな。でもすっごい楽しかったな。ちなみに有希は明日何処行くの?」
「映画見に行く。」
「何の映画?」
「今やってるロボットアニメの映画。本編アニメ終わってから20年振りくらいにやるんだって。」
「ええっ!初デートでアニメ映画ってどうなん?」
「昨日まで本編のアニメ全部見終わったけど、あたし嵌ったかも。」
「まあ、あんたアニメ好きだもんね。あたしなら初デートで見る映画で、そのチョイスはちょっと無いかも。」
「いいじゃん。人それぞれだし!」
「怒るな怒るな~。恋する乙女よ!」
「う~わ、ちょっとムカつく~!」
その後も若干弄られながらも、他愛のないガールズトークに興じ、時計を見ると、良い時間だったので、明日の事を考えそろそろ休むと言って、電話を切り上げようとした時、麻衣が少し声のトーンを変えて、
「明日良いデートになるといいね。楽しんできなよ。」
「うん、ありがとう。話せて少し安心した。」
「そう、良かった。んじゃ、ゆっくり休んで。」
「うん。お休み~。」
「お休み~。」
麻衣と話せたことで少し緊張の糸が解れたのか、その後は特に問題もなく布団に入ると、自分でも驚くほどすぐに寝付く事が出来た。
朝、目覚ましの世話にならず、すっと目が覚めることが出来た。
外は良い天気だった。
「うん。今日も良い天気!」
思わず口にしたあたしは、朝食のパンとオレンジジュースを口に入れると、シャワーを浴びて着替えをし、念入りにメイクをして髪型を整えた。
今日の髪型はポニーテール。
それまでのラインのやり取りの中で、好きな女の子の髪型とかあるか聞いた時に、ポニーテールの女の子好きかもとか言っていたので、今日はそれをチョイスした。
別にやってほしいと言われたわけじゃないし、そもそも人にやれと言われてやるのは好きじゃないけど、何故か今回はそれで横峯が喜んでくれるならという事で、やってみた。
ふと、何故横峯に喜んでもらおうとすることを自分はやっているのだろうと思い至り、自分が今抱いている気持ちがわからなくなり、その気持ちに対する違和感に思いを馳せながら、家を出た。
電車に乗り、目的地に近づくにつれて、少しずつドキドキが高まっていくのがハッキリ分かった。
あれっ、なんであたしこんなに緊張してんのかな?相手は横峯なのに。
そんな自分の抱いてる感情に更に戸惑いながら電車の中での時間を過ごしていると、程なくして待ち合わせ場所最寄りの駅に到着した。
改札口を出てスマホの時計を見ると、待ち合わせの時間より10分早く到着出来たみたいで、少しホッとした。
スマホを取り出し、今着いたよというラインのメッセージを入れると、もう待ち合わせ場所で待ってると返信が来たので、今行くのスタンプを付き、横峯からのOKのスタンプが付かれたのを見て、スマホをカバンにしまい、小走りで待ち合わせ場所に向かうと、ベンチに座っている横峯の姿が目に付いた。
薄い紺色の長袖シャツに、チノパン・黒のスニーカーを履いていて、髪の毛も前髪を少しセットしていて、学校で見る野暮ったい姿よりも恰好良くなっていた。
そう言えば横峯って、普段そこまで意識してなかったけど、よく見たら結構顔立ち整ってるし、身なりちゃんとしたら結構モテんじゃね?と思い至り、え、あたし何考えてんだろうと頭を振って気を取り直し、
「おまたせ~~!」
と声を上げながら横峯の方へ駆け寄った。
「ごめん。待った?」
「いや。大丈夫。」
緊張してるのか、少し沈黙があった。
「なんかさぁ。今日の横峯ちょっとカッコいいよ。キマッてんじゃん!」
「ありがとう。今まで外見とか意識したことなかったから、姉ちゃんに大分仕込まれたよ。」
恥ずかしそうに俯き加減で言う横峯を、ちょっと可愛く思いながら、
「まあ良いんじゃない。これからオシャレも勉強していけば。」
「ありがとう。佐倉も今日はいつもより可愛いよ。」
「!!」
まさか横峯から、こんな事を言われると思ってなかったので、一気に恥ずかしくなって、あたしも俯いてしまった。
「あ、ありがとう。」
少し沈黙が続いたが気を取り直して、
「へぇ~。横峯って割とそういう事言うんだね。結構意外かも。」
「いやぁ。なんか自然と出てきたっていうかさ。まあ、佐倉にしちゃ可愛いなんて、いつも言われてんだろうけど。」
「まあ、可愛いはよく言われるかな~。」
「何だよそれ。」
なんか可笑しくなって、お互いに笑い合う。
一頻り笑ったあと、横峯が腕時計を見て言った。
「そろそろ行こうか。」
と言ったので。
「うん。」
と返事をし、横峯と連れ立って映画館へ向かって歩き出した。
映画は、かなり面白かった。
20年前のとある人気ロボットアニメシリーズ(仮にそのアニメのタイトルをGSとしておく)の一作品で、そのアニメシリーズの中で唯一続編やOVA作品が幾つかあり、昔のアニメとはいえ俺もかなり嵌っていたので、契約してるVOD配信サイトで時々見ていた。
今日までの佐倉との夜のラインのやり取りで、佐倉もアニメ好きな事、今そのGSの映画やってて、かなり興行収入を得るほどのものだと言うと、見に行こうよと佐倉が提案したのだった。
正直初めてのデートと言っても差し支えないもので、アニメ映画見に行くって大丈夫なのかと思い、佐倉にもその旨伝えたが、本人は全く気にした様子もなかったので、今回行く運びとなった。
映画を見終わり、佐倉が行ってみたいと言っていたカフェに入り、俺はコーラを、佐倉はパフェをそれぞれ頼みながら、GSの評定会となった。
「めっちゃ面白かったね。愛するヒロインを助けに行って一緒に戦うって、かなり王道な中身だったね。」
「まあ、このシリーズ知らない人にもある程度分かるように作ったっていう事だったから、こんだけ興行収入記録したんじゃないかな。俺は今日初めて来たけど、人によっては2度3度見に行ったって人もかなり居るらしいからね。」
「でもやっぱりある程度ストーリー知ってた方が分かりやすいよね。予習しといて良かった!」
佐倉が特にツボに入ったのは、中盤で敵に負けそうになった時に助けに来た主人公Kの幼馴染で本シリーズのもう一人の主人公とされるZというキャラだった。
「あのZって奴チョーウケるんだけど。めちゃくちゃ強いし、あんな真面目な顔して戦ってる最中に女の裸考えてるとかヤバ過ぎでしょ!笑い堪えんのキツかったわ!」
確かにZが出て来てから、館内のあちこちで笑いを堪える様な声が聞こえてきたし、佐倉が言った裸の女の子のシーンの時は、物凄い笑いが巻き起こっていた。
「確かにね。俺も笑い堪えれんかった。何度も見に来るリピーターが多いのって、Zを見に来るのが目的って人もかなりいるって、SNSや掲示板のコメント多かったしね。」
「確かに。あたしも今度麻衣達誘ってもう一回見に行こうかな。絶対ウケると思うわ~。まだやるよね?」
「うん。なんか暫くロングラン放映するらしいしね。」
「そっか。よし!今度誘ってみよっと。」
一頻りGS談義で盛り上がった後、会計を済ませて店を出、佐倉が服を見たいと言っていたので、佐倉行きつけのショップに向かうことにした。
中に入ると、見渡す限り女性ばかりで、なんか物凄く場違い感があって、とにかく佐倉の後ろに金魚のフンよろしくついていくことしか出来なかった。
佐倉の方は此方には目もくれず、夢中で服を見て回っていた。
「ねえ、これとか可愛くない?」
佐倉が傍で様子を見ていた俺に、唐突に話を振って来た。
「ああっ。良いんじゃない。」
「これとかどうよ?」
「良いと思うよ。」
その後も評定を求めてくる佐倉に、上手いことが言えずにいると、段々佐倉が膨れっ面になってきた。
明らかに機嫌が悪くなっている。
「ちょっと横峯~。もうちょっと気の利いた事言えない訳~。」
突然の指摘にしどろもどろになってしまう。
「ご、ごめん。俺、本当に服とかよくわからないから・・・。」
「しょうがないな~。横峯はこれからファッションの特訓だね。」
少し表情を崩しウインクしながら言う佐倉に、内心ホッとする。
「ああっ。よろしく頼むよ。」
「うぬ。このあたしにまかとけ!」
胸を張って言う佐倉を見て、可愛さに悶絶しそうになる自分を必死で抑え込む。
その後一時間程、佐倉は店内の服やバッグやアクセサリーなどの小物を見て回り、気に入ったであろう今履いているのと同じようなスカートを一着買って、俺たちは店を出た。
普段中々行くことが無い女性向けの服屋に入ることが出来て、自分の知らない世界に触れることが出来たので、俺にとっても有意義な時間だったように思う。
その後も佐倉の行きつけという雑貨屋に行ったり、俺が欲しいと思っていた本を買いに書店に付き合ってもらったりと、色んな店に行っているうちに、あっという間に良い時間になった。
「佐倉、もういい時間だね。そろそろ帰ろうか?」
「そうだね。」
佐倉も了承し、駅まで歩いて行った。
駅に着き、改札口の前で佐倉に声を掛けた。
「佐倉、今日はありがとう。凄く楽しかった。」
「ううん。こっちこそありがとう。あたしもすっごい楽しかった!」
暫く沈黙が続いたのち、思い切って提案した。
「佐倉、あのさ。」
「何?」
「また会う機会作ってもらっても良いかな?今度は俺が行先とか考えるからさ。」
佐倉を見ると、少し俯いて考え込んでいる様だった。
考えてみると、今日はあくまでもこの間の真鍋の事に対するお礼っていう名目だったし、そもそも陰キャの俺と、学校一のマドンナである佐倉がこれからも遊んでくれるはずが無いと思い至り、
「ああっ。いや、勿論無理にとは言わないからさ。だから・・・。」
「良いよ。」
俺の予想だにしなかった返事が返ってきた。
「えっ!?」
「だから、良いよって言ったの。」
「ホントに!?」
「うん。」
返事を聞いた瞬間、えも知れぬ高揚感に包まれていくのを確かに感じた。
「ありがとう。また連絡するよ。」
「うん。待ってる。」
佐倉がニッコリ笑って言った。
「んじゃ、またね!」
「ああっ。また。」
そう言って小さく手を振り、踵を返して改札口に向かう佐倉を見送った後、さっきより感じた高揚感に包まれながら、俺も帰路に着いた。