第三章
この話には、少し暴力的な描写があります。
ご注意ください
公園での佐倉との事から一週間が過ぎた。
あの時の自分の言動に後悔はしていない。
むしろ言いたいことが言えて、スッキリしたんだ。
俺だって、あの時の噓告白で凄く傷ついたのだ。
あれくらい言ったところで、特に問題は無いだろう。
とりあえず、もう関わるなと、きつく釘を刺しておいたから、もう接触してくることは無いだろう、そういう事で俺は気を取り直して、平穏な学校生活を満喫していた。
事故前からもそうだったが、俺は昼休みの間は、特別な用事が無ければ図書室で過ごしている。
図書室は、俺の中では学校で一番静かな場所であり、本を読んだり小説を書いたりするためには、うってつけの場所だった。
その日も昼食を済ませ、図書室で自作の小説を書いていると、不意に俺の座っているテーブルの向かいに、誰かが座る気配を感じたので、頭を上げると、佐倉が物憂げな表情をしながらこちらを見ていた。
途端に、嫌悪感が俺の全身を駆け巡った。
「もう関わってくるなって言ったはずだぞ。」
俺は意識的に棘のある言い方で言った。
「ゴメン。分かってるんだけど、どうしても話がしたくて。」
「俺は話す事なんて何もない。前は君の友達に話を聞いてあげてくれって言われたから、仕方なく話を聞いたんだ。もうその義理は果たした。気が散るから帰ってくれ。」
俺は少し語気を強めて言った。
佐倉は、まだ何か言いたそうな表情をしていたが、俺に取り付く島が無いとわかると、肩を縮めて席を立ち、図書室を出ていった。
「やっと行ったか。」
佐倉の後姿を上目でチラッと伺いながら、俺は再び小説を書く作業に戻った。
俺が復帰してから、佐倉の方から朝夕の挨拶をしてくることが時々あったが、図書室での出来事以降、それが全く無くなった。
ふと、事故前はあれほど好きだった佐倉が、今は完全に生理的に受け付けない存在になってしまい、自分の変わり身の早さに、驚きと若干の戸惑いを感じながら日々を過ごしていた時に、それは起きた。
「おいてめぇ!」
ある日の昼に、いつものように図書室で過ごそうとして図書室に向かい、入口の扉を開けようとして突然呼び止められた。
視線を向けると、学内で1・2を争うイケメンと言われているが、教師達も手を焼く程の不良と評判の真鍋雄一が、鬼の形相で俺を睨んでいた。
「ちょっと顔貸せよ。」
と、ドスの利いた声で迫って来た。
「いや、でも・・・。」
俺が躊躇していると、
「いいから来やがれ!」
と、有無を言わせず俺の左手を取って、強引に引っ張られた。
人気のない校舎裏に連れていかれて、投げられるように壁際に立たせられると、相変わらず鬼の形相をしている真鍋に向かい合った。
「な、何だよ?」
普段向けられることのない殺気のような感覚を向けれられ、恐る恐る言うと、
「お前、有希に付きまとってるらしいな?」
と、訳の分からないことを言ってきた。
「は?そんな事してないよ。」
「しらばっくれてんじゃねぇよ!お前が付きまとってるってネタは上がってんだよ!」
何だよそれと、内心少し呆れ返っていると、真鍋が言った。
「有希は俺のモンだ。人のモンにちょっかい出してんじゃねぇよ!」
初めて聞く話だが、イケメンヤンキーの真鍋と美人ギャルの佐倉、組み合わせとしては中々釣り合ってるなと、妙に納得した。
「何のことだかさっぱりわからないけど、俺は佐倉に付きまといなんかしてない。変な言いがかりしないでくれ!」
「なんだとてめぇ!調子乗ってんじゃねぇぞ!」
真鍋は俺の言葉に激昂すると、徐に迫って来て俺の胸倉を掴むと、思い切り俺の左頬を殴りつけた。
あまりの衝撃に、思わず地面に転げ落ちて、左頬を抱えて蹲っていると、更に真壁が倒れている俺の腹や背中に数発蹴りを入れてきた。
「陰キャの分際で有希に手ぇ出した上に俺にも上等こきやがって!マジで死ねよ!」
尚も罵詈雑言浴びせながら、俺に執拗に蹴りを入れてくる真鍋に対し、車に撥ねられた瞬間にも感じた死が脳裏を過った時、
「ちょっとあんた!何してんのよ!?」
不意に女子の怒号がしたかと思い、声のした方を見ると、息を切らせた佐倉が仁王立ちでこちらを睨みながら立っていた。
昼休みに教室で、麻衣・恵梨香・沙織と4人でいつも通り駄弁っていると、別の女子グループの方から、
「ねえ。真鍋の奴、横峯どっかに連れて行ったって話聞いたよ。」
「あ。なんか聞いた。大分キレてた感じだったし。横峯ヤバくない?」
という不穏な会話が聞こえてきた。
真鍋雄一。
学内一のイケメン且つヤンキーな隣の組の男子で、あたしも特別仲がいいという訳ではないが、何度か一緒に遊びに行ったことも有る上、告白されたこともある。
話してたら結構面白い奴ではあるが、あまり関わりを持ちたいと思う人種ではないので、秒で断ったが、その後も何度か告白して来て、内心かなりうんざりしていたところだった。
その真鍋が横峯を連れて行ったという不穏な話を聞いて、あたしの中に嫌な予感が駆け巡り、勢いよく立ち上がると、友人達に目もくれずに教室を出ていった。
「ちょっと有希!どこ行くのよ!?」
麻衣が追いかけてきて、あたしの肩を掴んで言った。
「横峯が・・・!早く探さなきゃ!」
「有希。あんた・・・。」
恵梨香と沙織も追いついてきて、心配そうな視線を向けてくる。
「とにかく行かなきゃ!」
あたしは友人達には目もくれず、その場を駆け出した。
「ちょっと有希!待ってよ!」
背後から友人たちの声が聞こえてくるのも気にせず、あたしは校内を駆け回って、横峯達を探した。
三階のフロアを探し回っていたが、横峯の姿は無く、息を整えるために窓に手を付いて何気なく視線を下に向けると、階下に地面に倒れて蹲っている横峯と、蹲っている横峯に執拗に蹴りを入れている真鍋の姿が目に留まった。
「麻衣!先生呼んできて!早く!」
追いついてきた麻衣達に怒鳴るように言うと、近くにあった非常階段へ続く扉を開け、勢いよく階段を駆け下りて、下に向かった。
下に着いて二人の方を見ると、まだ真鍋は執拗に横峯を足蹴にしていたのを見て、
「ちょっとあんた!何してんのよ!?」
あたしの怒声に気付いた横峯と真鍋が、こちらに顔を向ける。
「よお有希。良いとこに来たな。」
嫌な笑みを向けてくる真鍋を無視して、横峯に駆け寄り体を抱き起す。
「横峯、大丈夫?」
「うっ・・・。」
胸やお腹が痛むのか、横峯は苦しそうな呻き声を上げた。
「有希聞いたぜ。最近この陰キャと仲良くしてるんだって?」
真鍋の言葉に、あたしは顔を上げる。
「別に仲良くしてる訳じゃないし。ってか、あたしが誰と仲良くしようがアンタには関係ないでしょ。」
「そういやお前、前にこの陰キャに噓告したんだって?何。またからかってたりしてんの?」
「別にそんなんじゃない。変な事言わないでよ!」
茶化す様に言われたあたしは、思わず声を張り上げた。
「有希。そんな陰キャほっといて俺と遊びに行こうぜ。お前が好きそうなカフェ知ってんだ。奢ってやるからよ。」
そう言って近寄って来た真鍋が、あたしの手を掴もうとしてきた。
「触らないで!」
掴もうとしてきた真鍋の手を、咄嗟に払いのけた。
「っ痛ぇな。てめぇ!」
激昂した真鍋が、横峯の様子を見るために屈んでいたあたしを無理矢理立たせると、勢いよくあたしの左頬を平手で打った。
「きゃっ!」
突然顔を打たれた衝撃に、踏ん張ることが出来ず、あたしは尻もちを付いた。
「ちょっと可愛いからって調子こきやがって!このクソアマぁ!」
怒りの形相を滲ませた真鍋が、尻もちをついているあたしに馬乗りになって胸倉を掴むと、勢いよく制服のブレザーとブラウスを引き破った。
「いやっ!」
咄嗟に胸を手で隠すが、真鍋があたしの手首を掴んで強引に手を広げさせると、顔を近づけてきて無理やりキスしようとしてきた。
「いやっ!やめて!離して!」
「うるせぇんだオラ!大人しくしろや!」
更に怒声を上げた真鍋は、もう一度あたしの左頬を引っ叩いた。
「きゃっ!」
再度引っ叩かれて怯んだあたしに、また顔を近づけてきた真鍋を、辛うじて自由になった左手で防いだが、力自慢でも知られてるヤンキー男の真鍋に抗える筈もなく、唇を引き結んで顔を伏せて必死に抵抗した。
「へへへっ。有希。諦めて俺のモンになれよ。」
下卑た笑いを浮かべながら、真鍋があたしの首筋を舐めた。
今まで体験したことの無い強烈な不快感が全身を駆け巡り、背筋に怖気が走る。
誰か助けて!そう思いながら強く目を閉じると、不意に背後から、
「やめろっ!」
と叫び声が上がって、反射的に声のした方を見ると、さっきまで蹲っていた横峯が立ち上がったかと思うと、勢いよく駆けてきて、あたしに馬乗りになっている真鍋に体当たりした。
佐倉に馬乗りになって、暴行を加えている真鍋を目の当たりにして、暫くは足蹴にされていた時と同等の恐怖で身体が竦んで動けなかったが、無理やりキスされようとする佐倉を見た瞬間、今まで感じたことの無い強烈な怒りが込み上がってきて、怪我の痛みも忘れ、思わず、
「やめろっ!」
と叫んで立ち上がっていた。
突然上がった俺の叫び声にびっくりしたのか、真鍋と佐倉の動きが一瞬止まったのを見て、俺は勢いよく駆け出し、俺の突然の行動に驚いて動きが止まっていた真鍋に思い切り体当たりをした。
「ぐっ。」
俺の突然の体当たりに対処出来ず、くぐもった声を出しながら地面を転がった真鍋を見て、俺は更に真鍋に詰め寄って半身だけ起こし、後ろから真鍋を羽交い締めにした。
「この野郎!離せ!」
激昂した真鍋が俺を引き剝がそうと凄い力で暴れる。
元々力自慢で知られていた真鍋だが、この時は俺の想像の斜め上を行くような力で暴れていたが、この手を離せば、俺は勿論佐倉にも危害が及ぶと思い、必死に腕に力を込めた。
ふと気になって佐倉の方を見ると、ぺたん座りをし、破かれた制服のブレザーとブラウスを持って胸を隠し、涙目になって小刻みに体を震わせながら、こちらを見ている佐倉の姿が目に入った。
「佐倉!逃げろ!」
俺は佐倉に呼びかけるが、腰が抜けているのか、それとも恐怖で身体が竦んでいるのか、佐倉はその場を動こうとしなかった。
「何してる!早く逃げろ!」
再度呼びかけるが、佐倉は動かない。
「このクソ陰キャ!離せっつってんだよ!」
激昂した真鍋が、顔を前に倒し、勢いよくその後頭部で俺の顔に頭突きをしてきた。
「ぐっ。」
突然の攻撃に面喰ってしまい、一瞬仰け反ってしまって力が緩んだが、直ぐに気を取り直して腕に力を込め直し、真鍋を抑え込む。
「佐倉!早く逃げろ!」
尚も頭突きを繰り出してくる真鍋の攻撃を、顔を横に向けて鼻への直撃を避け、懸命に耐えながら再度佐倉に逃げるように促す。
「誰か来て!助けて!」
突然佐倉が叫んだ。
「有希!てめぇ!」
怒りに狂った人間は時に凄い力を出すのだろうか、俺に羽交い絞めにされながらも、真鍋は俺を引き摺りながら、佐倉に詰め寄ろうとしていた。
「ひっ!」
俺を引き摺りながら、自分に迫ってくる真鍋を見て、佐倉が小さな悲鳴を上げた。
もう駄目だ、そう思った時、
「先生、こっちです!」
「お前たち、そこで何してる!?」
声がした方を見ると、先ず目に入って来たのは、佐倉の友達である黒木・間野・名塚の姿で、その後に担任の前川先生・副担任の島原先生、それに何人かの男の先生たちが立ってこちらを見ていた。
「ちっ!」
短く舌打ちした真鍋が、逃げるために俺を振り払おうとしたが、それを察知した男の先生たちが一斉に駆け寄り、俺から引き離して全員で真鍋を地面に組み伏せた。
「くそっ!てめぇら離せよ!クソがっ!離せ~!」
「大人しくしろ!真鍋!」
尚も藻掻いている真鍋だったが、力自慢の真鍋とはいえ所詮は高校生、大の大人の男数人の力に敵う筈もないが、それでも逃げようと必死に抵抗している。
「横峯君。大丈夫?」
前川先生が近寄ってきて、俺に声をかけてきた。
「大丈夫です。すいません。」
「良いのよ。」
先生が俺の肩に手をやり、慰めの声をかける。
佐倉の方を見ると、ぺたん座りしていたまま黒木の胸に顔を埋め、すすり泣いている佐倉を、黒木が佐倉の頭を撫でながら抱きしめていて、更にその二人の上から名塚と間野が覆いかぶさるように佐倉と黒木を抱きしめているのが目に留まった。
「横峯君。ちょっと待っててね。」
そう言うと前川先生は立ち上がり、佐倉達の方へ歩み寄り、屈んで何かしら佐倉に声をかけていて、佐倉がそれに頷いて答えていた。
「横峯。大丈夫か?」
前川先生と入れ違いに、島原先生が屈んで俺に声をかけてきた。
「大丈夫です。すいません。」
俺はまた、島原先生に謝った。
「気にするな。よく頑張ったな。それにしても派手にやられたな。」
微笑を浮かべた島原先生が軽口を言った。
「本当に大丈夫です。」
そう言って立ち上がろうとしたものの、少し気が抜けたせいなのか、全身に鈍い痛みが走り、思わず蹲った。
「ほら、無理をするな。救急車を呼んであるから病院に行って診てもらえ。」
「本当に大丈夫ですから。」
「無理するなと言ったろ。お前はただでさえ大きなハンデを抱えてるんだ。自分の体はもっと大切にするもんだぞ!」
少し怒気を孕んだ声色で、島原先生が言った。
「はい。わかりました。」
力なく頷き、先生の言葉に従うことにした。
暫くして、遠くからサイレンの音が近付いてきて、救急車とその少し後にパトカーが三台、校門から入って来た。
パトカーに関しては結構面食らったが、考えてみれば俺や佐倉に暴力振るったわけだから、警察呼ぶのは当然かと思い直した。
「はぁっ!?お巡りとかふざけんな!くそっ離しやがれ!」
救急車の後に入って来たパトカーに面食らったのか、更に喚き散らして再度暴れはじめた真鍋を見て、ざまぁみろと心の中で悪態を付いた。
結局先生に促されるまま救急車に乗り込み、島原先生が付き添って、かつて入院生活を送っていた病院に運び込まれ、再び主治医の司馬先生の診察・治療を受けた。
「英二君。話は先生から聞きました。中々勇気ある事をしたんだね。」
「はあ。ありがとうございます。」
前の入院時にも感じたが、司馬先生は基本的にはクールで、あまり感情を表に出すような感じではなかったが、少し微笑を讃えて退院時以来の誉め言葉を掛けられて、少し照れながら答えた。
「だが、君はあくまでも体に大きなハンディキャップを抱えている。今後はこの様な行動は厳に慎むように。」
「はい。すみませんでした。」
直後に険しい顔つきで注意してきた司馬先生に、俺は力なく頷いた。
「全身に多数の打撲傷を負っているが、何処にも骨に異常は無い。大事を取って今日一晩は入院して、退院後も2・3日は自宅で安静にしていなさい。いいね?」
「はい。わかりました。」
そう言い残し、司馬先生は病室を出て行き、入れ違いに島原先生と険しい顔をした父と半泣きの母と姉が入って来た。
「英二。良かった。大丈夫?」
若干声を震わせながら母が聞いてきた。
「うん、大丈夫。心配かけてごめん。」
「良いんだ。言いたいことは色々あるが、話は島原先生から聞いた。よくやったな。」
父が微笑を浮かべながら少しぎこちなく言った。
「それにしてもアンタ、意外と力あったんだね。本読んでるばっかのもやしっ子かと思ってたけど。」
姉がいつもの茶々を入れてくる。
「うるさい。ほっとけよ。」
少しむくれながら、姉に言い返す。
実はリハビリを重ねていくうちに、体を動かす事に楽しみを感じて、時々病院でするリハビリ以外にも、体に負担をかけない程度に筋トレをやっていたので、少し力に自信が有ったのだ。
暫く島原先生も交えて他愛もない会話に興じていると、ノックがして、
「失礼します。」
の声と共に、警官が二人病室に入って来た。
「突然の訪問失礼します。横峯英二さん、申し訳ないですが少しお話を伺ってもよろしいですか?」
突然の警察官の訪問に面食らったが、柔和な表情と声色の警官に安堵して、
「はい。」
と答えて、警官からの質問に包み隠さず答えた。
事情聴取に加えて、現在真鍋は警察署に拘留の上取り調べを受けていることを軽く説明され、
「今回の事について被害届を出しますか?」
と聞かれた。
少し考えて、
「お願いします。」
と答えた。
「わかりました。事前に横峯さんの状況を伺って、お身体が良くないとお聞きしています。書類に記入するのも大変でしょうから、ご両親に代わりにご記入頂きたいのですが、よろしいいですか?」
と、両親に話を振った。
「わかりました。私が書きます。」
と父が応じた。
「それでは、此方で。」
と警官に促され、父が病室を出ていった。
「それでは、私もこれでお暇致します。横峯、お大事にな。」
俺に声をかけ、島原先生も出ていった。
「英二。母さんたちも帰るね。これ着替え。着替え手伝おうか?」
母が着替えの入った紙袋を差し出し、着替えを手伝うか聞いてくる。
「いや大丈夫。一人で出来るから。」
母の申し出を断って、紙袋を受け取る。
「それじゃあね。明日母さんが迎えに来るから。」
「うん。母さん、姉ちゃん、ごめんな。」
「いいよ。じゃゆっくり休みなよ。」
姉が答え、母と一緒に病室を出て行った。
家族を見送った後、俺は紙袋を開けていつも着ている部屋着を取り出し、傷の痛みに耐えながら着替えを済ませ、その後は備え付けのテレビを見たり、スマホをいじったりして、その日を終えた。
翌日の朝、母が迎えに来て退院の手続きを終えた後、母の運転する車で帰宅し、その日は自室でゆっくり過ごした。
司馬先生は2・3日は安静にしていろと言われたが、いい加減出席日数の事も気になっていたし、思った程痛みも感じなかったので、母の心配をよそに、退院した翌々日には登校することにした。
教室に入ると、
「おおっ英二!来たか!」
「横峯君。大丈夫?」
先に登校していた良太が声をかけてきたのを皮切りに、何人かのクラスメイト達が寄ってきて声をかけてくれた。
「ああっ。もう大丈夫。ただでさえ休みまくってんのに、これ以上休んだらダブりも心配しなきゃいけなくなる。」
「へっ。違ぇねえ。そん時は俺ら先輩になるから敬語でしゃべれよ。」
「勘弁しろよパイセン。」
「誰がオッパイ好きだコラ!」
「言ってないし。」
「良太ガッツリスケベでマジウケる~!」
「ってか、ガッツリスケベじゃなくて、がっつくスケベじゃね?」
馬鹿話でクラスメイト達と盛り上がる。
長期入院後の再登校後、時々ではあるが、こんな風に皆と馬鹿話が出来るほどクラスに溶け込む事が出来ている。
受け入れてくれたクラスメイト達には感謝しかない。
「そういや英二に言っといた方がいいかな。」
馬鹿話が一段落したところで、友人の1人、山上裕也が切り出した。
「何?」
「真鍋の事だよ。」
「ああっ。」
真鍋の名前が出て、一瞬背筋がゾワッとなる。
「あいつ、退学になったぜ。」
「えっ!」
裕也が俺が救急車で運ばれた後の事を話し出した。
救急車と一緒にパトカーが来たわけだから、当然学校内は大騒ぎになり、その中で、真鍋が俺と佐倉に暴行を加えたことが明るみになり、パトカーで警察に連れていかれ、その日のうちに退学処分が下されたそうだ。
「まあしょうがねえよな。あいつ入学してから色々やらかしてたからな。自業自得ってもんよ。」
「そうそう。誰も同情なんかしねぇわな。」
「それな!」
口々に友人達から真鍋への悪口が出てきたが、あの噓告白以来、悪口に対してかなり敏感になったが、今回に関しては相手が相手なだけに、俺も真鍋への悪口に関しては完全に友人達と同意見だ。
ふと気になって、佐倉の姿を探したが、もうすぐホームルームが始まるにも関わらず、まだ登校してきてない。
「そう言えば佐倉は?」
「ああっ。あの後早退して、それから来てないよ。」
俺の問いに、良太が答える。
考えてもみれば、あれだけの事されたんだから、精神的に疲弊していても何らおかしくはない。
「気になるか?有希の事。」
良太が聞いてくる。
「まあね。殆どレイプみたいなことされてたのモロに間近で見たからな。気にならないって言ったら嘘になるかな。」
「それもそうだな。ってか聞いたぜ。お前結構活躍したんだって?」
裕也が言った。
「あれを活躍って言っていいのか分かんないな。そもそも佐倉、あの時助けに来てくれたっぽいから感謝してるよ。」
「そうらしいな。まあ以前あんな事やられたから、まだムカついてるだろうけど、せめて礼の一言位言っても良いんじゃね?」
「ああっ。そのつもりでいる。」
佐倉が登校して来たのは、それから2週間ほどしてからだった。
「あっ!有希!もう良いの?」
名塚が登校して来た佐倉に気付いて声をかけたのを皮切りに、クラスメイト達が次々に佐倉の下に駆け寄ってきて口々に声をかけていた。
「うん。もう大丈夫。」
少し弱々しい声ではあったが、皆の問いに、佐倉が答えていた。
そう言えば俺が登校してきた時もこんな感じだったかな。
自分が再登校してきた時の事を思い返しながら、皆と会話を交わしている佐倉の方を見ていた。
あの時のお礼を言おうとタイミングを見計らっていたが、相手は学校一のマドンナな上に、久しぶりに登校してきたとあって、佐倉の周りには殆ど人が絶えることはなかった。
みんなの前で言うのは流石に恥ずかしかったので、一人になってからにしようと思い、気長にタイミングを待っていようと思っていると、以外にもそれは直ぐに訪れた。
「横峯。ちょっと良い?」
昼休み、いつも通り図書室で読書をしていると、佐倉が声をかけてきた。
その顔は、僅かに緊張の面持ちでいる。
「ああっ、良いよ。良かったら座りなよ。」
「うん。そうする。」
俺の対面の椅子に腰かけた佐倉だったが、それから俯いて黙り込んでいた。
暫く沈黙が続いていたが、俺の方から話そうと思い至り、
「あのさ佐倉。」
「何?」
俺の問いかけに、佐倉が俯いたまま上目遣いでこちらを見てきたが、その表情にドキッと胸が鳴った。
可愛い。
入学して初めて佐倉を見た時に感じた熱いときめきを思い出して、胸が熱くなった。
それと同時に、嘘告白された時の嫌な記憶が甦り、どう感情の整理を付ければいいのか分からず悶々としていると、
「あたしの方から喋って良い?」
と、佐倉が切り出した。
「ああっ。どうぞ。」
それからまた暫く沈黙が続いたが、やがて意を決したように佐倉が話しを切り出した。
「この間の事なんだけど。」
「ああっ。」
「その・・・。」
「・・・。」
「助けてくれて、ありがとう。」
「!!」
相変わらず俯きながら上目遣いでこちらを見ながら話す佐倉に、俺の胸の鼓動は鳴りっぱなしだったが、同時に噓告白された時の嫌な記憶がフラッシュバックしてきて、また抑うつとした気分になりながらも、俺も何とか答えた。
「いや。俺の方こそ助けに来てくれてありがとう。佐倉が来てくれなかったら、今頃どうなってたかと思うとゾッとするよ。」
「へぇっ。そうなんだ。」
佐倉の微笑に、俺の胸の鼓動は、またドンドンと鳴りだす。
「だから、本当にありがとう。」
「良いの。あたしも助けてくれたし。あの時の横峯、恰好良かったよ。」
「ああっ。ありがとう。」
中々後に続かない会話に、ちょといたたまれない気分になったが、気になってた事が有ったので、思い切って佐倉に聞いてみることにした。
「佐倉。今は大丈夫なのか?」
「大丈夫って、何が?」
「ほら、佐倉、真鍋にあんな事されたから、大丈夫なんかなと思って。」
「うん。大丈夫って言ったら嘘になるけど、大分落ち着いたかな。あの時は夜全然寝れなかったし、食事も殆ど取れなかったからさ。でも、うん、やっぱり今は大丈夫かな。」
「無理してない?」
「うん。平気。」
「そうか。良かった。」
「何。あたしの事心配してくれてたの?(笑)」
「ま、まあ、それなりに・・・。」
「えぇっ~何それ~!チョ~嬉しいんだけど~!」
突然上がった佐倉の歓声に、静かにしていた図書室の利用者が、一斉にこちらを向いてきた。
「ちょっ、佐倉!こんな所で止めろよ。」
声を殺して、佐倉に注意する。
「あっ。ごめ~ん。」
佐倉は小声で片目を瞑りながら、舌を出して見せた。
その仕草もまた可愛くて、俺は再び顔を伏せた。
それから暫く沈黙が続いたが、やがて佐倉が意を決したように話し出した。
「それでね横峯。」
「何?」
「その・・・。」
少しの間を置いて、佐倉が話し出す。
「お礼したいんだ。」
「へっ!?」
突然の申し出に、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「だから、お礼したいんだって!」
佐倉は少し顔を膨れさせて拗ねたように言った。
佐倉の申し出に、少し思考停止状態に陥っていたが、直ぐに気を取り直して、俺は答えた。
「いや、良いよ。それに関してはお互いさまって事もあるし。だからそんな気ィ使わなくてもいいって。」
「違うの!」
佐倉が先程より小さいとはいえ、また声を張り上げて言った。
「ちょっと佐倉。落ち着けって。」
再度声を潜めて佐倉を宥める。
「ああっ、ごめん。」
また気まずそうな顔をして、佐倉が座りなおす。
「お礼もあるんだけど、単に横峯と遊びたいの。ねっ、お願い!」
顔の前で合掌して、佐倉が懇願してくる。
「分かったよ。」
ここまでされると後が怖そうだったので、渋々と言った感じで答えた。
「ほんと!?ありがとう~!」
佐倉のホッとしたような、それでいて本当に嬉しそうな表情に、また俺の鼓動は高鳴った。
「んじゃ、携帯出して。」
「へっ!?」
「へっじゃない!連絡先交換だよ。したことないの!?」
「友達とはしたことあるけど・・・。」
「女の子とはないでしょ?ってことは、あたしが栄えある連絡先交換女子第一号ってことだよね~。」
「あっ。まあそうなるかな。でも・・・。」
「でもじゃない!当日どうやって連絡取り合うのよ。つべこべ言わずに出しなよ。」
佐倉の剣幕に押されて渋々スマホを佐倉に渡す。
俺からスマホを受け取った佐倉は、手際よく俺のスマホに自分の連絡先を入力し、ラインも出来る様にしてから、俺にスマホを返した。
「それじゃあ、今度の日曜日の朝10時に殿梨駅で。遅れたら承知しないからね!」
「前みたいに噓デートとかじゃないだろうな?」
俺は冗談交じりに皮肉を言った。
「そんなこともうしないし。悪いと思ってんだから、そのネタで弄るの止めてよ。」
佐倉はキッと睨みながら、踵を返して図書室を出ていった。
佐倉の後姿を見送りながら、今は関わりたいとは思わないが、かつて思いを寄せていた学校一のマドンナの女子と一日遊びに行く、楽しみでもあり不安でもある今の感情を整理することが出来ずに、悶々としながら、その後の時間を過ごした。