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アナタの夢を叶えたい  作者: 鬼切紫雨
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第二章

 横峯が入院してから4か月の時が過ぎた。

 放課後のホームルームで、前川先生から横峯についての話があった。

「今日、横峯英二君が退院しました。暫くは自宅療養をすることになりますが、折を見て登校して来るとの事です。状態が状態ですので、くれぐれも無理をさせないように出来る限りの配慮をすること。いいわね?」

 横峯がいよいよ帰って来る、あたしはその言葉に、何とも言えない緊張感を覚えた。

 前川先生の連絡から三週間後の水曜日、横峯が登校してきた。

 少し右半身を引き摺るような歩き方だったが、元気そうな感じで、とりあえず胸を撫で下ろした。

「おおっ横峯!久しぶりだな。」

「もう大丈夫なのか?」

 クラスメイト達が、横峯の周囲に集まり、たちまち人だかりが出来ていた。

「ああっ。とりあえず大丈夫。」

 普段殆どのクラスメイトは、横峯と話すことが無かったため、次々に話しかけられて、本人は少し戸惑っていたみたいだけど、言葉少なめにクラスメイト達の質問や声掛けに対応していた。

 本当はあたしも傍に行きたかったが、先ずはあの日の事を謝らなきゃっていう考えが先立って、とりあえずその機会を覗っていた。

 ある日の昼休み、あたしは友人たちに今の心境を吐露した。

「あのさぁ。あたしやっぱりあの日の事、横峯に謝りたい。」

「そうだね。確かにあたしたちのやった事って、かなりひどい事だったしね。」

 麻衣が同意してくれ、恵梨香と沙織も頷いてくれた。

 あの日から今日までの間、横峯の事で、友人たちもそれなりに反省していて、あたしが出来る限り横峯をサポートしたい意向を汲んでくれて、色々力を貸してくれていた。

「問題はどうやって本人に話を切り出すかだね。」

 恵梨香が一番の問題を口にする。

「そうだよね。そこだよね。」

 あたしも考えるが、中々妙案が思いつかない。

「ねえ。もう一回手紙書いて呼び出さない?」

 沙織が提案した。

「それはちょっと無理じゃない?今度は警戒して来ないかもしれないし。」

 麻衣が反論する。

「それじゃあ、有希は先に待ち合わせ場所で待機する。あたしらは下駄箱で待機して、シカとしようとしても無理やりに連れて行くし!」

 沙織が語気を強めて宣言した。

「ありがとう。じゃあ皆お願いします。」

「任しとけ!んじゃ、はいこれ。」

 沙織が前回と同じレターセットをカバンから取り出して、あたしに差し出した。

 アンタまたそんなもの都合よく持ってんのかよ!ドラえもんの四次元ポケットか!などのツッコミを入れて盛り上がる友人たちを横目に、あたしはまた横峯に出す手紙を認めた。

 前回と同じ場所を指定し、今度は心を込めてペンを走らせる。

 その日、横峯が義手に慣れるためのリハビリの一環として、掃除当番を申し出たと聞いたので、放課後、急いで下駄箱に向かい、願いを込めて横峯の下駄箱に手紙を入れ、あたしは前回と同じ公園に足早に向かった。


 久しぶりの登校日だった。

 前日は緊張して殆ど眠ることが出来ず、当日の朝も行きたくないという気持ちが強かったが、家族に心配させてはならんと気力を奮い立たせて、学校への道のりを歩いていた。

 教室の扉の前で一度深呼吸をし、恐る恐る教室に入ると、すでに登校していた何人かのクラスメイト達が、一斉に俺に視線を向けてきた。

「横峯!久しぶりだな!」

「思ったより元気そうじゃないか!」

「もう大丈夫なの?横峯君。」

 今まで向けられた事のない俺へのクラスメイト達のリアクションに、俺はかなり戸惑っていた。

 後から来たクラスメイト達も、俺の姿を確認するや否や、駆け寄ってきて、声をかけてきた。

 みんなからの怒涛の質問攻めに、俺は戸惑いながらも答えた。

 その内ホームルームの時間になり、前川先生が教室に入って来た。

「おはよう。今日やっと横峯君が登校してきてくれました。先生も含めて皆本当に心配していました。だから今日、こうやって君の元気な姿を見ることが出来て、本当に嬉しいし、安心しました。これでやっとクラスが全員揃いました。これからも仲良く助け合って、貴重な高校生活を過ごしてほしいと思ってる。では横峯君、皆に挨拶を。」

 突然の指名に面食らったが、クラス中から巻き起こる拍手に、照れくさくなりながらも、俺は立ち上がって皆を見渡せる位置に移動した。

「え~っと。なんて言ったらいいのか分からないけど、今日何とか登校することが出来ました。正直はじめは凄く怖かったけど、こんなに暖かく迎えてもらえると思ってなかったので、戸惑ってはいるけど嬉しかったし安心した。これから迷惑かけることになるかもしれないけど、なるべく皆の手を煩わせないようにするんで、よろしくお願いします。」

 みんなに向かって一礼すると、さっき以上の拍手や口笛が鳴り響いた。

 一際大きな拍手があったので、そっちの方向を見ると、その主は、あの佐倉有希だった。

 途端に、あの日の嘘告白の事が思い返されて、一気に嫌な気分になり、俺は佐倉の方を見ずに、先生に促され、自分の席に着いた。

 その日は授業が始まる度に、担当の先生から復帰を祝う言葉がかけられ、また休み時間にはクラスメイト達から色々な質問攻めにあった。

 クラスメイト達が特に興味を引いたのは、やはり右腕の義手だった。

「義手って、お飾り程度のもんかと思ってたけど、最近の義手って凄いな。殆ど普通の手と動き変わらないじゃん!マジでスゲー!」

 クラスメイトの1人、藤沢良太が、感嘆の声を上げた。

「そうだね。技師さんも出来るだけわかりやすく説明してくれてはいたけど、難し過ぎて俺もいまいち原理を理解出来てないけどね。」

 俺も頭を掻きながら答える。

 なんでも、義手に内蔵されている特殊なマイクロチップが、神経に伝わる電気信号を感知して、それを義手の駆動系等に伝達して動きを制御している的なことらしいが、やっぱり良く分からないというのが正直な感想だった。

「まあ、やっぱり義手だから普通の手みたいに細かい動きとかは出来ないけど、それでも日常生活に支障は無いかな。」

 シャーペンを握って文字を書いて見せたりしていると、そこかしこから感嘆の声が上がって、俺は少し得意げな気分になった。

 久々に登校する学校は、ホントに色々変わっていた。

 以前は、話しかけてくるクラスメイト等殆ど皆無に等しく、本当に必要最低限の用事の為に声をかけてくるか、一部がパシリの為や、放課後の掃除当番を強引に押し付けてくる様な事もしょっちゅう有ったが、今は全然そんなことも無くなった。

 今回の事故によって、失ってしまったものはあまりにも大きかったが、得たものもそれなりにあったみたいで、これを機に幾人か友達も出来て、俺は満足していた。

 まさに怪我の功名というやつである。

 そんな満ち足りた高校生活を満喫していたある日に、それは起きた。

 その日、友人となった藤沢良太が家の用事で早く帰らなければいけないからと、掃除当番を変わってくれと頼まれ(以前掃除当番を頻繁に押し付けてきたのは主にこいつだったが、今は全く無い)引き受けて、教室掃除を終え、教科書やノート・筆記用具をカバンに入れ、戸締りを終えてから下駄箱に向かい、下靴を出そうと下駄箱の扉を開けると、中に一通の手紙が入っていた。

 前と同じく、薄いピンク色に可愛いキャラがプリントされた封筒。

 今回は、しっかり差出人の名前が書いてあった。

   「横峯へ  佐倉有希」

 俺にとっては忌まわしいものを目にして、途端に頭に血が上った。

 復学してから、毎朝挨拶をしてくれたり、時折佐倉からの視線を感じることはあったが、基本的に無視を決め込んでいる。

 以前は正真正銘の憧れの女子だったが、今は嫌悪感しか感じない、一番関わりたくない存在になり下がった佐倉有希。

「あいつ。また下らない事やるつもりか。マジでふざけんなよ!」

 心情が思わず声に出たその勢いに任せ、俺は迷うことなく手紙を握り潰し、近くにあったゴミ箱に勢いよく投げ捨てた。

 途端に、

「ちょっとアンタ!何すんのよ!」

と怒声が背後から上がり、振り向くと黒木麻衣・間野恵梨香・名塚沙織の三人が、険しい形相で立ってこちらを睨み付けていた。

「何だお前らかよ。また俺の事おちょくるつもりか?マジでいい加減にしろよ!」

 俺はありったけの声を振り絞って怒鳴り散らした。

「先ず、アンタにやった嘘告白の事、謝りたい。本当にゴメン。」

 三人は各々に頭を下げてきた。

「謝った所で、お前らの事許すつもりは毛頭無いけどな。」

 俺は吐き捨てるように言い放つ。

「別にあたしらの事は許さなくていいよ。でも有希は違う。確かにあの時の嘘告白は、ゲームに負けた有希への罰ゲームってことでやったことだけど、でも有希は次の日謝ろうとしてた。そんでアンタが事故ったって聞いた時の有希の有様は、本当に見てられなかった。あたしのせいで横峯がって毎日泣いて過ごしてた。アンタが復帰するって聞いた時は、あたしが横峯を支えるんだって、毎日色んな事勉強してた。だから話し聞いてあげてほしい!」

 黒木が一気に捲くし立てるようにいった。

「そんなのお前らの都合だろ。悪いと思ってんなら、これ以上俺に関わらないでくれ。」

 俺はそう三人に吐き捨てて歩き出したが、名塚が俺の前に立ち塞がると、思いもよらない行動をとった。

「お願いします!有希の話を聞いてあげて下さい。話聞くだけで良いから。お願いします!お願いします!」

 俺の前で地面に頭を擦り付けて、名塚が土下座をしたのだ。

 突然の名塚の行動に、周りにいた何人かの生徒たちが、一斉にこちらを向いた。

「ちょっと沙織!そこまでしなくても!」

 黒木と間野が慌てて名塚に駆け寄り、名塚の肩を抱いた。

 当の名塚は頭を上げず、ひたすらお願いします・お願いしますと、繰り返し涙声で言い続けている。

 俺は三人の女子の姿に、いたたまれない気持ちになりながら、

「分かったよ。話を聞くだけで良いんだな?」

と答えると、名塚が顔を上げた。

 やはり泣いていたのか、顔が涙でぐしゃぐしゃになっている。

「ありがとう。ありがとう。」

 今度はありがとうを連呼している。

「それで、俺は何処に行けば良いんだ?」

 俺は3人に問いかけると、

「前回の公園に行って。有希そこで待ってるから。」

 間野が言った。

「あの公園なんだな。分かった。」

 場所の確認をし、その場を後にする。

「絶対に行ってよ。行かなかったら承知しないんだから!」

 後ろから黒木の声がする。

「分かったよ。」

 そう言い残し、俺は、件の公園に向かって歩を進めた。


 待ち合わせ場所である公園に着くと、あたしは適当なベンチに腰を下ろした。

 多分今頃友人たちが、横峯に話をつけてる頃合いだろうなと思い、段々緊張感で胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

 横峯は来てくれるのだろうか。

 普通に考えたら、来るはずなどない。

 あたしが同じ立場なら絶対に行かないし、相手の事を考えるだけでも虫唾が沸く思いが先立ってしまう。

 でも友人達、特に沙織が絶対に行くように言ってやると、麻衣や恵梨香以上に、気炎を燃やしていた。

 だからきっと来てくれる、あたしには妙な確信が湧き上がるのと同時に、会ったら何を話そうかと、思案にくれた。

 あの日の噓告白の事を真っ先に謝ることと、これから何か助けが必要になった時は力になりたい旨を言うのは、あらかじめ決めていたから良いとして、それ以外にどんな話をしたら良いものか、妙案が浮かばない。

 怪我の事や、入院していた時の事とか凄く聞いてみたいが、恐らく嫌悪しているであろうあたしに、そんな話をしてくれるとは、全く思わなかった。

 それが証拠に、入院中は、先生や何人かのクラスメイトが面会に行ったが、学校の関係者には会いたくないと本人が希望していたため、面会出来なかったと、行った人達から聞いている。

 あたしも最初は面会に行こうと思っていたが、先に行ったクラスメイト達の面会拒否の話を聞いて、行くのを止めたくらいだ。

 ああでもない・こうでもないと色々考えていると、あたしのカバンに入っているスマホに着信があったので、取り出してみると、麻衣からライン通知があったので、見てみると「横峯がそっちに行ったよ」とメッセージがあった。

ありがとうのスタンプを入れてスマホをしまい、周りを見回してみると、通りの方から、横峯がこっちに向かって歩いてくるのが見えてきた。

「横峯~、こっちこっち!」

 あたしは立ち上がって、大声で横峯を呼んだ。

 横峯はあたしに気づくと、 ゆっくりとこっちに向かって歩いてきた。

「ゴメンね。急に呼び出して。」

「別に。来るの滅茶苦茶嫌だったけどな。でも黒木達に説得されてさ。名塚なんか土下座して頼んできたよ。だから仕方なく来たって感じかな。」

「えっ。マジで!?」

 横峯の話に、あたしは驚いた。

 沙織そこまでしてくれたんだ。

 あたしはしばし緊張を忘れて、友人たちの顔を思い出し、少し嬉しくなった。

「それで、何?」

 横峯が素っ気なく言った。

 その言葉に、あたしの思考は一気に現実に引き戻され、居ずまいを正して横峯の方を見た。

 前回は物凄い緊張していたのが見て取れるくらいだったが、今回は明らかに嫌悪感剥き出しと言った感じで、冷めたような視線でこっちを見てきて、あたしは初めて向けられるマイナスの感情に、内心少し竦み上がりながらも、意を決して切り出した。

「先ず退院おめでとう。また学校に来てくれて、本当に安心したよ。」

「もうそれなりに日が経ってるんだし、そんなの改めて言わなくていいよ。」

 相変わらず、横峯の態度は素っ気ない。

「それでね。あの日の嘘告白の事謝りたくて、今日来てもらったんだ。本当にごめんなさい。」

 あたしはゆっくり深々と頭を下げた。

「謝った所で、佐倉の事許すつもりは無いけどね。」

 横峯が冷たく突き放すように言った。

「うん。分かってる。許してもらおうなんて思ってない。でもどうしても謝りたかったんだ。本当に悪い事したと思ってる。嘘告白したこと、本当に後悔してたから。」

「さっきも言ったけど、俺は佐倉の事許すことは出来ない。でもせっかく謝って来てくれたんだから、謝罪は受け入れるよ。」

 口調は少しだけ和らいだが、相変わらず冷たい声色で、横峯が言った。

「ありがとう。それでね、お詫びと言ったら何なんだけど、あたしに横峯の事、サポートさせてくれないかな?」

「どういう意味だ?」

 あたしの提案に、横峯の顔が一気に険しいものに変わった。

「ほら、横峯右手がこんなことになっちゃったからさ、あたしにも何か出来ることあるんじゃないかなと思ってさ。色々勉強したんだ。だから。」

「余計なお世話だ!」

 あたしの話を皆迄言わせず、横峯の突然上がった怒声に、あたしはビクッと竦み上がった。

「佐倉に助けてもらおうなんてハナッから思ってない。今度は何企んでんだよ!これ以上俺を振り回すなよ!」

「違う!そんなんじゃない!あたしはただ。」

 そこまで言ったが二の句が継げず、あたしは黙り込んで、暫く沈黙が続いた。

「好きだったよ。」

 暫く続いた重苦しい沈黙を破って、横峯が唐突に告げた。

「えっ。」

 突然の告白に、あたしは思わず面食らった。

 横峯は構わず話し出す。

「一目惚れだった。入学して初めて見た時から佐倉の事が好きだった。でも、俺はこんな陰気な性格だから、そんな奴から思いを告げられても迷惑だろうと思って、自分の気持ちを心に仕舞った。だから告白されたときは本当に嬉しかった。けど告白が嘘だったって知った時は、本当に悲しかった。何にも悪いことしてないのになんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだって思った。そして、誰にでも気さくで明るくて優しいと思ってた佐倉が、こんな平気で人の事貶める事が出来る人間性なんだって知って、一気に気持ちが覚めたよ。なんでこんな奴の事好きだったんだろうって、自分でも情けなく思ったよ。」

 次々に語られる横峯の話に、あたしは呆然となった。

「さっきも言ったけど、謝罪は受け入れる。だけど君とは絶対に関わりたくない。悪いと思ってるなら、これ以上俺に関わらないでくれ!」

 はっきりとした拒絶の言葉を吐き捨てて、横峯はあたしに一瞥もくれず、その場を去った。

 初めて向けられた拒絶の態度と、横峯に負わせてしまった心の傷の深さを目の当たりにして、あたしはその場に座り込み、声を殺して泣いた。

 
































 

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