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黒の魔王と黄金の歌姫   作者: 芝村あおい


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24 散策


 陽が落ちるまでの時間、月光は黄金と街で情報収集をすることに決めた。お互いに目立つ容姿をしているので、マントのフードを深く被ってひっそりと動くことにする。


 街はそれなりに栄えていた。騎士や兵や多く配置されているが、民の表情は明るく、商店も賑わっている。


『ここは貿易都市でもありますから、香辛料や珍しい食べ物も多いですよ』

「あー、人間の国の食事なんて久しぶりね」

『人間の国の食事はお好きなのですか?』

「まあね。アタシたちにとって食事は必要なものではないけれど、おいしいものは好きよ。……戦争前は魔王城に腕のいい料理人がいてね。火の眷属の王だったわ」

『……王なのに料理人だったのですか?』

「趣味だったみたいね。……戦がはじまったばかりのころ、和平交渉に魔王さまと出向いて、そこで死んだの」


 和平交渉だから、魔王は火の眷属の王だけを連れて臨んだ。それなのに、人間は騙し討ちをしようとした。火の王は魔人のなかで一番優しくて、一番人間を愛していたのに。


「……だから人間は信用なんてできない」

『……その魔人の王は、歌が好きでしたか?』

「そうね。料理と歌を好んでいたわ。宵闇を人間の国に行かせたのも、あのひとの推薦があったから』


 長い付き合いだった。赤毛の巨体。優しく笑う表情も、まだ記憶からは薄れない。黄金が料理上手なのはわかるが、きっとあの男より美味と感じる料理はつくれないだろう。

 きっと、誰にもつくれない。


「……そうだ。買っておいたほうがいいものがあった」

『どれです? 胡椒? お塩? お砂糖は魔王さまがほしいとおっしゃっていましたが』

「香辛料じゃないわ。花屋に寄って」


 黄金はこの街に来たことがあるらしい。娘の後ろをついて行くと、ほどなく花屋に着いた。近くに『魔の森』があるせいか、見た目が美しい品種だけでなく、薬草の役割もある草花が並べられている。


「いらっしゃい! 旅人の方が花屋に来るなんて珍しいね」

「この街なら、きっと珍しい花があるだろうと思って」


 月光が適当なことを言って微笑むと、店の女はほう、とため息を吐き出した。


「すごくキレイな声だね。歌姫さま?」

「まあ、そんなところ」


 あいまいに笑いながら、月光は目当ての花を探す。あった。


「これをひと束ください」

「ナルキッソスかい? きれいだろう! 土はいらないのかい?」

「旅をしているから、根はいらないわ」

『まあ、本当にきれいなお花ですね!』


 黄金の一声に、また店の女は驚いた顔をする。


「これまたすごい美声の姫さまだ! どこの楽団? 聞きに行くよ」

『ごめんなさい。今は休暇中なんです』

「そりゃ残念。さぞ名のある楽団なんだろうに。……はい、できたよ」


 6本のナルキッソスはそれなりの値段がしたが、道中自分では見つけることができなかったので、仕方がない。店員から受け取って、金貨を支払う。


「……お顔を隠していらっしゃるけど、それでもアンタたちがすごい美人だってのはわかるよ。あの黄金さまみたいだ」

「へえ、そうなの? アタシは会ったコトないんだけれど」

「ああ、何カ月か前にこの街に立ち寄ってくださってね。遠目からお見かけしただけだけど、すごい美人だった。王族の馬車に乗ってたけれど、あれはお妃さまに望まれるのだってわかるねえ。まあ、今の王族に見染められたからって、ご本人はうれしくもなんともなかっただろうけれど」

「ふぅん、そうなんだ」


 隣の娘に視線をやると、素知らぬ顔で微笑んでいた。まったく、肝の太い歌姫さまだ。


『今の王族は、そんなに皆さんにとって印象が悪いんですか?』

「アンタたち、外国から流れてきたのかい? 今この国が魔族と大戦争の真っ最中だって知らないなら、早く離れた方がいい。この街はまだマシだけれど、それでも領内の収穫量は落ちてるし、首都に行くほど税の徴収が酷くて明日食うにも困るって話だ。商売するならよそへ行った方がいいよ」

『噂では、反乱を企てている者もいる、とか……』

「ちょっと、おうご──」


 いきなりなにを言い出すのか、と驚いていたら、花屋の女はうなずいて、声を落とした。


「ああ、聞いたことがあるよ。さる高貴なお方が、戦を終わらせるために王家への反乱を企んでるって」

『その、さる高貴なお方って?』

「さぁ、そこまでは。……なーんて、みんなソスラン卿だろうって話しているけどね」

『ふぅん?』

「ソスラン卿は、『望みの国』の王家に連なる神官の一族で、今は騎士として軍を指揮されている方さ。若いころからずいぶん男前で、あたしも娘時代には憧れたもんだわ!」


 花屋の女が笑うので、月光も遠慮なく笑うことができた。あの男が、人間の国では娘たちの憧れのまとだったとは!


「あの方なら、ついて行くって言う貴族や商人も多い。うちの領主さまはソスラン卿と同年代で、まあ苦湯を飲まされたくちだから協力はしないんじゃないかと思うけど……」

『あら、そうなんですか?』

「なんでも、若い時分には手合わせをしたこともあるとか。全部噂だけどね」

『ふふ。面白いお話が聞けました。どうもありがとうございます』




 花屋がある商店街の一角には、広場が設けられていた。そこには屋台で購入したものを持ち込めるように机と椅子が並べられていて、月光と黄金は屋台で肉串を買って、そこでかんたんな昼食を取ることにする。

 肉は牛だろうか。香辛料がきいていて、口にすると舌が痺れる感覚がする。肉の脂身のくどい臭いが香辛料の香りで中和されて、ただ旨みだけが感じられた。


「んー、やっぱり人間の食事はおいしい!」

『早く香辛料を定期輸入できる段取りをつけませんと……』


 黄金は上品そうに小さな口で肉を食んでいる。脂が薔薇色の唇を濡らしていて、見ようによってはいやらしい。こういう所作が男どもをたぶらかす要因なのだろうか?


「それにしても、ソスランの話はなかなか面白かったわね!」

『ええ、大変興味深かったです』

「お?」


 この娘はソスランとの因縁が深いと聞いている。月光としては、ソスランは多くの同胞を直接屠った憎き宿敵だが、それはそれ。これはこれである。なにより、弟分の恋敵の情報はいくらあってもいい。その方が面白い。


「なによ、アンタもあの男に憧れたくち?」

『いえ、そちらではなく、反乱の話です』

「ああ……」


 王ではないけれど、つまらない娘だ。宵闇と同類なのだろう。


『市井で噂話になっている。……ソスランさまご自身で情報を流されていますね』

「そうなの? なんのために」

『そうですね……市井でなら、ソスランさまについて行こうという派閥が多くつくれると見越しているのでしょう。実際、先ほどのおねえさまもソスランさまに好意的でした』

「もともと推しだったんでしょ」

『そういうの、侮れないんですよ。わたしも含めて、市井で政治がわかるものはほとんどいません。ですから、どんな人間を自分たちの頭に据えるかなんて、ただの印象で決めてしまうんです。だってその方が楽ですから』

「アンタは? ソスランに王になってほしいと思ってるの?」

『今はそうですね。今の王族を倒して、その後に安定した政治ができそうなのは彼くらいのものですから』


 月光は、話の半分くらいを聞き流した。人間の国の政治になんて興味はない。地下帝国は力関係がはっきりしているし、法律はあるにはあるが、どちらかというと王が無体をしないため、王自身を縛るためにある。

 土地を耕したり、道をつくったり、輸出したり輸入したり……そういうこともしてはいるが、そういう面倒くさいのは全部魔王と宵闇の担当だ。


『ところで、そのナルキッソスはどうされるおつもりなのですか?』


 娘が膝に置いた花に視線をやる。白い花弁のラッパ型の花は、見る者に清らかな印象を与えた。


「これは魔族の薬になるの。あとで煎じるから、アンタが持っていなさい」

『まあ、この花が? これ、たしか毒草ですよ』

「そうよ。……魔族、とりわけ魔人は毒性が高いけれど、それでも唯一、致命傷になる毒がある。それがこのナルキッソスの毒。とくに、『魔の森』で採取されたナルキッソスの毒は魔人によく効く。魔王さまでも解毒は間に合わない」


 かつて、それで死んだ眷属の王がいた。魔王が零した涙も、自分が発した慟哭も、生涯忘れることはないだろう。


『……でも、それでは同じ毒をつくることになるのでは?』

「そう。同じ毒をつくる。そして、その成分を魔術でまるっと反転させるのよ。解毒成分を魔術でゼロからつくりだすことも……できなくはないけれど、その成分を見つけ出す方が手間がかかるし、魔族向きじゃない。人間ならやるかもしれないけどね」

『毒の成分を解析せず薬をつくるために、同じ毒をつくって反転させるのですか……。魔族らしい脳筋なやり方ですね』

「おっ、ケンカ売ってんなら買うわよ?」

『魔族とはいえ、繊細な術が必要なのでは? 力ずくでひっくり返しても、成分が壊れてしまうのではないでしょうか』

「……そうね。だから、これをつくれる魔人は多くない。……アタシも、すごく練習した」


 これがあれば、毒の影響を無効化できる。毒を受けた時のダメージまでは回復できないが、命を失うことはないだろう。


「……アンタは、持っていなさい。魔王さまは大丈夫だろうけれど、宵闇やほかの魔族はみんなこの毒に弱い。もっとも、この花自体は人間にも毒だから、アンタだって気をつけないといけないけれど」

『ナルキッソスで死ぬ人間なんてほとんどいませんよ。……わかりました。いざという時、皆さまをお守りしますね』


 翡翠の瞳が、見たこともないほど真剣だった。本当に魔族に肩入れしているらしい。変な娘。


「よし、じゃあ食べたら帰るか。これからひとしごとあるしね」

『ところで、月光さまが行動するのは夜だけなのですか? 縛りのある魔術を使われるのでしょうか』

「夜だけしか使えないわけじゃないけれど、効率が悪いわね。せめて陽が落ちかけていないと期待した効果が現れない。アタシは夜の眷属で、夢を渡る魔術を使うから」

『夢を渡る?』


「そう。生きるものが眠る時こそ、アタシたち夢魔の本当の晩餐会よ」


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