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黒の魔王と黄金の歌姫   作者: 芝村あおい


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20 宵闇と黄金


 地下帝国の軍がテントを張った場所からわずかに離れた場所に、小さな湖があった。夕食づくりに娘が利用した水場だ。その湖のほとりに、娘が小さくうずくまっている。

 宵闇は、なんと声をかけていいか散々迷ってから、結局いつも通り声をかけることにした。


「おい。娘」


 振り返った娘は、翡翠の瞳から大粒の涙をこぼしていた。まず、この娘が泣く、という事実に激しく動揺する。


「うっ……じゅ、じゅうしゃさまぁ……」

「な、なぜ泣く⁈」

「だ、だって……魔王さまに、嫌われ……! うううう〜!」


 号泣だった。白い肌は涙で荒れて赤くなっているし、せっかくの美声は震えて胸になにも響かない。だが、その姿こそが見る者の憐れを誘った。嗚咽に震える肩は小さくて、まるでか弱く可憐な乙女のように見える。


 この娘はさっき都市一つ分の虐殺を教唆の上、放置しようとした立派な悪人だ。断じてか弱く可憐な乙女などではない。


「なんで……魔王さまがお怒りになったのかっ……わかりません……!」

「あ、ああ……そこからか……」


 幼少期に倫理観を破壊し尽くされている。その半生を哀れと思わないでもないが、その道を覚悟を持って歩んできたのもこの娘だった。第一、この悪魔の情操教育は従者のしごとではない。

 宵闇は娘の隣に腰掛けて、とりあえずは話を聞くことにする。


「わたしは、ソスランが言う条件を満たした案を提示して……ソスランだって同じことを考えていたはずです!」


 確かに、途中までは同じ意見だったのだろう。だが、領主──つまり行政機能の長──が危機に陥るまで放置することは考えていなかったのではないか。そこまですれば統治はままならなくなり、魔王の指摘する通り民衆の多くが犠牲になる。まだ領主だけを暗殺する方が印象がいい。


「どうして、魔王さまはあんな風におっしゃったのでしょうか……」

「いや、人死が多すぎるからだが……」

「都市がひとつ分ですが?」

「都市がひとつ分だな」

「魔族が地上に築いていた街や村が人間に潰された数は、ひとつふたつではありませんよ?」


 宵闇は口をつぐんだ。事実だった。


「魔族がそれだけ殺されているのです。人間同士がどう諍おうと、どうだって良いじゃないですか」

「……お前……」

「星屑だって、戦争が怖いと言っていました。ご親族だって戦に出て、怖かったと。星屑を怖がらせた人間なんて、いくらでも殺し合えばよろしいのです!」


 ……仇を、撃とうとしていたらしい。

 宵闇は呆れて、ため息を吐き出した。


「……お前は人間だろう。そんなことをしなくてもいい」

「そうは思わない魔族がいます。月光さまのように」

「そうだな。私とて、別に人間に恨みがないわけではない」

「なら、どうしてわたしの案を拒むのですか?」

「……魔族がチョロくてお人好しだからじゃないか?」


 娘が、泣きながら動きを止めた。


「お前がいつも言っていることだろう?」

「それはっ……そう、ですけれど……」

「私たちがお人好しなのは、魔王さまに似ているからだ。我らが主人は世界一のお人好しだと、お前だって知っているだろう」


 娘はまだ泣き止まない。それでも、口を閉じて黙考している。翡翠の瞳が涙に滲んで、星の光を閉じ込めたようだと思う。


「我が君は、無用な殺生を好まない。お前ですら生かして懐に置いた方だ。無抵抗の市民が死ぬような策を好しとするはずもない」

「……………」

「お前にしては、見誤ったな」

「……魔王さまにいいところを見せようと思って、逸っていたのかも、しれません……」


 ぐす、と鼻を啜りながら、小さな声でそう言った娘は、少し落ち着いたように見えた。


「まだ実行に移したわけじゃない。別の策を考えるんだな」

「……はい……」


 娘の横顔には、まだ涙が残っていた。長いまつ毛がまばたく度に、ちらちらと星屑のように光が舞い散る。


「……私は、お前やあの人間のように考えることはできないが」


 顔を上げた娘は、従者を見ながら何度かまたたきする。翡翠の瞳はずっと輝いていた。


「……お前の策には、いつでも乗ってやる」

「……ありがとう、ございます」


 娘が、少し笑った。赤くなった肌も笑みにほころべば花開く直前の蕾のようだ。もう大丈夫だろうと判断して、宵闇は立ち上がる。


「今日はもう遅い。戦略については明日考えろ」

「あの」

「なんだ」

「魔王さまの寝所には、別にやましいコトをしに行ったわけでは」

「今わざわざそのコトに触れるのか⁈」

「だって全然弁明を聞いてくださらないから!」

「どんな弁明があると言うんだ!」

「まだキスしかしてませんでした!」

「キスはしたのか! お前本当に大概にしろ!」

「色々と確認したいコトがあっただけ──じゅーしゃさまぁ! わたしの話をちゃんと聞いてくださいってばー!」



/*/



 娘から離れた場所まで来て、宵闇は息を吐き出した。大木に背を預けてずるずると座り込む。視線を上げた先はやはり木の枝で、そこには月光が腰をかけていた。白金の髪が光苔に照らされて輝いている。人間はその姿を見て、この魔人を月の光に喩えた。


「アンタも、惚れた女には甘い顔できるのね?」

「……どいつが『惚れた女』なんだ」

「アレで誤魔化せてると思ってるとか、逆に驚くわ」


 月光はひらりと枝から降りて宵闇の側まで歩いてくる。


「……アンタ、顔色悪くない?」

「……あいつ、ずっと声を変えてなかったからな」


 泣きながら声を変えるような真似は、流石にあの娘でもできないらしい。それで構わないと覚悟の上だったが。


「……前より効きが良くなっている」

「そうなの?」

「ああ。魔族の前で、絶対にアイツに歌わせるな。そのためのお前だ」


 月光の眉がぴくりと動いた。合点がいった、という表情をしている。


「たかが人間になんでアタシが護衛? って思ってたけれど、護衛じゃなくて監視だったのね」

「当然だ。いくら私でも、そこまで人が良いわけではない」

「惚れた女に甘い顔してると思ってた」

「……甘い顔をしてどうにかなる女なら、いくらでもそうするがな」


 あの娘にそんなことをしたら、良いように使われて捨てられるのがオチだ。どうせ死ぬまで魔王から離れない覚悟を決めている娘なのだから、長い付き合いになるに決まっていた。そんな馬鹿なことはしない。

 だが月光は、驚いたように目を丸くしている。


「なんだ?」

「いやぁ……なんていうか。アテられたっていうか?」

「なんだそれ」


 笑うと、少し気分が良くなった。乗り物酔いをしたような不快感が少しだけ和らぐ。


「……アタシはあの女の意見にサンセー」

「作戦の話か?」

「別に人間同士が殺し合っても、アタシたちにはなんの関係もない。あのソスランとかいう男が王になれば、商流はできるんだし。それだって、おいしいごはんは娯楽として楽しみだけど、絶対必要ってわけじゃない。戦は困るから、休戦できさえすれば今はいいのよ」

「そうだな」

「我らが王は底抜けのアホでお人好しだけど、アンタまで乗っかるとは思わなかった。放っておいてもよかったんじゃない? そうしたら、あの娘にもいい顔できたのに」

「……戦の直前まで人間の国にいたからな。市井に子どもがいるのを忘れられないだけだ」

「ふぅん。アタシはてっきり、あの娘の同族殺しを止めたかったのかと思った」

「……………どっちにしろ、結果は同じだ」


 あの作戦は却下。魔王が反対する以上、娘は絶対にあの作戦は決行しない。


「あんな娘のどこがいいのか、理解に苦しむけれど」

「そうだろうな。小さな面積に良いところが顔を含めて1割くらいしかない」

「顔以外になんかあるの?」

「さあな」


 正直、自分でもよくわからない。そこまでのめり込んでいるつもりもないし、あの娘の言動にはしょっちゅう腹が立つ。今の状況をつくってくれた恩は感じているが、だからと言ってあの娘のマイナスを補うほどではない。


「魔王さまも気に入ってるみたいだし……ヘンな女ね」

「……そろそろお前はあの娘のもとに戻れ。放っておくとまた我が君の寝所に忍び込むぞ」

「そういや、なんか確かめたいことがあるとか言ってなかったっけ?」

「アホの言い訳を真に受けるな」


 こと魔王に関する行動について、あの娘は狂人の域に至っている。まともに取り扱う気はない。


「アンタでも悋気を起こすのねえ」

「誰が」

「はいはい、そういうコトにしておくわ。じゃあね」


 月光はおかしそうに笑って、ふと姿を消した。夜の眷属・夢魔の特性で、他人の夢を渡る術を持っていた。宵闇は誰もいなくなった森で、また笑った。結局月光が娘のことをどう評価したのかはわからないが、悪いようにはならないだろう。


「お前は私と似ているらしいからな」



 そして翌日。



 ──娘が姿を眩ませた。


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