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黒の魔王と黄金の歌姫   作者: 芝村あおい


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18 黄金の価値


「あー……俺は終わってからでもよかったんだが」

「いいわけあるか!」


 ソスランは気まずそうに頬を指先でかいている。一方、従者が烈火のごとく怒っていた。


「従軍中に主君を襲う侍女がいるか! このイカれ女め!」

「従者さま……今結構大事なところだったのですが」

「やかましい!」

「なんだ、宵闇。寂しかったなら混ざって良かったんだぞ?」

「王はちょっと黙っててもらえますか⁈」


 従者は眉間の皺をこれでもかと深く刻んで、思い切りため息を吐き出す。


「……普段の我が君であれば護衛は不要だが、今回の形代では魔力は振るえないとのこと。形代が破壊されれば休戦協定も破棄になるのであれば、人間側が護衛を付けるのが筋だろうと、そこの司令官殿と話してきたんだ」

「まあ、こんな夜分までおしごととは、お夜食でもつくればよかったですね」

「……なにより、不届ものから王の貞操を守る必要がありそうだ」

「魔王さまの貞操を奪う? そんな不届きもの、7回殺しても足りませんが」

「お前だお前!」

「こんなじじいの貞操なぞなんの価値もないし、泥人形に貞操もなにもないと思うが」

「魔王さまのお姿はいついかなるときも価値がございますよ♡」

「ははは、かわいいことを言う」

「──月光」


 従者に呼ばれた白金の髪を背中に流した美女が、音もなく魔王のテントに入ってきた。魔王の膝の上に乗って上半身を密着させていた娘を見て、やはり生温い目をしてから娘の首根っこを片手でつかんでテントの外まで引きずり出す。


「ああーん、まおうさまぁ!」

「よく休めよ」


 テントから聞こえる魔王の声は、やはり機嫌が良さそうだった。



/*/



「アンタまじで頭のネジ一本飛んでんの?」


 娘のテントまで送る道すがら、月光は呆れた声で問いかけた。言わずにはいられない。

 魔王だ。泥人形で容姿も少し変えているとはいえ、魔王だ。魔王といえば、創世の時代から永らえる神にも等しい存在だ。

 そんな神の形代に夜這いに行く人間がいる⁈


『まあ……よくソスランさまにも言われます』

「あっそう」

『どういう意味なんでしょうね?』

「あっ、外れてるネジは一本じゃないってワケね」

『それより、お2人を呼ばれたのは月光さま? 大事なところでしたのに……』

「当たり前でしょ! 人間の娘が主人のテントに入った時点で普通なら殺してるから! 王が許可してるみたいだったから宵闇呼んだだけにしたのよありがたく思いなさい!」

『うーん、魔王さまの許可があってもダメなんですね……』

「……魔王城でどうだったかは知らないけど、少なくとも今は人間の軍が近くにいて、アタシたちをいつでも攻撃してこれるから。無防備な時間をつくるのはまだ早いのよ」


 少なくとも、月光は人間が信用できるなんてこれっぽちも思っていない。魔王と宵闇が決めたことだから従っているに過ぎないのだ。ここで人間たちに闇撃ちされて命を落としてしまうことも覚悟して従軍している。

 娘はおっとりと笑って、


『問題ありませんよ。少なくとも、ソスランさまは自分に利がなければそんなことをしませんし、今の所あのクソ王家よりは魔族と手を組む方が100倍はマシだとわかっています。魔王さまのこともご存じなので、むやみに手出しはしてきませんよ』

「……どうだか。アンタだってアタシは信用してない」

「構いませんよ」


 娘は穏やかに笑いながら、凪いだ声で続けた。かつて戦場で聴いたことのある、本物の娘の声が夜の森に響く。魔を払う声は、冥道に生きる魔物たちも静かにさせてしまうらしい。恐ろしいほど美しい声が世界に反響した。


「信用なんてあってもなくても一緒です。だって、貴方は結局、王の命に従って、わたしを護るしかないんですから。貴方がわたしを『信用できない』なんて言ったって、なにひとつ現状が変わることはありません。変わらない事象に意識を向けることにどれほどの意味がありますか?」


 それは、ひどい侮辱だった。お前には意識を向ける価値がない、と告げられていた。


「……言いたいことはそれだけか、人間の娘」

「まあ、怖いお顔。せっかく月光にも等しい美貌でいらっしゃるのに」

「お前を殺しても、誰も気になどしないぞ。お前はただの人間で、何者でもないただの小娘なのだから」

「──わたしは『黄金』ですよ」


 娘が、笑みを消した。

 それだけで、闇に浮かぶ白い顔が精巧な人形のように見える。魔人より魔人らしい、感情のない圧倒的な美しさ。

 美しいものは、力あるもの。

 その絶対法則に抗えず、膝を着きそうになるのを月光は必死に堪えた。


「わたしはこの世でもっとも価値あるもの。少なくとも、わたしが無事でなければソスランは報酬満額を地下帝国に渡さないでしょう。それがわかっていて、従者さまが人間に協力するはずありません。魔族は土地や物資を手に入れるどころか、人間と休戦することもできずに魔王さまに泣きつくことになります」


 娘の言うことは、実際に起こり得ることだった。少なくとも、月光はそう思い込まされた。これが、『黄金』の声──


「でも、わたしは魔王さまがお困りになるのは嫌なんです。ですから、わたしを殺してはいけませんよ? 月光さま」


 黄金の娘は、宝石を散りばめた彫刻の美貌で笑った。地下を覆う鬱蒼とした森で、彼女だけが輝いているように見える。

 ただの人間であるはずなのに、なぜか化け物だと思った。


『月光さま? お顔の色が悪いですね』

「……放っておいて」


 情けない。夜の王の腹心として地下帝国でも名を馳せる魔人だと自負するこの月光が。


 ──今すぐ、この女の前から逃げ出したいと思った。







 





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