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黒の魔王と黄金の歌姫   作者: 芝村あおい


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14 出立



「アイネ、準備はできたか?」


 早朝。魔王城前の広場で積荷を確認していた娘に声をかけてきたのは、騎士・ソスランだった。何年も娘と同じ戦場に立っていた男で、それだけに気安さがあった。


「ええ。旅支度は慣れていますので」

「そうだったな」

「それで、軍の方はいきなり魔族が同行しても、混乱しないのでしょうね?」


 娘の問いに、ソスランはにやりと口角を上げる。


「ああ。魔族とは一時的に休戦したと伝えてある。補給物資がないことはすでに皆の知るところだから、補給のための一時帰国も不自然ではない。それに、兵の半数は最初から俺とともに反乱に加わってくれるつもりの人材だ。もう半数は、まあ雰囲気に飲まれてくれるだろうさ」


 ソスランは軽く言うが、娘には現実味が感じられた。誰かが火を起こせば、簡単に燃え広がる──それくらい、今の『望みの国』の状態は酷いからだ。


「それに、お前たち魔族の一行も魔獣よりも魔人や獣人を多くしてくれているから、心理的な抵抗も最小限で済むだろう。……そうか、その黒い髪は、魔人の仮装のつもりか」


 娘は艶やかに笑って、長い髪を片手ですくってみせる。『黄金』と呼ばれるきっかけとなった金の髪は、今は真っ黒く染まっていた。


「ふふ。どうです? 似合うでしょう?」

「お前の顔面ならどんなトンチキな格好したって似合うだろうよ」

「ほら、『黄金』は死んだことになっていますから、今回わたしがあの国に帰るのも魔族の一員としてです。なら、髪色くらいは変えておくべきでしょう」

「まぁな」

「従者さまと相談して決めました。抜かりはありません」


 背後に視線を向けると、ちょうどこちらを見ていたらしい従者と目が合った。従者は騎士を見て、それからふっと鼻で笑った。ソスランの顔色がまともに変わって、ずかずかと魔人に近づいていく。


「……夜の王も、今回はご同行いただけるようで」

「ああ。このイかれた女の手綱を握る必要があるのでな」

「それならご心配には及びません。このイかれた女とは旧知ゆえ、私一人でも手綱は握れますので」


 騎士の言葉に、たちまち従者の目元が釣り上がる。騎士は余裕の笑みを浮かべたままだ。静かに睨み合う従者と騎士を見て、男って馬鹿な生き物だな、と思う。少しの間嫌味の応酬をぼんやり眺めていたが、ふいに娘はよく知った気配を感じた。


「魔王さま⁈」

「ふふ、さすがだな。私の気配を辿るとは、本当に気持ちの悪い娘だ」


 言葉は罵倒だが声は低くて甘かった。思わず胸を弾ませて声の方へ振り返る。

 そこに立っていたのは、中年の男性だった。黒い髪にはわずかに白いものが混じり、肌にはうっすらと皺が刻まれていて、切れ長の瞳は落ち窪んでいる。それでも、その美貌はほとんど損なわれていなかった。


「……まおう、さま?」


 魔王は、中年になっていた。

 娘の様子にこちらに視線を向けた従者も、その姿に絶句する。


「……我が君……⁈」

「どうだ? これは私の分身だ。泥と魔力を捏ねてつくった。本体はちゃんと執務室でしごとをしているぞ」


 さらりととんでもないことを言った。


「……こんなに精巧な、分身?」


 ときどき、魔術に熟達した魔術師はこうした泥や人形を使って自分の意識を焼き付け、自由に動かす分身の術を使うことがあるらしい。けれど、今の魔王のように、どこからどう見ても命あるものを生み出すことは──


「まあ、でも魔王さまですしね」

「……ま、まあ、そう、か……?」


 魔王は従者と娘の反応に、十分満足したらしい。上機嫌に何度も首を縦に振った。

 創世の王、母なる大地を育んだ超常の存在が魔王だ。自分そっくりの人形に意識を焼き付けて自由に動かすくらい、どうということはないのだろう。


「流石に魔力はほとんど使えないが、分身の状況は本体が全て感知できる。少なくとも、この分身が破壊されるようなことがあればこの約定は反故とし、私自らお前たちの国を滅ぼしに行くことにしよう」


 騎士に笑顔を向けた魔王に、騎士は硬い笑みを返しただけだった。


「その……なぜ魔王自ら人間の国へ? 道中は戦闘も想定されていて、楽しい旅とは思えないのですが……」

「なに。私の従者と侍女が行くのだ。私だけが留守番はつまらないだろう?」


 魔王は至極明るい調子で言った。元来は人懐こい性格なのだろう。微笑む姿に娘は夢ごこちになるのは当然だったが、騎士も息を呑む気配がした。


「お前は私の侍女に熱を上げているようだが、ゆめゆめ、誰のものか忘れるなよ?」

「ははは。私がいくら誘っても、この娘は貴方のもとを離れませんよ。……貴方こそ、この娘がなんなのか、お忘れになりますな」


 騎士はそう言って、薄汚れたマントを翻して自軍へと戻って行った。


「不快な男だ」


 従者がぽつりとこぼしたのを聴いて、娘は少し複雑な気持ちになった。うれしいような、面倒臭いような。


『多分、あちらもそう思っていらっしゃるでしょうね』

「違いない」

『ところで魔王さま。質問してもよろしいでしょうか?』

「許す」

『ありがとうございます。……なぜ、そのような素敵なお姿に? 人形をつくるにしても、いつも通りの姿でよろしかったのでは』

「ひとつは、あの姿は人間の中では目立つからだ。魔力が使えないハリボテがいかにも魔王然としていては、簡単に狙われてしまうだろう。魔王を倒した、などと盛り上がられては、私もあの人間も困る」

『おっしゃる通りです』

「もうひとつ。……お前、このくらいの年頃の男が好みだろう?」


「は???????」


 思わず目を剥いて魔王を見上げると、加齢でうっすらと皺が刻まれた目元から、愛嬌のある笑みがこぼれた。

 心臓を撃ち抜かれて、娘は地面に両膝を着いた。


「ッ……! なぜそんなッ……⁈」

「やっぱりだ。お前、あのソスランとかいう司令官の男のこと、悪く思っていなかっただろう?」


 ソスランの名前に、露骨に従者が眉を上げた。


「そ、それは、一応保護された恩はございますし……」

「お前がそんなことくらいで他人の施しを受けるものか。あの男、ちょっと好みだったんだろう?」

「露骨過ぎませんか⁈」

「気の多い娘だ」

「誤解です! 私の好みが中年であることと騎士さまはなんっの関係もございません! わたしは魔王さま一筋です!」

「そうか、そうか。まあ、お前がこれからどうやって私を誘惑してくれるのか、楽しみにしておこう」

「ゆ……!」

「では、先に馬車に乗っているぞ」


 軽やかに笑って去っていく魔王の背中を見つめて、次に従者を見上げた。従者はじっとりとした視線を向けている。


「あの……従者さま?」

「声」

『あ、はい……』


 不機嫌そうなのは、別に声のせいだけではないだろう。


『その。本当に騎士さまとは無関係で……』

「私には関係ない。我が君と違って、私は見た目を変える術を知らんしな」

『そうですか……』


 地面に着いた膝を持ち上げて立ち上がるのに、魔人は無言で手を貸してくれた。怒っている、というわけではないらしい。お互い、こういう状況についてなんとも言えない関係だった。


「黄金さま、宵闇の君!」


 わずかに気まずい空気が漂う中、弾んだ声で駆けてくるのは星屑だった。メイド服を翻して宙を跳ぶので、あとでメイド長に叱られるだろう。めちゃくちゃにかわいいので大目に見てほしい。

 星屑は娘に抱きついて、白い毛並みを娘の肌にこすりつけた。


「もう行ってしまわれるのですね。寂しいです……」

『すぐに帰ってきますよ』

「どれくらい?」

『1年か2年くらいです』

「本当にすぐですね! おみやげ買ってきてください!」

『いいですよ。星屑はなにがお好き?』

「甘いものと、できれば果物がいいです!」

『たっくさん持って帰ってきますからね』


 もふもふと星屑の毛並みをなでて、やはり魔族はいいな、癒される、と思う。思わず娘が甘い顔をすると、星屑はますますうれしそうに瞳を細めた。


「星屑。我々は遊びに行くのではない。無事に戻らないこともあるかもしれんのだ」

「宵闇さまがいらっしゃるのに?」

「…………………」


 無垢な瞳でそんなことを言われて、従者は口をつぐんだ。それに気づかない星屑は言葉を続ける。


「宵闇の君がいらっしゃるのに、黄金さまが危険な目に遭われるわけはないのです。だって黄金さまはただの人間で、ちょっと里帰りされるだけなんですから!」


 誰だこの子にこんな適当を言ったのは、と娘も従者も思ったが、口には出さなかった。「これから人間に協力して人間の国を転覆させてくるよ」という方が遥かに心配をかけるに決まっていた。

 娘は穏やかに笑って、星屑の毛並みをなでた。


『ええ、そうですね。従者さまがいるのですから、ちゃんとおみやげを持って帰ってきます。ですから、魔王さまが政務でお困りの時は支えて上げてくださいね?』

「もちろんです!」


 星屑の元気の良い返事に、娘も従者も微笑んだ。そのうち、周囲がいよいよ出立しようと、騎士は馬に、それ以外は馬車に乗り込みはじめた。


「そろそろ我々も行くぞ」

『はい。……では、星屑。行ってまいります』


 

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