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まもののかどわかし  作者: toe
まもののかどわかし
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7.しこうとまきわり

久々の投稿です。お待たせしました。

深夜、女騎士は思考する。夕食後さっさとシランは部屋に戻って休んでしまったようだし、今この部屋にいるのは自分一人である。ゆらめくランプの灯りが地図と黄金の髪を柔らかく照らしている。


この地図は夕食に居合わせた商隊から譲ってもらった地図である。すでにそこには騎士によって幾つか書き込みがされていた。目が覚めた冬の山はル・ティーヴァの国境手前であり、そしてここは宿場街イルドの外れのようだ。南に進めばガーラの砦があり、東の方には国境前最大の街ウェンが存在している。村人たちが噂していた通りの地理に既視感を覚えながら、目印がわりの髪留めを滑らせていった。


山からここまでの所要時間、気候の変化、日照時間の短さ、エトセトラ。記憶をなくしてもなお息づく直感を、女騎士は地図に次々書き込んでいく。その身に蘇るのは普段からこんなことをしているという強烈な既視感だった。ここよりももっと広くて明るくて、騒がしい場所で、それから──思い出せない記憶にずきり、とまたこめかみが痛んだ。


「……あと、六日」


或いは九日。死にたくないと率直に思うし、焦りだって感じている。記憶がない事実がひどくもどかしくて歯痒くて、うまく動かない操り人形でも動かしているみたいだ。地図の上を何かを探して視線が彷徨うけれど、何を探してるかもわからない。それなのに、あんなにも焦っていたのになぜか心の一部は凪いでいる。おかげで今は素直に焦ることもできやしない。


「……寝よう」


考え込んでも埒があかない。そう思ってふうっと吹き消した灯りが名残惜しげにゆらめいて消えた。



「うっわ本当にやってるよ……。おはようございます、騎士様。朝から精が出ますねぇ」


早朝、宿屋の裏手にて。

昨夜の約束通り薪を割る女騎士のもとに、目が覚めたのかシランが現れた。呆れたような声音でそのまま近づいてくるものだから破片が飛ぶぞと忠告して、また割る作業に戻る。忠告に従って少し離れたところからこちらを伺うその様は興味深そうで、ル・ティーヴァではおそらく薪割りの習慣はなかったのだろうと推測した。昨日見せてもらった魔術からしてもそもそもが必要なさそうだ。


「おはよう、シランもやってみる?」


「遠慮しときます。肉体労働するタイプじゃないので」


「確かにね」


薪を置いて、斧を振り上げて、踏み込む足に力を込めて振り下ろす。単純作業の繰り返しは何故か体に馴染んでいて、もしかしたら騎士団で経験があるのかもしれないと考えた。

ふと、それを黙って見ていたシランから声が上がる。


「そうだ、呪いの進行を確認しようと思ってたんでした。いいです?」


「今できるなら」


「できますよ。そのままあんたは薪を割っててください。……“analyze(解析せよ)”」


取り出した小粒の宝石がぼうと光を纏って宙に浮く。光の粒が広がって朝の冷たい空気の中舞い踊る。斧を振り下ろした指先に一度星座が瞬いて消えて行ったのを目にして、思わず手を止めてまじまじと見つめてしまった。体に星座が浮き上がるなんて経験、こんな状況でもない限りあり得ないだろう。と、黙り込んだ魔術師の様子がなんだかおかしい気がしてそちらを向いた。じっとこちらの体を見つめる赤い瞳は戸惑いと冷静を行き来しているように見える。


「……シラン?どうだった?」


「……別に。まぁ、想定通りって感じです」


「というと、あと六日?」


「ええ、まぁ」


──煮え切らない返事にぴくりと女騎士の眉が動く。けれど何も言うことなくそうか、とだけ返して薪割りを再開した。問いただすのは今ではないようなそんな気がしたからである。話すべき時に話してくれるだろうと言うそんな直感も感じていた。と、赤い瞳がついと外れてもう一度目が合う。


「昨日商隊の人に地図もらってましたよね。意外と旅慣れてます?」


「分からないが……現在地がどこか知りたくて。ガーラもウェンも見つけたし、どちらを先に行ってもいいと思う。シランは旅慣れてなさそうだ」


「まぁ今までアカデミーに引きこもってたんで……偉そうな人間と論文戦わせるのは慣れてるんですけどね」


「アカデミー?」


「ル・ティーヴァで一番大きい学校のことですね。頭を働かせて言論で武装する戦場のことです」


曰く、ル・ティーヴァでは一定の年齢以上になると皆魔術師になるために学校へ入るらしい。その中で自身に最も適する魔術を学び、研鑽し、卒業して魔術師になっていく。シランのようにアカデミーに所属できるのは一握りの優秀な子供だけなのだと自慢げに語られた。


「頭…要は議会みたいに君の戦場はテーブルの上なんだな。そんな君がどうしてこんな外に?」


「……僕が適任だったからですよ」


それきりシランは口をつぐんでしまった。なんとも言えない気まずさに沈黙と同時に騎士は再び薪割りに集中し始めた。それは宿の主人が朝食に呼びにくるまで続いた。

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