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まもののかどわかし  作者: toe
まもののかどわかし
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4.あさやけのくに

広大な湖と大地を有するル・ティーヴァに対し、オルヴェンは山に囲まれた小さな国だ。四方を囲む山の切れ目から太陽は毎朝顔を出し、国を金色に染めてから天に昇っていく。海から大陸に抜ける山脈に位置する王国は、その輝き故に朝焼けの国の異名を得ていた。

オルヴェンが誇るものは三つ。一つは黄金の国とも謳われる朝焼けの景色。一つは海と大陸を繋ぐ貿易街。そして最後が精鋭揃いの騎士団である。



──王都アズヴェル、王城にて。


「お前、そんなところで何してるんだ?」


その声にはっと青年は顔を上げた。濡れたような黒髪に青い瞳の青年は、声をかけた壮年の男に視線を移す。時間は朝、朝食を終え賑わい始めた城内の片隅に青年は静かに立っていた。

とうに朝食を終えていて支度──騎士服に身を包んで剣を下げている──を整えた青年は始業を待つにはいささかおかしな場所にいた。

広間や食堂の扉ではない、誰かの寝起きするだろう個室の前。本来なら名前のプレートが掛けられているフックには何も文字のない板だけがかかっている。


「おはようございます、エド団長」


「今はエドワルドだ。呆けているようだが大丈夫か、アダン」


「失礼しました、エドワルド殿下。……呆け……俺、私はいつも通りで、」


そこまで言いかけてアダンと呼ばれた青年は目を瞬かせる。視線が目の前の扉に滑って、それから壮年の男に戻された。瞳に困惑が浮かんだのはほんの一瞬で──一つ、二つと瞬く間にそれはなりを潜めて微笑みと化す。あからさまなくらい誤魔化す色を纏わせた微笑みに、壮年の男は呆れたようにため息をついた。それすらも飲み込んだような顔をしてアダンはまたにこり、と微笑む。


「どうやら寝ぼけていたようです」


「空き部屋の前でか?」


「……ええ、まぁ。何も考えていなかったのは確かですので」


「最優のお前が?……珍しいこともあるもんだ、休んだ方がいいんじゃないのか」


「お気持ちだけ頂いておきましょう」


では私は業務がありますので、と深々と頭を下げてアダンは去っていった。去る間際、何故か名残惜しそうに扉の方に視線をやったのを騎士団長も兼ねるエドワルドが見逃すはずもない。

だんだんと遠のいていく規則正しい足音を見送りながら、その場に残されたのは壮年の男とそれに従う侍従のみ。控える侍従が何も言わないのをいいことに、エドワルドと名乗った男は扉に視線を向けた。何歩か近づいて、掛けられたプレートに触れる。


指先に伝わるつややかで滑らかな木の感触は、見た目通りの反応しか返さない。けれどそのつややかさにエドワルドは違和感を覚えていた。それが何かは言葉にできないけれど、おそらくアダンは同じ違和感を覚えてここにいたのだろう。彼の身分が現国立騎士団の副団長である以上、城内の異常に気づかないわけがないのだから。


この部屋は先の冬まで前任の副団長の一人が使っていた。けれどその騎士達が近衛騎士に昇格したことで枠が空き、そのまま部屋も空いたはずだ。彼らの後任であるアダンの部屋は棟が違うし、そもそも今代の副団長は彼しか選ばれなかった。それだけの身分を持つ騎士は他にはいない。


「……」


ドアのノブに手をかけて回してみても、動かない。しっかりと施錠されているし、まずこの先から生活の気配はない。音もしない。完全に空室である。疑う隙もないくらいの空白がそこにあった。なのに──


「……あの、殿下?」


「ああ、すまん。行こう」


痺れを切らした侍従の声に鷹揚に頷いて、エドワルドは歩き出した。扉を離れ、執務室へ向かう廊下を進めば遠くから業務の開始を知らせる鐘の音と、騎士団の点呼の声が聞こえてくる。いつも通りの顔をした平和な朝だ。けれど、突然息づいた違和感を見逃せるほどエドワルドは城内に無責任な団長にはなれない。王弟という身分を持つ彼の役目は剣で、言葉で、政治で国を守ることだからだ。


「悪いが夕方に時間を作ってくれ。アダンと城の警備体制で話がしたい」


「承知いたしました。……夜に近衛騎士団長との打ち合わせが入っておりますがそちらは」


「それまでには終わらせる。動かさなくてかまわん。アダンの予定だけ押さえておいてくれ」


「は」


あの部屋は空白だ。疑いようのない空白だ。あそこから拾えるものは何もなく、得られるものもないだろう。色鮮やかな世界の中で、あれだけが真白な色彩に包まれて、沈黙している。まるでそこに何かあったことを隠すかのように。


「まずは鍵探しだな……」


渡り廊下を通る風が、エドワルドの白金の髪を揺らしていく。まだ冷たさを感じさせるそれに、思わず皺が刻まれ始めた目元を細めた。これからどうやら忙しくなるぞ、と予感のようなものも感じながら。


風が渡る城下町で一つ、囁かれ始めた噂があることを今はまだ知る由もない。

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