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まもののかどわかし  作者: toe
まもののかどわかし
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2.しょうねんまじゅつし

「僕の名前はシランです。シラン・アヴァ。隣国ル・ティーヴァ出身、在住の魔術師でオルヴェンには探し物をしに来ました」


「はぁ……」


あれから、数刻。暖炉に火が灯ったおかげで数段暖かくなった猟師小屋の中で、彼女は少年と向き合っていた。彼女たちが座り込む暖炉の周りだけ軽く掃除をして、少年が持っていた携帯食らしいクラッカーを2人で摘む。穴だらけの天井から注ぐ日光のおかげで視界は良好だった。目の前の少年の観察をできるくらいには。


胡座をかいて座ってはいるが、切り揃えられた髪型といい所作といい随分と教育が行き届いているようだ。多少言葉遣いに気楽さは感じるものの、言葉選びは知性を感じさせるもので、そこまで不快感はなかった。纏っている衣服もシワひとつなくぴんとしていて、シミ一つなくきれいなものである。それがこの腐った猟師小屋で汚れに塗れているのが少し勿体無いと思うほど。


「で、オルヴェンに入る条件で魔女に困ってる騎士様を助けろって契約したらここに飛ばされたんで。待ってたら誰か来るかなと思って動かずにいたんですけど、そしたらあんたが来たんですよ」


それにしても、この少年の言葉はいまいちよくわからない。目覚めてからどこかうつろな知識の穴に、彼は軽快に足を踏み入れては去っていく。理解ができそうで、できなくて、言葉は思考を上滑りして流れ落ちていった。シランもそれに気づいたのか、じい、と彼女を見つめる。


「分からないことがあったら手を挙げてもらえます?」


「……質問攻めにすると思うけど」


「どーぞ。隣国とはいえオルヴェンと全然違う文化圏で僕らは生きてるって知ってますので」


ならば、と素直に手を挙げれば可笑しそうにシランが笑う。今度は作り笑いではなさそうだ、と思った。本気で可笑しいと思っている。年相応の笑い顔に安心したのは自分が恐らく彼より年上で、自分が騎士という守る立場だからなのだろうか。


「じゃあ、遠慮なく……実は最初から最後まで分からない。オルヴェンとル・ティーヴァは地域……国の名前?」


「ええ。ここがオルヴェン、朝焼けの国。ル・ティーヴァは神話の水門、湖の国。ちなみにここは国境近くの山の山頂で……ってか、いやいやまさか一般常識がないわけじゃないでしょう、すっ転んで落としたわけでもあるまいし」


「……すっ転んで落とした、は事実かもね」


「またまたぁ、騎士様は冗談が標準装備なんです?今時そんなの流行らないと思いますけど」


からからと笑う少年にあえて神妙な顔をして見せる。すっ転んだかどうかは知れないが、実際に自身の一般常識の大半は零れ落ちているのだから仕方がない。一般常識というより、記憶だけれど。

こちらの様子を見てシランはなんとなく事の重さを察したようだった。は、は、と段々途切れ途切れになっていく笑い声が、次第に探るような視線に代わっていく。その眼差しは子供というより専門家のそれだった。


「……本気で言ってます?」


「一般常識どころか記憶もないって言ったら君は信じてくれる?」


「……は、」


赤い瞳がまあるくなる。くしゃ、と唇が笑みをかたどって崩れて、真剣な色を纏いだす。口元に手を当ててぶつぶつ何かつぶやきながら炎ほど目まぐるしく変わっていくシランの表情に、彼が再び口を開くのをじっと待つ。

待つのは得意だという実感はなぜかあった。どこまで彼を信用して、今自分に起きている異変を話すべきかは分からない。けれど、彼は信用できるという直感が、彼女の判断に強く息づいている。それがこの体の経験則だと、いまはまだ彼女は気づかない。


ぐるぐると回っていた思考がひと段落したのか、シランが深く長い息を吐いた。そうして顔を上げた表情があまりにもまっすぐだったから、思わず居住まいをただす。先ほども使った宝石をいくつか取り出すと、シランはそれに向かって何事か囁いた。


「"siege(包囲せよ)"」


宝石がぽわりと柔らかな光を纏って二人を包むようにくるくる回る。それを見た瞬間心臓が嫌な騒ぎ方をした。ぐらぐらめまいが始まって、じり、と胸が炎であぶられた様に痛む。己の直感が外れたか、と背筋がうすら寒くなった。急に訪れた不調を必死に押し込める彼女を見るシランの目はひどくまっすぐで、危害を加えるようには見えないのに。


「名前、名乗れます?いつからここにいるのか、なんで泥だらけなのか。今まで何してました?」


「……っ、いいや、何も……今まで何をしていたといわれても、さっき目が覚めたばかり、なんだ」


「でしょうね。じゃなきゃうちはともかく自国の名前を忘れるなんてありえない。騎士様ともあろう御方なら」


巡る宝石の内側に、星座が浮かぶのに気が付いた。揺れる視界の狭間に、指先に文字が描かれているのに気が付いた。全身が心臓になったようで、どくどくと耳元で鳴る音が煩い。指先が文字で埋められていくのと同じ速度で、シランの声がだんだん遠くなっていく。


「魔術師は魔術を扱う人間を言います。魔術は今僕が使っている妖精魔術を筆頭に、元素魔術、黒魔術、珍しいところだと呪術なんてものも」


「……?なん、の、話だ」


「一方魔女は……そうですね、オルヴェンの古来からの守護者です。僕らは彼女には束になっても叶いません、なんせ魔法を使いますから。だから、契約と称して許可を得る」


がくん、と体から力が抜けた。その場に潰れるように蹲った彼女を見て、シランが奥歯を割らんばかりに噛みしめたのも彼女は気づかない。わんわんと鳴る聴覚に、最後彼の言葉が舞い込んだ。


「あんたは呪いにかかってるんですよ、騎士様。記憶がないのはそのせいです」


瞬間、意識はまた暗転した。

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