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イケメン高校生は報われない

作者: うさぎ蕎麦

 僕の名前は佐藤学。

 周囲を見渡せば田畑が目に映るやや田舎に建つ高校に通っている。

 時間の流れは早いもので、僕はこの高校に通ってから1年が経ち、今は桜が魅せる季節を経てせみの泣き声が耳に入る様になった。


「それにしても、暑いよなぁ」


 通学途中、隣を歩く友達がぼやいた。

 彼は鈴木紫朗と云う名前で本人曰く親友との事。

 中学の頃から付き合いがあるのでその言葉は間違って居ないと思う、たぶん。

 身体的特徴は至って普通であり、髪型も床屋で短く切った黒髪であり長所も短所も見つける事が難しいと言ったところだろう。


「そうだね」

「暑いっつーのはもう少しで夏休みだから良いけどな」

「期末試験があるから嫌いだ」

「そんなもの学期に2回もあるじゃねーか」

「そう言われてみると暑さは関係ないね」

「そうそう、今年の夏こそ彼女作るぜ!!!!」

「はぁ、また女の話か……」


 出来る訳が無い事の話をされて溜息をついた。


「何を!?高校生と言ったら青春!青春と言ったら女!女無くして何を語れるのだ!?」

「別に、勉強の方が大事でしょ」


 叶いもしない事に対してどうしてそうも熱くなれるのだと、僕は紫朗に向けていた視線を大きく外した。


「チッ、お前みたいにモテる男は良いよなぁ~」


 紫朗が吐き捨てる様に言った。


「は?僕がモテるって?冗談言われても困るよ」

「彼女が出来る人間の嫌味かぁ?」

「彼女なんて作った事すら無いけど」

「ナンだと……」


 紫朗が目を見開き動きを止めた。


「もし居たとしたら紫朗とじゃなく彼女と通学してるだろうし」

「む……だが、通学ルートが別方向だと無理じゃないか?」

「あ、確かにそうかも」

「ほらみろ」


 僕を納得させた紫朗がしたり顔を見せた。


「休みの日には大体紫朗と居る筈」

「ぬ……」

「と言うか、僕がモテるって誰がそんな事言ってるの?」

「そら、女の子の2~3人中1人がそう言うぞ?」


 紫朗が少し不満気になりながら言った。


「は?」


 紫朗は何寝言を言ってるのだろう?そう思った僕は思わずキョトンとした。


「ああ、もう、俺だって一人位分けて欲しい位だ」


 紫朗が頭を掻き毟りながら言った。


「そんな事言われても……僕からしたら紫朗の方がモテると思うんだけど……」

「ケッ、イケメンの余裕はちげーな」


 紫朗が田んぼに向けて唾を吐き捨てた。


「余裕って……」


(鏡見たって気持ち悪い容姿の男が映ってるだけなのに……)


 お世辞かしらないけどいい加減な事を言わないで欲しい、と僕は思った。

 そんなこんなしている内学校に辿り着いた。


「じゃ俺はここで」


 クラスの違う紫朗とは途中で別れ僕は自分のクラスに入った。


「やぁ、学君」


 自分の席に着くと、加藤文哉君が声を掛けて来た。

 彼とは高校1年生からの付き合いで割と仲良くやっている。

 彼もまたあまり特徴の無い普通の人だが、美容院には行ってるのか床屋で切る様なソレとは違い短めで若干お洒落な髪型をしている。


「おはよう、もう直ぐ期末試験だよね」


 僕は一言話題を振った


「そうだね、学君の事だから試験は楽勝でしょ?」

「そうでも無いよ」


 正直自信がない訳じゃないけど、ここは謙遜した方が良いと思いそう答えた。


「朝一早々嫌味とは、流石イケメン」


 僕と文哉君との話題に割り込んで来たコイツは田中和也と云う男。

 はっきり言って関わる事自体がめんどくさい上に容姿の方は鏡に映る僕と変わらない様な酷い容姿をしている。


「は?」


 僕の何処がイケメンなんだ?コイツ、と睨んだ。


「おお~コワッ」

「いい成績出したいなら勉強すれば良いだけじゃないの?」

「ははっ、ちょっと勉強すれば良い成績を出せるお前と違って俺は勉強しても全然成績は出せないからな」


(僕は毎日2時間以上勉強してるんだけど、コイツが勉強した話は聞いた事無いぞ)


 毎回ストレスを与えてくるコイツと関わりたくないと思った僕は向けていた視線を文哉君の方へ戻した。

 丁度そのタイミングでチャイムが鳴ったので僕を含めた皆が自分の席へ着き、今日の授業が始まった。

 帰り際。


「だからぁ、女の子の視線が学に集まってるって」


 紫朗は、帰り際も似た様な事を口走った。


「気のせいでしょ」


 僕は素っ気無く返す。


「んなわきゃない、皆がそう言ってる」

「百歩譲って流石に女の子が僕を見てたとしても、だからと言って好意を持ってるって思い込むって自意識過剰なだけだと思うし」

「だったら視線すら貰えない俺は?」

「つか、女の子は僕が気持ち悪いから軽蔑の目で見てるだけじゃないの?」

「だからぁ……」

「イケメンって言うなら友澤君じゃないの?」

「む」

「彼、彼女も居るみたいだし、それどころかコロコロ変えてるって噂聞くよ?」

「た……確かにアイツはイケメンだ」


 紫朗が記憶を辿りながら声を出した。


「そ、僕じゃなくてイケメン認定したいなら友澤君で」

「しかし……」


 紫朗は不満気な表情を見せながら呟いた。



 次の日。


「学君ってカッコ良いよね~」


 昼休み中、学と同じクラス内で神谷祥子と云う名前のこれまたごく普通の女の子が言った。


「そうだね~♪」


 彼女の近くに居た斉藤和美さんと云う、性格は良いけど容姿が普通よりも少し劣っている女の子が相槌を打った。


「ぬ~、御二方の仰る通り、佐藤君はイケメンなのだ」


 更に、静音春香と云う女の子も賛同した。


「佐藤君もイケメンなのだ、が」


 性格の良いと言う噂の上に抜群に可愛い容姿を持つ彼女が間を置きながら言葉を続けた。


「友澤クンの方がカッコ良いのだ!!」


 はしゃぎながら友澤の名前を告げた。


「あーうん、確かに友澤クンもカッコ良いけど……」


 祥子と和美が言葉を濁しながら呟いた。


「でも、女の子をとっかえひっかえしたりあんまり良い噂は聞かないよ?」


 祥子がそう言った。


「それでも良いのだ所詮は噂に過ぎぬ、そもそもわたくし等が相手にされる訳無き故妄想を膨らます位自由であろう」


「え、うーん、まぁ、そうだけど」


 和美が、春香ちゃんなら相手にされる以上だと思うのに、と言いたそうに呟いた。


「あら?貴女達の貧しい完成では砂糖とか言う貧相な男が好みなのかしら?」


 彼女等の話を横で聞いていた宮里可憐と云う名前の女が嫌味ったらしく言った。


「別に好みじゃないけど……」


 和美が律儀に答えた。


「だったら何故話題にだすのかしらねぇ」


 再び嫌味満点の口調で言った。

 この女、口は悪いがクラスで一番の美女であり同じクラスの男子からは人気が高く、下手に手を出せばクラス内の男子を敵に回すといっためんどくさい要素も兼ね備えており、彼女に対して強くなにかを言える人は殆ど居なかった。


「……」


 祥子が可憐を一瞬だけ睨んだ後二人へと視線を戻した。


「大丈夫なのだ~私は佐藤君よりも友澤クンがイケメンと思うのだ」


 春香が能天気に言った。


「キモッ」


 可憐が汚物を見るような目で春香を見下した。


「あんた見たいな下衆な女が友澤君を意識してると思うと反吐が出るわ」

「大丈夫なのだ、妄想してるだけなのだ」


 春香は、可憐の嫌味に気付いてないのか、気楽な口調で返した。


「まぁまぁ、皆さん、もうすぐ授業も始まりますし落ち着きになさって……」


 その様子を見聞きしていた橘カオルが可憐の暴走を止めに入った。


「はぁ?アンタみたいなキモデブがあたしに指図するつもり!?」


 可憐が物凄い形相でカオルを睨み付けた。

 カヲルが何かを言いかけた所で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、彼女達は自分達の席へ戻った。


「カオル君、悪い人じゃないんだけど……」


 授業が終わり再び3人が集まった所で和美が呟いた。


「でも、容姿が……ね」


 それに呼応し祥子が呟く。


「痩せれば大丈夫なのだ」


 春香が無邪気に言った。


「じゃあ、春香ちゃん彼と仲良く出来るの?」

「出来ますよ~」

「勘違いされたら怖くない?」

「大丈夫なのだ~私には友澤様しか居ないのだ」

「そう」


 和美が呆れながら呟いた。



 それから数日後の事だった。


「学君は夏休み何をするんだい?」


 カオル君が僕に話かけて来た。


「特に何もしないよ?」

「え?」


 僕の言葉に対してカオル君が不思議そうに返事をした。


「何で?」

「学君は女の子にモテるからてっきり彼女達と遊ぶのかと……」

「ははは、カオル君まで冗談を言うのはよしてくれよ」

「え、女の子達は学君をチヤホヤしてるよ?」

「まさか?デマじゃないのかい?」

「本人達がそう言ってるから違うと思うケド……」


 カオル君の言葉に釣られたせいか、フラっと周囲を見渡すと、静音さん達と視線があった気がした。


「僕を陥れたいだけと思うよ」


 僕と目が合った瞬間、彼女達は視線を大きくそらした訳だし、きっと僕が気持ち悪いから遠くで眺めて陰口を叩いていたんだろうと思った。


「ウーン、君はどうしてそんなにも卑屈なんだい?」

「え?僕は事実を言ってるだけじゃない?」

「男の僕から見たって学君は容姿端麗だと思うんだけど」


 カオル君が呟くように言った。


「お世辞?でも僕みたいな気持ち悪い容姿の人間の為に態々言ってくれるのは悪くは無いかも」

「お世辞じゃないんだけど……」


 その言葉の後、あまり聞きたく無い様な言葉が聞こえた気がするが恐らく聞き間違いだと思う。


「そこまで言うなら……斉藤さんとコンタクト取って来て欲しいな」


 僕は冗談交じりに言った。


「……分かった、学君の頼みなら何とかしてみる」


 予想外な答えが返って来たが、どうせボロ雑巾の様に扱われると思っている以上全く期待しない事にした。

 カオル君の行動力は高く、彼が言った事はその日の昼休みに実行された。

 遠くから、男をボロクソにする様な声が聞こえたが、やはり僕は女の子に嫌われているのだろう、これは予想通りだから仕方が無い。

 ただ、その後歓喜な声が聞こえたんだけど、カオル君って意外と女の子受けが良いんだなって僕は考えていた。


「あの……佐藤君?」


 カオル君に連れられた斉藤さんが僕に声を掛けた。


「え……?」


 幾ら僕が気持ち悪いとは言え、直接良いに来るのは酷いと思うんだけど……。


「休みの日は何してるの?」


 頬を少しばかり赤らめながら、ゆっくりと緊張しながら言った。


「あ……」


 こういう時ってどんな事を言えば良いのだろう?変な事言ったら気持ち悪がられるし、かと言って嘘付いても……。

 いや、違う、行き成り暴言を吐くのは酷いと思ってるから、だからまずはお世辞程度に普通の言葉を言ってその後で僕を貶すんだろう。


「……」


 何も言えなかった。

 僕は肩から力を抜き、視線を落とした。


「そうですよね……私何かが佐藤君が相手にする訳ありませんよね」


 斉藤さんが瞳を潤ませながら力なく呟いたのであるが、頭が真っ白になっていた僕はその言葉が聞こえなかった。

 後日聞いた話なのだが、その後カオル君が斉藤さんに対して僕の内情を説明した様だった。

 その事を聞いて、僕は斉藤さんに対して何か悪い事をした気がしたんだけど、ソレ含めて僕を陥れる為の作戦なのかもしれないと思った僕はどうすれば良いのか分からなかった。


「えっと……佐藤、君?」


 今度は神谷さんが僕に声を掛けて来た。


「……」


 どんな酷い言葉を浴びせられるか考えていた僕は神谷さんに対しても何も言う事が出来ず、その様子を見た彼女はどこか寂しそうに去って行った。

 ……そんなに僕を馬鹿にしたいのだろうか、酷い話なんだけど。

 当然この事も噂になり、佐藤君は気に入らない女の子を無視すると云う事になった様だった。

 また別の日の昼休み中だった。


「佐藤くんー」


 今度は静音さんが僕に声を掛けて来た。

 こんな可愛い娘が僕に何の用があるのだろうか?


「……」


 何処か無邪気な感じがするのだけども、でもだからと言って僕に対してはロクな考えを持ってるとは思えないし、そもそも僕なんかがこんな可愛い娘と接する権利は無いと思う。

 それはつまり、期待させるだけさせておいて、後で陥れるんじゃないかってそんな気がして来た。


「どうしたのだ?お腹でも痛いのかにゃ~?」


 静音さんが僕に顔を近付かせながら言った。


「!!」


 僕は咄嗟に距離を取った。


「うーん、確かお腹が痛くなった時に聞くお薬があるからとってくるのだ」


 そう言って静音さんは僕に薬を差し出した。

 良く分からないけど、気が付いたら僕はその薬を手にしていた。


「……有難う」


 僕は、他人に聞こえると思えない声で呟いた。


「あはは、それじゃあまたなのだ」


 そう言うと静音さんは去って行った。

 何だろう?

 僕が抱いては行けない感情が少しだけ芽生えてしまった気がするんだけど……。

 分かっている、静音さんみたいな可愛い女の子を僕何かが好意を抱いてはいけないって。

 静音さんグループの女の子をチラッと見た。

 斉藤さんなら、容姿も良く無いし、でも性格が良いから……違う、斉藤さんだって僕を毛嫌いしてるのに僕は何を考えてるんだろう?

 芽生えた感情を忘れる為の身代わりが欲しいと思ってしまった。

 しかし、そんな事を思ったところで全ての異性から嫌われている僕が実行できる訳もなく、今抱いた感情を必死に消すことしかできなかった。


「なんだぁ?あの静音が折角話に来たのにもかかわらず随分と素っ気ないじゃないか?」


 僕のクラスまで遊びに来ていた紫郎がそういった。


「からかいに来ただけだって」

「なにを?からかわれるだけでも有難いんだぞ?」


 何なら俺と代われと言いたげに紫朗が詰め寄った。


「そんな事言われても……」

「やっぱイケメンは余裕があって違いますねー」 


 紫朗が嫌味を込めて言った。


「だから違うって」


 僕は懸命に否定した。


「だから僕の言う通り佐藤君は容姿端麗なんだって……」


 カオル君も言った。

「二人掛かりで言われたって僕なんか……」

「ウーン、僕が女の子達と会話出来る様になるだけでも苦労した事って知らないかな?」

「知らないよ」

「そっか、僕は容姿が酷いせいもあって、会話して貰える様になるまで物凄い無視されたりしたんだ」

「それは僕も同じだって思う」


 そう言った瞬間、カオル君の視線が少しきつくなった気がした。


「あーやめとけ、めんどくさいだけだぜ?こいつに何言っても無駄無駄」

「いや……」


 カオル君は何かを言いかけたが言葉を止めた。

 また別の日の事だった。

 斎藤さんが再び僕のところにやって来た。 


「こんにちわ」


 斎藤さんが恥かしげに挨拶をした。


「……」


 僕は何も言え無かった。


「えっと……邪魔しちゃったかな?」


 斎藤さんが弱々しく言った。


「……」 


 僕は反射的ではあるが、小さく首を振った。


「良かった……」


 斎藤さんは安堵した様子だった。

 その言葉の様子が気になったのか、僕は少しだけ目線を上げた。

 ……静音さんを忘れる為の身代わりがほしいと思っていた僕は、ふと彼女の姿を見た瞬間再び抱いてはいけない感情が芽生えてしまった事に気が付いてしまった。

 正直可愛いとは思えないんだけど、でも、何か優しそうな気がした。

 あまり可愛くないなら僕でもなんとかなるかもしれない、不覚にもそんな考えが脳裏を過ってしまった。

 違う、僕なんかじゃ斎藤さんにすら相手にされないんだ。

 そう考えた僕は、斎藤さんへと僅かに向けていた視線を大きく外した。

 ……山田さんと言う、僕やカオル君と同じ容姿レベルと思う女の子の姿が視界に入った。

 ……幾ら僕が酷くても山田さんとは何もかも無理だと思った。

 ……もう一度斎藤さんに視線を送った。

 ……分かってはいるんだけど、少しだけ頑張って良い様な気がしてきた。

 静音さんは絶対に無理だとしても、斎藤さんなら何かあるかもしれない……。

 ……なんて期待してみたところで僕が全ての女性から嫌われている事は変わらないよね。



「カオルだっけ?」


 紫朗がカオル君を馴れ馴れしく呼んだ。


「そうですけど?」

「折り入って頼みがあるんだ」


 紫朗が自分の胸当たりで手を合わせ少しばかり頭を下げながらお願いした。


「……何でしょう?」

「俺にも女の子を紹介してほしい!」


 紫朗がストレートに言った。


「……」


 カオル君が冷めた目で紫朗を見つめた。


「学に女の子紹介したのはアンタだろう?だったら俺にも一人位良いじゃないか?」

「図々しいですね」

「だってよぉ、親友だけが美味しい思いしてる様子を見てるのてなんかムカツクじゃん?」


 カオル君は、親友と思っているのに何故そんな事を、と言いかけて。


「よしんば紹介出来たとしても、貴方の様な性格の人間を好きになる女性は居ないと思いますが」

「な……、いや、学が狙ってる女の子には手を出さないから」

「……僕よりも友澤君の方が女の子の扱いは上手いと思いますが」

「マジ!?じゃあそいつに当たってみるわ、サンキュー」


 カオル君からそう言われた紫朗は急ぎ足で友澤と言う人を探し出した。


「……意外な反応でしたね」


 その日のお昼休みの事。

 早速紫郎が友澤君とコンタクトを取ろうとしていた様だった。

 それとは別に今日は今日で僕の元に女の子がやって来たのであるが、こう毎日自分のところへやってくるのだけど特に何もしてこない日々が続くと少しばかり変な気持ちになり、何故かわからないけど、異性に対する考えが少しずつ変わった様な気がして来た。

 そこからは日替わりで、斎藤さん、神谷さん、静音さんの順番で僕のところへ来る様になり、僕は僕で挨拶位ならば返す事が出来る様になり、日が経つに連れて静音さんは無理だけど、斎藤さん位ならなんとかなるんじゃないかと云う気持ちになって来た。

 またある日、斎藤さんから『佐藤君って彼女が居るのですか?と聞かれた』その時僕は首を横に振る事しか出来なかったけど、その姿を見た斎藤さんが何処か嬉しそうな感じになた気がし、もしかしたら?と言う淡い期待を抱いてしまったが、冷静を取り戻しそんな事ある訳が無いと自分に言い聞かせた。



「おう紫朗、オメー夏休みで空いてる日はねーか?」


 友澤君が史郎に話し掛けた


「ある」

「イイネ、合コンすっから」

「え?今なんて?」

「なんだぁ?合コンが珍しいってかー?」


 友澤君が紫郎をからかう様に言った。


「珍しい、真に珍しい、是非ともご同行させてもらいたいところだ」


 予想外の出来事に対して紫朗は少しはしゃいだ後、少し間をおいて、


「学も誘った?」

「ハハハ、誘っちまったら女の子を総取りする様なヤツはさそってねーから安心しな」

「あいつが居たら俺達は寂しくなるな」

「そーそー、カレンちゃんと交渉するのもめんどくせーことだったぜ」


(仕方、無いよな、俺は学みたいにモテる訳じゃないからこのチャンスを逃したら次どうなるかわからないし)


 紫朗は少し目を伏せながら答えた。


「ハルカちゃんは俺の獲物だから手だすんじゃねーぞ」

「……分かった」

「じゃ、夏休み楽しみにてな」

「ああ」

 

6 


 夏休みを迎えた。

 リア充という言葉のリの字も縁が無かった僕からすれば勉強をする時間が増えるだけで面倒事が増えるだけの期間だった。

 せめて親がアルバイトの許可をしてくれればまだ楽しい日々を過ごせるのだろうけどそれも無い……どうせバイト先の女の子達からもごみ虫扱いされるだけだし、よくよく考えてみればお金があったところで使い道も無ければ欲しいものもない、だったら結局勉強漬けの方がマシって訳だ。

 それにしても、勉強が出来たところで一体何の役に立つのか分からない、良い大学に出て良い企業に行けとは言われるけどその先がよくわからない。

 でもまぁ、やれと言われて居る以上そうするしかなさそうだし、他にやる事も無い訳だし別にそれで良いのかもしれない。

 なんて考えながら数日間を過ごした訳だが、勉強漬けでいい加減飽きてきた僕はふらりと街中を散策する事にしたのだった。


(久々に街中を出歩いてみたけど何ってなかったなぁ……暑いだけで汗かくだけで、欲しい物もやっぱり無いし、まぁ、勉強だけしているよりマシだったかなぁ?)

 そんなこんなで夕日が沈み掛かるまで散策したところで、


(あれ?紫朗?)


 あるカフェの中で紫朗らしき人物の姿を見かけた。

 暇だったので、ご一緒しようと近づいた所、カオル君の姿も目に映った。

 なんだ、あの二人仲良かったんだ、だったら自分も誘ってくれれば良いのにと思いながらもう少し近づいた。


「お……」


 そこで紫朗と目が合ったので声を掛けようとしたのだが、


「え……」


 僕に気付いたのか偶然なのか分からないが、紫朗は何かを隠すかのように凄い勢いで視線を外した。


「あ……」


 その視線につられた先には斎藤さんや神谷さんの姿もあった。


「そうだよね……」


 あれ?紫朗って女縁なかったんだよね?

 あれ?カオル君だって?

 他の女の子他だって変な噂たってたけど、やっぱり噂だよね?

 だって、僕だけのけ者にされてるじゃんか?

 ……あれ?友達ってナンナンダロウ?

 涙を堪える事で精一杯だった。

 僕は、出来るだけ誰からも気付かれない様に静かに回れ右をし、とぼとぼと気配を殺しながらその場を立ち去った。



 夏休みが終わった。

 僕はあの日の出来事を引きずったせいか分からないが、あの日から一歩も家から出る事無く夏休みを終えた。

 始業式の日、紫朗は今までと同じ様に僕と接してきたのであるが、僕の方にどこかわだかまりが出来てしまったのか、僕が何時も今まで通り紫朗と接する事が出来ていたかどうかわからなかった。

 ……いや、紫朗が企画したんじゃないなら気にしちゃいけないよな、うん。

 紫朗の姿を見てそう思った。


「やあ学君、夏休みはどうだった?」


 カオル君が僕に声を掛けて来た。

 ……どこか暗い雰囲気を感じるんだけど気のせいだろうか?


「勉強漬けだったよ」


 気のせいだろう。


「静音さんに彼氏が出来たって知ってる?」

「……ん?」

「夏休みの間に出来たんだってさ」

「あ、ああ、そっか、まぁ静音さんは可愛いしね」


 やはりというべきか、寧ろあのスペックで彼氏が居ない方が可笑しいレベルなので、別に今更彼氏が出来たとしても驚く事は無かろう。

 ……そりゃーこんなクズ男でも憧れていたのは内緒だけどさ。


「僕はダメでしたけどね……」


 気のせいじゃなかった。


「ダメって?静音さんに?それは仕方ない……」


 言葉を言ってる最中、もっと気の効いた事を言えないかと気が付いた。


「やっぱり仕方ないよね」


 気が付いてない?


「そうだよね、可愛くて性格良さそうだし、クラスの皆からも人気があるみたいだしね?」

「だよね……でも」


 え、でも?ってどういうこと?しかし、カオル君も積極的なんだなぁ……。


「でも、って?」

「神谷さんも斎藤さんもダメだったんだ」


 カオル君が酷く落胆しながら言った。

 クズ男の僕でもこんな事をしたら結果が出ないのは予想が出来るんだけど……。


「あの娘達も性格良かったりするし……」

「けど、彼氏居ないって言ってたし、それならさ?」


 え?斎藤さんに彼氏は居ないの?やったね……って今はカオル君との話だったよね。


「カオル君は良い人だし、期待しちゃうよね」

「そうなんだよね、僕は良い人さ」


 カオル君は良い人を強調して言った。


「ハハッ、宮里さんからは鏡見ろって言われちゃったしさ」

「あの人性格キツそうだからなぁ……」


 外見は良いんだけどね、外見だけは。


「ほら、でも、クラスの中だけでも女の子は他にも沢山居るし」

「そうだね……でも、元々容姿の良い人には叶わないと 思うんだ」

「そんな事無いって」


 と言ってみたけど実際に友澤君に対する女の子の食いつきは良い訳だけど。


「ははは、学君なら大丈夫さぁ」


 カオル君の視線が少しだけ上目だった気がしたのは気のせいだろうか?


「大丈夫って?」

「学君に好意を持ってる人が居るらしいんだ」


 と言いながらカオル君はその場から去った。

 僕に好意?誰なんだろう?ウーン宮里さんが仕込んだ罠だよね、それにしてもカオル君まで利用するなんて相当酷い気がするんだけど……まぁ、関わらなければ大丈夫かな、たぶん。

 そんなこんなだったのだけども、斎藤さん達とは少しずつ会話が進むようになって来た気がした。

 僕が女の子と会話出来ている事自体がなんだか不思議な気がするんだけど。





「おい紫朗」


 宮里さんが紫朗を呼んだ。


「可憐様、何で御座いましょうか」

「……気持わりぃ事すんなや」

「だめ?」

「あたしはそんな上品な人間じゃないからな」

「承知」

「普通にしゃべれねーんか?」

「いやー、しゃべれるけど、なんてのか、俺も学みたいに女の子にチヤホヤされたいし?」

「なら丁度良い、和美って娘が居るだろ?」

「居るね」

「お前、アイツに興味無いか?」


(え、確か学が興味持ってた娘だよな?で、その娘も学に興味持ってたって噂だったハズ)


「はいかイエスのどっちだ?」


 紫朗が作った間に対して間髪入れずにツッコミを入れた。


「え?」

「おや?紫朗君は彼女が欲しかったんじゃなかったのかい?」

「そうだけど」

「あたしの影響力って大きいんだよねぇ、可愛そうな紫朗は彼女が一切作れない寂しい高校生活を送る事になるのか、あーあ、実に残念だ」

「それは嫌だ」

「じゃあ、はいかイエスのどっちだ?」


(学には悪いが俺だって寂しい学園生活は嫌だ、興味があるだけなら別に良いだろう)


「イエス」

「よし、良い子だ」


 宮里さんが不気味な笑みを浮かべながら紫朗の元を去った。


 放課後の教室にて


「なぁなぁ和美~紫朗てヤツがお前の事好きだってさー」


 宮里さんが斎藤さんに対して言った。


「はい?」


 斎藤さんが目を丸くしながら返事した。


「アイツ結構良いヤツだし悪くねーんじゃね?」

「え、でも私は……」

「学?」

「誰もそんな事は……」

「ハッ、分かり易いんだよ、あたしが見る限り性格も学より紫朗のがイイと思うけどなー、ほら学って社交性なさそうじゃん?でも紫朗は結構社交的でイケてるしさー」

「……」


 斎藤さんがムッっとしながら宮里さんを睨んだ。


「まぁ、そうでなくても学に好意を持ってる女の子は他にも居るだろう?ライバルが多くて手に入らない男よりもライバルの少ない男の良いところを見つけた方がカレシも楽に出来るんじゃねーのか?」

「……」


 悔しいけど否定しきれない、そう思った斎藤さんは唇を噛み締めながら地面を睨みつけた。


「紫朗の連絡先はあたしが知ってるから気が向いたらまた言ってくれや」

「……」


 斎藤さんは僅かに頷いた。



 

 それからも僕は女の子と軽く会話する日々が続いた。

 自分から話掛ける事は不可能に近くても、相手の方から来てくれる場合に限っては何とかなる様になって来た。

 ただ、気のせいか斎藤さんが僕のところに来る頻度が減ってしまった気がするのは気のせいだろうか?彼氏の出来た静音さんはわかるんだけど……、代わりと言っては何だけど、宮里さんが僕のところにやってくるようになっていた、正直この人苦手なんだけど……僕が何か言う資格が無いのは分かるけどさ。

 それとは別で、最近紫朗がよそよそしくなってる気がしないでもないんだけど、一体何があったのだろうか?

 そんな事が気になりながら、今日も紫朗と一緒に帰路に着いた。

 何だか知らないけど、急に紫朗が神谷さんを推しだしたので、彼女の事が好きなの?と聞いてみたら違うと答えた。

 僕なんかでは到底届かないんだけど、一体何だったんだろうか?

 僕としては、それよりも斎藤さんの事が気になって仕方なくって、鈴音さんの妥協かもしれないんだけど、でもなんか彼女は会話してても優しい感じがするし、なんかこう僕でも届きそう……ってのは相手に失礼だよね。


「あれ?」


 なんて考え事をしながら自宅の近くに辿り着くと、遠くにカオル君の姿が目に映った。

 カオル君は僕の姿に気付いたかどうか分からないけど、僕が彼を確認した瞬間彼はイソイソとその場を去った。


(確か家は逆方向だったと思うケド)


 その日は特に考える事無く家の中に入った。



10



 それから数日後、折角だし自分から斎藤さんに声を掛けてみようと思った。

 今までは絶対に上手くいかないと思い込んでたから何も出来なかったけど、でも、何か上手くいけそうな気がしてきたら頑張れる気がしてくる、周りが言ってる事も本当なんじゃないかってそんな気がして来た。

 そんな訳で、授業の合間の休憩時間、彼女に話掛けてみる事にした。


「あの~斎藤さん?」

「は……い」


 僕に声を掛けられた斎藤さんが間を置いて返事をした。


「えっと……」


(あ……佐藤君の方から声を掛け……よく見たら佐藤君って髪の毛ボサボサだよ……服もしわだらけだ、靴も汚いよ……目ヤニも取れてないから顔洗ってないのかなぁ?息も何かクサいし、歯みがいてないのかなぁ……)


「良い、天気だね」


 僕は勇気を出して話掛けてみた、今までも斎藤さんの方から話掛けてくれたしちょっとくらい変でも大丈夫だよね?


(うぅ……皆には悪いけど、これなら鈴木君の方がイイヨ、私も彼氏欲しいし、そうよ、それに佐藤君を見なかったら私が周りから何か言われる事だっなくなるしね、それに佐藤君なら他の女の子も欲しがってるみたいだから、私が居なくても大丈夫だしね?)

「?」

「そう、ですね」


 斎藤さんは視線を外しながらゆっくりとした口調で、いつもより低い声でそう言った。


「あ……」


 何処かで聞いた事のある嫌な声だった。

 自分の存在すら否定する、そんな恐ろしくって、思い出すだけでも怖くって、そんな声で。


「ご、ごめん、僕なんかが女の子に話掛けちゃって!?」

 気が付いたら自分でも聞いた事無い位の大声が出ていた。

 折角勇気を出したのに、僕はこれが嫌だから塞ぎ込んだのに、なんだよ、結局僕を陥れる為だけの罠だったんじゃないか。

 零れそうな涙を必死に堪えながら自分の席に戻った。


「佐藤君ーどうしたんですかー?」


 昼休み、机に突っ伏していた僕に対して鈴音さんが声を掛けた。  

 内心、うるせー黙れくクソ女、って思ったんだけど、彼氏持ちの女の子だったら僕に好意を持つ事も無いし別に良いかと顔を上げる事にした。


「おはよう……」

「あはは、お昼ですけどね」


 静音さんは僕に気にする事無く何時も通り会話を続けた。


「僕なんかに構ってる暇があるなら彼氏のところに言った方が良いと思うけど……」

「バレてましたか、でもでも、彼氏さんは校内ではあまり会話したくないって言うんですよ」

「意外だね」


 付き合ってるならもっと大切にすれば良いのに、なんて思った。


「そうなんですか?」

「うん、鈴音さんみたいな可愛い娘と付き合ったのならもっと大切にすると思うから」


 僕は自然にその言葉を発した、別に口説きたい訳じゃなくって、ただ思った事をそのまま口にした。


「佐藤君ってお世辞も上手いんですねー」

「そんな事ないよ」


 別にお世辞で言ってる訳じゃないし


「あはは、私みたいな女の子が友澤さんとお付き合い出来ているだけでも奇跡みたいなものですからー」


 鈴音さんは何処か寂しげに言った。


「そうなの?」


 十分釣り合うというか、鈴音さんにはもっと良い男が居る様な気がするけど。


「あはは……そうそう、佐藤君だって容姿が良いじゃないですかー?」


 鈴音さんが無理矢理話題を変えた。


「……」


 鈴音さんの意図を何となく感じ取った僕は、喉元まで出掛った言葉を飲み込んだ。


「恋人関係って何なんでしょうね……?」


 鈴音さんが力なく言った。


「何って?」


 僕はゆっくりと、時間を稼ぐかの様におうむ返しをした。


「付き合ったら、キスとかするじゃないですか?」

「うん」 

「最初は大切にしてくれたんですよ……」

「うん……」


 何となく予想のついた僕は弱々しく相槌を打った。


「用がすんじゃったのかな……?」


 静音さんの瞳が潤いを増していた。


「……」

「でも……いつかきっとまたあの時に戻ってくれるかもしれないじゃないですか……」


 静音さんの頬を一筋の涙がつたっていた。


「そう、なのかな?」


 僕が想像する限りだけど、僕がやられている事は実は大した事じゃなくって、静音さんの方がもっと酷い目にあってるんじゃないのかん、何となくそんな気がした。


「この前の日曜日ですけど……」


 僕の返事に大して何か思う事があったのか、静音さんが涙声になった。


「うん」

「友澤さんが別の女の子と二人っきりで遊びに行ってたみたいなんですよ……」

「うん」


 以前から友澤君が女に軽いと言う噂は聞いていたんだけど、実際に聞いてみるとなんとも言えない気持ちになって来る。


「でも、またあの時に戻ってくれますよね……?」


 言葉にする事すら辛そうだった。


「無理だと思う」


 適当な賛同の言葉を出す事は出来なかった。


「あはは……そう、ですよね」

「友澤君の女の子に対する評判も悪いし、それなのに実際にそういう事が起っちゃったらさ?」

「でも……私は友澤さんの事が好きなんです……」


 静音さんは付き合いたての頃を思い出しながら言った。


「静音さんは男から凄いモテるんだし、僕以外の男でもっと良い人は居ないの?」

「佐藤君以外ですか?」 


 静音さんは何故かそこに反応をした。


「うん、僕以外で」

「彼女さんが居るからですか?」

「違うよ」

「じゃあ何故ですか?」

「え、僕みたいな産業廃棄物を好きになる女の子なんてこの世に存在しないじゃん?」


 実際、今さっき斎藤さんからも拒絶された訳だし。


「そうですか」


 静音さんは僕をキツく睨んだ後その場から去って行った。

 ほーら、やっぱり最後はこうなるんだ。

 でも、静音さん相手だったら仕方ないかな、うん、あんな可愛い女の子と会話する為の必要経費だね。

 その日自宅付近に差し掛かったところで、


「おや?カヲル君じゃない?」


 今日もまたカヲル君の姿を目撃したんだけど、女の子から酷い目に遭わされた僕は細かい事なんか気にせず彼に話掛けた。


「!!」


 僕の声を聞いたカヲル君は目を丸くさせた。


「どうしたの?」

「ひひひ、人違い」


 裏返しになった声と共にカヲル君は走り去って行った。


「変なの」


 カヲル君に合わせて走るのは面倒だと思った僕はそのまま自宅に入る事にした。


11


 それから数日後、僕はいつも通り紫朗と一緒に登校しようとしたのだけど、


「わりぃ、準備が出来てないから先に行っててくれ」

 と言われた。

 今まではこんな事は無かったので一瞬だけ戸惑ったんだけど、流石に気にしすぎだろうと思い気にしない事にした。

 その日のお昼休み、女子から斎藤さんが質問攻めに合っていた。

 次の日の朝も紫朗は別の理由を付けて僕を先に行かせる様に言って来た。

 何か違和感を覚えたのだけど、僕は気付かないフリをした。

 更に数日後、いい加減気になった僕は紫朗に気付かれない様に彼を観察する事にした。

 ある場所に辿り着いたところで、まるで誰かを待つ様に紫朗は立ち止まった。


(何だろう?)


 僕は紫朗に気付かれない様細心の注意を払いながら物陰に身を潜めた。

 それから数分した所で、


「紫朗さん、おはようございます」


 何故か斎藤さんがやって来た。

 言葉に言い表せない感情を胸に抑え込みながら、これは何かの偶然だろうと見守った。


「おはよー、和美ちゃん♪」


 紫朗は、斎藤さんの挨拶に対して物凄く嬉しそうな表情と声で挨拶を返した。


(……紫朗が物凄くにやけている)


 僕との接触拒否に加えてこのにやけ顔……。

 僕は斎藤さんを横目で見た。


(……)


 物凄く嬉しそうな顔を見せていた。

 僕に話し掛けて来た時の何倍も何十倍も。

 そして二人は手を繋ぎ歩き出した。

 僕は涙を必死に堪えながら、気が付いたら自宅の方へと身体を向けていた。

 無理だって、これだけ答えに対する情報が揃っていると言うにも関わらずそれを否定するなんて、そうとしか有り得ない事実を突き付けられて、それでも違うと前に出てしまったらそれじゃあストーカーってやつになっちゃうよ。

 気が付いたら、走り出していた。

 気が付いたら、大声で叫んでいた。

 その声を紫朗に聞かれたかどうかなんてわからない。

 そんな事を気遣う余裕すら無くって。

 それから先の事は覚えて居なかった。

 気が付いたら、ベッドの上に居て、気が付いたら、朝日が昇り出していて。

 時計を見たら、僕が分かっていたハズの時間よりも短針が少しだけ逆走していて。

 友達って何なだろう?

 女がダメだってのは分かってたのだけど、だからせめて友達だけはって思ってた自分が間違いだったのかもしれないんだけど。

 僕はもう一度時計を見た。

 昨日の時刻まではまだ時間がある。

 僕は瞳を閉じた。

 ……このまま眠りについてしまえば良いと思った。

 いや、いっその事……。

 僕は首を横に振った。

 ふと、鈴音さんの笑顔が脳裏に過った。

 何故だろう?その笑顔をもう一度見たいって思ったのは。

 ここに居ては鈴音さんに会う事は出来ないって思ったのは。

 気が付いたら胸が締め付けられるような感覚に襲われ、何故だかわからないけども涙が零れ落ちていて。

 ……不意に紫朗の声が聞こえた気がした。

 ……なんだよ、良い気分だったのに。

 ふと時計を見るといつもの時間を指していた。

 どうにも母親が五月蠅いので、学校へ行くフリをする必要もあると思た僕は仕方なく紫朗の応対をした。

 紫朗は、昨日学校を休んでた事に付いて聞いてきた。

 彼の反応から、昨日は僕の存在に気付いていない様だった……たぶん。

 僕は体調不良だったと適当にあしらった後は別に何か会話する気も起きず漠然と歩いた。

 それよりも、何で彼女と思う女が居るのに急に自分の所に来たのか理解が出来ないでいた。

 なんて思ってると、紫朗の方から、鈴音さんにお願いされたと言い出した。

 やっぱり女の子は大切だよね。

 それにしても、鈴音さんは優しいな、相変わらず。

 それから先は、特に話す事も無く学校へと辿り着いた。


「よぉ、佐藤君」


 教室に入ると、珍しい人から声を掛けられた。


「……はい?」


 声の主に対して恐る恐ると返事をしたのだけど、正直この人は苦手だったりする。


「昨日はどうしたんだ?」


 宮里さんが、ニカッと笑いながら訪ねて来た。

 ……苦手だけど、美人だからなぁ、この人。

 僕は3秒で前言撤回した。


「ちょっと体調が……」

「そっかそっか、それなら良かった、それにしても佐藤君はモテルよな」

「え?」


 何を唐突に……?

 まぁ、いつも男友達から言われてるから別に気にもならないんだけどさ。


「けどさー、そんな佐藤君すらもあっさりポイ捨てするヒデー女も居るんだよなぁ」

「!!」


 気が付いたら目を丸くしてた。


「いやー私だったらそんな酷い事しないんだけどなー」


 そう言いながら宮里さんは僕の腰をそっと触った。


「あ……」

「明のヤツは可憐とできちまってっからなー」


 宮里さんが両手を後頭部で組みながら言った。


「和美だって最近できたみたいだしなー」


 宮里さんは、今度は腕を組み始めた。


「それに比べて私は美人にも関わらずいまだに春が来ないんだぜ?」

「う、うん」


 自分の事を美人って言うっけ?普通。


「まぁ、それだけだ、そんじゃーな」


 そう言って宮里さんは立ち去った。

 それから暫くの間、突き刺さる視線を感じたので、振り返ってみるとその先には友澤君の姿があった。


(佐藤の野郎……俺の邪魔するんじゃねーよ、漸く可憐の所まで辿り着けたっつーのに、クラスでトップクラスに可愛い子を落とせた俺にこそ相応しい女だ、邪魔したらテメェを殺す)


 はて?確か彼は鈴音さんと付き合っているハズなんだけど、彼女が居るのに態々こっちの方を気にする理由なんて無い様な気がするんだけど……。

 まぁ、気のせいと言う事にし昼休みを迎えた。


「昨日はどうしたんだい?」


 昼休みになると、今度はカヲル君が話掛けて来た。 


「ちょっと熱っぽくって」

「そっか、色々あったみたいだしね」

「色々って?」


 カヲル君は何を言ってるんだろう?と気になったけど気にしない事にした。


「だって、斎藤さんが手酷く振ったらしいじゃん?」

「ん……?」


 確かに斎藤さんからは酷い扱いされたけど、振られたかと言われたら違うかなぁ。


「ほら、僕は沢山振られてるから一人や二人位大丈夫だって」

 カヲル君が僕の両手を強く握りながら力説した。

 って、大丈夫も何も告白した訳じゃないし、精々ファーストコンタクトをとれないとかそんなレベルであって……日常茶飯事な普通の事で……確かに辛かったけど、別に周りが騒ぐ程の事じゃないよーな?


「いやまぁ、うん」


 何か言ったら逆にカヲル君を傷つけそうだと思ったので適当に相槌を打った。

 ……それにしても何か近いんだけど。

 何か不穏な気配を感じ取った僕は思わず半歩後ろに下がった。


「学君はルックスが良いから大丈夫だよ」


 カヲル君のその言葉に何故か寒気を感じたが、気のせいだよね、たぶん。


「えっと」


 全力で否定したいんだけど、何故か言葉が出てこなかった。


「宮里さんも学君に興味を示してるみたいだし……」

 という言葉の先、小声で宮里さんは美人だから羨ましいなぁ。

 と聞こえた気がして来た。

 何か意味深に感じたのだけどきっと僕の考えすぎだろう。


「あ、うん、態々ありがとね」


 これ以上カヲル君の近くに居ちゃいけな気がした僕はカヲル君から離れる事にした。

 そういえば、今宮里さんが興味持ってるって言った様な?

 うーん、あの人苦手なんだよなぁ、って女の子が僕に興味示す訳無いから何かの間違いだとは思うけど。

 それから数日後、僕は宮里さんに呼び出された。

 嫌な予感を抱きながら指定された場所に行くと、宮里さんから好きだと言う事を伝えられた。

 あまりの予想外な出来事だったせいもあり、思わず保留の返事をしてしまった。 

 何か勿体ない事したような、めんどくさそうだからやっぱり良いとか、そもそもただの悪戯なんだろうなとか考えながらその日を過ごした。

 次の日、宮里さんの方から昨日の事は無かった事にしてと告げられた。

 その後、何故かカヲル君がやって来て何故か真相をしゃべりだした。

 僕は別に興味がなかったから仕方無く聞いていたけど、昨日の話を聞きつけた友澤君が宮里さんを口説いたとの事、それで宮里さんは友澤君を選んだとの話。

 やっぱりただの悪戯だった訳ね。

 ……あれ?鈴音さんはどうしたの?

 一瞬気になってしまったのであるが、例え鈴音さんがフリーになったとしても自分が選ばれる事なんてないと思った僕は気にしない事にした。

 その1週間後の帰り際。

 僕の下駄箱の中に1通の手紙が入れられていた。

 帰宅次第中身を確認した。

 内容は、僕に対する想いが綴られたモノだった。

 またいたずらだろう、そう思いながらも一通り目を通した。

 文章の最後に書かれていた差出人の名前は、


『橘カヲル』

 

 だった。



 卒業式の日、僕は屋上から空を見上げながら高校生活を振り返っていたのであった。

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