3 3人の集会
はじめに…3人の同族が出会った。
先に年長のオネイロとまだ若いケールが知り合った。経験に劣り敵外心が強かったケールをオネイロはいさめ、諭し、悟らせた。
それ以後、2人は語り合えるはらからを得て、折を見ては時間を共にするようになる。
当時から同族同士が巡り会えば、警戒し、探りあい、必要と思えば相手を滅ぼすのが当然の結果だと誰も疑わなかった。だからオネイロの取った行動は非常に例外的な行為だったのだ。
しばらくすると、そんな噂を聞いたオイジュから2人にメッセージが届く。
あなた方に聞きたいことがある。こちらに害意は無いし、私を殺す気が無ければ会って話を聞いてほしい……と。
「ええと、すいませんお姉様?」
「どうしたのトリー」
「できるのであれば、もう少し詳しくお願いしたいのですが……?」
「そう?いいわよ」
400年ほど前、まだ魔女と言う言葉すら生まれていなかった時代にオネイロは存在し、人を超えた力で一部の人間からは神格化され崇拝されていたの。
彼女にとっても利用できる人間がいる方が都合の良い時もあったし、当時同族は人間にただ畏れられる対象であったから、己の力をあまり隠さなかった。
そんなオネイロにケールは挑んだのよ。彼女を葬ればより強い恐怖で人々から畏怖され支配出来ると考えて。
でも、結果は勝負にもならなかった。知識と経験は大きな力となる、それを身を以て味わっただけ。
葬られるのは自分だったと覚悟したケールをオネイロは殺さなかった。代わりにこのままでいいのか問いかけた。このまま怨みと復讐だけの人生で良いのか?ならばこの場でその苦しみを終わらせてあげよう。まだ生きていたいと私に乞うならば、私との会話を楽しみなさい、てね。
別にケールを支配しようとしたわけではないの。自分の過去とケールの現在に飽きていたオネイロは、違う慰めが欲しかったんじゃないかしら?
ケールははじめは渋々、でもすぐに聞き入るようになった。それはまるで、自分の未来を早送りで体験するような気分になったから。
こうして2人は度々同じテーブルに座るようにようになった。お互い心は開かずともね。
これはね、かなり異例な事だったのよ。力尽くで徒党を組む事はあっても、対等に付き合う同族なんて少なくとも彼女達の周りにはいなかったのだから。噂を聞いた他の同族の目にはさぞや奇異に写ったでしょうし、何より恐れたでしょうね?
でも遠まきに静観していた同族たちとは違って、オイジュは強く興味をそそられた。オイジュもオネイロと似た欲求を抱えていた上に、神に叫んで問いたいほどの疑問があったから。
だからオイジュは先の2人に『話しをしたい』とメッセージを送った。別に2人に殺されたとしても後悔は無かったのでしょう。
それならばと受け取った2人は話しを聞く事を快諾した。もちろん迎え討つ準備に抜かりはなかったでしょう。何かを企んでのことならば有無を言わせず殺せるだけの準備を整えて。
こうして、ついにオネイロ、ケール、オイジュの3人が同じテーブルで向かい合った。
喜んだオイジュは先ずは名乗ると、何故か生い立ちから今までの人生までも、こと細かく説明をし始めた。
そして長い長い自己紹介を終えると、2人にこう問いかけた。
『2人はどうやって同族になったのか』と。
2人は目を見合わせた。
確かに同族として生き返ると、暫くはその疑問が頭の中を支配する。
しかし、生きる術と力を認識し始めると、怨みと復讐心、加虐心などに呑み込まれて、欲望と自己満足を追求するようになる。
それが自分の存在理由であって、結論としてはそう……どこかの神に復讐の機会を与えられた、自分は特別な存在になれたと思いこんでしまうの、大体はね。
そして、新たな人生に満足するか、そこに至る前に殺される。例外なく過去の人生にはトラウマしか無い。誰も自分が何故、どうやって同族になったかなんて具体的には考えたくは無いでしょう?
でもオイジュは違う、神の御技とその正体を知りたがった。
思いがけないテーマを投げかけられた2人は興味をそそられながらもその場はこれでおひらきにすることにした。このテーマはともすると、自分の情報をどこまで話さなければならなくなるのか、分からなかったから。
『後日また集まりましょう』そう言われてオイジュは帰された。2人はオイジュを帰した後もしばらく話し合い、彼女の話に乗るかどうかは互いの結論を尊重することにして、答えが出たらまた集まることを約束したの。
そして、3人が再び集まったのは割とすぐだった。
オネイロとケールの結論は同じ、生まれ変わる前の自分を語っても、今の自分の弱点になるとは思えなかったし、他の危険な情報はコントロールできると考えたのね。
なにより、やはりなかなか興味を惹かれるテーマだと気がついたのよ。目を背けたくなる過去も笑って話せるほど、彼女達は強かった。
「あなたはまだ、自分の過去なんて語りたくもないでしょう?トリー」
「は、はい……思い出すと、気分が悪くなりますし、眠れなくなったりします」
「そう、でも安心なさい。あなたには二度と、そんな事は降り掛からないわ」
「はい、お姉様」
まず3人は自分達の第一の人生を確認し合った。
何処でどの様な家に生まれたのか?家族や信仰、訪れた幸福や不幸、その時の感情まで、可能な限り詳細に。誰も嘘を口にする事もなく、それはまるで他人の人生を語っているようだった。
意外だったのは、3人の思い出話が思った以上に短い時間で幕を引いた事だった。
それは3人の人生があまりにも短く、凄惨なものだったから。許容を超えた酷い有り様に同情も出来ず眼を背けて逃げ出してしまう……そう言っても足りないほどに。
互いに全ての過去をさらけ出した末にあぶり出された共通点、それは全員がやはりと頷くもの、正気を失うほどの『苦痛』だったの。
痛み、ならば怨念なのか。誰かを怨めば生き返るのか。オイジュは違うと言った。
私は自分の運命を呪うことはあっても、人に復讐したいとはあまり思わなかった、と。
あまりにも漠然として、この容疑者の正体も証拠もなかなか掴めなかった。
それでも彼女達は会う度に自分が思い付いた事を話して聞かせた。
私達は尋常ではない『痛み』を経験した。ならば人間の次の段階として、つもり溜まった痛みが器から溢れ出すと、長い寿命と新たな『力』を得るのではないのか?
そう言ったのは、オネイロだったの。
ただ新たな力と言った事はすぐに訂正した。思えば誰もが感が良い時や、言葉に強い力を感じた事があるはず……説明に困るほどに。
だからこう言い直した。私達は蘇ったと言うよりは人の生の一線を越えた感覚がある。そしてこの『寿命』と『力』はその一線を越えたことで届くようになった元々持っていた権能なのだと。
これで濃い霧で手探りが続いていた中で、迷宮入りかと思われたテーマに一応の仮説が付いた。
ではどうするのか?ここで終わるのか?これで納得したのか?
「確かめてみたいわね?」
そう言ってケールはオネイロを見た。
「でもどうやって?似た境遇の子供でも探すのかしら?」
「探しましょう。そしてさらいましょう。放っておいても虐遇の果てに死ぬのならば、私達が育てましょう。同じ力を得られるよう、苦痛を与えましょう」
オイジュの言葉にざらざらとした欲望が蘇るのを感じた2人はその提案に乗った。
3人はそれぞれに子供をさらい、思いおもいに育てた、生き地獄の中で。
さらった幾人かはまさしく捨て駒だった。苛烈な痛苦に肉体的なショック死から始まり、精神が耐えられずに正気を失う者。第一に適度な痛苦など個人によって異なるであろうから、まさしく運と手探りな実験にしかならない。
「上手くいかないものねぇ」
オイジュはシブい顔をしていた。25年を費やして6人目も死んだままだ。しかし前に進む意欲は衰えない。探究心や知識に対する欲求は3人のなかでは異常なほどに強い。
ケールなどは一度に2、3人を集めては試しているようだが、さまざまな条件を検証する目的を考えればむしろ効率が良かった。
「あなたの4人目はどうだったの?」
いつものテーブルに集まるとオイジュはオネイロに確認する。他の2人と比べるとオネイロのやり方は穏やかで時間をかけているようだ。
「まだ育てているわよ。なるべく長く育てた方が確率も上がるのではなくて」
「でも殺さないように手ごころを加えては意味があるの?」
ケールが異論をはさむ。
「やはり私は耐えきれなくなったら悶死させた方が自然に近いと思うんだけど」
「あなたは今迄何人殺したのですか?ケール」
オネイロは呆れたように言った。
「しようがないんじゃない?蘇らせるのが目的ではなくて、なぜ蘇るのかを知りたいんでしょう。なら必要なのは育てるよりも観察よ」
「まあ2人とも。同じやり方を試すよりはサンプルが増えるのだから、効率的でいいのじゃないの?」
そのままオイジュが問いかける。
「まだ気が早いでしょうけれど、もし、この試みが成功した場合に、その子をどうするのかを考えておいた方が良いでしょうね?」
「決まってるわ。自分を怨んでいる人間を生かしておくわけがないでしょ?!」
「怨んでいなかったらどうするの?」
「殺すわ。危険を放置しておけないもの」
考えていたオネイロがそこに参加する。
「確かにケールの意見はリスクを考えれば当然ですね。育てていても思う程には情も湧きませんし。でも成功した時には、達成感から作品を壊すことに躊躇することも考えられますね。まあ…いつ実るとも知れない研究です、まだ様子を見ては?」
「でも、成功する時も突然だと思いますよ?オネイロ」
「殺す、で良いのよっ」
ケールのシンプルな考え方に異論はない。使える犬を飼うのも魅力的だが、飼い犬に噛まれるという事は人間の歴史の中で繰り返されてきた事実なのだから。
ましてや彼女らに仲間意識などは無く、これほど長く集まり続ける3人であっても、誰かが危機に瀕した際に救いの手を差し伸べるかと聞かれれば、3人ともに否定することは全員が理解している。
「とにかく、まだ時間が必要です。互いに何か発見があればまた声をかけると言うことで良いでしょう」
何度もこのような集会が繰り返され、このテーマに割かれる時間も徐々に減ってきていたある日に、集まって早々、上機嫌のケールが得意満面に自慢した。
「どうやら成功したみたいよ…」
意表を突かれて2人は黙ってしまったが、すぐにオイジュは立ち上がって
「本当にっ?どうやって?」
「今まで通りよ、特別なことなんて何も……」
そして
「あら偶然ですね、私の方でも成功しましたよ」
なんとオネイロが続いた。オイジュは力が抜けた様に腰を下とす。
「オネイロまで…」
「じゃあ、一応仮説は正しかったということかしら?」
「断言は出来ませんが、間違ってはいなかった程度には思っても良いと思いますよ。それとケールと私では少し扱い方に違いがありましたし、必要な条件が多少は絞りやすくなるかも知れませんね?」
オネイロの話に2人がうなずく。
そしてオイジュがぽつりと呟いた。
「『痛み』とは一体なんなのでしょう?」
2人はオイジュの貪欲さに目が丸くなった。しかもそんな曖昧な御題目など彼女達が一生かけても答えに辿り着けそうにない。
「ちょっとオイジュ、もう次の疑問なの?ましてや『痛み』なんてそんなものっ、実験のテーマにもならないわよ」
「ケールの言う通りですよ。これから結果を精査していくのではなくて?それに生き返った2人をどうしたものか…」
さすがにオイジュもすぐにこの課題は引っ込めた。
「そ、そうね、それでどのように始まったの?」
オネイロとケールは目を見合わせると、長年待ちわびていた発表会を始めた。先ずはケールが先に話し始める。
「まずは死んでいるのを確かめたわ。呼吸無し、鼓動も無し、その状態がまる1日。間違いなく死んでいたわ。ただし…死体は固くなることもなく、目の白濁も無かったのよ」
「良く観察していましたね。私も同じ疑問を持ちました。まるで眠っているようにも見えました」
「そうそう、肌は真っ白だったけど」
たしかに、とオネイロが頷く。
「そのまま観察を続けていると、2日目の朝、いえ日が昇ると同時と言った方がいいのかしら。肌に血の気がさしたかと思うと、浅い呼吸から始まって徐々に強くしっかりしてくると、やがてゆっくりと目を開けたの…少し感動的でしたよ」
「私はいつ目を覚ましたのかは見てはいなかったけど、確かに朝見に行った時には起き上がってぼーっとしていたわ」
この後も検証は続いたが、死亡した時間はまちまちでも2日目の朝に生き返る事以外、例えばどの程度の苦痛や与える期間という話になると共通する点はないように思えた。
結局は、何を苦痛に感じるのか、どれほどの精神的負荷になるのかは個人によって違うだろうと言うことになった。
ましてや、なぜ?ということに関しては何の情報も得られなかった。
「そう言えば2人とも、その子たちはどうしたのかしら?まさかもう殺してしまったの?」
「いえ、動き回りはするけれどもう3日間も茫然自失という感じだから、そのまま放ってあるわ。あと面白いのはね、初めから左手が上手く動かなかったのだけど、生き返ったからとはいえ、死ぬ前からの欠陥は治らないみたいよ?」
「ケールらしいわね。私はとりあえず身体を洗って、飲むものから与えています。どうするかは、まだ考えていません」
するとオイジュの本音が口からこぼれる。
「羨ましいわ………」
「なんなら見に来てもいいわよ、この後でも」
ケールとしては珍しくオイジュを誘った。誰かの縄張りに入ることは軽率な行為になってしまうが、付き合いの長さと長年の疑問の答えがそこにあるのかと思うと、好奇心には勝てなかったようだ。
「そ、そうね、それじゃあ伺おうかしら」
オネイロは少し心配になったが、何も言うことは出来なかった。
集会の後、やはりオイジュはケールの自宅を訪ねるために、彼女の馬車の後を馬で付いて行く。
馬車とは言っても荷馬車なのだが、一般的なものとは明らかに違った。
御者台は側面が飾り板で囲われて、ちょうど目の高さにのぞき窓が設けてあり、都合によってせり出せるように屋根が設置されている。前輪は著しく小さく、後輪は逆に大きすぎる。
しかも大型種の二頭立てで、わずかながら前輪を操作する事も出来るらしい。
荷馬車というよりは変型の戦車という方がしっくりくるようだ。
その荷馬車の後に付いて行くと、集会で通い慣れた街道から森の中へつづく小道にそれた。
オイジュはその時、ぴりっと誰かに見られた気がした。これはおそらく、ケールの監視の網、呼び鈴代わりというところだろう。
徐々に森の深くなる小道、所々に彼女が仕掛けた罠のようなものを感じる事ができる。
「大丈夫ですよー。何かするつもりなんて無いから」
信用しつつも緊張を切らさず、警戒は怠らずに進むと、道の先に建物がようやく見えてきた。
邸宅と言うほど大きくはないが、石造りの古い家のようだ。敷地は鉄柵で囲われていて近づく者に警告するような雰囲気がある。
彼女は馬車を降りて門扉を開けると、馬を引いて歩いて入った。
そのまま馬小屋と思われる建物に向かっていたが、自宅に目を向けた途端になにかがケールを驚かした。
「ちょっとうそっ?!嘘嘘嘘っ!」
狼狽して自宅に向かって走り出したケールの後を歩いて追いながら家に意識を向けると、彼女が慌てた理由が分かった。
人の気配が無い。それは、監禁しているはずの人間が居ないと言うこと。
自宅ながらも警戒しながら急ぐ姿を見てオイジュは少し彼女を見直した。
ケールは廊下の突き当たりのドアを開けると地下へ下りていく。
「地下牢…」
なるほど、監禁するには都合が良い。格子の付いた部屋が2つ、天井近くには横に細長い窓があり、わずかに入りこむ光に地下牢がぼんやりと見えた。
「あかりっ!」
ケールが叫ぶと壁にはめ込まれたランタンに、すうっと火が灯る。
扉が開いている。引きずるような足跡が階段まで続いていた。
「逃げられたっ、あいつ、呆けたふりをしていたのか!」
ケールは開いた扉を睨んでいる。
「そうとは限らないわよ。まあ、ちょうど状況を理解しはじめて、自分の身体の変化にも気がつく頃だったんじゃないかしら?」
「でもどうやって扉を?」
「…もしかしてあなた、普段から鍵の開け閉めに『力』を使っていたのじゃないの?」
ケールはハっとした。
「自覚は無くてもね、目覚めたその子があなたの真似をしたとすれば」
格子扉を見つめたまま、自分の不首尾を反すうしていたケール。反省に十分時間を使ったと納得したのか、すぐに顔を上げると、
「ふう、もういいわ。結果は出したわけだし、おままごとに時間を割くのもおしまい。結構面白かったし………もういいでしょうオイジュ?悪いけどオネイロのペットを見せてもらって」
「分かりました、今日は帰ります。またいつものように集まりましょう、ケール……?」
「ええ…」
気落ちしているケールをそのままにしてオイジュはケール邸をあとにした。
こうして一応の形で完結した実験の後も、集会の頻度は減らしたものの3人の関係はその後も変わらずに続いている。
対外的には、持ち寄った知識や経験、力を共有していると思われたことで、今では周辺の同族や権力者にとって神話の巨人や怪物のように恐れられ、彼女たちが大切にするものに手をだす愚か者はいいなくなっていた。
もちろん彼女達はこの状況をおおいに利用した。相手を脅し、すかし、なだめて承諾させる。これほどまでに楽が出来たことなど今まで無かったからだ。
国を建てたわけでも組織として暗躍していたわけでもないが、目に見えない国境は勝手に拡がっていき、やがてある遠地で剣呑な噂にぶつかる事になる。
例の実験の後、オネイロは生き返った娘にマイヤという名前を与えて、そのまま側に置いていた。
そもそもオネイロは娘を拉致してきたわけではない。残酷な環境にいた娘を探して、残酷な選択を迫った。
このままここで惨たる人生を終えるか、自分の元に来て実験台として自身を差し出すのか?あなたに運があれば私の様に『力』を得ることが出来るかもしれない………ただ同じように死なねばならないのならば、どれ程小さな望みであっても選択の余地はないのでは?と……
だからマイヤは感謝出来るかどうかは別としても、オネイロに恨み言を言える立場ではないと、言えるかもしれないが……
「オネイロ様には感謝しています。夢のような人生と名前を与えてくださったのですから…」
「そう思ってくれているなら私も気が安らぎますよ」
「このご恩をお返しする為に少しでもオネイロ様のお役に立てるよう努力いたします」
初めは愛想が無いと言うよりは感情が無いように感じたが、最近はマイヤの心の機微がわかるようになってきた。
「私への礼は生前の献身で既に支払われています。あなたもじきに1人で生きて行けるようになるでしょう。それからは、好きに生きて良いのですよ?」
「出て行け、とおっしゃるのですか?」
「好きに生きなさい、と言ったのです。私達は何にも束縛されずに生きて行く『力』を持っていることを忘れてはいけません。逆に束縛されれば、その命さえ奪われるかも知れないのです」
「まだ……先の事は考えられません」
マイヤは頭を下げるとオネイロの部屋を出て行った。
400年前では、まだ小国間の小競り合いが多く、様々な民族や組織、果ては宗教や思想までが入り乱れて、常に何らかの火種が各地域でくすぶっている状態が続いていた。
3人の集会も、思いがけず周辺から脅威のひとつとして認識され、そのまま、『3人の集会』などと呼ばれて恐れられていた。
事実、目障りと思われた輩共にはからかう程度の脅しで黙らせるのだが、意外と名の知れた有力者や指導者である事も多かったようで、従属するか尻尾をまいた彼らが他人に話して聞かせるときには、自尊心も手伝って自然と大袈裟に語られているようだった。
そんな風に、少し煩わしくもこちらの噂が遠方の地に届くようになると、あちらの噂もこちらに届くようになる。たまに売り込みか、様子見の知ったかぶりが訪ねてくるからだ。
有益な情報は稀で、殆どは耳に入れる価値も無さそうな話なのだが、その中に気になる話があった。
最近ある村に聖女が現れて、人々に災いをもたらす女を狩っていると言う。
聖女は人々に神を説いて廻り、災いの女を『魔女』と称して、自分の信奉者を増やしていると言うのだ。
魔女と言うのはおそらく自分達を指している、彼の地で同属狩りが行われている。3人は直観的に理解した。
確かに自分達は人などかえりみないし、欲望のままに力を奮う者がほとんどなのだから、災いと呼ばれても仕方がないだろう。人と折り合いをつけながら暮らしていた3人は意外と稀なのだ。
もしこの情報が確かならば、今後の成り行きによっては警戒すべき状況になるだろう、関連する情報ならば買うつもりがあるとその者に告げると、そいつはにやりと笑った。
自称商人と語るその男は月に一度ほど顔を見せるようになったが、毎回この不快な男は不快な話を持ってきた。
聖女とやらはその地の魔女を何人か葬り、信者は日を追うごとに増えているらしい。
どうやら教会も彼女と関係を持っていたらしく、巷ではいずれ教会の中心的な人物になると噂されていると言う。
そして、聖女を直接見る事が出来たと言ったその男が話した聖女の容姿は、3人、いや、ケールに大変な衝撃を与えた。
聖女の年頃や容姿、なにより左腕が少し不自由だったと言う特徴が、あの時ケールの家から逃げおおせた娘と酷似していたからだった。
突然に過去のツケを目の前に突き付けられたケールの顔は、屈辱感で溢れた。
ケールの顔色を見て、オネイロが情報屋に問いただす。
「その聖女は何と名乗っているのですか?」
「信者からはたしか、カタストレ……そうだっ、カタストレ・カコー様と呼ばれておりましたな」
オネイロは眉をひそめた。
「『悪を滅ぼす』ですか…」
どこで古い言葉を覚えたのか、その名前には自分たちに対するメッセージが込められていると思える。
すると突然ケールが立ち上がった。
「悪いけど、先に失礼するわ」
止めるべきだと思ったオネイロは、反射的にケールの名を呼んだ。
「ケールっ!」
「ここまで堂々と喧嘩を売られてはね。たまには衝動に身を任せても良いでしょう?」
「まだあの娘と決まったわけではないでしょう?」
オイジュがたしなめる。
「誰でも同じことよ。でもあの娘であれば最高ねっ」
ケールは2人の制止も聞かず、その場を後にした。
「オネイロ、どうしますか?」
「そうね、とりあえず…」
オネイロが情報屋を見る。今の話を聞かれた時点で男の運命は決まった。
「翌日からケールは姿を消したと聞いたわ」
「聖女を殺しに行ったのですよね?」
長い物語をトリーは飽きる様子もなく聞いていた。
「ええ、しばらくしてから聖女が死んだと言う話が伝わってきたの。でも、それきりケールが戻る事はなかったらしい」
「まさか相討ちになってしまったのでしょうか?」
「それは無いと思うわ。なにしろカタストレの最期の姿は、その自宅の正面の壁に張り付けにされていたらしいから。首だけ足下に置かれてね」
「すっ、凄まじいですね」
「姿を消したのはその後を考えてのことでしょう。おそらくカタストレを直に見たケールは、本人よりも周りの人々や教会を恐れたのでしょうね?……さらにはケールのやり方もよくなかった。もう手遅れだと考えたのかも知れない、我慢が出来なかったのかも知れないけれど、そんな殺し方をすれば恐れよりも憎しみが勝ってしまうもの。もしも手を下したのがオネイロであったなら、もっと上手く処理をしたでしょうね?」
「私たちを恐れなくなったのですね?」
「我慢しなくなった…かしら。おそらくカタストレの教えの中には私達との戦い方も、含まれていたでしょうしね」
「彼女は死後に教会によって神格化され、その教えは今に至るまで長く残る事になったのよ。なにより神の敵にされてしまったのが私達の立場を決定付けてしまったの。復讐の聖女によって……」
「最大の敵は常に内側にひそんで居る、ですね?」
「あら…」
「お姉様……今意外そうな顔をされましたね?」
「まあ、とにかく手を下した自分が2人の元に戻る事は出来ないと考えたでしょう。現場は別でしょうけど、町で目撃されていなかったとは考えられないから」
「そうでしょうか?お姉様なら容易いと思いますが」
「ありがとう、トリー」
「そ、それで残ったお2人はどうされたのですか?」
「同様に姿を消したわ。以来オイジュは行方知れず、オネイロもマイヤを伴って居を移した」
「と言う事は、このお話はオネイロ様、もしくはマイヤ様から伝えられたのですね」
「まあ…」
「またそんな顔をされて、もうっ」
「くす、そうね、マイヤでは無いわ。マイヤはその後しばらくすると、オネイロの元から離れたそうよ。その理由は独立心からでは無くて、カタストレを生み出してしまった例の実験を研究したの。1人でも多く自分のように救いを得られるように、けっして呪いでは無く………でもね、大概の成功は多くの失敗の積み重ねで得られるもの。マイヤの欲望もまた、多くの救いと呪いを産み出したの」
「欲望、なんですか?」
「欲する想いの全ては欲望と言えるでしょう?欲望はけして悪いものでは無いし、生きる理由にもなるものよ」
「産み出した呪いというのは何だったのですか?」
「イウラは覚えてるかしら?」
「はい、以前教えていただきました。魔女を崇拝している者たちの集まりですよね?」
「正しくはイウラ・マギサスと言うの。その中には魔女に生まれ変わることを目的にしている者がいるの。マイヤは確かに何人かを生まれ変わらせた。造られた魔女は自分を信奉する者ができると、救ってくれたマイヤを造物主のように語って聞かせたのでしょう。その話が広まって、ただの憧れや希望、あらゆる欲望のために魔女の力を求める人間が出てきたのよ。中には自らに苦痛を強いてまでね」
「自らって、そんな事をしても…」
「そうよ。目的があっての自虐なんて苦痛でも何でもないわ。むしろ希望と言ったほうが良いし、ただのマゾヒズムよね?」
「確かに呪いですね。強い欲望を抱くほど自らを傷付けていくなんて…あわれです」
「イウラは無くならないでしょうね。たとえ私達が滅んでも…」
語り終えた気分でウレイアはひと息ついた。
「ふう……昔の話はこんなものかしら」
「まだです、オネイロ様の話が終わってません」
「ああ…オネイロは、他の地に移るともう1人、同属を拾い…育てた……」
話しの途中でウレイアは少し考えてから語り直した。
「私はねトリー、エルセーという人に生きる術を教わったのよ……」
「エルセー、さま?」
「エルセーは思慮深く洞察力に富んだ方で、オネイロに選ばれるのは当然だと思える人よ」
初めて聞いたウレイアの師の名前、そのエルセーはオネイロと繋がっている。
「あ、ああっ!お姉様はその高名な3人と繋がっていたんですね?!だからこれ程詳しくご存知だったんですね?」
「高名、とまでは言っていないけれど、エルセーはマザー・ゲーと別名で呼ばれる程度には有名ですよ?」
「『ゲー』?」
「『ゲー』とは、この世界そのものを指す古い言葉ね。人につかう場合は『庇護者』や『母』…といった意味かしら……」
まるで物語りの英雄が目の前に現れたようにトリーは興奮した。
「おお…スゴイ方なのですね?お姉様のお姉様はっ!!」
「そういう数え方なの?」
「あーん…お姉様のお姉様にお会いしたかったですーっ」
「……それに、勘違いしてるわね、エルセーはご健在よ?」
「えっっ!!」
トリーは目をみるみる見張ってキラキラと輝やかせた。
「ご健在なら是非お会いしたいですっ!」
「やっぱり……そう言うと思ったわ。そうね…良いわよ。ずいぶんとお会いしていないし、そろそろあなたを紹介しないとね?」
「はい?、お姉様っ是非!!」
その夜は一晩中、せがむトリーに昔話しを語って聞かせた。