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バウンド bound  作者: はねとり 諒
18/28

18 再び登場

「あぁーお風呂様ーお風呂さまー、あなたはなんて偉大なのでしょうーブクブクブク…」


 特にマリエスタ邸のテルマエ様は偉大であるっ、トリィアにとって……


「もうすっかりあなたの新しい神さまね?」


「いーえー、お風呂様は大好きですけど私はお姉様と結婚して…お風呂様は愛人にしますー。はあー、何でお風呂様はもっと普及しないのでしょう…?」


「こんな贅沢なもの、そこらの貴族でも持てませんよ。まあ、頑張れば、湯を張ったバスタブくらいには浸かれるけど」


「ええー?だってお姉様はそこらの貴族よりもお金持ちじゃないですかー?」


 そこに突然、飛び入りで踏み込んできたエルセーがトリィアの後ろに立っていた。


「あらぁ…そんなに貯め込んでいるの?」


 すっかり気を許していたトリィアはびくっ!と跳ねて湯をゆらすと、


「うわっ!びっくりしましたっ!気を抜いて警戒を忘れてました…なっ、なるほどーっさぼっていると凄く心臓に悪いですっ」


「おかげで生き返りました、オリビエ様」


「そう?良かった。まったく、急だったから驚いたけど嬉しい驚きだったわぁ」


「あれ、大お姉様?んー……?お顔の見た目からすると…お体が妙に若々しいというか…んー?何か嘘っぽいというか…」


 トリィアは目を細めてエルセーの身体を眺めると、不自然な顔とのバランスに気が付いた。


「あらあら…これはまずい弱点をさらしてしまったわ。まあ、そこまではなかなか、体まではちょっとねえ…『偽装』が半端なのよねえ……」


 弱点を露呈してしまったエルセーはかくなる上はとばかりに老いた演技の枷を外した。


 本来の身ごなしで動く高齢者顔のエルセーはもはや不審の極みでそのアンバランスさに2人の腰も引けてしまうが、湯に浸かる仕草は目が釘づけになるほどの艶麗さで流れるような動きである。


「わざとやっていますね?エルセー。まあ、普段は自分を押し殺しているでしょうから気持ちは理解できますが……」


「おてほん、ですよ!」


「は?一体誰に……トリィア!」


 トリィアはエルセーのお手本をさらおうと一旦湯から上がろうとしたところをたしなめられる。


「いえいえ、熱くなったからちょっと体を冷やそうかなーと…?」


「あら?んー、あらあら?」


 エルセーは何かに気付いたのか、ちょっと身じろぐトリィアの顔をじっと見つめ始めた。


「な?なんでしょうか?」


「ふーん?やっとレイに抱いてもらえたのかしら?」


「は?はいーっ?」


「エルセー!」


「あら、違った?だってえ、この間別れた時より大人っぽくなったし、ずっと良い顔をしてるし?だからてっきりっねえ…」


「い…いえ、残念ながらまだ…と言うか、何か、大お姉様?声色から雰囲気から、今までと随分とその…」


 今までのエルセーとは違う存在感にトリィアは緊張していた。声は艶が増し艶美な物腰に赫々たる雰囲気、そして気品も何割か増しているように感じた。


 実はトリィアが知っている自分を抑えていた今までのエルセーと、ウレイアの知っているエルセーでは、猫と虎くらいの違いがある。


 これで偽装もやめて本当の自分を晒したならば、その威厳と圧力は、もはや暴力と言っても良い程だ。


「エルセーはね、文字通りネコをかぶっていたのよ。今でもかなり抑え気味のようだけど?」


 トリィアはすすっとウレイアに寄ると耳打ちをした。


「お姉様はよくこんな方に憎まれ口を言えますね?」


「トリィアちゃん…」


「は、はい!」


「そうでしょう?この子は昔っから小憎たらしくて、何かにつけてすぐに、『それでは筋が通りません』とか、『科学的ではありません』とか、言いだすのぉっ……それがまた正論なんだけど尚のこと小憎たら可愛くてねえ……」


「あーはい…言いそうです…ね、はい……」


「それにねぇ……」


 エルセーに引き戻されて、がっしりと抱え込まれるトリィア。


「ベッドの中では特に可愛くてねぇ…私の腕の中で何度も何度も気をやって…」


「ほ?ほうほう…」


「エルセーっ!これ以上の悪ふざけは冗談では済まなくなりますがっ?」


「あららー?そうねえ……久しぶりにっ!師弟対決やっとくっ?ここなら多少の荒事も、大丈夫よ……?」


 ぴちょんと、したたり落ちる水音が沈黙に更なる緊張感を加える。この緊迫感とふたりの間に挟まれて、トリィアはその圧力に弾き出される。


「あわわわ、このふたりの争いには絶対に巻き込まれたくないですーっ。おお、お先に大お姉様のお部屋で待ってますからー……っっ!」


 トリィアは風呂場から一目散に遁走した。その姿をエルセーは楽しそうに見送ると


「あらあら…少しやり過ぎた?」


「いえ…でも急で少し慌てました」


「ふふ、何か…区切りがつく事があったのでしょう?まあ、何かは聞かないけど…ようやくなのかしら?これからあの子は益々成長していきそうねえ?」


「はい、これからは私もトリィアに目指すべき高みを示さなくてはいけません」


「それでもあの子に…畏怖されるような教え方は嫌なのでしょう?そんなものは一時的なのに……」


 苦笑いをするウレイアは都合の良い自分を情けなく思った……


「………先ほどはエルセーの『高気』にも気付いていたようですし、良い勉強になったと思います」


「べつにい、ただ少し素を出しただけよ。それより良かったわね…あなた達の絆がより強くなったのは確かなのでしょう?」


「はい…そう思います」


「でも寂しいわ…あなたは私だけのものにしておきたかったのに…」


 エルセーの諦めと侘しさを含んだ微笑みにウレイアの心はちくりと痛んだ。


「何も変わってはいませんよ?エルセー様。私は…わたしはいつまでも貴女の弟子で、貴女の娘です。そのことだけは、永遠に貴女だけのものです…それではご不満ですか?」


 その言葉を聞いたエルセーは顔に手をあてて黙り込んでしまった。


 かつてのオネイロと自分の想いが、今の自分とウレイアに重なって、その時の感情が湧き上がってきた。


「あなたのそういうところは…まったく…やっぱり、私のものにしておこうかしら…レイ?」


「はい?」


 エルセーはウレイアを追い詰めるように近づいて彼女のあごを軽く押さえ込むと、エルセーの唇が静かに迫ってくる…


「エルセー…」


「ん?」


「…そのお顔では、ちょっと…」


「!っ、ひっどーい」






 エルセーの部屋でトリィアはようやく驚きから回復して、ひとり胸を撫で下ろしていた。


(あー巻き込まれて死ぬかと思いました。そうかなーと思ってはいたけど、あそこまで凄い方だったなんて…まあ怖いわけじゃ無いですけど……あっ!)


「あら、トリィアちゃん、待たせたわねえ」


 今更偽りの仮面をかぶって見せても、もはやトリィアの中のエルセーは猛獣の如き存在に更新されていた。


「い、いえ…大お姉様、お邪魔してます。あの……お姉様は?」


「レイもすぐに来ますよ……まったくあの子ったらもうっ…姿を戻したらベッドで泣かしてあげるわっ!」


(あーん、なんかまだ続いてるー)


 エルセーはトリィアの顔を見つめると、目を細めて悪だくみに口元を持ち上げた。


「え?やだ…助けてお姉様…」


「いっそのこと、あなたを私のものにしてしまえば、2人揃って私の懐中に、ねえ、トリィア…?」


「ええ?ほ、本気では無いですよねぇ?」


 その瞬間にノックも無しにドアが開いた。


「からかわれているのよトリィア。それに、既に似た様なものじゃないですか?エルセー」


 もちろんウレイアが入ってくるタイミングまで計算されているのは言うまでも無い。


「そうじゃなくてっ、もっとあなた達にすり寄られたり…甘えたりして欲しいなあーなんて?」


「ふう、先ほどは口が過ぎました、お許しください。私をいたぶるなり、楽しむなり好きになさって下さい」


「あらそお?それじゃあほら、2人ともこっち来てっ」


 2人はソファーに座らせられると、間に潜り込んできたエルセーに撫でられたり、ひざ枕に寝かされたり寝られたり、そしてトリィアは悟った。


(この人、めんどくさくてわがままだぁー)


「あのーなぜ私まで…?」


「なぜ?あなたもレイも私のものだものー!何をわけの分からないことを言っているのっ?」


「…………」


 そのまま小一時間、たっぷりといじり回された後にはテーブルいっぱいの料理と共に3人だけの食事が始まった。あ、あとリードも端に控えていた。


「さあ、食べて飲みましょう、酔わないけど」


「今日もご主人はいらっしゃらないのですか?」


「んー?いつものことよ」


 ウレイアは部屋のまわりにひと気が無いことを確認すると、トリィアと目を見合わせてから話しをきりだした。


「エルセー…」


「今はやめましょう、レイ。ひと気を見てからする話なんて…」


「いいえ、私達はあなたに決心をさせる為に来たわけではありません。このような……」


 その言葉にエルセーは表情を固くすると、その場の空気を震わせるような声でウレイアの言葉を切り捨てた。


「やめなさい……」


「いやです。この様な最後の晩餐にはご一緒できません。あなたは私達を置いて行くおつもりですね?かつてのオネイロのように」


「……!」


「私はあなたを止めに来たのです、とりあえずっ。それに、私も手ぶらで来たわけではありません。あなたの持つ情報と合わせれば…」


 パキッ!


 エルセーがつまんでいたワイングラスの脚を指でへし折ると、グラスの頭はそのままテーブルに激突して幾つかの破片となった。


 彼女の怒りは炎の熱波のような圧力となって、そばにいる者の心を焼き尽くそうとする。その威風はどんな覚悟も粉々に吹き飛ばす激しさを持っていた。


「ひっ!」


 トリィアは息を飲んでおののき、リードは冷たい汗を拭うこともできず硬直していた。それほどのエルセーに対等に向かい合えるのはウレイアだけである。


「とりあえず……?もしもテーミスが天使であるならば一刻の猶予も無いのです。すぐにでも確かめて排除しなければ私達にとってどれほどの災厄となるのか…」


「だとしても……どれほどの力を持っていたとしても、力を合わせた私達3人を凌ぐと思いますか?」


「それは…」


「3人ならば作戦を練れます。作戦を練れば1の力を10にも20にもできます。私はどのような相手にでも勝てると思います!」


 ウレイアはエルセーの目を見ながら微笑んだ。


「それにエルセー様?ずっと私達を愛でていたくはありませんか?私は…ずっとあなたに見守っていて欲しい」


 ウレイアの心からの嘆願に肩を落として熱のこもった息を吐き出してしまうとエルセーはうつむいた。


「それは…ずるいわ、レイ……せっかく覚悟をしていたというのに」


「欲を出して下さいエルセー、もし戦うのならば今まで羽虫のようにはたき潰してやればいい。それが今までの私達ではないですか?」


「羽虫のように?ぷっ…おほほほほっ、やっぱり私の娘ねぇ。涙が出てくるわ……」


 エルセーは握っていた折れたグラスの脚をテーブルにそっと置くと、


「そう…分かったわ、飛び回る虫は叩き落とさないとねぇ?リード、割れたグラスの代わりをっ」


 リードは素早く割れたグラスを片付けると、サイドテーブルに用意された予備のグラスをエルセーの前に置いた。そして


「エルセー様、お許しを…」


「ん?ふふ…いいわ、許します」


「ウレイア様、ありがとうございます……」


 リードはテーブルに頭をぶつける程深く、ウレイアに頭を下げた。


「エルセー様の決意に私はせいぜい盾としてこの命を使うつもりでおりました。ですから、もしも私でもお役に立つ事がございましたら…この命を作戦の一角にお使い頂きたく、お願い申し上げます」


「リード、あなたまで…これで負けたら愚将の誹りは免れないわねえ?」


「そうですね。そして貴女は教えてくれました。名将はまず、情報の収集と分析から、ですよね?」


 エルセーは呆れたように息を吐きウレイアに微笑むと、軽くうつむいた。


「そう…では一からやり直しましょう、あなた達と共にね。その前に、折角だから食事を楽しみましょう。トリィア、怖がらせてごめんなさいねえ?気をとりなおして楽しんでくれると嬉しいわ」


「は、はい……」






 トリィアはエルセーとウレイアを両脇に抱えて、上機嫌でエルセーの部屋に向かっていた。


「お姉様方!美味しくて楽しい食事でしたね?」


 もう今ではテーミスを葬るのに刺し違えてでもなどとは誰も思っていない。


 これからは狩りである。獲物をおびき出し誘い込み命を刈り取る、その算段をエルセーと話し合った。


「テーミスもまさか自分が奇襲を受けるとは思っていないでしょう。私もそこにつけ込むつもりだったけれど、今だに所在すら確かめられないのよねぇ?」


「なるほど…この辺りには居ないのか、表に出る者には自分の居所を隠しているのですね?後者だとすれば深く踏み込んでくる者には罠を張っているかもしれませんね?」


 エルセーであっても情報源が無ければ探りようがない。ましてや遠距離監視など使えば大声で戦線布告をするようなものだ。


 次いでウレイアはこちらの持つ情報として、エキドナとのいきさつを説明した。


「んー微妙なところねぇ?」


「そうなんです、真実の中に嘘が混在している…そんな印象を受けました」


 その会話にトリィアは疑問を口にした。


「エキドナさんは敵なんですか?私にはそうは思えませんでした」


「ええトリィア、あなたの認識は間違っていないと思うわ。でも味方でも無いと思うわよ?」


「はあ?」


「なのでエルセー、2、3日待ってみても良いと思うのですが…」


 ぴきっとトリィアの眉が跳ね上がった。


「お姉様!私を置いてけぼりにしないで下さい、敵方でも味方でも無ければ何方なんですか?何を待つのですかっ?」


 ウレイアはトリィアに肩を鷲づかみにぶんぶんされた。


「こらこら、トリィアちゃん、いえトリィア、あなた今自分で答えを言っていたようなものじゃないの?」


 エルセーにたしなめられると、トリィアは自分の言葉を思い返した。


「え?ええと、敵でも味方でも無い…テーミス方でも私達方でも無いなら…あ!自分方?」


「正解、多分ねえ……」


「あ、分かった!エキドナさんはテーミスと私達をぶつけようとしているんですね?あれ?大お姉様…今私をトリィアと?」


 ウレイアはトリィアの手を肩から引き剥がしながら説明する。


「エルセーはあなたを大人として認めてくれたのよ、良かったわね?」


 エルセーはにこにこしながらトリィアにうなずいた。


「おお、大お姉様ー!」


 エルセーに抱きついて頭を撫でられている姿はとても大人には見えないのだが。


「レイはそのエキドナを逆に利用したいのね?」


 ウレイアはうなずく。


「まあなるべく危険は犯さない性分なのでしょう。私達をぶつけてテーミスを葬れれば良し、と言うかおそらく最初から…」


「そうねえ、『勝てない相手は自分のところに誘い込め』そうテーミスに言われているのか……ねぇ?」


「はい、そうでなければエキドナは捨て駒ですし強い同属は野放しのままです。それに考えてみればこれはエキドナにとっては破格の条件です。追い詰められてこの条件を出されたらまず断れないでしょう。無論エキドナを使えると判断しての誘いだと……」


「と言うことは何ですか?テーミスは自分を倒す刺客を送って来いと、言っている訳ですか?なんて自信過剰で尊大なっ!」


「でもそれなら、こうまで表に出てこない理由にもなるでしょう?まあ、ちょっと弱いけれどね」


 エルセーはウレイアの話しを整理する。


「つまりい、どちらにしてもエキドナは結果を確認する為に戻ってくると思っているのね?それを利用すると…」


「はい、身を隠すことには自信を持っているようですから。それに私達が仕損じても手傷を負わせていれば自分でトドメを刺す気でいるのではと……それが叶わなければこのまま次の候補を探すか、姿をくらませるのか…」


「なるほど…納得したわ。でもエキドナが現れなかったらどうするの?」


「早急な解決をお望みでしたら、探索を行った上で陽動と暗殺を同時に。この人数なら如何様にも…」


 エルセーはすっと目を半眼に伏せて静かに微笑んだ。


「いいでしょう……あなたが言うように待ちましょう。でもエキドナが現れなければ…」


「はい、どこまでもお付き合い致します」


 この時のエルセーに見せたウレイアの笑みはトリィアの心の芯を震わせた。まるでお茶や散歩にでも付き合うように、気合いも気負いも無く、快く共に生く。


「かっ…」


「か?」

「か?」


 トリィアが変な息を漏らしたかと思うと


「かっっこいいですーっ、おふたりともっ。いつまでも見ていられます、もうお終いなのですか?第二幕は?」


「おほほほ、お客様……今宵はこれまで…」


「あ、いえエルセー、他に少し聞きたいことがあるのですが…」


「まあ?第二幕?」


「いいえ、これは…」


 ウレイアはトリィアの顔をちらりと見ると、最も確かめたかった疑問をぶつけた。


「アドニス…と言う名前に心当たりは?」


「!?っ、アドニス?…マリエスタは初代、いいえ、ケールから王位を引き継いだこの家の最初の王だけど…あなた、どこでその名前を?」


「!……では、その名前を私の前で出したことはありましたか?特にあの…ブルーベルの石碑に座っていた時などに」


 エルセーは要領を得ないといった様子で聞き返してきた。


「ないわねぇ、どうしたの?あなたらしくもない」


「エルセー、貴女なら他人に記憶を植え付けるマテリアルを作ることは出来ますか?」


「えぇ?一体何の話しをしているの?ちゃんと説明をしなさいっ」


 おそらくエルセーでもそんな方法は知らないだろう。あんな不可解な、珍妙な夢の話しをエルセーは真面目に取り合ってくれるだろうか?


「取り合うに決まっているでしょうっ?例えアドニスの名前が出なくてもね。でもねぇ、記憶を誰かに渡す方法も思いつかないし……それは多分、ケールが意図して行ったことでは無いと思うわねぇ」


「私の知らない記憶が頭の中にあることが…そう、気味が悪いのです。それに、危険かどうかも分からない」


「危険に決まっていますっ!」


 その場で見ていたトリィアは、一瞬でもウレイアの人格がのまれていた様子を知っている。


「そんなことになっていたなんて…あの時のお姉様はまるで別人のような気配がしました。まさかその内にお姉様がケール様になってしまうなんてことは…」


 わななくトリィアをエルセーはなだめる。


「まぁまぁ、落ち着きなさいトリィア。……そうねぇ、私も実際にあの石には腰を掛けたことがあるけれど、私には何の影響も無かったわねえ?確かに、あの時のあなたは…何かに惹かれるように…まるで座り慣れた椅子にでも座る様にあそこに腰を掛けていた。でもその後も特に変わった様子は無かったのだけど…」


 3人三様にあの時の記憶を辿る。


「まぁ、あの場所がケールのお気に入りだったであろうことは私も想像したし、碑文からもそれは感じることができるわね?あそこでケールは様々な事を想い巡らせたのでしょう、石はマテリアルとして沢山の記憶を溜め込んで、その想いの何かと強く引かれあってしまったのかしら……?それと同時にケールの記憶が流れ込んできてしまった……」


「そんなことが起こり得るでしょうか?ああ、それから5人の…弟子とエリスと言う名前も…エリスはアドニスに残していった弟子のようですが……」


 エルセーはまた考え込んでから、


「結局何の記録も無いから分からないの。そのエリスと言う名前もアドニス以後の記録には無かったわねえ。まあ、でも危険は無いんじゃないかしら?あなたがケールになってしまうとも思えないし、今頃顔を出したのはテーミスのことで私達を守りたいという強い気持ちがケールの記憶を呼び起こした…のかしら?」


 確かにウレイアはケールが行っていた国づくりというものに強く興味を惹かれた。その理由が知りたかったし、結果を教えて欲しかった。


 昨日の夢?はケールからの答えだったのだろうか?何かを問えばこれからも応えてくれるのだろうか?


「まぁ、とりあえずはあまりケールのことを考えるのはやめておいた方が良いのかしら?ままならないとは思うけれどねえ?」


「はい…要領を得ない、とはまさにこのことですね?自分の何をコントロールすれば良いのか分かりません」


 エルセーはウレイアの手を掴んで、


「苦しむあなたに何の助言もしてあげられないなんて恥ずべきことだわ、ごめんなさいね?」


「いいえ、お気になさらずに…」


 それよりもやはり、今はテーミスの問題だろう。そのためにはそろそろクルグスでエキドナを待ち構えていなければならない。


「それではエルセー、私達は偽装をしてクルグスに潜り込んでいますので、宿はクロスビーで名前は…アデラとアンです」


 するとトリィアは少し肩を落として悲しい顔をした。


「ですよねー…?」


「ん?ああ、あなたはここにいてもかまわないわよ?」


「な、何を言うんですかっ?お姉様をおひとりにはできません。私はお姉様と『一心同体』を自負していますからっ」


 トリィアは胸を張って答えた。


「はいはい、まあここに来た言い訳は仕事のついでと言うことにしたいから、本当は居付かれても困るのだけど?」


「ふっふっふ、私をお試しになりましたね、お姉様?無駄ですわお姉様っ。どんなに邪険にされようともお姉様のうしろには必ず付いて回りますわ、たとえお花摘みであろうとも…」


「迷惑です」


「はい、すいません…」


「それではエルセー、連絡は…緊急の場合には遠距離監視を使いますので、距離は以前と同じと考えてよろしいですか?」


 『距離』とはエルセーが見通すことができる範囲のことだ。


「結構よ」


 お互いを見通せる距離まで近づけば、手振りやメモ書きなどをかざすことで相互の意思の疎通が出来るのだ。それを確認して、とりあえずエルセーとは別れた。






 もう日も落ちてすっかり暗くなった夜道をクルグスを目指して馬を走らせる。今夜は月も明るく、目の良い馬にとっても苦になることはないだろう。


 宿に着くと、マリエスタの屋敷とこれ程違うのか?トリィアはそんな顔で部屋を見回しているが、これでもこの町で一番上等な宿を選んだ。少なくとも清潔なベッドとソファーがある。


「それにしてもお姉様?エキドナさんが私達のように街道を外して移動していたらどうするのですか?それこそ何十キロと外れて」


「ここで見つかる可能性は7割位だと思ってるわ、2日待ってダメだったらボーデヨールを探すつもり。それでもダメなら…まあ、とりあえずは教会を見てみたいわ」


「では、ここでは2日間ですね?先にお姉様は休んで下さい。動いていなければ楽勝ですから……」


「そう?」


 ウレイアは何故か……いつもならばトリィアを休ませて自分で見張るのだが、この時はトリィアの言葉に甘えたいと思った。






 小さな町の夜はますます静まりかえり、トリィアの興味を引くものはたまに紛れ込んでくる野犬や遠巻きに彷徨く動物くらいのもので、そんな景色を眺め続けてもすぐに飽きてしまいそうだった。


 トリィアの視線は遠くに近くに、時にはこの時期には少ない花を見つけては確かめたりと、気を紛らわせながらトリィアなりに夜の散歩を楽しんでいた。


 そんな時…


「お姉様?」


 傍らで眠っていたウレイアはいつの間にか起き上がって座り込んでいたのだが…トリィアはすぐに彼女の異常に気が付いた。


 まとう気配で個を識別できる彼女達の能力は、ある意味では犬の嗅覚のように大切な能力だと言える。


「まさか?、そんな…お姉様じゃ?無いっ!?」


 トリィアはベッドから飛び出し、ウレイアを強く抱きしめると、狼狽しながら必死に訴えた。


「うそっお姉様帰ってきて!お願い、私のそばに帰ってきて下さい…」


「私は…石の上で考え事をしていたはず…ここは?」


 トリィアは震えながらウレイアの顔をじっと見据えると、


「まさか…まさかケール…さま?」


「!、私の名前を知っているお前は誰だ?この状況を説明しなさい!」


「お姉様っ!のまれないでっあなたはウレイアっ、私はトリィアでしょう?」


 トリィアはウレイアの手を自分の顔に押し当てながら呼び続けた。その手をウレイアは振り払った。


「ええい、ワケの分からないことをっ?!私はお前を妹にも弟子にした覚えも無い」


「ケール、さま…今すぐにお姉様を返してっ、開放してっ!お願いしますっ!」


 さすがのケールもすがるトリィアにたじろぎながらもう一度辺りを見回した。


「とにかく…落ち着きなさい。その様子なら何か事情を知っているのでしょう?」


「あなたはウレイア、ケール・マリエスタでは無いんですっ…か、鏡は?ええと、荷物は?あ!そうだ!!自分で自分を見て下さいっ、出来ますよね?」


「あ?ああ、見ればいいのか?」


 ケールは今の自分の姿を俯瞰から寄って確かめた。


「!、これは…だれだ?」


「ですからっ、あなたはケール様では無いんですっ」


 トリィアは混乱している頭の中を精一杯整理しながらウレイアがあの玉座に座ったところから説明した。


「あっはははは…あれを玉座だって?確かに気には入ってたが……しかしな」


 ウレイア…いやケールの顔はすぐに重い表情となった。


「とても飲み込めないわね…この状態もそうだけど、私はわたしとしか思えないし、200年前?しかも既に国が無いと言うの?とても信じられない」


「いえ、あの年数には自信は無いのですが…ああ、もうどうすれば…とにかくお姉様を返して下さい」


「困ったわね…実感も湧かないし、別に成り代わるつもりも無いが…正直どうしたら良いものかさっぱり分からん」


「ええー?そんな…もうテーミスどころじゃ…」


「ん?テーミス?誰ですかそれは、教えなさい」


(はあ?)


 今そんなことはどうでもいい、トリィアが一番知りたいことはウレイア自身がどうなってしまったのかということ。


 ただ、そう思っても解決するアイデアがあるわけでも無い現状では、ケールに問われるままテーミスのことを説明するしか選択肢が無かった。


「ほう、天使か!あいも変わらずうるさい奴等のようね?」


「天使をご存知なんですか?」


「ええ、昔から。最も天使などと呼ばれてタチが悪くなったのは最近のようね?いや、私からすれば、なのかな?」


「でももう、それどころじゃ…」


「まったく、そんなに落ち込んでも何も好転はしないでしょう?もっと前を…」


 ケールがトリィアの肩に手を置くと、首にかけていたペンダントが小さく揺れた。


「しかし何ですかっ?お前も私…では無く、ええと2人とも寝る時までこんなアクセサリーを付けて…気になって仕方がない……」


「そんなことはどうでも…もうっこれは私達にとっては…」


 トリィアはこの石や鋼糸の意味を説明して聞かせた。


「なるほど、綱糸に術石か、面白い」


「術石?ケール様はこれを『術石』と呼んでいるのですか?」


「ああ、私の場合はそうだな。そしてどうにも私にとっては苦手な部類だな……これを得意にしていたのはオネイロ…私の知り合いなのだが、頭でっかちな彼女の専門分野ね。オネイロも似たようなアクセサリーを身につけていた……」


「!、それはそうです。だって私達はオネイロ様のお弟子に学んでいるのですから」


「!!、なに?するとお前達はオネイロの身内ということなの?」


「身内も何も、本家だと思ってます。大お姉様も、そのお弟子のお姉様も最も愛された弟子ですから、私もお姉様には一番愛されていますし……」


 鼻高々にそんなことを語ると、トリィアを見るケールの目が変わった。驚きから好奇心、そして喜びから何かを決意したように。


「そうか…なら、オネイロの言っていた弟子と言うのが、お前達の師匠なのかしら?」


「ん?んん?待って下さい…それではカタストレをほふるために別れた後、オネイロ様に会っていたのですか?」


「ほお?さすがに詳しいわね。それは弟子にも話していない事実、ええ、会いましたよ、私が国を建てて少し後、オネイロは私を見つけて訪ねて来た……随分と老いてはいましたが、元気な様子でね、それからしばらくは私の元に滞在していたが……よく自慢していたのが最後に育てた弟子のことだ。最高の弟子を育てたとね」


 トリィアはいつの間にかケールの話しに聞き入っていた。


「しばらくするとまた、旅に出てしまったが…」


「え?旅、ですか?おひとりで?」


「…そうか、お前達の師はその話はしていないのね…?」


「?、ええと、ちなみにですね、私の師匠はケール様が今その…借りてらっしゃるお姉様で、お姉様の師匠がエルセー様ですから」


「ふーん、なら自慢の弟子はエルセーと言うのね。弟子の名前は明かしてもらえなかったからね。ではそのエルセーが存命なら今の話をしてあげるといい、きっと喜ぶわよ?」


 ケールはひと息つくと今の状況に少しづつ慣れてきていることを感じた。


「ああ…未来で他人と話しているというのに、お前…いいえ、トリィアと話していると昔に戻ったよう…」


「……」


「どうした?」


「…こんなことになってしまっても、私にはお姉様から託された仕事があるんです…それは、果たさないと」


 途切れとぎれになってしまってもトリィアはちゃんと監視を続けていた。


「ふうん…良い師と、良い弟子のようね?」


 ケールは嬉しそうに笑う。しかし幻である今の自分がこの2人にかけている迷惑を思うと、少し楽しんでいる自分を恥じた。


「偽者である今の私のよろこびも…夢よりも儚い感情よね……エルセー、ウレイア、そしてトリィア…」


「はい?」


「よし!」


「よし?」


「この体の主人、つまりウレイアはどんな技が得意なの?」


「ええ?それは…他人にはあまり、いえ他人では無いのかな?身体もお姉様だし…」


(それに何だかケール様の口調もお姉様に似てきたような…まさかっ混じってきているとかっ!?)


「いいから、教えなさい!」


「う、えと、お姉様は、こういったマテリアル…石を使った戦術が得意で、基本的な技としては炎を使わせたら芸術レベル、とか…空気を使って自分をぼかしたりとか…あとは」


「くうき…ふうん……それじゃあ少し出ましょう」


「え?」


 ケールはすくっと立ち上がると、少しよろけて、ウレイアの身体を見下ろした。


「ほう…背が高い、それに良い身体ね……貰っておくか?」


「ええ?ちょっと」


「冗談よ!それより私の服はどこ?どれを着ればいいの?」


 かまわず辺りを物色し始めるケールにトリィアはなす術も無く


「もう勘弁してくださいっ、それより早くお姉様を返して下さい。って、それは違いますっ私のです……」


「それは私にも分からないと言ったでしょ?どうせ寝て起きたら戻ってるわよ」


「そんな適当な…いったい、どこに行くおつもりですか?」


 ウレイアの服を身につけ、髪を捌きながらケールは言った。


「お前も聞いて知ってるでしょ?私は自分のしたことでお前達に借りを作ってしまった…そんなお前達が、ましてや旧知のオネイロの弟子達が天使と戦り合うと知ってしまったからには…」


「からには?…まさかっ」


「ん?いや、それはまあ、私がそのテーミスとやらの首を落としてもいいけど、それは今のお前達の仕事でしょう?だからウレイアに私の得意技を残していく、私が得意なのは空気を操る方だから……はやく着替えなさい!」


「きっ?」


 慌ててトリィアも外着をつかんだ。


「そんなでたらめなっ、お姉様の意識は今は無いのですよね?」


「そんなの分からないと言ったでしょう?2度も。でももしかしたら中で聞いているかもしれないし、聞いていなくても身体に覚えさせれば使えるかも知れない…だからその時はトリィア、お前が見たこと、聞いたことをウレイアに伝えなさい、正確に」


 ケールは扉を静かに開けると抜け目なく辺りを観察し、迷うこと無く動き出した。


「お前も任された仕事をこなしてる?」


「や、やってます…もちろん」


「よしよし」






 ケールは宿を抜け出すと人目の届かない町外れを選んで辺りを見まわしてからトリィアに確かめた。


「ここは何て町?」


「クルグスですけど…」


「あー、あの村?少しは大きくなったのね……それじゃあ、すぐそばなのね…?」


 ケールはなぜか正確にエダーダウンのある方向を仰ぎ見た。


「あ!、エダーダウンですか?はい、ほど近いです。けど、行ってみたいのですか?」


 わずかに考えて間を置くと、


「……よしましょう。さて!」


 ケールは少し目を伏せると、すぐそばに立っている痩せた一本の木を正面にした。それでもケールの物哀しい表情を見てしまうとトリィアも放っておけずについ……


「あの…今のエダーダウンはお城も城壁も無くなって、建物も随分と減ったみたいなんですけれど…住んでいる人達は今でもマリエスタの名前に敬意と誇りを持って暮らしています。マリエスタの名を継いでいる大お姉様のご主人も街と住人を大切に守り続けていて、それはまるで…今だにケール様のお帰りを待ち続けているようで…」


「継いで………?はあっ!?ちょっと待ちなさい!つまり…アドニスの子孫とお前達の師が結婚しているということ?」


「えっ?いえまあ…普通の夫婦とは大分違うかもしれませんが、大お姉様にもちょっとあの…」


 さすがにエルセーのオマケの悪巧みを暴露するわけにもいかず、


「ははん、なるほどね…」


「いえ、おふたりが出会ったのは本当に偶然だったらしいです。その後に知ったことには大お姉様も驚かれたみたいですから」


「偶然、ねえ………そう…ありがとう、トリィア。でも私は器を作ってそれを利用しようとしているだけ…それに、今のこの私は、わたしでは無いんだから」


 トリィアは一度噛みしめてから自分の不安を訴える。


「そうでしょうかっ?人の魂は自分の持つ記憶と感情にすがって生きていると思うんです。だからこそ今、私は怖いんです。上手くは言えませんが、私の前にいるケール様が記憶と感情を持っている本物だと思うから…」


「へえ…こんな亡霊の私を認めてくれるというの?うんそうね、私はケールの亡霊ということにしましょう?ウレイアを守護する守護霊でもいいじゃない?まだ本物が生きているかもしれないけど…うっふふふ……」


 他人のように振る舞い、他人のような言葉使いをするウレイアの姿に、トリィアの心には再び不安と恐怖が覆い被さってきた。


「お姉様…ひっく…」


 覆い被さってくる重さに耐えきれなくなったトリィアを支えるように、ケールはトリィアを抱きかかえた。


「しっかりしなさいっ、お前のウレイアはどこにも行かないし、私も居座るつもりは無い。多分すぐに戻って来るわよ。ただせっかく会えたんだから、私も迷惑だけでは無く…少しでも役に立たせてよ?」


「ケールさま…」


「トリィア、よく見ておきなさい。そしてウレイアに伝えなさい!いいわね?」


「は、はい…」


「そこの立木の…そうね、上の方の枝を見ていて」


「はあ……」


 立木は3メートル程の葉も少ない痩せた木で外に向かって細い枝が無数に伸びている。


 トリィアは言われるままにやや尖った上の方を眺めていると、音も無く枯れ落ちるかのように細い枝がぽろぽろと落ちてきた。


「んー?」


「うん、他人の身体でも問題無いわね!じゃあもう少し太い枝をいってみましょうか?」


「?」


 すると、やはり音はしないが、今度は少し幹に近づいて、親指の太さ程の枝が断ち切られるまま自然に落ちて来る。


「ええっ?」


「まだまだ、今度は幹の先端辺りよ」


 トリィアがごくっと息を飲んで見つめていると、手首程の幹の先端がよろめきながら切り離された。どっと鈍い音を立てて幹先が地面と激突する。


「ああっ?すごい…!」


 しかも幹とまわりの枝が切断された瞬間にその切られた様から、切断したそのモノが見えたような気がした。


「イメージとしては薄い刃をその場で回す感じかしら…もう少し見やすくするなら、そうね…下の雑草を見ていて?」


 すぐにトリィアは足元を凝視した。すると雑草は、時計の針がくるりと回ったように、10センチ程の綺麗な円の形に刈られて倒れる。その隣にもうひとつ、更にもうひとつ、自由に大きさを変えながら刈られていく。


「ほんの一瞬だけど何かが回っているのが分かります…!」


「これの良いところは広い範囲でも、たとえばー…あそこ!」


 少し離れた先をケールが指差すと、草原に10メートル程の円が出来上がる。


「それにちゃんと目付けができる距離ならば…50メートル先っ!」


 ケールが言った通りに離れた距離に同じ円が出来上がる。


「どう?面白い?空気を薄くうすく刃のように固めるのよ?」


「面白いなんてそんな……凄いですっ!こんなの初めて見ました!!」


「ふふん…でもあまり硬いものは切れないからね?例えば鉄の鎧とか、太い木とか…狙うのは生身が出ている場所ね。でも使い勝手はいいはずよ?でもまだまだ他に、も…?」


 突然、膝が落ちケールの視界がぐらついてその場に座り込んでしまいそうにふらついた。


「お姉様っ?じゃなかった、ケール様っ、何がっ?」


「何かキテるわ…」


「え?キテる?」


「ううむ、これは急いで宿に戻るわよ」


「は?はい」


 ケールは時おりふらつきながら、トリィアの肩に手をのせたまま部屋に戻った。そのままベッドに伏せってしまうと、大きな深呼吸をひとつして仰向けに転がった。


「突然どうされたのですか?」


「何かこう、意識の底から何かが這い上がって来る感じ?ううん…もしかしたらウレイアが目覚めようとしているのかも……?」


「お姉様が?」


 トリィアの嬉しそうな顔を見てケールは左の眉を持ち上げた。


「ふ、ほらね…?私は勝手に動きまわる幽霊みたいなものよ。他にも見せてあげたいものがあったけれど…」


「ケール様…」


「でもまだ…ねえ?トリィア…?」


 ケールがにやりと何か悪い顔をすると、トリィアの顔がびくっと引きつった。


「ウレイアにして欲しいことは無いのかしら…?普段の仕返し…とか?何かして欲しいこと…とか?」


「な?仕返しをしたいことなんかあるわけないじゃないですかっ」


「んー?今なら何でもしてあげるのに?」


「はっ!」


「今頃気が付いたの?」


「うっ……えー?でもそんな…なんでもなんてぇ?うへへ…どうしましょう…?」


「……zz」


「って?ええー?」


 トリィアが気付いた時には既にケールの意識は無くなっていた。


「もう…っ、お別れもできませんでした。まあ、お姉様を必ず返してもらえるなら、またいらしても良いですけど…」


 その言葉がケールに届いたのか?ウレイアの寝顔ににやりと笑顔が浮かんだ。


「え?」


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