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バウンド bound  作者: はねとり 諒
13/28

13 エキドナ

 国によって暦の違いはあっても、ほぼ誰もが等しく行う時節の祝い事と言えば、新年だろう。それぞれ心に思うところはあっても、この時期ばかりは1年間生き長らえたことに感謝し、家族や大切な人達と笑い、共に時間を過ごす。


 だが実を言えばエルセーは毎年不満に思っていた。


「オリビエ、今年も良き妻、良きパートナーでいてくれたことに感謝しているよ?」


「あなたもねえ」


「今年も良い一年だった。仕事も上手くいっているし、おかげで今年も町に贈り物が出来た」


 マリエスタ家にはケールの時代から続いている伝統があった。


 年末には必ずエダーダウンの各家庭に1本のワインと、人数分のパンが王家から贈られていた。住人はそれを新年最初の食事として口にするのだ。


 それは、領民への感謝と、我が国の領民は絶対に飢えさせないという王家の覚悟と権威を示したものだと言われている。


「来年は家族が増えてくれるとなにより嬉しいのだが…」


 その投げかけられた言葉にエルセーは答えることは出来ない。そして不満の原因はそこにあった。


(ああ、あの子達と過ごしたかった……でもこの人が死ぬまでは面倒を見てあげなければいけないしねぇ…殺しちゃおうかしら?)


 ウレイアとの関係が改善されたことで毎年の不満が『凄く不満』へと、今にも人死にが出そうなほどにレベルがアップしたようだ。






 そして、今年はウレイアの家にも大きな変化があった。


「もうそろそろですかねえ、お姉様?」


「まったくもう、嫌でも0時になるのだから座って落ち着きなさい」


 毎年同じやり取りを繰り返してきたが、今年は窓に張り付くトリィアの横に更にセレーネがくっついていた。


「あなたもよ、セレーネ」


「え?あ、うん」


 セレーネは素直にソファーに座ったもののそわそわとした様子に変わりはない。あれから何度もウレイアの家に足を運んでいるが、その度にまだ緊張しているようでもある。


 これまでは毎年トリィアが好きなものだけを並べて新年を迎えてきたが、今年はセレーネの分も用意したおかげでメニューにも広がりが出ていた。ウレイア自身はワインだけで十分だが……


「気にせず召し上がりなさい、セレーネ。無理しない程度にね」


「無理なんて……ただこんな楽しい新年もあるんだなと思って」


「そう」


 ウレイアが弟子入りを許してすぐに、セレーネはここのそばに小さな家を借りた。そこで初めて、まとまったお金をウレイアが分け与えた中から使ったらしい。


(あ、そうそう…)


 なにやらウレイアがひらめいて悪い顔をした。


「セレーネ、あなたが今ここにいるのはトリィアのおかげかもしれないわね?」


「姉さんの?」


「あなたの話が出た時には、必ずトリィアがあなたを擁護…かばっていたのよ?隠れ家での時もそうだったでしょ?」


 セレーネはかるく上を見上げて、あの時トリィアが自分にしてくれた事、言ってくれた事を思い返した。


 視線を天井からトリィアに移すと、窓越しに耳をそばだて、新年0時の鐘の音を待っているトリィアにすすっと近づいて行く。


「姉さん…」


「は?」


 トリィアが少し見下ろしたその時、セレーネはトリィアの首に組み付くと見上げたそのまま唇にキスをした。


 カラーン…カラーン。それを見計ったように街に新年の鐘が街に響いた。


「ぷ…はあっ?」


「姉さん、ありがとう」


「なっ?な、な、何がっっ?!」


 セレーネを引き剥がしてトリィアがわなないた。


「くっ、あっはははは……なあにトリィアっ、セレーネと結婚したの?おめでとう。くすくす」


「お姉様?ええっ?新年にっ新年にお姉様の唇が奪われてしまいましたよっ?」


「んん?私の唇は無事よ?」


「違いますっ!私の唇はお姉様のものじゃないですか、もうっ」 


 こうして新たな160年目くらいは、2人の弟子の結婚式で始まった。






 首都モーブレイ、中央警備発令所では人の出入りが不規則になるこの時期に合わせて、特別警戒を絶賛発令中であった。


 街周辺の一般兵士も警戒を強め、中の警備兵と連携しながら不審者の発見に目を光らせている。


 この体制は別に他国の侵略を警戒しているわけでは無い。


 いや、他国には違いないが、人の出入りが管理し難い時期となると友好的な国でさえ密偵を送りこんでくることがあるからだ。であるならば、侵入を許したとしても出て行くことを許すわけにはいかないのである。


 とは言え、そうは言っても国全体が浮かれているこの状況では、あちらこちらで起こる揉め事や喧嘩騒ぎを収めてまわる方が忙しいのだ。






「くあ〜っ」


 大あくびである。


 年の暮れからゆっくりと寝る間もなかったパーソンズ上級尉官は、ここしばらくは発令所に住んでいる状態である。ようやく年を越したこの瞬間に、やや気持ちも緩んで眠気に襲われていた。


 しかしながら今日もまた、鎖帷子を脱ぎ、尉官室の簡易ベッドに体を横たえるのだった。そこへたまたま部下の1人が通りかかると、


「ああ、上尉、そろそろ一度帰って休まれたらどうですか?今日、明日は一番静かでしょうから。年明け早々に人が多いのは教会ぐらいなものでしょう」


「どうせ帰って寝るだけならここでも一緒なんだよ。帰るだけ面倒くさいんだよ。それに、さみいしっ……家にいる時に呼び出されるのは腹が立つしなっ!」


「そりゃあ、女房もいなければ寒いでしょうよ?結婚してくださいよ、いい加減」


「ほっとけっ、油売ってねえで仕事しろ」


 痛いところを突かれてパーソンズは壁に向かって寝返りをうった。


(いや待てよ‥そうか)


 何かに気づいたパーソンズはおもむろに起き上がると、鎧下着を脱ぎ私服に着替える。


 そして無造作に短剣を腰に差すと、上着を掴んで階段を駆け下りる。


「あれ?上尉殿、家に戻られるのですか?」


「んー、ちょっと気晴らしに行って来る。1時間位で戻るから頼むぞー」


「いや上尉、居場所は教えてもらわないと!って、上尉っ?」


 仕事を部下に放り投げてパーソンズは街に出た。


「さっむ!こんな中で見廻りとか馬鹿じゃねーの?」


 部下の前ではこんなセリフを吐くわけにもいかないが。


「とは言え……自分の国で、しかも鼻っ先でコソコソされたんじゃあ気分が悪いんでね」






 教会で司祭が祈りを捧げるのは季節に関係無く朝の7時と決まっているが、新年の教会では信者の多くが深夜にもかかわらず祈りを捧げるために教会を訪れる。


 その信者の列の中にパーソンズは紛れ込んでいた。


 別に教会を訪れることは誰にでも許されていることであるし、悪い事をしているわけでも無いのだが、元々神を持たない彼にとってこの列に並ぶことは他の信者に対する罪悪感と、不信心を信条としている自分への裏切りのような気がして居心地が悪かった。


(ふうむ…やはりな、出迎えの為に殆どは表に出て来ているだろうな)


 彼の思った通り、多くの教会職員は信者を出迎える為の役についているようだ。それにこれだけの人数が出入りしていては、それぞれの動きにまで目が行き届かない筈だ。それは彼自身がよく知っている。


 大聖堂に入ると人の列は中央を進み、祈り終わった者は左右の壁伝いに戻ってくるようだ。聖堂の四隅には他の通路に続く出入り口があるが、一般人は立ち入れないことになっている。だが幸いドアなどは無いため、狙うとすれば戻り際の一瞬だと考えた。


(入ったのも初めてだが、祈るのも初めてだな……はい、こんにちは、じゃあさようなら)


 壁に当たって壁伝いに歩き始めると早足で前を行く人の塊に紛れ込む。壁にぴたりと着いて人を盾にすると、くるりと回りながら出入り口に入り込んだ。


 聖堂を囲む通路はまさしく舞台裏で、狭く、そして薄暗い。曲がり角など、通路の端々の壁にオイルランプの灯りがある程度だった。


(暗いな……まあ好都合だが……)


 先には祭壇側の出入り口から灯りが入り込んでいる。扉の無い出入り口を横切らなければならないが、この男はそんな関門も軽く越えて角を曲がると、建物中央、祭壇の壁の裏から他の建物に続く広い廊下にたどり着く。


 見れば祭壇の壁の裏にも小さな祭壇が備えられ、ロウソクが灯されていた。


(ほお、なるほどねえ。神様は絶対背中を見せないってか?)


 そんなことに感心しつつも建物の探索を続けていく。廊下の曲がり角ではひと気を確認するものの、とくにこそこそと動き回るわけでも無くやけに堂々と進んでいく。


 だが人影に気づけばきっちりと身をかわし、必ず自分が不利を被らないようなロケーションを確認しながら移動を繰り返していた。


(しかし、見つかっちまったらどうするか…お?出口か?)


 通り過ぎた幾つかの部屋にはひと気は無かった。建物外周をぐるりと回り込んだ末、敷地の反対側から中庭に出たようだ。


(中に階段なんてあったか?)


 身を隠しながら中庭を覗くと私室が並ぶ建て屋は2階建て、中庭側にも外廊下があり外階段まで造られている。


(?!)


 突然視線を感じて背後を確認した。が、背後にも周辺にも人影は見当たらないし、気配も無い。


(ふぅー、気の、せいか?…んん?)


 2階の廻り廊下に誰かがいる。丁度真上に居たのか歩き出すまで気がつかなかったようだ。2人の男が離れないように歩いては止まり、周りをしばらく見まわしてはまた歩き出す。しかも帯刀していた。


(こんな所の見回りにしては随分と物騒だな。しかもどう見ても兵士じゃねえか?となると、こいつら神兵か?まあ何にせよ、ここは無理だな)


 これほど見通しが良い場所では出口を出た瞬間に見つかってしまう。


 しかも鉄面皮で知られる神兵だ、言い訳も面倒な相手にパーソンズはこのまま戻ることにした。もちろん、まだまだ探索を諦めるつもりなど無く、そのまま反対側の外周廊下へ抜けてわかれ道を探すことにする。


 しかし、またっ、今度は先ほどよりもはっきりと、何者かの視線と気配に総毛立つ!


 グッと壁に背中を押付けて辺りを見回すもやはり人の姿は無い。


(今のも勘違いか?いやあ…隣に人が居るのかと思ったぜ?)


 パーソンズは質素な石積みの壁を疑う。まさかとは思うが監視用の穴や隙間が壁に空けてあるかもしれない。何にせよ得体の知れない亡霊にでも弄ばれているようで、どうも気持ちが悪い。


(教会だけに幽霊でも飼っているのか、な?)


 不穏な空気に逆に力を抜くように鼻でゆったりと呼吸を繰り返していると、不意に淡く甘い香気が漂った。


「何してるんだ?お前…」


「っ!!」


 瞬間的に心臓が精一杯の脈動を打って身体が緊急回避の状態になった瞬間っ、声から逃げるように腰を落とし摺り足で下がりつつ、半身に構えると同時に両手が腰の剣を目指して走るが、残念ながらそこに剣は無く右手は空を握ったっ!


 この動作をパーソンズは僅か瞬き程の刹那にやって見せた。


「ほおーいいね、いいね!大したもんだよ、お前っ」


 ようやく反射行動から解放されて初めて相手を確認してみると、


(女?どこから出てきたんだ?本当に幽霊なのか?)


 まるで美少年のような端正な顔立ちに短い髪、女にしては背が高く、手脚もすらりと長い。歳は20くらいか?


「いやいや、こんな可愛い幽霊がいるわけ無いだろ?よく見ろよ」


(心を読まれた?いや違うか……想像しただけで今の俺の顔は笑えるわ)


「いや、失礼」


 苦い笑いがこみ上げた。それに、あまりに意表を突かれたことで、もし今腰に剣を下げていたら反射的にこの女を斬りつけていたかもしれない。何よりそのことにパーソンズは安堵した。


 安堵は見せても意識からは外さず隙を見せないパーソンズに女はニヤリとした。


「さっきオレが見ていたことに気が付いただろ?」


「さっき……?俺を見ていたのか?」


 何を確認されているのか、パーソンズには分からない。まあ心当たりはあっても誰もいなかったのも確かだった。


「面白いヤツが来たと思って見にきたんだけど、お前相当な剣士だろ?それに異常なほど感がいいな」


「いやぁ、まあ、どうだろうな?」


「『相棒』は置いてきたみたいだけど、丸腰ってわけでもないんだろ?」


 パーソンズは腰の短剣に神経を集中した。またにやりと女が笑う。


「何ならオレの『相棒』と遊んでみるか?」


(んん…?)


 女の背後で何かが動いたと身構えると、左肩の後ろから鎌首をもたげたのは大きなヘビの頭だった。


(おいおい…いつから教会は見世物小屋になったんですかー?)


「まあまあ、待てよ、俺は盗賊でもなんでもないんだから。まあ、あれだ…見学みたいなもんだ」


「見学ぅ?」


 それでも首筋でも撫でてやろうかと女が首をちらりと見やると、それに反応するかの様にパーソンズはぴくっと体をひねる仕草をした。


「本当に凄いなお前!今のは完全にかわせるタイミングだったぞっ?剣士は何人も見てきたけど、お前程のヤツは初めてだ。マスタークラスかっ?」


「そんなの知るかっ?。確かに昔から感だけは良いと言われたがな。それよりその、ゆらゆらしてるお前のヘビはなんとかならないのか?」


「ああ、気になるか?なら引っ込めるか……」


 パーソンズを睨んでいたヘビは逆再生のように女の陰に姿を消した。


 よく見ればなるほど、腰に巻いた太いロープのようなものはヘビの胴体だったのか。


「オレの名はエキドナ。お前は?」


「お、おれか?あー……」


「あ、やっぱりいいや。今のオレは呪われているからな、お前にとばっちりが行ったらかわいそうだ」


 呪い?さっぱり言っていることが分からない。そもそも正体が胡散臭すぎる。


「お前は…人だろうが人では無いような、何者なんだ?手妻師とか芸人か何かか?」


「なんだ、今度は大道芸人に見えるのか?まったく失礼だぞーこんなレディーを相手に」


「まあ確かに美人だが、『お前』てのはどうなんだ?」


 普段そんなことは気にするような男でも無いが、ここはひとつ叱ってやろうと思った。


「んー?女のくせにか?それともお前より若く見えるからか?だとすればお前の方が余程失礼だぞ。オレ様は少なくともお前より3倍は長く生きているからな」


「?、は?」


 と、困惑していると、いきなりエキドナにキレられる。


「女に歳を聞くとは何事かっ?」


「え?いやいやいや、聞いてないし…!、もしかしてお前はっ、初めましての『魔女』なのか?」


「あー、それはちょっとぉ、答えてやれないなぁ。今は呪われてるからなあ……」


 また呪いか?魔女だと思えばさっきよりも説得力はあるが、パーソンズが抱く魔女のイメージとはあまりにもかけ離れていた。


 と言うかここは教会じゃないの?と思った。


「まあ、何をしに来たかは知らないが、帰った方がいいぞ。別に珍しい物もないしな」


「おいおい、お前はどうなんだっ?て、もう突っ込むのも面倒くせえや」


「はっはっは、本当に面白いヤツだな。気に入ったっ、お前とはまた逢えるといいな?今度は夜までたっぷりと遊んでやるよ、にっしっし」


「お、おう?」


 さばさばと、そして無邪気に笑うエキドナの笑顔にパーソンズはすっかり毒気を抜かれてしまった。


 やる気も削がれたが、何か適当に確信に触れたような気持ちで、パーソンズはさっさと教会を抜け出した。






「ちょっと上尉、どこに行ってたんですか?行先くらいは言っておいて下さいよ」


「おーっ、部屋で寝てるから用があったら呼びに来いや」


 発令所の自室に真っ直ぐ戻ったパーソンズは、置いていった自分の剣を抜いて重さを確認するように何度か握り直した。


 剣はあつらえさせた逸品で細身に造られているが手元にくるほどやや身が厚く、鍔から30センチ程はエッジも付けていない。バランス的には剣先の重味で叩き切ることは出来ないだろう。斬り払う、あるいは突くことに主眼を置いた造りになっている。


 彼はふうと息を吐いて鞘に戻すと、だらりと身体の力を抜いて立った。


 4割ほどの空気で肺を満たすと先頃の動きを繰り返す。ただし今度は剣で斬り伏せるまでを一連として。


「フッ!」


 剣は真っ直ぐ引き抜くだけ、剣が描く弧としなりは手首と素早い体の回転から生み出され、神速の斬撃がキュンッッと音を立てて空気を斬る。


 あの無意識下での動きが残しのように体に残っているうちに反復しようとしたが、意識してしまうとあれには遠く及ばなかった。


「おお…っさすが『雷神』!お見それしました」


「な?お前っ、なんでしょっ中部屋の前を通りがかってるんだよ?!」


「いやですね、たまたまですよ。おかげで良いものが見れました」


 それはもう随分と前の事である。訓練中に仲間が遊びで槍を地面に突き刺し試し斬りをしていた。硬いオークを誰がひと息で両断できるか、賭けをしていたのである。


 そこに呼ばれたパーソンズはスッと剣を肩に担ぐと地面に突き立てられた槍の天辺から…つまり根元から槍先の付け根までを縦に正確に斬り裂いて見せた。


 その際、縦に切り裂かれる槍から稲妻が空気を切り裂く金属音と良く似た音が響いたのだ。


 それ以来である、からかい半分で、『雷神』と言う異名で呼ばれるようになったのは。もちろん残りの半分に敬意が込められているのは言うまでもない。


「見物料よこせ」


「めちゃくちゃ高そうなので無理です」


「ったく」


 剣を鞘に収めると元の場所に立てかけた。


 そしてつぶやく……


「女……か」


「ええっ?もしかして上尉、女の所に行ってたんですかっ?誰ですか?」


「お前っ、んなわけないだろってか、まだいたのか?用が無いなら早く出てけ」


 部下が出て行くのを確認すると舌打ちをしながら体を横たえた。


 そして今にして思えばエキドナと話していたあの時間は、驚きの中にいたとはいえ普段の煩わしいものを全て忘れることが出来ていた。しかし得体の知れない不審人物だ、しかもアイツなら気付かれること無くどんなモノでも盗めるのではないか?だが教会の関係者なら盗みなどするだろうか?知りたいことが多すぎる……エキドナのことを思いながらパーソンズは眠りに落ちた。






 その教会の一室では神兵の1人がエキドナを相手に凄んでいた。


「エキドナっ、きさま何処に行っていた?」


「ああん?誰を相手にそんなクチをきいてんだ?お前らがいる意味なんて無いことをいい加減理解しろ。それともおっかないママがいるからいきがってんのかっ?」


「くっ…」


「いいぜ、やりなよっ?もしかしたらお前のナマクラが届くかもしれないぞ?ほら坊主、ハンデに目をつむっててやるから……」


 鍛え抜かれた神兵を小馬鹿にしてエキドナは目を閉じて首を差し出した。


「魔女の分際で…お許しが出たら真っ先に神の剣を突き立ててやる!」


 剣のつかを握りしめた神兵は捨て台詞を吐いて部屋から出て行った。


「ふん、人殺しを神のせいにしやがってっ!覚悟も持てないガキがっ…それでも男かよ?」


 せっかくの良い気分を台無しにされた。剣を突き立てられるのがどちらなのか、それをこいつらに刻み付けてやる、必ず。それがエキドナの今の望みだった。






 年が明けての7日、ウレイアはトリィアを連れてモーブレイに買い物に来ていた。この街に来ると必ず寄る店が、2軒の本屋とエルセーの店…ブルーベルの3軒である。


 あとはトリィアに付き合って何軒かの店を覗き、陽の短いこの時期では一泊を余儀なくされた翌日に帰宅するのが、毎年初めの買い物だった。


「お姉様もここが大お姉様のお店だと最初に教えて下さればよかったのにー」


「エルセーと会ったことも無かったあなたに?」


「またまたー、照れくさかったのですよね?」


 久しぶりに店のドアを開けると、その瞬間にいつもとは店内の、いいや、店員の様子が違うことが分かった。


「これはベオリア様!よくいらして下さいました」


 先ずはウレイアの顔を見て驚き、緊張感が漂った。すぐに店長自ら声を掛けてきたのもおかしいが、明らかに熱意のこもった態度は不審ですらある。


「本日はどのようなものをお探しですか?」


「冬のモノをすこし……ふう、もしかして20日程前にオリビエ様がここに立ち寄ったのでは?」


 ウレイアの問いに店員の顔色が変わる。


「いいえ…は、はい、お見えになりました……」


「やはり、それで私達のことは何と?」


「え?ええ、お二人はご自分の家族だとおっしゃって…」


 エルセーはここにサプライズを置いていったようだ。ただしありがた迷惑なプレゼントだが。


「私共も納得がいきました。もとよりお二人には特別なものを感じておりましたから……」


「ええ、その通りです。私達はマリエスタの娘です」


「まあっ!」


 となれば、店員にとっては雇われている会社のオーナー家族ということになる。


「と言うのは嘘です、少し親しい知り合いというだけです。あまり意識されるとこちらも困ります、それに自慢したいことでも無いので、〝この場だけの話にして下さい〟」


「!…まあ、おほほ」


 ウレイアの言葉を刷り込まれた店長はころころと笑った。ウレイアにとってはまったくのはた迷惑、要らぬ噂が立ったらどうするのか?


「でも、今にして思えばお身内では無いとおっしゃるほうが私には信じられません。本当に良く似てらっしゃるので…オリビエ様も素晴らしいお方で、初めてお会いしたウチの新しい子などは、すっかり虜になってしまったようです」


 先ほどから店の端に控えている若い子の熱い視線はそのためだったようだ、ウレイアはその子に向かって微笑んだ。


 若い娘を接客に採用するなどエルセーぐらいのものだろう。特に格式を重んじる店などでは接客を許されるのは男か、女なら経験を積んだ者に限られているからだ。もちろんこの事に関してはウレイアもエルセーに賛する者である、すすんで新人を自分につかせ、接客をさせた。


「あ、あの…私はちゃんとお役に立てたでしょうか?」


「ええ、大丈夫よ。良く人の事を観察しなさい?」


「は、はいっオリビエ様も同じことをおっしゃってました」


「そう、それじゃあ会計してくれる?」


 その様子を見ていた店長が支払いをさえぎると頭を下げてから言った。


「お二人からは代金を受け取らないようにと承っております。私共が路頭に迷わぬ様、ご了承をお願いします」


 ネストールの心遣いだったシグネットリングなどまるでお構い無しの野放図ぶりである。まあ、ウレイアにとってはそれでも構わないが……


「……分かりました。では、これはあなた達に」


 彼女は握りだそうとしていた金貨2枚を銀貨4枚と握り変えるとカウンターに置いた。


「これは…多すぎますっ」


「新年ですから。代金では無いからかまわないでしょう?」


「そうですか?ありがとうございます。これからは改めまして、よろしくお願い致します」


 店員全員に頭を下げられ店を出てからウレイアはまたため息を吐いた。エルセーのおかげで少し居心地の悪い店になってしまったと。


 彼女が好きに使えと言うならば遠慮もしないが、いちいち勘ぐってしまうのは甘い顔を見せて弱みを握るのはエルセーの昔からの常套手段だからだ。幼い頃、そんな経験をさんざん積まされたことで警戒心を身に付けさせられた。


「お姉様……変わりましたね?」


「わたしが?」


「以前はあのような軽い会話はされていませんでした」


「ん?ああ…そうね、私らしくないかもね?」


 トリィアは行く手を遮るように前に立つと


「いいえ、ますますステキになったと思います。そんなお姉様も好きです」


「そう?」


「はい」


 そう言って微笑むと、いつものようにウレイアの腕に抱きついてきた。


 2人は、人の多い通りを避けながら次の店を目指してのんびりと歩く。冬は明るい時間も短いため、ウレイア達とは対照的に街の人達は追い立てられるように行き交っている。


 するとウレイアの腕を抱えていたトリィアの手に突然力がこもる、そしてやや緊張した声でトリィアが囁いたっ。


「お姉様っ!」


 トリィアは周辺監視をウレイアよりも広く行っていたようで、その緊張の意味がウレイアにもすぐに分かった。


 背後から、どうやら街の警備兵が早足で近づいて来ている。警備兵だと分かるのは、その身に着けた装備からだ。一般兵士と違い、不審者を追いまわしたり、連絡に走り回る事が多い警備兵は、鎖帷子、胸あて、手甲あたりを単体、もしくは2つ程度を組み合わせて身軽な装備で任務に従事している。


 今、近づいている者も鎖帷子と手甲の上に警備兵の制服を羽織った軽装である。そして腰には剣と警棒を下げてまわりを威嚇していた。


 2人は『監視』の目でその警備兵の一挙手に身構えながら様子を見ていると、危険な距離に踏み込む手前で


「エキドナか?」


「?」


 男はいきなり背後から声をかけてきたが、どうやら他の誰かと間違えられたようだ。


「誰かと勘違いされているようですよ?お姉様」


「そのようね」


 仕方なくウレイアは振り返って男と目を合わせた。男はすぐに自分の間違いに気付いたようだが、ウレイアの顔をしばらく見つめてから少し肩を落とした。


「いや、失礼した。俺は警備を任されているエズモンド・パーソンズと言う。知り合いかと思ったんだが間違えたようだ、どこのお身内かは知らないが失礼した。しかもよくよく見れば……おかしな事だが何故見間違えたのか…………」


 その上、どこかの貴族と勘違いされているようである。


 もちろん偽装をしているので顔を覚えられることも無いが、偽装そのものが他人と間違えられる原因になる場合もある、それは相手が望む姿を見せるとも言えた。


(しかし、この私と間違える誰かとは?)


 ウレイアに好ましくない疑念が湧いた。それにもしもこの男が感の良い人間なら……


「かまいませんよ、不逞の輩と間違われたのでなければ」


「それはとんでもない話だ。ただ…」


「?」


 パーソンズの腰の警棒が不意に落ちた。いや、落とされた。


 それは小賢しくもウレイアは試されたということだ。


 落ちる警棒にどういう反応をするのか、どこで気が付くのか、彼女にこんな事をすることがうかつなことだと言うのに。


「おっと……」


「あら、お気をつけて」


 ウレイアがどこで気が付いたかと言えば、落とす前から気が付いていた。そうでなくとも引っ掛かることはない。そして、ウレイアを試した理由、間違えられた知り合いというのはおそらく同族だろう。


(エキドナ……知らない名前ね。まあ、そのエキドナに悪意を抱いているわけでは無さそうだけど?)


「ふうむ、やはり知り合いと雰囲気が似てますね?もしかして、貴女は…あ、いや……何でもありません、では失礼」


 かなり抜け目の無い男のようだ。逆にわざとらしかっただろうか?敵では無いようだが注意は必要かもしれない。


「何か……釈然としませんね?気付かれましたか?」


「本人も迷っていた。でも迷いながらも、名前を明かして敵意が無いことを示したわね。もしくは騎士道を示したのか…」


「こんな時はどうすれば良いのですか?」


「こちらの素性も知らないだろうし、探ろうともしなかった。何もしないと念を押していったようなものだもの、こちらも何もしないわ。エズモンド・パーソンズ、覚えておきましょう?」


 それとエキドナ、声を掛けてきたのはこの街に居るか、居てもおかしく無いということだ。教会が幅を利かせるこのモーブレイで……


 ウレイアとパーソンズが出会ったちょうどその時、教会の馬車と馬に乗った数名がモーブレイを出ようとしていた。


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