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異世界転生で目覚めた世界

 柊木(ひらぎ)(れい)、17歳男子高校生。部活は無し、好きなものはアニメ、ゲーム、昼寝、そして


「何回見てもまじ泣けるんだけどこの漫画」

 零は大の漫画好きであった。特に彼が一番好きなのは、"異世界転生シリーズ"という、その名の通り主人公が異世界に飛ばされ、そこで暮らす、というものだ。

「早く最新刊読みてぇ…」

 零の棚に積まれた漫画の数々は数えきれないほどにあり、その半数以上を転生漫画が占めていた。


「俺も異世界とか行ってみてぇな~」

 こうやって漫画を読んだあとはいつもその世界観に浸り、自分が異世界に転生したら、という妄想をする。

「最初はぁ~自分の強さに気づいてなくて~突然襲ってきた魔物を一撃で倒して…」

 零はその妄想にとりつかれると、なかなか戻ってこない。読み終わった小説を床に置き、自室のベッドにダイブする。仰向きに転がり、にやりと笑う。

 「そして言うんだ… 俺なんかやっちゃいました? …ぷっははは!」

 自分の無双人生を想像するといつも心が高揚し、何でもできそうな気がしてくる。夢見る子供のような、そんな気持ちになる(まだ高校生だけど)。


「んでそのあとは…」

「零、いつまで起きてるの!明日学校でしょ!早く寝なさい」

 しあわせの夢タイムの終了のお知らせだ。そう、明日は学校である。なぜたいして楽しくもない学校へ行って、夢の時間を潰されなければならないのか、まったく理解できない。

 そんなことを思いながら、ゆっくり瞼を閉じた。





 登校時間ギリギリに家を出て、なんとか学校へたどり着く。その学校への道のりでさえ退屈で仕方なかった。しかし、そんなつまらない学校でも、楽しい時がある。


「よっ!零」

 自分の席でスマホをいじっていると、ある男が話しかけてきた。

「!(あらた)!久しぶりじゃんか!何してたんだよ~」

 それは大の親友の楠目(くすのめ)(あらた)。世間で言う不登校であり、普段はネットでしかやり取りしないのだが、ごく稀に登校することがある(は●れメタルかよ…)。


「へへっ行くぞ零、見て驚け、じゃじゃーん!」

「ま、まさかそれは…?!」

 新が見せびらかしてきたのは、俺がずっと欲しかった連載中の漫画の最新刊だった。俺があらゆるBOOK・ONや本屋に行っても売り切れて手に入らなかったものだ。それをこいつは簡単にゲットしていたというのか…!

「うおおおおおおおお!」

 渡されたそれを手に取り、ひとり盛り上がる。

「ふっふっふっ俺に感謝しろよ。零」

「します!します!します!新様!!」

 退屈な放課後までの休み時間は、新と共に、小説の時間で満たされた。


 零と新は家の方角がほとんど同じため、漫画の話で盛り上がりながら、互いに家まで歩いていた。

「んでさ!あそこで主人公が巨体サメを倒すんだよな!」

「俺そこ大好きなんだよなぁ」

「わかりみが深い…」

 永遠にこの時間が続けば本当に幸せだと思う。好きなことだけを考えて、同じものを愛する同士と語り合えるこの時間が、最高に幸せだ。


「新と異世界転生とかしたらめっちゃ楽しそうだなぁ」

 それを聞いた新は歩き飲みしていたアクアリエスを盛大に吹き出した。

「おいおい汚いな!なにしてんだよ~」

「だ、だって転生したらとか言うから…」

 新は急いでバックからハンカチを取り出して、口元をそれで拭いた。果たしてそんなに変なことを言っただろうか。それとも新は漫画の世界だけが好きでリアルになると好きじゃないとか…

「実はさぁ俺も考えてたんだよね、もしお前と異世界転生したらってさ」

「なんだよ考えてること一緒じゃねえか!ははは…」

 考えることまで一緒なんて、こいつとはとことん気が合うな。俺は良い友達を持った、そう思う。


 そんな話をしていたらつかの間、互いの分かれ道についてしまった。

「なぁ新、明日も学校来いよ。悪くなかっただろ…」

 別れる前に、新に小さく呟いた。新は少し困ったような表情をした。そのあとに、言わなければ良かった、と少しだけ後悔した。

「もちろん行くさ。ただ簡単には行かないんだ…」

 新は実は、軽いうつ病を抱えている。だから不安定な時は、自分で自分を制御できず、外に行くこともままならない。零は悪かったよ、と新に謝った。彼は笑って、大丈夫だ!と零の肩をポンッと叩く。




「それじゃあな!あら─────」



 後ろから猛スピードで何かが突っ込んでくる。それが何かは分からなかった。だけど、気づけば体だけはすぐに動いていた。

 立ち尽くす新を、これでもかと全身で突き飛ばす。

 その瞬間、新とぶつかった衝撃とはまた違う衝撃が全身にほとばしった。視界が、まるでゲームのようにスローモーションになった。そして地面が勢いよく近づいてくる。


 サイレンの音がかすかに鳴り響き、誰かの叫び声がうっすらと継続的に聞こえる。からだの感覚は既になく、視界も見えない。ただ理解できたのは、自分がトラックに轢かれたということだけだった。


(きっと俺は死ぬんだろうな…。新は無事だったかな)

 自分の死を悟り、自然と母や新の顔が浮かんだ。

(短かったなぁ俺の人生…)

 でも新を救うことができたのなら俺は本望だ。あいつはまだまだ外の世界を知らない。きっと俺以上にできることはたくさんあるだろう。まぁ、あいつが何するか見てみたくもあったけどな。







 そして気づけばサイレンも何も聴こえなくなっていた。ただひたすらの無音──

(………)

 何も聞こえない。

(あれ……?俺今どうなってんの?)

 何も聞こえない、なのに自分は今思考をしている。もちろん、変わらず全身の感覚はない。自分が今寝ているのか、立っているのかすらも分からない。ただ意識だけが漂っているような、不思議な感覚。

(死んだ人間って… 皆こんな感じなのかな)

 だとしたら、ずっと独りでいることになるのか? そんなの──



 その時、視界が急に白い光で眩しくなった。

(?! 眩しい…!)

 



「ちょっとアンタ!大丈夫?!」

 聞きなれない女の子の声がしたと同時に、頭に軽い衝撃が走る。 


───その瞬間、電撃のように全身に感覚が戻る。その一瞬で自分が横たわっていて目を閉じて寝ていることを理解した。

 そして、勢いよく起き上がる。


 見たこともない景色──否、漫画やアニメではうんざりするほど見たような景色。辺り一面若々しい青葉が生い茂る野原。遠くにうっすら見える山々。そして、

「起きた!…死んでるのかと思ったわ」

 現実では起こりえないことが、目の前で起きていた。


「え……?」

 まるで頭が追い付いて来なかった。目の前に彼女が、この美しい景色が、これからが一体何を表しているのか、理解するのに時間はかからなかった。

「おっ、おれ、まさか、て、て、転生…」

 そこまで言いかけたとき、目の前の少女が視界いっぱいに入ってきた。綺麗な翡翠の瞳が宝石のようにキラキラしている。現実では見たことのないような美しさだ。


「あの……キミは?」

 おそるおそる声を出すと、少女はゆっくりと離れて、その場に座り直した。

「アタシ?アステラート。アンタは?」


 アステラート、それが彼女の名前らしい。綺麗な淡いピンクの髪が、ゆらゆらと風で揺れている。彼女の、細く華奢な身体に着させられた大きな白いワンピースが、彼女の存在を儚く見せている。

「えっと……零、です」

「れい?ふーん。レイはどっから来たの?何でここに寝っ転がってたの?何してたの?」

 そうか、『自分』はここにずっと寝ていたのか。様々な転生漫画を読んできた零だが、いざ自分の番となると、混乱して上手く対応できなかった。


「え、えーっと、お昼寝かな!あはは…」

 アステラートはわずかに目を細めた。

「お昼寝ねぇ… で、どっから来たの?ベリアとかアジャバーク?」

 聞いたことない単語がでてきたせいで余計混乱してしまった。まったく分からない!どう対応していいのかが分からない!

 零は改めて漫画の主人公たちが、転生してすぐに馴染めていることのすごさを知った。

(こういうときはどうしたら……!……あ!そうか!)


 怪しむようにこちらを伺ってくるアステラートに、零は何も覚えていない、と告げた。アステラートは、は?と言わんばかりの表情をした。

「何も覚えてないってこと…?それってホントに…?」

「あぁ…自分でも何で俺がここで寝ていたのかも分からないよ」

 爽やかな顔をしていると思うが、もちろん、内心焦りまくりだ。どうしよう…、これで何か不審者だ!みたいな感じでこの子に通報されて、怖い最強戦士みたいな人たちが来て、処刑だ!とかなったら…


「そう…それは大変ね、レイ」

 あ、いいんだ?!向こうの世界だったら絶対に頭おかしいやつだと思われて疑われてたよ!!何この子?!めっちゃいい子じゃん?!!結婚しよ?!!

 安心したレイは息をすーっと吸い込み、深呼吸する。

「でも名前は覚えているのね、レイ」

 あ、しくじった、かもしれない。

「他に何か覚えていることは…?」

 あぁ、問題なかったわ。


 レイは自分がまったく記憶がなく、名前しか分からないのだと彼女に伝えた。アステラートは真剣に俺のために色々思い出させようとしてくれた。

(というか思い出すもなにも、何も知らないんだけどね…)

 ふと、名前も思い出せない設定にして、彼女に名付けてもらうのも良い暮らし方かもしれない、と思った。


「ねぇ、レイ。どこか行くところはあるの?」

 "どこか行くところ"という単語に、脳が反応した。このセリフはもしかして…!"一緒に来る?"のパターンではないか?!ここは慎重に…

「いや、特には…」

 まてまて!"特には"って何だよ?!!完全にないだろ!!

 やべぇ"特には"ということは、一応他にあるという風に捉えられてしまう可能性がある!まずい!俺の楽園が

「うち、来る?」


 きたーーーーーー!!!美少女イベントきたーー!!

「行きた…! …そんな、キミに迷惑をかけるかもしれないよ」

 危ない危ない、つい本音が漏れてしまうところだった。零の脳内は完全に、目の前の美少女アステラートで埋め尽くされていた。

「あはは!大丈夫よ、どうせアタシずっと独りだし」


 彼女はクスクスとそよ風のように笑いながら、立ち上がる。そして、俺にゆっくりと手を差し出す。一瞬、彼女の顔に見えた寂しさは、気のせいではなかった。

 


 "ずっと独りだし"



 その言葉がずっと頭をぐるぐるしている。もしかしたら彼女は、俺が想像することもできないような、壮絶な人生を送ってきたのかもしれない。ずっとここに一人で生きてきたのかもしれない。

 そう思ったら、彼女の側に居てあげたい。そう、切実に思った。彼女から差し出された細く白い綺麗な手を、そっと取る。

 その手は、自分がかつて感じたことのないほど、ぬくもりを感じた。彼女はそのまま俺を引っ張って歩き始める。



「ねぇ、レイ」

 彼女は、ゆっくりと振り向いた。彼女の美しい瞳が、太陽に反射してさらにキラキラと、宝石のように見えた。生きてきて感じたことのない感情に駆られた。

 手がやけどしようなほど熱い。心臓がどくどくと脈打っているのが痛いほどわかる。


 俺は、彼女が───



「アタシ…お腹空いたの。だからアンタのこと食べていいよね…?」



 (ん?)

 アンタのこと食べるって聞こえたような。まぁ気のせいに決まってるよな。アステラートがそんなこと言うはず…



「あぁもう我慢できない…!」


 アステラートは零と繋いでいた手を放し、レイに襲いかかった。

「うぐっ…! なっ!」

 零の倒れた身体上に、彼女はどっしりとのし掛かった。その身体からは想像できない、まるで岩のように重かった。

 「ぉ……あ…」

 息がつまり、倒された衝撃で視界がぐらぐらした。


(一体何が起きて…、?!?!)

 目をパッと開き、なんとか状況を把握しようと彼女を見る。しかし、馬乗りになったアステラートは、もはや人間の形をしていなかった。

 宝石のように輝く翡翠の瞳は陥没し、目があった位置には、真っ黒なブラックホールのような穴が広がっていた。身体の皮膚が溶け始め、異形な骨格が露になった。

「ひっ……!」

 先程まで手を繋いでいた美少女は、どんなホラーでも見たことのない恐ろしい姿に豹変した。唯一残った顔の部分だけが、その化け物が彼女であったことを語っていた。

 

「ヤットアリツケタ… アタシノ、ゴチソウ…」

 ご馳走、それはおそらく俺のことだろう。

「俺を…騙したのか…」

「ヒャハハハハッ!人々は皆コノ土地へは来ナイ。ナノニお前ハ愚カにもココで寝テイタ…コンナチャンスを逃がす訳ナカロウ」

(こいつがいるから人々は近づかないのか)

 他人ごとのようにそんなことを考えた。こいつは少女に化けて、俺のように何も知らない奴を食らって生きているんだろう。


 …てかここで死んだら俺の転生物語終わりじゃん?!嘘だろ?!!せっかく異世界転生できたのにここで終わり?!

 全力で彼女の束縛から逃げようともがくが、まるでびくともしない。俺が抵抗し始めたことにイラついたのか、彼女は背中から生えていた棘のような触手を、俺の腹に突き刺した。



「────ッ!!!!!!」

 前世でも感じたことのない痛みが、腹を中心として身体に染み渡る。自分でも聞いたことのないような悲鳴が、己の口から出た。心臓の鼓動がこれでもかと速くなり、息をしようと必死に呼吸をするが、息を吸えば吸うほど痛みの主張は激しくなる。

(踏んだり蹴ったりだよこんなの…せっかく転生してもまたすぐに死ぬなんて)

 彼女のけたたましい嗤い声が耳をつんざく。

(欲に負けて、彼女についていかなければ…)

 小説の主人公なら、転生してすぐに運命の友に出会えるはずなんだ。だのに俺ときたら転生してすぐに最悪な出会いだ。



(多分俺は、主人公ではなかったんだろうなぁ)

 転生したからと言って、必ず主人公であるとは限らない。なんか、俺が思ってたのと違うなぁ



 あまりの痛みに意識を手放しそうになったとき───彼女の痛々しい悲鳴と同時に、自分にのし掛かる重力が消えた。

「…………?」

 薄れゆく視界の中、化け物が誰かに切り刻まれ、ゆったりと倒れるのが見えた。

(誰かが助けに来てくれたのか?)

 目線をずらすと、白い髪をした男が剣を納めてこちらを覗いていた。

「大丈夫か…?少年」

(大丈夫なわけないだろ)

 そう答えたかったが、声は出なかった。そして、視界はゆっくりと暗転した。








 身体が、ポカポカと温かい。何か柔らかいものに包まれているような感覚──


「………」

 うっすらと目蓋を開けると、さっきの白髪の男が微笑んでこちらを見ていた。おそらく、アステラートに化けていた怪物を倒して、俺をずっと看病してくれていたのだろう。暖かいベッドが身を包んでくれていた。

「あの…ずっとそこで俺のこと見てたの…?」

 普通だったら感謝の言葉を述べるべきなのだが、なぜか失礼極まりないような、思ったことを言ってしまった。男は少し驚いたあと、声を出して笑った。

「いや、たまたま様子を見に来ただけさ」

 あのときは必死(てか瀕死)すぎて、まったく状況を把握できていなかったが、男の声を聞いて、何かを思い出しそうになった。果たして、どこかで会ったことがあるのだろうか。

「…うっ」

 ゆっくりと上半身をあげると、片腹がズキッと痛くなった。男は心配そうに素早く俺の背中を支えてくれた。めっちゃイケメンじゃん…。

「無理をするな!キミは骸に刺されている。一応手当てはしたが、致命傷であったことに変わりはない。無理に動くと傷口が開く」

「え?あ、ありがとう」

 致命傷という言葉を聞いて、背筋がゾクッとした。確かに俺はあそこで死を覚悟した。生き残ったのは偶然というか、彼のおかげと言うか…。

「まったく…キミは幸運だったよ」

「え?」

「キミを襲ったのは悪喰(あくじき)()骸姫(むくろひめ)

「あくじきの…むくろひめ……?」

 やっぱり彼女は普通の人間じゃなかったのか…。まぁ殺されかけたんだし、人間だったら嬉しいなんていう感情もないけど。

「あぁ。奴は骸の中でもかなり上位の個体だ。並みの兵士じゃ束になっても勝てないだろうね」

 俺にだって前世で読み込んだ漫画の知識がある。骸、おそらくはこの"世界"での主要の敵キャラなのだろう。

 そして…"上位個体"。それっぽい言葉出てきたじゃん!さっきまで死にかけだったのに、心がすげえワクワクする…!

 いやいや、でも俺はまだまだこの世界には馴染んでいないんだ。知らないこともたくさんある。俺も色々知らなきゃいけないな。


「そんなヤバい奴を一人で…… !そういえば名前…は…」

 ふと、彼の名前をまだ聞いていないことに気づく。名を尋ねようと男の方を見ると、赤黒く不気味に光る橙色の瞳と目が合う。一瞬、悪喰の骸姫に殺されかけたときと同じような感覚になった。一ミリでも動いたら、簡単に首が飛びそうな、そんな緊張感。

(てか何気に初めて顔ちゃんと見たかも)

 艶の良い純白な髪。橙の瞳、そして長い白い睫毛…


(めちゃめちゃイケメンのテンプレじゃん)


 気づけばさきほどの殺気(勝手に感じてただけ?)はなくなって、呑気にそんなことを考えていた。

 そんな俺を見て男は目を薄めて、わずかに口角を上げる。

「名前、か…悪いけど名前は過去に捨てたものでね。わたしに名前はないんだ」

 (名前を過去に捨てる?!そんなキャラ前世(漫画)でもいなかったぞ…)

 困ったな…名前がないとなれば、なんと彼を呼べばいいのだろう。俺が名付ける訳にもいかないし…

「だからキミが好きに呼んでくれて構わない」

「え、えーっと…じゃあ、恩人さんで……」

 いや、ね、自分でも究極にセンスのない名前だと思うよ…?でも出会ってまだ1日どころか、1時間経ってるかも分からないやつに勝手に名前付けられるのもどうかと…。きっと日本名もこの人には似合わない気がするし。

「はははっ面白いね、キミ」

「あっ、いや、その…助けてもらったし…変な名前で呼べないし」

「いいさ、わたしが好きに呼んでいいと言ったのだからね」

 彼はうっすらと目を細めてから微笑んだ。

(うわ…イケメンオーラやば)

 てか、今さらなんだけど、この見た目で一人称"わたし"はやばくない?美少女が自分を"俺"って言うのと同じ原理だよねこれ。ようするにギャップ萌えってやつ?あぁ、分かった。どの作品にもいる"絶対的~"の立場のキャラだよこの人…めちゃめちゃ強い系のキャラの一人だわ…。

(だめだだめだ!せっかくこの世界に来たんだから、そういうメタ的な考えはしないっ!)

 そう言い聞かせるように両手で自分の両頬を叩く。なにしてるの、と言われたが儀式です、とだけ答えた(今考えたらまじで意味わかんねぇよな)。


「さて、そろそろ傷は癒えたかな?」

(いやいやそう簡単に癒えるわけ………。あれ?)

 自分の身体を確認すると、傷があったはずの腹部は、あたかも初めから何もなかったかのような無傷だった。

「あれ?!何で?!さっきまであんなに…」

「キミと話してる間にこっそり治癒(ヒール)させてもらったよ」

 いつの間に?!魔法(この世界ではもしかしたら魔術)を使ってる素振りなんてしなかったけど…

「わたしの治癒(ヒール)は少し特殊でね。対象は意識のある人間相手にしか使えない代わりに、どんな傷でも癒せるんだ」

「…初めて聞いたそんな魔法」

 恩人さんは(我ながらちょっと恥ずかしいな…)くすくすと笑ったあと、ゆっくりと立ち上がった。

「今のは"魔法"じゃなくて"魔術"さ。この世界では"魔法"と"魔術"には大きな違いがある」

「大きな違い……?」

「あぁ。順番が逆転になるが"魔術"というのは詠唱をして放つ呪文のこと。それに対して"魔法"は魔道具という特別なものを使うことで出せる呪文のことを言うんだよ」

 魔法と魔術にそんな違いがあったなんて。俺の前世の知識とは、かなり異なるようだ。やはり色々この人にこの世界のことを聞いてから、世界に旅立つのが良さそうだ…(別に強くてニューゲームをしたい訳じゃないよ?!)


「ありがとう。俺まだまだ全然知らなくてさ、この世界のこと」

「……?」

「俺実は………、……?…あれ…」

 "異世界"から来たんだ──そう言いたいのに何故か声が出ない。

「………俺…」

 "異世界"のワードだけ声が出ないと思ったが、別の言葉でそれを伝えようとしても、異世界転生を意味する言葉全てが声に出ない。

「?どうした?大丈夫か…?」

 恩人さんが心配そうな顔で俺を覗いてきた。

 (まさかこの世界!俺が異世界から来たことを、伝えられないようにできてるのか?!)

「だ、大丈夫だ。何でもない」


 まったく理解できない。なんだ?この世界は。俺の読んできた数々の物語とは全然違うし、ましてや俺最初に殺されかけたし、異世界転生を伝えることもできないし。

(俺この世界でやっていけるかな…)

「キミは…」

「なあ!恩人さん!俺外に出てみたいんだ」

「!」

 さっきの誤爆を誤魔化すように、食いかかって出る。実際外に出てみたいのは事実だし、俺の知識では把握できない、この異世界を旅してみたいんだ。

 例え、俺がこの世界の主人公でなくても。

「もちろんさ。ここにずっと泊まるのもアレだしな」

「あ!もしかしてここ恩人さんの家?」

 だとしたら長居は迷惑だ。傷もお陰で治ったことだし、ここは外に出て世界を冒険するのがお決まりだろう。

「いいや、山の麓の宿屋さ」

 山の麓?!俺は一体どこにいたんだ…?

「恩人さん。俺は一体どこで倒れていたんだ?」

「? 覚えてないのか?」

「いや…うん。すっかり」

 本当の意味でも記憶喪失だからね。まったく分からない訳だし。

「外においで」

 彼はそう言うと、俺を外に案内してくれた。







 泊めてくれていた宿主にお礼を言い、外に出る。

「わ……!」

 辺りは、転生先とはまるで変わって、"村"だった。

(待って!ゲームとかでよくある"最初の村"じゃん!!テンション上がるぅ!)

 そんな俺の内心をよそに、彼はある方向を指差した。

「ほら、あの山の頂上だよ」

 彼の指差した方向を見ると、ここから少し離れた場所に大きな山があった。頂上は雲で覆われていてまったくみえない。

(俺あそこに転生したの?明らかに物語後半で"ラスボスを倒すために、伝説装備取りに行く"的な山じゃん!!)

「お、お、俺よくあそこから生きて帰りましたね…」

 あまりの山々の貫禄に思わず敬語になってしまう。恩人さんは(なんかすごい雰囲気ぶち壊してる気がするの俺だけ?)そんな俺を表情一つ変えずに見つめる。


「あの山は"ウイの山"。鍛えられたベテラン兵士たちが修行をしに行ったり、魔術師たちが呪文の練習、または獲得をするために行くような山だ」

「へぇ…じゃあ相当危険な山なんじゃ…」

「それも、中層部に限るものだが」

「じゃあ、頂上は?」

「普通の人間ならまず行かない…というより行けないな」

「行けない…?」

「あぁ、頂上に近づくにつれて、山に巣食う骸たちは凶悪になるからね。いくらベテランの兵士でも、悪喰之骸姫のような上位個体の骸には、簡単に食い殺されるだろうね」

 恐ろしいことを簡単に、しかもうっすら笑顔で言うもんだからこっちが怖くなってきたよ…恩人さん。

 てか普通に聞いてたけど、そんな山に一人で来てたこの人も相当すごいんじゃないの…?やっぱり強キャラ感溢れてて良いなぁ。

「キミは冒険がしたいんだろ?」

「!まあ…ね!」

 かっこつけてまぁねとか言っているが、もちろん、内心爆上がりだ。今にも旅立ちたくて仕方がない。

「たくさんの人を、国を、それからダンジョンとか、モンスターとか!この目で見てみたい…!あ、モンスターじゃなくて(むくろ)か」

 この世界では、一般的に人を襲う生命体のことを"骸"と言うらしい。何でも話を聞くと、どこからか急に溢れ出るようになったんだとか。


「キミなら良い冒険者になれる。わたしはそう思う」

 別れ際に、不意にそう言ってきた。俺が旅に出たいと言ったら、彼はすぐに賛成してくれて、さらに旅の準備まで手伝ってくれたのだ。彼がいなかったら、俺はもう死んでいたと思う。

「照れるな…ありがとう。恩人さん」

 彼はまだ少しだけ、ウイの山の調査を続行するらしい。彼が調査していたおかげで、俺はあのとき助かったのだ。

「だが、気を付けろ。骸はどこにでもいる。極力戦いはしないようにするんだ。分かったな?」

「?もちろん!」

 戦いはしないようにも何も…俺なーんにもできないから戦ったらすぐ死んじゃうよ(笑)。普通の物語だったら、転生先での主人公はめちゃめちゃ強くて無双できるんだけどなぁ。だが、視点を変えて、異世界を渡り歩く旅人っていうのも、案外悪くないのかもしれない。

「ありがとう恩人さん!またどこかで!」

「あぁ、きっとまたどこかで会おう。零」

 不意に名前を呼ばれてドキッとした。

(あれ?俺この人に名前言ったっけ?…まぁ、名乗ったんだろう)

 新しい冒険への楽しみが過ぎて、そんなこと気にもならなかった。

 村長にお礼と別れの挨拶をしたあと、村の玄関に着く。ふと、振り返ると、もう彼の姿はなかった。

(恩人さん、行くの早いなぁ)

「まっいいか」

 俺は新しいまだ見ぬ世界へと一歩を踏み出した。



 柊木零、かつて17歳の高校生だった者は、前世で友を救うためトラックに轢かれて死に───異世界へと転生した。転生先の彼は、彼の予想とは違い、彼に異能力などはなかった。それでも前向きに、彼は自分の異世界人生を楽しむことを決める。



 ───今、俺の新たな異世界生活が始まる…!

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