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40話 真夜中の罰当たり者

 夜も更けて日をまたいだころ、索敵スキルで検索しておいた人物のうちの一人に動きがあった。同じ名前の奴が多すぎて名前だけで絞ることができなかったのだ。

 みんなは寝静まっているころなので、音をたてないように気を付けよう。


「カチッ!」


 ドアを閉める音が夜中の廊下に響く

 歩き始めようとしたところで、もう一度ドアの音がする。


「カチッ!」


 ローラが顔を出す。音を立てないようにローラの近くまで行く。


「今から行くんですか?」


「音を立ててごめん」


「コジローさんが出かけるのを待っていたので気が付いただけで、普通にしてたら気にならなかったと思います」


「そ、そうか」


 ローラは部屋を飛び出し俺に抱き着いてくる。

 これから行くところがあるのでローラを引きはがそうとしたが、ローラの豊かな双丘を引きはがすためには俺の豆腐のような精神力では難しかった。そして気が付くとしっかりとローラを抱きしめていた。


「カチッ!」

「カチッ!」

「カチッ!」


「イナリもご主人様に抱きしめて欲しいのです」


 素敵な彼氏ができたら抱きしめてもらいなさい。


「コジロー殿……ローラ殿……エッチ」


 ちょっと抱きしめただけだから。勘違いだよねハツメちゃん。


「夜のお勤めお疲れ様でありんす」


 まだ何もしてないから。務めてないから。疲れてないから。これからだから。


 俺の精神力は豆腐から鋼にバージョンアップされローラの双丘を引きはがすことに成功する。いや、ローラを引きはがすことに成功する。

 ローラが頬を紅潮させて照れている。

 俺はちょっと思い出して胸の隠しからラ・ヴォワザンからねこばばしたサファイヤを出しローラに渡す。


「コジローさんから結婚指輪をプレゼントされるなんて、とても嬉しいです」


「これは違うんだよ。ごめん。ステータス偽装できるレリックだからステータス隠蔽はやめて、こちらの指輪を使って」


 ローラは指輪を受け取ると頬を膨らませたまま扉を勢いよく閉めた。


「ご主人様はローラを怒らせたのです」


 ごもっとも。


「コジロー殿…‥悪い」


 ごもっとも。


「旦那様は女心が分かってないでありんす」


 ごもっとも。

 皆の方に顔を向けて声をかける。


「行ってきます」


 ローラにも聞こえるくらいに大きい声で……。


 玄関に行きスリッパから外履きに替える。

 ターゲットと思われる彼が目指しているであろう南の城門近くにテレポートする。

 城門のそばに汚い恰好で片手にランタンを持ち、背中に大きなシャベルを背負って城門の方へ歩いている男が見える。

 あの汚い恰好の男は間違いなく奴だ。ダーヴィトという汚い恰好の男をマーキングする。


「またかダー。そんな罰当たりなことはやめておけ」


「へっへっへっ、単に掃除をしてくるだけでやんすよ」


「嘘つけ。まあいい、通っていいぞ」


「ありがとうでやんす」


 ダーヴィトは門番にからかわれながらも顔パスで城門を通り抜けた。

 マーキングしたので焦る必要はない。俺の予想では現地に着くのに十分くらいはかかるはずだ。

 その間にフェーベとジークヴァルトの位置を確認しておく。東の地区にあるかなり大きな建物の地下に居るのが確認できる。

 この大きな建物は周りを壁で囲まれていて、刑務所のようなところと思われる。地上階は比較的広い部屋が多く人が何人かいる部屋が多いので雑居房なんだろう。

 地下の方は個室に一人一人が入れられている所を見ると独居房となっているのだろう。地下は投獄されている囚人が少なく、結託されないようになのか囚人たちはそれぞれ離された部屋に入れられている。

 二人も結構引き離された所にそれぞれ投獄されていた。ついでにラ・ヴォワザンも確認したところ、離れたとことに投獄されていた。

 この時間は巡回している看守は一人もいない。念のため索敵スキルのマップで地下牢の出入り口辺りを見ると看守部屋っぽいところがあり、三人が一つの部屋に居て残りの二人が別の部屋にいるのが確認できる。隠密スキルを発動したあとに、三人いる方の看守部屋の隣の部屋にテレポートする。

 真っ暗な状態に目が慣れてくると、この部屋には扉があり大きめの机とこんな場所にはに似合わない立派な椅子がある。本棚もあり本がぎっしり詰まっている。

 盗聴スキルを発動し隣の部屋の様子を探る。


「さっき連れてこられたやつは近衛らしいぞ」


「近衛って何だ?」


「お前は本当にものを知らないな。王族を守る専属の兵隊だよ」


「そんなことはどうでも良いだ。それよりあの綺麗な姉ちゃんはいつになったら犯してもいいんだ?」


「あの三人には手を出すなって言ってたぞ。この前みたいに刑が執行される前に殺すなよ」


「オラはあの太った方が好みだなあ。オラはあっちが良い」


「お前ら二人は勝手に手を出すなよ」


「そんなこと言って、いつもおめえが一番に犯すでねえか。ずりいだ」


「こんど別の女が入ってきたらお前らにゆずってやるから、あいつらには手を出すな」


「ほんとうだか?」


「そのときはオラに最初にさせろ」


「お前ら二人に任せるから、好きにして良いよ」


「あの女も死にかけたらいいだか?」


「オラも死ぬ前にやりてえ」─


「ふざけんなよ、お前らが手を出したのがバレたら、ここにいるやつら全員ギロチンだぞ」


「ギロチンは嫌だ」


「オラもギロチンは(でえ)(きれ)え」


「だったら、あの三人には手を出すな。いいな」


「わかっただ」


「オラも手は出さねえ」


「あいつらには関わるな」


「わかっただ」


「オラは関わんねえ」


「他の囚人で遊んでいいが、あいつらには手を出すな。犯したら痕が残るんだ、この馬鹿どもせいで俺まで手が後ろに回ったらたまったもんじゃない」


「何か言っただか?」


「オラのことか?」


「お前たちの事じゃない。ちっ、馬鹿の癖に耳だけはいい。あんな馬鹿でもここで仕事ができてるのは、魔法無効のアーティファクトと牢獄の手錠のお陰だ。あれがあれば看守長さえいなければ見回りはサボれるし、事故が起きることもない」


 こいつらは最低の看守だ。こんな汚い地下牢で仕事をさせられているやつなんて、こんな奴らしかいないのかもしれないが、それにしても酷い。

 魔法無効のアーティファクトというのはブランデンブルク辺境伯が持っていたアーティファクトと同じような効果があるアイテムで、牢獄の手錠というのは従属の首輪と同じような効果があるアイテムなのだろう。

 こいつらは魔法無効のアーティファクトが有効に機能して、囚人には牢獄の手錠をはめて牢屋に入れてるんで、巡回はさぼるつもりなんだな。話から推測すると看守長も不在なんだろう。

 フェーベとジークヴァルトが無事かどうか確認しておくか。


 フェーベが入れられている独房を覗ける位置にテレポートする。フェーベは首に従属の首輪を装着され両手には牢獄の手錠をはめられているが、特に暴力などを受けたあともないので拷問にはあってないようだ。元気そうとは言えないかもしれないが落ち着いているようには見える。

 次はジークヴァルトの独房だ。ジークバルトは目を瞑りしっかり背筋を伸ばし座禅でもやっているのか、辺境伯の屋敷で会ったときよりスッキリした表情をしている。

 最後はラ・ヴォワザンの独房を覗く。従属の首輪のおかげなのか変な事をする気配はない。既に観念しているのか脱獄でも計画しているのか静かに横になっている。


 二人の無事……生存は確認できたのでダーヴィトの方を追いかけることにする。

 ダーヴィトが見える位置にテレポートで移動する。ここはローラと初めてあった王都の南にある墓地だ。

 ダーヴィトはターゲットの墓を見つけるとランタンを横に置き、背負っていたシャベルで土を掘り始める。


 墓穴を掘るのは結構な労力と聞いたが彼は掘り始めてからものの20分くらいで(ひつぎ)の蓋を外し始めていた。

 棺を埋葬するための穴を掘るのではなく棺の蓋を外せれば良いということと、最近埋めたばかりで土が固まってないという好条件? とはいえ、かなり手慣れていることは間違いない。

 棺の蓋を外したところで彼に声をかける。


「ここで何やってるんだ?」


 棺の蓋を手に持ちながら俺が誰なのかを伺っている。

 俺はランタンの前にでて逆光を利用して彼から顔が見えないようにする。


「誰でやんすか?」


「そんなこはどうでも良いよ。それよりダーヴィトさんは何をやっているんですか?」


「何をやっていようがお前には関係ないでやんす」


「最初に言わせてもらうと、俺は墓荒らしじゃないしあんたの仕事の邪魔をする気はないよ」


「おいらは墓荒らしをしにきたわけじゃねえ、友人を埋めてるだけでやんす」


「嘘をつくなよ、さっきから見てたけど穴を掘って棺の蓋をとったところだろ?」


「何が言いたいのか分からないでやんす」


「埋葬物はいらない。その死体が欲しいんだ」


「死体が欲しいでやんすか? 何で死体なんか欲しいでやんすか?」


「それは聞かない方がいい。話を聞いたらお前を殺さなきゃならなくなるからな」


 俺は腰に帯びていた見せ剣を鞘から抜く。


「ちょっと待ってくれでやんす、わかった死体なんて必要ねえからくれてやるでやんす。それよりさっきは墓荒らしじゃねえって言ったでやんすよね?」


「言ったよ」


「埋葬品はおいらが貰っていいんでやんすね?」


「もちろん構わない」


「それじゃちょっと待ってるでやんす」


 ダーヴィトは棺に居た死体を引きずり出し、ランタンでよく見える位置に移動させてから物色する。死体のポケットから小銭を六枚と懐中時計取り出し大切そうに自分の懐にしまう。他には埋葬品が無かったようで、今度は口の中を物色しだす。見ていて吐き気を催してくるがこいつから目を離さないよう注意はしておく。金歯なのか銀歯なのかは見えなかったが、歯を数本抜いた。


「これでこの死体には用はなくなったでやんす。こいつを持っていくでやんす」


 俺はアイテムボックスから魔法鞄を取り出し、ダーヴィトの方に向けて魔法鞄の口を開ける。


「その死体をこの袋に入れろ」


「そんな小さい袋に入る訳ないでやんす」


「魔法鞄だから大丈夫だ」


「おめえ魔法鞄なんて持っているでやんすか。そんなのもっているやつが何で死体なんか必要なんでやんすか?」


「答えても良いが聞かない方が身のためだぞ」


「わかったでやんす。おいらはそんなことはどうでも良いんでやんすから、何も言わないでやんす」


 ダーヴィトは大人しく言う事を聞いて死体を魔法鞄の方に近づける。

 死体が魔法鞄に吸い寄せられるように入っていくのを、彼は一瞬ビックリしながら見つめている。


「これで良いでやんす。さっさと帰って欲しいでやんす。今日はあと二件やらなきゃならないでやんす」


 そう言うと俺への興味は無くなったかのように棺の蓋を元に戻し、土をかけて埋め戻した。


「そういえば、ここのマミーはどうした?」


「なんでそれを知ってるでやんすか?」


「お前に質問する権利はない。マミーはどうしたか聞いているんだ」


「ここにマミーが出現するようになったっておいらが衛兵に通報したでやんす。そしたら冒険者が退治したってんで仕事に来たでやんす」


「その間は仕事は休んでたのか?」


 仕事とは呼べないけどな。


「他にもいくつも墓地があるでやんす」


 あの依頼はこいつの通報がきっかけだったのか。


「さっさと帰って欲しいでやんす」


「今夜中にあと二件掘るんだろ? 終わるのを待ってるよ」


「その後口封じにおいらを殺すつもりでやんすか?」


「それはない。必要な死体は二体だ」


「本当でやんすな。次の墓を暴いたら、さっさと去って欲しいでやんす」


「約束するから急いでやれ」


 ダーヴィトはランタンを持ち、次に物色する墓を探し始めた。

 次の墓が見つかったのかランタンを置くと、また穴を掘り始める。

 さっきと同じように20分くらいかかり棺の蓋をあける。

 死体を引っ張り上げ物色を始める。さっきと同じように死体のポケットにあった六枚の小銭とかけていた眼鏡を盗み懐に入れた。当然のように口を開け何本かの歯を抜く。


「魔法鞄を出すでやんす」


 言われた通り魔法鞄の口をダーヴィトの方に向け死体を入れられるようにしてやる。


「さっさと帰ってくれでやんす。おいらの仕事の邪魔をしないで欲しいでやんす」


 俺はランタンの上に百クローネ銀貨を二枚置く。


「手間賃だ」


「本当でやんすか? こんなにたくさん、ありがとうでやんす」


「死体のポケットに六枚の小銭があったのは偶然か?」


「何言ってるんでやんすか、天国に行くのに必要なお金でやんす」


「六文銭の事かな?」


「なんだ旦那は人が悪いでやんす。知ってるじゃねえでやんすか」


「ダーヴィトは六文銭を知っているのか?」


「当然見たことはねえでやんすが、昔のお金のことじゃねえでやんすか?」


「なるほどね」


 やはり俺以外にもこの世界に来ている日本人がいるみたいだな。


「俺は帰るがほどほどにしておけよ。それから俺の事はだれにも話すなよ、たまにお前の事を監視に来るからな」


「……」


 ダーヴィトは俺の言ったことを聞いて嫌な表情を見せたが、その後は気にする素振(そぶ)りを見せずもくもくと作業を続けた。

 ダーヴィトのランタンが見えなくなるまでは歩いて離れ、そこからテレポートで地下牢に移動する。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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