3話 悪党の行動はテンプレどおり
全方向の風景が大きくゆがみ別の場所へ強制的に移動させられる。
俺は移動前の体勢からスキンヘッドの男が抱えている小さな女の子を奪い取りながら、そのままタックルし男を吹き飛ばした。その後は回転しながら女の子を抱きかかえるように保護し、さらに何回転か転がり、やっと止まったところで女の子を抱きかかえながら壁際で立ち上がる。
何に使う部屋なのかは分からないが、部屋には一切家具などは無かった。テレポートしやすいように、事前に片付けていたのかもしれない。広さは6m×8mの48m²くらいだろうか。結構広い部屋だ。
この部屋には幸いと言えるのか、一緒にテレポートした3人と恰幅のいい男の4人しか居ない。
ここが城の北側にある貴族の屋敷と思われる家の地下であることは索敵スキルで確認し、目の前にいる四人にはマーカーを付けた。地上階にも何人か人が居るが、こちらに顔を出さない限りは無視しておこう。部屋の真ん中に明かりがあり、薄暗いながらも部屋全体を見渡すことはできる。その明かりは蝋燭ではなく炎も燃えていないので、電球のようなものかもしれないが、形としては立体的な菱形のガラスのようなものが光っているように見える。魔法がある世界の明かりのための道具だろうか。ランプもあるのかもしれないが地下なので空気の流れを考えると火を使わない道具の方が使い勝手が良いのかもしれない。
「野郎」
顔に大きな傷の男が咄嗟に一言発すると、部屋で待ち構えていた恰幅のいい男が怪訝な目を向ける。
「トニー、こいつはどうゆうことだ」
大きな傷の男ことトニーが答える。
「スティーブさん、索敵でエドのやつがそばに居ないことは確認したんですが、ディクスンが娘を誘拐したときに格好つけて助けに入ったコイツが、リッツのテレポートで一緒にここに飛ばされて来やしたんです」
「来やしたんですじゃねぇだろぉ! さっさと片付けろ。ここはパウエル卿のお屋敷なんだぞ」
そう言うと恰幅のいい男は顎を俺の方に向けてしゃくりあげ、さっさと始末するよう促した。
保護した女の子が震えているのに気づいて、大丈夫というつもりで目を見てうなずいて見せた。女の子は少し元気を取り戻したようだが、俺の手を強く握って震えている。この先の事を考え、抱きかかえていた女の子を床におろし手で俺の後ろに来るよう誘導した。壁面が薄汚れているのが気になったが、女の子を壁側に向け床に座らせる。
そして帽子を目深にかぶらせ周りが見えないようにしてから小声で囁く。
「このままの体勢で少し待ってて」
大きな傷の男ことトニーがスキンヘッドのディクスンに剣を渡しながら俺を殺すよう指示する。
恰幅のいいスティーブも少しイラついたように、ディクスンに向かって早く俺を殺すよう怒鳴りつける。
「ディクスン、さっさと殺れ」
真剣による斬り合いなどやったことはないが、この女の子を守るためにも、こいつらをこの場で倒すしかない。
俺の剣道の経験が全く生きないとは思わないが、小手一つ取られて指や手に傷ができたり欠損したりすれば、戦闘力が著しく落ちる真剣での勝負は別物と考えた方がいい。
相手との実力が拮抗していれば相打ちも覚悟しなければならないが、そうそう相打ち覚悟では身が持たない。
それに切り傷一つで感染症に侵されるかもしれないと考えると、できるだけ無傷で相手を倒したいところだが、相手も必死なのだ、そうも言っていられないだろう。
俺は軽く腰を落とし正眼……剣道で言うところの中段に構える。ディクスンはスキルを発動させ自身を強化すると、大男とは思えない速度で踏み込んできた。俺はすでに抜いていた剣でなんとか受ける。
ディクスンは小手調べのつもりだったのか、一旦後ろに下がり軽く剣を振っている。
素早くステータス画面からログを表示し、素早さ強化、剣術、踏み込みのスキルを習得したことを確認した。残っていたスキルポイントを、迷わず剣術に振る。
すぐさまレベル1素早さ強化、レベル8剣術、レベル1踏み込みを発動する。
今の一撃で俺の実力を見切ったつもりなのか、余裕綽々の表情をディクスンが見せる。
俺は正眼の構えからすこし右に剣を倒しはじめる。次にディクスンがニヤリと笑みを浮かべた瞬間、素早い踏み込みで迫ってくる。ディクスンは正眼に構えたところから唐竹……剣道でいうところの面を狙って、剣を振りかぶる。
俺も思い切って左側へ踏み込み、ディクスンの太刀筋を避けながら、ディクスンの首目掛け前方から後方へ剣を振りぬき、一文字斬りをする。さながらプロレス技のラリアットのような角度でディクスンの首を刎ねる。
先ほどまでディクスンのものだった頭は壁に叩きつけられた後、床に転がった。胴体の方は前方へ倒れ大きな音を立てて地面に転がった。
トニーは驚きを隠せない顔をしている。ディクスンは素早さ強化と剣術と踏み込みのスキルを発動できるのだから、トニーはディクスンを高く買っていたことだろう。
トニーはスティーブから剣を借り軽く肩や腕を回す。驚きはしても慌てていないのは、間違いなくディクスンより強いからだ。
ステータス画面を開き、レベルが35に上がりスキルポイントが9になっていることを確認すると、躊躇なく剣術を10に上げる。剣術は10が上限のようだ。ちなみに経験値は8,589,934,590になっている。当然スキルポイントは7に減った。
「お前にチャンスをやろう。俺は今右腕のディクスンを亡くし頭にきている。だがお前が土下座し、その娘を大人しく渡せば俺たちの仲間に入れてやろう。お前はディクスンに勝てたが俺には絶対勝てねぇ。
エドじゃあるまいし、俺に勝つには少なくともSランク冒険者を連れてくるしかねぇ。早いとこ土下座しろよ」
「お前みたいな雑魚に下げる頭はねぇよ」
トニーは俺の安い挑発にのり、俺を睨みつける。
その瞬間俺の前に突然現れ鋭い太刀筋で斬りかかってくる。ディクスンの踏み込みより格段に速い踏み込みだ。確かに踏み込みは速かったが剣術は口ほどでもなく、剣術スキルを最大値まで上げた俺には軽く受け流せるレベルだ。
すぐさまステータスを確認するとレベル1の縮地とレベル1の力強さ強化を習得していたため、縮地のレベルを8まで上げレベル8縮地とレベル1力強さ強化を発動させる。
「ディクスンとやったときはそれほどには見えなかったが、お前、わざと実力を隠して戦っていたのか?」
「そんな面倒くさいことはしないよ」
「そうか、それもすぐに終わらせてやる。だがどっちにしろ、お前の踏み込みじゃ俺の踏み込みにはついてこれねぇよ、なっ!」
トニーは最後のセリフを吐いたと同時に縮地で俺の後ろに接近し、体を回転させながら剣を大きく振り回してくる。だが、レベルを上げた縮地を使う俺の敵ではなくなっていた。俺の後ろを取ったと思い込んだトニーのさらに後ろに回り込み、トニーの後ろから一撃を加える。
袈裟斬りに斬られたトニーの背中からは、右上から左下に向けて鮮血が飛び散る。トニーはそのまま前にぶっ倒れ、倒れた体はピクリとも動かない。
スティーブの方に体を向けると、スティーブが慌てた様子で命乞いを始める。
「俺とこいつの命を助けてくれるなら、一生遊べるだけの金をやる。悪くないだろ」
俺を懐柔しようと躍起になっているスティーブは、リッツに近づきリッツの頭を俺に向かって下げさせるような仕草を強制的にした。
「リッツ、さっさとアジトにテレポートしろ!」
スティーブは小声でリッツに言うと、ニターッと気持ち悪い笑みをこちらに向けた。しかし当のリッツは、手練れの二人が殺られたことにショックを受けたのか、動きが止まっていた。
スティーブに言われてから気を取り直したかのように頭を振り、上着の隠しから巾着を取り出し、巾着の中から液体が入った試験管のようなガラスの入れ物を二つ取り出す。
「スティーブさん、MP切れで自然回復には時間がかかる。MP回復薬を飲むから少し待ってくれ」
リッツは小声でそう答えると、2本のMP回復薬らしきものを立て続けに飲んだ。MP回復薬はあまり美味しくないのかリッツは苦い薬を我慢して飲むような表情で一気に飲み干した。悪だくみをするのは構わないが、いくら小声でもこの小さな部屋では、お前らの話は筒抜けだっつーの。とは言え、これ以上ここでの戦闘をする気はないので、逃げるならとっとと逃げろと思い手持ち無沙汰をリッツに気取られないよう注意しながら待ってやる。
「テレポート」
テレポートする直前、スティーブはこっちにニヤリと勝ち誇ったような笑いを見せた。
俺は縮地で無理やり奴らを葬ることもできたが、あえてそうしなかった。索敵スキルでマーキングしてあった彼らがテレポートした先を確認すると、南の地区の中央付近と判明した。壁側に向いて座っていた少女の前に回り込んで跪き、目深にかぶらせた帽子をもち上げて、目が見えるようにしてあげる。
「こんなことしてごめんね、でも悪いやつは全員いなくなったよ、もう大丈夫だからね」
できるだけ安心できるよう、優しく言った。壁側に向けられ何も見えないようにしていたのが逆効果だったかもしれないが、だからと言って大人同士の殺し合いを見せるわけにもいかない。まだ小刻みに震えている女の子を優しく抱きしめながら、背中をさすってあげる。少しでも落ち着くのを待ちながらスキルを確認する。
レベルは43に上がりスキルポイントは8となっていた。経験値は12,884,901,885である。ここから移動しなきゃならないが、まさか玄関から帰るわけにもいかない。テレポートにスキルポイント8を振りテレポートのレベルを9にした。テレポートレベル8でテレポート先の3Dマップを見ながらのテレポート先の指定ができ、俺の場合はその指定を索敵マップを使ってもテレポートできそうなのがありがたかった。
女の子に話を聞こうかと思ったが、ここにいるのは安全とは言えない状況のため、街中でマーキングした女の子の姉の位置を確認する。南西の環状交差点の近くで遭遇したが、そこから東、城の南の大きな屋敷に居ることが分かった。
そういえばスティーブたちがテレポートした辺りと意外に近いな、どんな因縁があるのだろう。
場所は分かったが、いきなりテレポートしては驚くだろうし、どうするか一瞬悩む。わざわざ庭へテレポートしても女の子が魔法で脱出したことを話せば偽装の意味もない。
テレポートの魔法を使えることが知られるのは嬉しくないが、それはしょうがないと腹を括って、索敵マップでテレポート先を指定しテレポートする。
豪華な装飾のある広い部屋に居た4人は突然の来訪者にギョッとなる。スラっとした年配の男性、その妻らしき年配の女性、どちらもこの豪華な装飾の部屋に負けない華麗な服装をしている。もう一人は女の子を妹と叫んでいた若い女性だ。この三人は、突然の来訪者に対応することはできなく、ただただ固まっているばかりだった。
最後の一人は、俺が突然現れたにもかかわらず、すかさず剣を抜き身構えていた。
「ママー」
小さい女の子は、ここまで気丈に振る舞っていたが、家族に会えた安心感からか滝のように涙を流しながら年配の女性の方へ走っていった。その小さい女の子を年配の女性が抱きしめ、女の子はすがるように抱きつき、再会できた喜びを二人でかみしめているように見えた。
年配の女性は若いころは評判の美人であったろう面影を残しており、少しくらい年齢を重ねたからといってその気品は失われていない感じだが、今は大粒の涙を流しながら顔をクシャクシャにして小さい女の子を抱きしめている。
若い女性も二人のそばに近寄り、こちらも涙を止めることができないまま二人を抱きしめるようにしている。こちらの若い女性は今まさに町一番の美人と呼ばれているに違いない美貌の持ち主で、学校で会ったらミスキャンパス間違い無し、文句なしの美少女キャラだ。
夫らしいスラっとした年配の男性はこの輪の中に入りたそうではあるが、小さい女の子を連れてきた俺の方に近づいてきた。
180cmくらいの身長があり、白いゆったりしたシャツを着ている。恐らく自分の屋敷なのでジャケットを脱いでいる状態なのだろう。ズボンは深緑色の麻のズボンで、ごわごわした感じに見える。このズボンで家に居ても寛げなさそうなので外出用なのだろう。
それより少し前方にスラっとした年配の男性を守るように、剣を抜いて身構えていた男性が剣をしまいながら近づいてくる。この男性は身長は170cmくらいだが非常に鍛えられた肉体をしていて、体が分厚かった。一応綺麗で清潔そうな白いシャツを着てグレー調のシックなズボンをはいているが、ジャケットを着崩すように着ていて、外で会ったらガラの悪そうな風体だった。その代わり腕が立つ用心棒的な感じがした。
俺の少し手前まで近づいてきたスラっとした年配の男性が俺に話しかけてきた。
「私はコンパス商会で代表をしているフィンです。うちの娘クリスティンを助けてくれてありがとう。隣に居るのはエドワードで公私に渡って相談役とボディーガードをしてもらってる」
「今紹介されたエドワードだ。エドと呼んでくれ。元S級冒険者で今はお屋形様やその家族を守るのが俺の仕事だが面目ない。お嬢さんを助けてくれた君にお礼を言わせてもらうよ、ありがとう」
二人から挨拶とお礼をされたので、一応自己紹介しておく。
「俺の名前はコジローです」
自己紹介しながらフィン、エドワードの順に握手をした。
「そこにいるのが私の妻で二人の娘、エレノアとクリスティンの母親のエリスです」
「妻のエリスです。娘を助けていただいた御恩は一生忘れません。本当にありがとうございます」
フィンが奥さんを紹介してくれ、奥さんからお礼を言われた。
「コジローです。当然の事をしただけですので、お気になさらずに」
お礼ばかり言われるので、なんとなく居心地が悪くなってくる。
「あとは二人の娘で姉の方がエレノア、妹の方がクリスティンです」
「エレノアと申します。あんな乱暴なやつらから妹を助けていただき、本当にありがとうございます」
フィンが姉妹を紹介してくれた。二人とも涙がいっぱいで挨拶すらできる状態ではなかったが、姉のエレノアの方はなんとか挨拶はしてくれた。妹の方は母親に抱き着いたまま顔をこちらに向けもしないのは、しょうがないところだ。
「クリスティン、お兄さんにありがとうだけ言って」
フィンが妹の方にも何かさせようとするので、
「いいですよ、事情は理解してるつもりですから」
ずっと泣き続けてる小さな子に無理はさせたくなかった。
「この件のお礼がしたいので、何でも好きなものを言ってください。ただ、その前に今回の件の顛末について教えてもらえませんか」
「それは構いませんが、片付けておきたいことがあるので、そっちを先に済ませてきていいですか?」
「もちろん急ぎであればそうしてください。急ぎでなければ、お礼がしたいのでこれからお時間を頂きたいのですが……」
「急ぎます。さっき、その子を攫った奴らに顔を見られてるので、始末をつけてきたいのです」
フィンは事の成り行きを知りたがったが、俺の顔を見た二人を放っておけば、いずれ敵討ちにやってくるだろう。それは避けたい。
「そうですか。それではうちの手練れの者を付けましょうか?」
親切なのか何か思惑があるのかフィンは手を貸してくれると言ってくれたが、これは断った。一緒にいると俺の秘密が暴かれるかもしれないからだ。
その代わり、もどってくるときはまたこの部屋に戻ってきてよいのか聞いておくか。
「いえ大丈夫です、一人でできます。ここに戻ってくるときは、この部屋にさっきと同じ方法で戻ればいいですか?」
「空間魔法ですか、構いませんが、できれば玄関から入ってきてもらえると有難いです」
「庭ならどうですか。庭なら他人の目にも付きにくいし、一応その後玄関から入る事ができますから」
「分かりました。申し訳ございませんが空間魔法は庭をお使いください。お礼がしたいので、必ず戻ってきてください」
「分かりました。それでは一旦失礼します」
ステータス画面でMPの使用量を見ると5%ほどが減っていた。リッツのMPはよっぽど少ないのか、俺のMPがよっぽど多いのか。二人から離れテレポートした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
続きが読みたいと思っていただけた方は、ブックマークして頂けると励みになります。
下の☆☆☆☆☆へ、クリックして作品を評価、応援していただけると有難いです。