19話 花魁
フィンの屋敷につきセバスチャンを呼んでもらう。
「コジロー様、お帰りなさいませ」
「ただいま。セバスチャン、お願いがあるんだけど」
「なんでございましょうか?」
「この間連れてきたこの子、ローラを屋敷に泊めたいんだけど、フィンから許可を取ってほしいんだ。直接会えれば俺の方から頼んでみるけど」
「畏まりました。以前申し上げた通り、主人からはコジロー様を無制限で支援するように言われておりますので、部屋はご用意させていただきます」
「あのーセバスチャンさん、私はコジローさんと同じ部屋で構いませんので、わざわざお部屋をご用意いただく必要はありません」
「そうそう、ローラは俺と同じ部屋で構わないから……えっ! いや、構うでしょローラさん」
「いいえ、コジローさんと同じ部屋で構いません。居候の居候ですから」
「そうそう居候の居候だからね……って、ローラさんそういう問題じゃないから」
ローラはセバスチャンに近づき、耳元で何か囁く。
「それではローラ様のご希望通り、今夜までには言われた通り用意しておきますのでご安心ください」
「セバスチャンさん、御迷惑おかけします」
「コジロー様のお仲間であれば、迷惑なことなどございませんので。それから、私のことはセバスチャンと呼び捨てにしてください」
「ありがとうございます。セバスチャン……さん」
なんか俺抜きで交渉は終わったようだが、本当に俺と同じ部屋でいいのだろうか。今夜が楽しみ……いやいや、心配だ。
するとセバスチャンの手に握られていた葡萄に気付いたのか、モモフクがセバスチャンの手に飛び乗る。セバスチャンがそのままモモフクに渡すとモモフクは大喜びで雄たけびを上げる。
「ピューピュー」
モモフク、いやしすぎるぞ。モモフクはセバスチャンの持っていた葡萄を食べ終わると、セバスチャンにモフモフされたあと俺の肩に戻ってきた。
「コジロー様、部屋へお戻りになられますか?」
「いえ、ちょっと気になったことがあって、ローラと出かけます」
「畏まりました、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ローラ、行こう」
「はい。セバスチャンさん行ってきます」
「ローラ様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ピューピュー」
「モモフク様もお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「ピューピュー」
モモフクは一人前扱いされて嬉しそうだ。
フィンの屋敷から出て西を目指す。
「モモちゃん、一緒に行こうか。コジローさん、モモちゃんに食べさせる果物を少しください」
ローラはモモフクを俺の肩から持ち上げると、自分の胸に抱くように抱えた。ローラに甘やかされたら、モモフクはローラ派になってしまうかも、などとくだらないことを考えつつ、魔法鞄からドライフルーツをいくつか取り出しローラに渡す。
ローラは受け取ったドライフルーツをブルーベリー一つを残してポケットに入れ、そのブルーベリーをモモフクに食べさせる。
「ピューピュー」
モモフク、餌付けされるなよ。
ローラはモモフクをモフモフしながら俺についてくる。
「ところでコジローさん、これからどこへ行くんですか?」
「さっき冒険者ギルドで小耳に挟んだんだけど、花街で変死体で発見されたようなんだ。その変死体が俺が気になっている事件に関わっていそうなので、ちょっと聞き込みとか調べてみたいんだ」
「わかりました。コジローさんが花街で遊びたいって話でなければついていきます」
「俺は花街で遊んだりしないから大丈夫」
何故かローラに言い訳がましい言い回しになってしまう。とりあえず、昨日来た事は黙っておこう。
「ピューピュー」
モモフクが俺の肩に飛んできて俺を勇気づけてくれる。
ローラと一緒に西大通りを渡り、花街の方へ近づいていく。西大通りに面している極光教の大聖堂は荘厳な姿をしており、極光教を信仰していない俺でも厳粛な気持ちにさせる。
大聖堂のまで来たときやたら汚い男が俺たちを通り越して足早に去っていく。なんとなく方向的には花街の方なんだけど、あれで客になれるのか、しかもこんな時間からやっている店があるんだろうかと疑問に思う。俺がちょっと気にかけた男についてローラが教えてくれた。
「あの人は教会の人たちからダーって呼ばれている人で実は墓荒らしをしているって噂されているんです」
「捕まえないの?」
「教会の幹部に袖の下をつかませているって話です」
「なるほどね」
鑑定してみるとダーヴィトという名前なのが分かる。きっと火葬しないから埋葬品から指輪とか金歯とかを盗むんだろうな。まったく不届きな野郎だ。
大聖堂を背に花街に向かうと、やがて入り口である大きな門にたどり着く。花街への入り口は東西に一つずつあり、どちらにも大きな門があるが、それ以外からは入ることができないよう花街の区画が壁で覆われている。
まずは桔梗屋の前まで行く。時間が早いせいか開いている店は一軒も無いようだった。桔梗屋だけはこの時間から多くの人が出たり入ったりと、ほかの店とは違い異様な雰囲気が漂っている。
「コジローさん」
「ん? どうした?」
「なんで桔梗屋の場所を知ってたのですか?」
ん? ローラは何を聞いているのだろう。そして俺はどう答えるのが正解なのだろうか。
「ぐ、偶然?」
「コジローさん、何で疑問形なんですか?」
ひゅ~。
ローラの周辺の温度が絶対零度まで下がったためか、口の中が凍り付いて話すことができない。入り口の門からまっすぐ桔梗屋に向かうという大失態。ループ系転生のようにやりなおしはできないだろうか。
思わず額に冷や汗が垂れる。
「コジローさん、汗がでてますから拭いて差し上げますね」
ローラがハンカチを出し額を拭いてくれる。
「今日は汗をかくくらい暑い日ですね……三月三日で、まだ春になったばかりですけど」
ニコニコしているローラが怖い。
「そこの肩に動物を乗せてる旦那、おいでなんし」
俺とほとんどかわらないくらい背が高い花魁に声をかけられた。まさに救世主登場。
目立つのは手の込んだ髪型と煌びやかな衣装である。
髪型は実に見事な横兵庫で、前髪には簪や笄や櫛が沢山刺さっており、髷は左右に一つずつの扇形があり、まるで蝶が羽を広げているようだった。
高価そうな衣装は特に打掛と帯に金襴緞子が使われているため光沢があり、一目で贅沢な品であることが分かる。
顔はおしろいなどの化粧が濃くて、正直わからない。
「どうもこんにちは」
「今日は、わちきの親父様がお亡くなりになりんした。わちきの店……桔梗屋に何か用がありんすか?」
「そうなんですか、お悔やみ申し上げます」
「ここでの立ち話は何ですから、お店の中にお上がりしんせんか?」
「お金ももってないし、女連れなんで」
「桔梗屋は親父様が亡くなられて店じまいしますから問題ありんせん」
「ローラ、ちょっと話が聞きたいし寄って行かないか?」
「コジローさんがそうしたいのなら付いていきます」
俺たちは花魁に連れられ桔梗屋の中に入っていった。建物の中の一室かとおもったが、中庭にあったテーブル席の椅子をすすめられた。
席に着くと、なんとなくバニラっぽい匂いがした。これは彼女が吸っていたタバコかなにかの匂いだろうか。やっぱりキセルを使うのかな? 今は吸って無いようなので分からないが、それともケネスが言っていた麻薬だろうか。
「わちきは桔梗屋で花魁をやっているヨシノと申しんす」
「俺たちは冒険者で、俺の名前はコジロー。それでこっちがローラ。よろしくお願いします」
「ローラです。よろしくお願いします」
まだ幼げな雰囲気を残した可愛らしい禿がやってきてお茶を出してくれた。一緒に持ってきたお香をテーブルの真ん中におき、より強く匂いが香るよう蓋をとった。さっきのバニラっぽかったのとは違い、なんとなく鼻を突く刺激臭があった。禿はその匂いが嫌いなのか蓋をとるときは袖で鼻を押さえていた。お茶とお香の準備が終わった後は、モモフクをじっと見つめて興味深そうにしていたので、禿にモモフクを抱かせてあげる。魔法鞄から取り出したマンゴーのドライフルーツを禿に渡してあげる。
「この子はモモフクって名前なんだけど、とっても食いしん坊なんだ。そのマンゴーを食べさせてあげてくれないか」
すると禿は抱いているモモフクにマンゴーを食べさせ笑顔を見せてくれた。
「ピューピュー」
モモフクは嬉しそうに鳴き声を上げたので、禿の前に両手を差し出し返してくれるよう要求する。禿はそのジェスチャーを理解したのかモモフクを俺に返してくれる。
「あの子は別の店に行くことになりんす。外の世界に触れることができないあの子に優しく接してくれてありがとうござりんす」
実家でひもじい思いで暮らすのと、ここでの生活はどちらが幸せなのかは俺には答えられない難しい問題だ。もちろん実家に帰れるとして帰ったとしても、もろ手を挙げて喜ばれるかどうか分からない。
「わちきは桔梗屋の花魁で親父様が亡くなられて店が無くなってしまうので別の店に売られんす。ただ、親父様は誰かに殺されたようなので、仇を討たんことには親父様が不憫でありんす。昨日、蔦屋さんで肩に白い小動物を乗せた怪しい男が騒ぎを起こしたでありんす。それは旦那さんじゃありんせんか?」
あれっ? なんか雲行きが怪しくなってきた。
その話を聞いたローラが絶対零度の冷たい視線を俺に浴びせる。
「今このお店の責任者は女将さんなの?」
「親父様の奥様でお袋様でありんす」
「玄関のところに居た女性だよね?」
「そうでありんす」
「んじゃ、ちょっと待ってて」
俺は女将と話しをつけるために玄関まで行く。
「こんにちは、コジローと申します。この度はご主人が突然の不幸に見舞われ、心からお悔やみ申し上げます」
「コジローさん、若いのにご丁寧にありがとうね。ヨシノちゃんとは話はついたの?」
「ヨシノさんを身請けするとしたら、おいくらかかるか教えていただけませんか?」
「主人がいたときにはヨシノは絶対に身請けさせなかったんだけど、店をたたむから二十万クローネを用意すれば、貴方に預けても良いわよ」
「お願いがあるのですが、聞いていただけないでしょうか」
「ええ、聞くのは構いませんよ」
「三日のうちの身請け金を用意するので、待っていただけないでしょうか。手付金として五万クローネを置いていきます。そのあと十五万クローネを三日以内に持ってきます」
「そう、うちはそれで構わないけど、そんなお金集められるの?」
「それはアテがあるので大丈夫です。あと、御主人が亡くなった理由を何かご存じありませんか?」
「昨日の夜慌てて出て行ったのだけど、そのまま帰らぬ人になってしまったの。だから、詳しくは分からないわ。ただ、蔦屋さんでもめてたらしいってうちの番頭が聞いてきたのだけど、蔦屋さんに行っても何も教えてもらえないのよ」
「そうですか」
「ヨシノちゃんを幸せにしてあげてね」
身請けしたら自由に生きてもらおうと思う。
俺は懐から財布をだし五万クローネを女将に渡す。
女将は証文と領収書を書いてくれた。あと十五万クローネ作らねば。
「それでは後日、改めてお金を持ってきます」
「コジローさん、待ってるわ」
俺はヨシノさんとローラがいる中庭に戻った。
「ヨシノさんの仇討ちに協力するよ。それと同時にヨシノさんを身請けすることにしたんだけど、どう思う?」
「わちきは、お金で取引される身で自由はありんせん。旦那さんのお好きなようにしなんす」
「コジローさん、ヨシノさんも一緒に暮らすの?」
「いや、ヨシノさんは身請けしたら自由にしてもらおうと思うんだ」
「そう」
「親父さんの仇討ちするにしても、ヨシノさんも自由に動けないと何もできないから、しばらく待ってて」
「親父様の仇討ちができるの本当に嬉しうありんす」
「そのことだけど、俺は蔦屋で隠れて別の二人組の会話を盗み聞きしてたんだ。それは俺にとって関わりのある事件を解決するに必要な事だったんだ。ヨシノさんの親父さんが同じ事件に巻き込まれているなら、一緒に調べられると思う。関係なかったとしても、ヨシノさんの親父さんを殺した事件の調査に協力することを約束するよ。ローラ、いいでしょ?」
「コジローさんが良いなら、私は構いません」
「旦那さんは、わちきの親父様が殺された理由を知っているでありんすか?」
「知ってるわけじゃないけど、桔梗屋の主人が蔦屋に怒鳴り込んできたときに、蔦屋に居たのは間違いない。誰に会いに来て何を言ったのか、その後誰と会ってたかも知ってるよ」
「そうでありんしたか」
「二、三日のうちにまたくるよ」
「ヨシノさん、なるべく早くコジローさんと迎えに来ますので、少しだけ待っててください」
「旦那様、ローラ様、ほんにわちきの願いを聞いてくれてありがとうござりんす。おさらばえ」
俺たちは桔梗屋を出て行く。
「コジローさん、昨日も来たんですね。こういうところに来てもいいですけど、嘘はつかないでください」
「すみません、二度と嘘はつきません」
二度と嘘はつきません、という言葉が嘘にならないよう気を付けねば。
「ヨシノさんの身請け代金はいくらなんですか?」
「二十万クローネ」
「そ、そんな大金、コジローさんは持ってるんですか?」
「いや、持ってないよ。無理無理」
「それじゃ、ヨシノさんはどうするんですか?」
「手付金の五万は払ってきたから、後は十五万を何とか稼がないとね」
「ここじゃ飯が食えないから、いったん外で食事して今後どうするか考えよう」
「はい、わかりました」
俺たちは入ってきた方とは逆の西側の門に向かう。
「蔦屋には獣人がいるらしいって噂だぞ」
「お前は花街の噂ならなんでも知ってんな」
「ここに来るために働いてるからな」
「その獣人は張見世で見れるのか?」
「いや、お得意様用って話らしいけどな。王都じゃ取り締まりが厳しいから、本当に獣人が店に居たら、すぐにでもそんな楼閣は潰されちまうだろうがな」
「エルフや獣人はあそこの具合が良いって話だからな、一度くらいは相手して欲しいもんだ」
「役人に賄賂を握らせなくても、見逃してもらえるくらいの大物じゃないと、一生出てこれなくなるぞ」
「おー、桑原桑原だな」
嫌な話が聞こえたのかローラが嫌そうな顔を見せたので、門へ急いで向かった。
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