18話 ローラの秘密
今日は朝9時から冒険者ギルドでローラとファラと待ち合わせしているので、朝食をとってから冒険者ギルドへ向かう。
この時間はいつもなのか、クリスティンとエレノアが庭で花に水を与えている。
「行ってらっしゃい」
「あ、行ってきます」
クリスティンに声をかけられ、思わず慌ててしまう。
出かけるたびに玄関先で会ってしまうと、いずれ酒の力を借りて、クリスティンさーん好きじゃあああ……とか言ってしまわないか心配になってしまう。
昨日に続きコンパス商店に寄り、昨日の店員にモモフクに食べさせるのに何か良い物が無いか聞いてみる。
「この子に食べさせたいのだけど、何かいい食べ物とかあります?」
「今日だと林檎とかありますけど、どうですか?」
「林檎かぁ、ここってナイフも売ってる?」
「ありますよ」
「それじゃ、林檎一つにナイフ、それからドライフルーツのマンゴーを二十クローネ分ください」
「お買い上げありがとうございます」
「林檎とマンゴーはそれぞれ紙袋に入れて、ナイフはそのままでいいから」
「わかりました、少々お待ちください」
少しして紙袋二つと皮の鞘に入ったナイフを持ってきてくれた。
「全部で55クローネになります」
魔法鞄を取り出し財布から55クローネを渡し、商品を受け取り魔法鞄に入れる。
片手を上げて店員に帰る合図を送り店を後にする。
「毎度ありがとうございます」
店員の声を背中に受け、冒険者ギルドに向かう。肩にとまってたモモフクが俺の顔を触りまくってうるさいので、マンゴーを一切れ取り出しモモフクに与えてやる。
「ピューピュー」
モモフクは貰ったマンゴーに満足しているようだ。今日もあの店で良い買い物をした。
通いなれた冒険者ギルドに入ると、朝から冒険者が何人かいて、情報を交換し合っているようだ。
「今朝、花街で殺人事件があったの知ってるか?」
「あそこは治安が悪いから、いつものことだろ」
「大店の桔梗屋の親父が変死体で発見されたって大騒ぎだったぞ」
「桔梗屋の親父? 楼主ってことか。忘八にはお似合いの最後だろ」
「何もそんな言い方することはないだろ。蔦屋と違って、桔梗屋の親父は良心的で花魁にも慕われていたんだよ」
「ずいぶんと桔梗屋の肩を持つな。それになんでお前は朝っぱらからそんな事知ってんだよ」
「俺か? 桔梗屋の馴染みのところに泊まったからだよ」
「お盛んだねえ」
二人の男がニヤニヤと下卑た笑顔を見合わせている。
司祭の黒い法衣を着たファラと法衣をやめて少しは冒険者らしくなったローラがこっちへ歩いてきた。
「おはよう、コジロー」
「おはよう、ファラ。ローラもおはよう」
ちょっとローラの顔が緊張気味だ。
「コジローさん、おはよう」
ローラとはちょっと心の距離が広がった感じがした。
遠くから教会の鐘が一回聞こえ、ちょうど9時になったのだと分かる。
「コジロー、向こうの個室をローラに取ってもらってるから、そちらで話しましょう」
「わかりました」
ファラとローラの後をついていき、冒険者ギルドの個室に入る。
「今日は清人教について、私が知っていることを話すことになっていたけど、その前にコジロー、貴方の正体を教えてもらえないかしら?」
「俺は嘘をついてるわけでもないし、正体を隠しているわけでもない」
ファラは俺の何を疑っているのだろう。
「コジロー、あなたがあの時私に一撃を加えたけど、かなりの衝撃を受けたわ。ローラは鑑定持ちなんだけど、あなたのレベルやスキルレベルを考えると軽く拳を振るったくらいで私が衝撃を受けることは無いし、数m吹っ飛ばされるなんて考えられない。その前に私が本気を出したクリティカル攻撃でノーダメージだったのも腑に落ちないの。コジロー、この状況を説明できる?」
「本当の事を言えば、清人教の事やローラの事を教えてもらえますか?」
「ローラの事? やっぱり何か隠しているのね」
「ローラの出生の秘密ですよ」
「貴方はどこまで知っているの?」
ファラの声がだんだん熱を帯びてくる。
「ローラの本名がオーロラで、ハーフエルフってことくらい」
「そんなことまで……貴方は何者なの?」
「見ての通り、ただの魔剣士です」
「そんなわけないわ。ローラの情報をどこから得たの? これだけは答えてちょうだい」
ファラはローラをずいぶん大切にしてるようだな。
ローラはファラから言われたのだろうか、俺を警戒しているように感じた。
「俺も鑑定持ちなんだ。だから俺自身で調べたからローラの事を知ってるし、他人からローラの情報を貰ったことはないし、他人に話したこともない」
「嘘! でも、コジローさんは嘘をつくような人ではありませんよね?」
ローラが突然口を開いた。
ファラが小声で何か言ってる。たぶん、ファラの指示があるまでローラには話させないよう指示しているのだろう。
「嘘をつくなら、もっとマシな嘘を付いてちょうだい。さっきも言ったとおりローラは鑑定を持ちよ」
「少しは俺の事を信じて欲しいんだけどな。そうだ、一昨日のお昼過ぎ右耳のピアスを外していたでしょ?」
「藪から棒にピアスの話とはどういうつもりなの?」
ファラはとぼけようとしているのか、ピアスを外したことを知らないのか。
「右耳のピアス、つまりステータス隠蔽のレリックを、一昨日のお昼過ぎに外していたのではないかと思うけど、俺の思い違いかな?」
ファラが驚いたような顔をしてローラを見る。
「ローラ、一昨日右耳のピアスを外したのは本当なの?」
「はい、枢機卿様が鑑定をお持ちで、ステータス隠蔽を解くようにおっしゃられたので」
ファラはしまったという顔をして、その後はしばらく無言となり思考の沼に沈み込んでしまったようだった。
ファラが気を取り直したように、隠しから魔法鞄を取り出すと中からピカピカのタイルのようなものを取り出した。そのタイルを額に近づけて、しばらくじっとしていた。そしてそれを俺に差し出す。
俺は右手を出し、それを受け取る。一辺が8cmくらいの正方形で厚みは5mmくらい。片面は虹色にピカピカ光り、もう片面は磁器のようにツルツルで真っ白だった。これは何だかよく分からない。ファラがやったように額に近づけて、しばらくそのままでいる。
「オーロラと共に四大精霊を訪ねよ」
今度は一度離し、もう一度額のそばに近づける。
「オーロラと共に四大精霊を訪ねよ」
俺には聞こえたが、ファラにもローラにも何も聞こえてないようだった。
「コジロー、どうかしたのか?」
「声が聞こえた。二人には聞こえなかったか?」
「聞こえないわ」
「聞こえませんでした」
もう一度、額に近づける。
「オーロラと共に四大精霊を訪ねよ」
俺には確かに聞こえてる。
「コジロー、このプレートは何と言っている?」
「オーロラと共に四大精霊を訪ねよ。そう聞こえました」
「やっぱりそうか」
ファラは何か一人、納得したようだった。
「そのプレートを返してくれないか」
「もちろん」
俺は言われた通りプレートをファラに返した。
ファラはさっきと同じように、額にプレートを近づける。
しばらくして、一度プレートを離しもう一度額にプレートを近づける。
「そういうことね」
ファラは何かを納得したのか、プレートを俺の方に差し出す。
「コジロー、これはもう貴方のものよ。受け取ってちょうだい」
意味は分からないがプレートを受け取る。すると、プレートが眩いばかりの輝きを放ち変形した。
「何これ」
俺は意味が分からず、思わずファラに聞いてしまう。
「ファラ、この輝きは何?」
ファラも驚いた表情をして首を横に振ってる。
変形が終わり輝きが収まったところでファラに渡す。それをファラは受け取りローラと一緒に見るが、二人とも首を捻る。
「光輝いたのも変形したのも初めてだし、これも初めて見るものだわ。ずいぶん意匠が凝ってるけど」
そう言いながらファラが変形した物を返してくれた。二人は見たことが無いというので、この世界には無いものなのだろうが、日本人の俺はすぐにピンとくる。
「それじゃ、これは俺が持っていていいの?」
「ええ、私が持っているより貴方が持っている方が相応しいと思うわ」
これだけで役に立つ物じゃないので魔法鞄にしまう。
ファラが俺をまっすぐ見つめてくる。
「これから私が話すことを聞いて、できればローラのことを助けて欲しい」
ファラがローラについて、何か特別な話しをする気になったようだ。
「俺にできることであれば」
ファラはそれでいいというように、俺の目を見ながら首を縦に振った。
「16年前、私は国からの依頼を受け王都周辺で歴代国王や大貴族の墳墓を調査していました。私以外にも調査に協力した助祭が何人か居て、私に割り当てられたのは数基の墳墓でした。国が管理している墳墓の入り口には封印が施されていて、国から渡された封印の鍵が無ければ入ることができないようにしてありました。ただ、私の担当エリアには一基だけ渡された資料に無い墳墓があり、こういった墳墓を発見した場合は国に報告することが義務付けられていたのです。この墳墓……実は後で墓でないことが分かったので、実際には遺跡ということになるけど」
「ファラは遺跡を発見したんですか。すごいことじゃないですか」
「その遺跡に入ってみると、中には見たこともないようなツルツルでピカピカの壁に囲まれていて、中央に子供用の石棺がありました。石棺の近くにコントロール用のパネルがあって、なぜかわからないけど石棺を開けるコマンドを思いついて入力しました。もちろん知ってるはずもないのに石棺が開き、開いた石棺からは冷気が白くなって漏れ出したのです。石棺が石ではなく実は透明なガラスで出来ていたことが分かり、その石棺の中に入っていたのがローラです」
「どうしてローラはそこにいたのでしょうか?」
「私が知っているような文字は無かったので、正直何もわかりません」
「ローラ以外の人も居なかったのですか?」
「ええ、ローラ一人だけです」
「ローラの身元を表すような物も無かったのですか?」
「ローラが居た石棺の横に、さっきコジローに渡したプレートが一つ、ピアスが二つに指輪が六つ、杖が一杖ありましたが、身元が分かるようなものはありませんでした」
「他に何かありませんでしたか?」
「残念ながらありませんでした。手がかりになるようなものは、さっきまでプレートだったものだけです。あれが私に言ったのは、妖精を従えた少年を探せというものでした」
「ローラは何も声が聞こえないの?」
「はい、あのプレートから声が聞こえたことはありません」
「そっか、ファラもそれ以外の言葉は聞いたことが無いの?」
「ええ、それ以外は聞いたことはないわ。それも、コジローに渡した後は、声が聞こえなくなったから私の役目はここまでということだと思います。だからコジロー、ローラをよろしくね」
「いや、よろしくねって言われても、俺は居候の身で‥…」
「ローラはすでに孤児院の部屋は引き払って帰るところがありません」
「コジローさんの迷惑になるなら、私は一人で暮らそうと思います」
ローラが泣きそうな表情をしているので、俺は慌ててしまう。
「あっ、大丈夫だから。今お世話になっている屋敷はとても広いから全然大丈夫。この後、行ってみよう。ねっ、ローラ」
「はい、ありがとうございます」
あとでフィンにお願いして、しばらくは二人でフィンの屋敷に居候させてもらおう。いずれは家を借りるなどして、フィンの家を出ないとな。
部屋を引き払ってるというのが本当なら、ファラはこの状況を予想していたのかな。
「不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
「はい……はい? んん!」
結婚のときの挨拶っぽいけど、きっと違う意味で言ってるよな。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人でお辞儀し合う。
「ファラ、その遺跡に今から入ることはできますか?」
「それが他にも何か手がかりがないかと思い何度か同じ場所に行きましたが、その遺跡を見つけられませんでした」
「そうですか。二度と入れないよう封印したのか、そもそもファラがテレポートなどで移動させられたのか。その遺跡のことは結局報告はしたんですか?」
ファラは首を横に振った。
「場所を特定できず、報告はできませんでした」
「何者かが、何らかの意志をもってファラをその場所へ誘導したのでしょうか?」
「コジローの言う通り、何者かの意志で私が誘導されたのかもしれませんが、私には分かりません」
「ローラの事はこれまでは教会には何も言ってないのですね?」
「ええ、教会は保守的ですから過去に例のない事を嫌がります。ローラのことはただの孤児ということにして育ててきました。もちろん、ハーフエルフであることは隠してます」
「枢機卿に鑑定させたことと清人教に襲撃されたことは、関連があるとお考えですか?」
「残念ながらその可能性はあると思います。ですから、今後は私よりコジローの方がローラと一緒にいるのに相応しい」
「ファラ、清人教について教えてもらえますか」
「清人教は、200年前に魔王マサカドが現れたように、現代に魔王を蘇らせようとしているらしいです。ただ、一般人で知っている者はほとんどいないし、王族や大貴族、それに教会くらいにしか、その存在が知られていない存在です。調べるにしても、信用できる人にしか聞かない方がいいと思うわ」
「ありがとう、今後はそいつらの行動にも気を付けるようにするよ」
「それでは私はここで失礼するわね」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「ええ、これから二人で四大精霊を探さないといけないでしょ。私は場所も手がかりも知らない。コジロー、貴方がいれば自然と導かれるのかもしれないけど、いばらの道なことは間違いない」
「俺の事をもっと詳しく調べなくて良いのか?」
「もし枢機卿が清人教と繋がっているなら、尋問されても知らないことは答えられないので、行先などを含めて私が知らない方がいい」
「わかりました」
ファラは立ち上がり、そのまま去ろうとする。俺は慌てて立ち上がり、ファラを引き留めようとする。
「ローラとのお別れは、こんなんでいいの?」
「それは昨日すませたから大丈夫。コジロー、ローラをよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げると、もう振り返らずに個室を出て行った。俺も頭を下げる。
「ピューピュー」
ローラと一緒にいられることが嬉しかったのかモモフクがローラに飛びつくと、ローラも嬉しそうにモモフクをモフモフしている。
俺は椅子に座り、ローラにステータスを公開する前に上げれるスキルを全部上げておき、ステータス偽装をスキルレベル12で発動しなおす。
「ローラ、俺はステータス偽装ができるんだけど、今その発動スキルレベルを12に変更したので、鑑定を使ってくれ」
「はい、わかりました。それではいきます」
ローラは指を移動しながら何か数えてる。
「コジローさんはレベルが42,992,743もあって、しかも本当に鑑定持ちだったんですね。さっきは嘘つき呼ばわりしてごめんなさい」
「そんなの気にする必要ないよ。それより、今後どうするか決めないとね。まずは、俺が住まわせてもらっている家にいって、しばらくローラも一緒に暮らしていいか話してみよう。だめだったら、王都に二人で部屋を借りればいいだけだから、それほど問題はないでしょ。俺たち冒険者で食っていけそうだし」
「わかりました、全てコジローさんにお任せします。ファラからコジローさんに一生ついていくように言われてますから」
あれっ? 一生? 一生でいいの? ローラは何か勘違いしてそうな気がするけど、今は気づかないふりをしておこう。
「そろそろステータス偽装のスキルレベルを戻すよ」
「どうぞ、もどしてください」
俺はステータス偽装を元に戻すと立ち上がった。
「それじゃ行こうか」
「はい」
俺たちは個室を出て受付の方にいく。後ろでローラが何かやっていたが、それには構わず受付に居たステラに声をかける。
「ローラが借りてた個室はもういいから」
「わかりました、それでは鍵を返してください」
ああ、鍵を借りてたのか。
「鍵をお返しします、ありがとうございます」
ローラが持っていた鍵とギルド証をカルトンの上に乗せた。
「ローラさん、昨日の魔獣が売れましたので、代金の受け取りをしますか?」
「はい、お願いします」
あっ、もう売れたんだ。いくらくらいなのかな。
「ローラさん、内訳はマミー三体でその内の一体が魔導石が完全な形で残されていましたので高値で取引されました。計二万千クローネで取引が完了したため、70%の一万四千七百クローネがローラさんの取り分となります。代金を確認したら、こちらにサインをください」
ステラはカルトンに代金を乗せ、領収書とペンを机に置き、顔を持ち上げローラの顔を見つめる。
ローラはカルトンから代金を受け取り金額を確認すると、ペンを持ち領収書にサインをし、またペンを置く。
ステラがローラのギルド証のアップデートを終えると、ローラにギルド証を返してくれた。
「コジローさん、魔獣の売上は半分ずつでいいですか?」
「もちろん、かまわないよ」
俺はそう言うと、ローラが差し出した七千三百五十クローネを受け取り財布にしまう。
俺たちは冒険者ギルドをあとにすると、フィンの屋敷へと向かった。
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