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16話 花街

 教会の敷地を出たくらいで大聖堂の鐘が鳴る。カーン、カーン、カーン。3回ということは17時ごろだな。結構日も傾いてきていて、あと1時間もすれば日の入りするだろう。


 西大通りにでて行き交う馬車が途切れたところで横断する。


 大通りの内側は高級住宅地って感じで、大通りに面している通り沿い以外は店もなく、フレッシュ青果店が御用聞きのようなことをしていると言っていたが、そういった人がいないと意外と不便な感じがする。少なくとも使用人などがいないと大変だろう。


 大通りの外側は一般の住宅地や商店、場所によっては商店街のように店が連なっている所もある。


 繁華街の外れに怪しい雰囲気の店が並んでいる通りがあった。

 通りの入り口に占い横丁とあったので、怪しい感じも客寄せ用の演出かもしれないと思う。

 どの世界にも当たるか外れるか分からないものにお金を使う奴っているんだな。


 鐘がカーンと1回なり18時になったことを知らせてくれる。繁華街をブラブラしている間に1時間が過ぎたようだ。

 この明るさの感じは薄明と言っていいだろう。おそらく30分程度の間に徐々に暗くなっていくはずだ。

 薄明という現象を見る限り、この星は球体で一般的な天文知識が生きる環境と言えそうだ。こういうときに現代科学のチート系のマニュアルでもあれば、何かの役に立つかもしれないのにと思ってしまう。

 まだ三月なのでこの時間はそれなりに寒くなってくる。

 

 商店街の中から定食屋的な店に決め、客引きをしている店員に声をかけた。


「すみません」


「はい、いらっしゃいませ!」


「こいつも一緒なんだけど大丈夫ですか?」


 モモフクを見せると、店員は渋そうな顔をしている。


「ピューピュー」


 モモフクが一声鳴くと店員は目じりを下げて、モモフクに手を伸ばし勝手に抱き始める。この人もモフリストらしくモフモフしはじめた。


「構わないよ。ところで、この子は何を食べるんだい?」


「果物があればいただきたいのですが……」


「今日のデザートは桃だけど桃で大丈夫かい?」


「桃で大丈夫だと思います。デザートだけ、こいつ用にもう一つ追加できますか?」


「金を払ってくれるんなら全然構わないよ」


「お金は払いますので、先にデザートをお願いしても良いですか?」


「それなら、先にデザートを持ってくるよ。お前さんの食事はどうなさる?前菜が必要なのか不要なのか選べるようになってるよ。あとはメインの肉の量と焼き方。デザートは桃だね。ホットワインが一杯つくよ。この子の分と合わせて前菜を食べる場合は25クローネ、食べない場合は20クローネになるけど、先払いでお願いできるかい?」


「わかりました。

 前菜も食べます。肉はミディアムより少しレアっぽい感じのミディアムレアで200(グラム)をお願いします。

 お金は今だしますね」


 店員に25クローネ渡すと厨房に声をかけている。


 厨房への指示を終えると、店員は名残惜しそうにモモフクを俺に返してくれ、厨房のそばで待機する。


 デザートの桃を切ったものと赤のホットワインが先に運ばれてくる。デザートは山盛りだな。やたらサービスが良い店なんだろうか? ホットワインの方はシナモンの香りがした。


 モモフクは嬉しそうに桃を食べている。あまり食べたことが無いのか今までの食事で一番嬉しそうにしている。ホットワインの方は体が温まっていい。


 このお店の内装は雰囲気のある佇まいで、使い古された角の取れたテーブルや体裁が揃ってない椅子など、恐らく高級レストランなどから中古で買い取ったものと思わせるそのレストラン家具が逆にいい味を出している。テーブルが四卓あり、それぞれのテーブルに椅子が六脚ある。さらにカウンター席が八脚あり、こぢんまりとした店内の割に椅子が多すぎる感じはする。

 店内の客はこれから多くなるのか、まだ三割ほどしかうまってない。


 しばらくすると注文しておいた前菜……茹でたロングパスタに肉入りのトマトソースがかかっている所謂ミートソース、もしくはボロネーゼがパンと一緒に出てきた。とても美味しく、このお店の料理人が前菜でも手を抜かない職人ということが分かった。ただ、前菜はもっと軽い物……はっきり言うとサラダ程度のものだと思っていたので、意外と腹にたまった。

 前菜を食べ終わって少し待っていると、メインの肉が運ばれてくる。ガーリックで味付けをしているのか食べる前から食欲をそそる匂いが漂ってくる。いつものように、全部まず切ってから食べるなんてことはできないので、お行儀よく切っては食べるを繰り返す。

 メインを食べ終わると皿が下げられ、デザートが運ばれてくる。モモフク用の物の半分もないが、既に自分のデザートを食べたモモフクが物欲しそうな顔をこちらに向けるので、俺の分のデザートをモモフクの目の前に押しやる。

 モモフクの目が輝き、美味しそうにデザートの桃を頬張る。


「ご馳走様。とても美味しかったです」


 食事が終わってから店を出るときに、入店時に声をかけた店員に挨拶をして店を出る。


 外は既に真っ暗になっていた。食事中に鐘が鳴っていたようなので19時を越えているはずだ。


 さらにその辺をブラブラしていると、花街と思われる区画に入り込んだ。何となく淫靡な空気を感じつつ冷やかし次いでに覗いてみる。てっきり飾り窓風なのかと思ったら、なぜか吉原風。張見世(はりみせ)……所謂遊郭の格子でできた客に女性を見せる部屋のことで、ここに女性が並んでいて理由は分からないが全員が俺を見て俺を誘ってくる。

 俺の前を歩いているいかにもダメ親父が『どの娘も俺に惚れて俺だけを見つめてくる』とうわごとのように呟いているのが聞こえ、むしろ俺は冷静になる。周りから見たら俺もダメ親父に見えてるに違いない。こんなに見つめられると危なく惚れられてると勘違いしそうになっていた。魅了に耐性があるこの俺を魅了するとは、きっと魅了スキルに2万ポイントくらい振っているに違いない。


 そこに見覚えのある顔……左目のところに縦10cmくらいの傷を持った男を発見する。気づかれないように注意しながら、索敵スキルを発動し過去にマーキングした相手……名前はヨーナスであることを確認した。隠密スキルを発動し綺麗なお姉さんを張見世ごしに見ているフリをしながら、ヨーナスに付かず離れずでついていく。

 すると格式のありそうな大きなお店……蔦屋(つたや)の裏口に回って行く。裏口で誰かと一言二言話して店の中に入った。一応、店の裏側も一通り確認すると、やたら背の高い立派な騎士がいたので気づかれないよう客のふりをして蔦屋の裏手から離れる。この立派な騎士を鑑定してみたら名前がジークヴァルトでレベルが36もあった。俺はよっぽど高レベルのやつに縁があるようだ。

 ついでにヨーナスと同時にマーキングした男を確認したところ、フィリップ・パウエル男爵であることを確認した。


 気になったのでヨーナスをチェックすると、中に人がいる部屋に入っていった。中に居たのはオスカー・ヴュルテンベルク王子ということが分かった。

 この国の第一王子か。確か体調が悪くてコンパス商会には賢者の石を探して欲しいって辺境伯から依頼があったとか言ってたよな。会話は分からないので何をしているのかは分からないんだよな。


 仕方ない隣の部屋が空いているので、その部屋にテレポートすることにした。


 テレポートすると部屋の中はフローリングのようになっていて、とても綺麗な床なので土足厳禁な感じがした。そっと靴を脱いで両手に持つ。索敵スキルを発動しこの部屋に誰かが入ろうとしたらすぐにテレポートできるよう用心する。

 早速、廊下を歩いてくる人を発見し一応注意していると、ヨーナスたちがいる部屋に入る。そいつを鑑定するとラ・ヴォワザンという女だった。俺の興味を引いたのはこいつが二つもレリックを持っていたことと、その内の一つが物騒な用途のアイテムだったことだ。

 ヨーナスたちがいる部屋の方の壁に耳を付ける。


「やっと来たか、はやく薬をくれ」


「ちょっと待ってくださいよ、すぐにご用意しますから」


 薬をくれと言ったのが王子なんだろうな。媚薬のたぐいだろうか。


「このホープダイヤモンドを使ったおまじないは、間違いなく効果がありますからね。

 いつも通り媚薬が高い効果を発揮するように、おまじないをかけさせていただきます」


 するといままでのラ・ヴォワザンの声とは随分と違う低い女性の声でなにやら呪文を唱えている感じだった。部屋にはラ・ヴァワザン以外の女性はいないので、本人の声とは思うが、先ほどまでとは全然違うので驚きの声を上げそうになる。


 媚薬の効果が呪文で上がるとは思えないので、価格をつり上げるためのパフォーマンスではないかとも思えるが、もしかしたら例の物騒なレリックの効果を発動しているのかもしれない。


「ヨーナス、いつも通りの金だ」


「へい、まいどありがとうございます。ラ・ヴァワザン、薬の代金だ」


 チャリンと音が鳴りお金のやり取りがあったことを窺わせる。


 ここでラ・ヴァワザンとオスカー王子にマーキングを施す。


「それじゃ旦那、これで失礼しやす。ラ・ヴァワザン行くぞ」


「旦那様、またよろしくおねがいします」


「ヨーナス、下に降りたら、ここの親父に早くタカオ太夫を寄越すよう催促しておいてくれ」


 オスカー王子がそういうとヨーナスもラ・ヴァワザンも部屋を出て行った。ヨーナスは先ほど入ってきた裏口で騎士と話していたのか、しばらくそこで止まっていた。ラ・ヴァワザンは店の表から堂々と出て行った。


 しばらくするとタカオ太夫らしき人が近づいてきて、王子の居る部屋に入ったようだった。


「旦那様、ようこそ、おいでなんし」


 すると、下の階がやかましくなった。


「ちょっと桔梗屋(ききょうや)さん、お客さんがいるんだから、勝手に上がられては困ります。帰ってください」


 結構大きな声で制止している声が聞こえてくる。そのままドカドカという階段を上り隣の部屋のドアを開けた音が聞こえた。


「オスカー様、ラ・ヴァワザンからもらった薬なんぞ飲んではいけません」


「桔梗屋、何邪魔しに来たんだ。いろいろ世話になったから今日のところは勘弁してやるが、さっさと帰れ。でないと手打ちにいたすぞ!」


 オスカー王子のすごい剣幕に負けたのか、桔梗屋と言われた男は引き下がったようで、それ以上何も言わなかった。念のため、この桔梗屋と呼ばれた男もマーキングしておく。

 さらに下からドカドカと階段を上り隣の部屋に入る音が聞こえる。その入った人が桔梗屋を部屋から追い出したようだった。


 ふと気づくと妙な匂いが立ち込めた。

 媚薬というのがタバコのような感じなのか、となりの部屋からこっちの部屋へ壁を通り抜けて何か煙が入ってきているようだった。


「ピューピュー」


 妙な匂いに興奮したのか、おとなしくしていたモモフクが急に騒ぎ出す。

 隣で桔梗屋を追い出していた男が俺が居た部屋の扉を開ける。このままテレポートするわけにはいかないので、外に通じる障子(しょうじ)の方へ駆け寄り、障子を開けて外へ飛び降りた瞬間、結構遠くへテレポートする。

 さすがに、テレポートした先までは花街の喧騒は聞こえてこない。

 手に持っている靴を履いた。


 索敵スキルで、あのあとどうなったのか確認する。

 ラ・ヴァワザンは占い横丁のとある一軒に入っていった。恐らくラ・ヴォワザンの店なのだろう。

 蔦屋から少し離れたとことで、ヨーナスと桔梗屋が同じ場所に居るようだった。さっきの話の続きをしているのかもしれない。


 ステータスが上限を越えてから初めてテレポートを使ったが、正直MPが減ったか減ってないか分からない程度しか減ってない感じがした。つまり1%未満のMP使用量でテレポートができている感じだ。


 それじゃ帰るか。モモフクを頭を軽く撫でてあげながら、フィンの屋敷に向かった。


 ブルーベリーとバナナのドライフルーツを一つずつ取り出す。モモフクにブルーベリーを与えると喜んで食べ始める。


「ピューピュー」


 ずいぶん元気な感じだ。


 フィンの屋敷の玄関から入る。


「お帰りなさいませ」


 セバスチャンが出迎えてくれた。


「フィンさん、ケネスさん、あとエドもいたら一緒に話がしたいのだけど」


「三人ともおりますのが、コジロー様はお食事はどうなされました?」


「外で食べてきたよ」


「そうでございますか。


 それでは、コジロー様はいったんお部屋にお戻りください。準備ができましたらお迎えに上がりますので」


 セバスチャンと話していると、エレノアとクリスティンが近くの部屋から出てきて駆け寄ってくる。


 二人で可愛い、可愛いを連発している。


「セバスチャンからコジローさんが白くて可愛い動物をペットにしたと聞いて、コジローさんが帰ってくるのを二人とも楽しみに待ってたんです」


 二人の後ろに居た母親のエリスが、この状況を説明してくれた。


 俺は肩に乗っていたモモフクを自分の手のひらに乗せて、二人の前に差し出す。


「抱きしめてごらん」


 そう言うと、妹のクリスティンがばっと両手を広げて俺を見たので、モモフクをクリスティンに抱かせてあげる。


「名前はモモフクって言うんだ。こんな見た目だけど妖精さんなんだ」


「妖精さん?」


 姉のエレノアが妖精に疑問を感じたようだ。


「妖精って、人間にいたずらをしたりするあの妖精のことですか? 人間の前に出てくることは無いって聞いておりますが?」


「いたずらをするのかは知りませんが、俺は鑑定持ちなので種族が妖精なのは間違いありません」


「そ、そうなんですか。コジローさんがおっしゃるなら、本当に妖精なんですね。妖精に会えるなんて、おとぎ話の主人公みたいです」


 エレノアは我慢できなくなったのか妹からモモフクを取り上げ、頬ずりをする。


「ピューピュー」


 これほどまでに女の子に可愛がられているモモフクを見ていると、可愛い鳴き声ですら勝利の雄たけびのように聞こえる。


 後ろにいたエリスやセバスチャンも仲間に加わりたそうなのに嫉妬した俺は、エレノアからモモフクを奪い取る。


「いったん部屋に戻りますので。セバスチャン、準備ができたら呼びに来てくれ」


「畏まりました」


 モモフクとのお別れに名残惜しそうな人たちを残して、この場を離れ部屋へ戻る。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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