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10話 執事に用があるときはチリンチリン

 昼間使った商談用の部屋に行くとケネスがすでに待っていた。ソファにつくとケネスがコーヒーの入ったコーヒーカップを目の前に置いてくれる。俺は当然のように砂糖を沢山入れる。


「今日はあの後も王都では事件がありまして、その事件のことも含めケネスの方から報告させます」


 フィンがそう話しながらケネスに合図を送ると、ケネスが軽く会釈をして話を続けた。


「まずコジロー様の知り合いが居るかどうかを調べた結果についてお伝えします。


 王都にある極光教の教会で教会簿を手分けして調べさせました。具体的には今年で十歳から二十歳になる男性の洗礼簿を調べました。結果コジローという名前は見つかりませんでした。

 この結果はコジロー様が、記憶は王都に突然現れたところからで、その前の記憶が無い……つまり王都生まれでない可能性があるということでしたが、その可能性が高まったことになったのではないかと考えております。

 調査はこれ以上は難しいので一旦中断しコジロー様についての新しい事実がでてきた場合、調査を再開する予定としておりますが、コジロー様それでよろしいでしょうか?」


 俺の出生についてケネスが調べてくれたようだが、調査を中断してくれて有難い。これ以上やっても当然何も出てこないだろうから。


「調査中断については問題ないが、極光教ってのはどんな宗教なんですか?」


 気になって質問した。


「元々ヴァルキュリア王国の国教で、王国が大陸全土まで版図を拡大する中、各地で布教し信徒を増やしていきました。その後、ヴァルキュリア王国の国土が切り取られるに従い、影響力も小さくなっていきました。今ではヨツンヘイム王国、ヴァルキュリア王国、ニヴルヘイム王国で信仰されている宗教ですが、ヴァルキュリア王国以外では大きな影響力はありません。それでもどこの国でも大きな都市には極光教の教会があります。この三国の国民のほとんどは極光教の信徒と言っていいと思います。


 ただ、ほとんどの国民は生まれたときに教会に洗礼に行き、結婚するときに教会で結婚式を挙げ、死んだときに教会で葬式をあげる。年に何度か教会関係の祭祀があり、熱心な信徒であればお参りや寄付をしますが、ほとんどの国民は宗教的な祭祀というより、非日常のお祭りを楽しむ行事としてとらえていると思います。


 龍宮王朝は独自の宗教があり、ニヴルヘイム王国の国教は知りませんが極光教を崇めていることはありえないでしょう」


 極光教についてフィンがずいぶん詳しく教えてくれた。


「それでは教会簿とは簡単に見せてもらえるのですか?」


 もう一つ気になったことを聞いてみた。

 すると三人がニヤリと笑みをこぼした。


「コジロー、そのために教会には普段から寄付をしている、場合によっては接待もするし、金を握らせて何かあったらうちに知らせる奴もつくってるよ」


 そう言いながらエドワードが俺にウィンクしてみせた。

 蛇の道は蛇ということか。

 そろそろ質問も無くなったという空気をケネスが読んで、話を次の話題にうつす。


「次はクリスティン様の誘拐事件についてです。


 事の発端は国王陛下が賢者の石を所望したという話になるかと存じます。国王陛下の長男にあたるオスカー王子殿下の体調がすぐれないということで、宮廷魔導師に定期的に治療をさせたが一向に良くならなかったそうでございます。

 さる御高名な魔導師を呼び見せたところ、賢者の石なら治せると言ったとか。


 そこで賢者の石の争奪戦となるのですが、そもそも存在するものなのか、どのような形をしているのか分かっておりません。どの貴族も手に入れたいところですが、恐らくどの陣営もまだ手に入れていないご様子です。


 私どもからするとブランデンブルク辺境伯から引き合いが来ておりますので、見つけた場合はブランデンブルク辺境伯を通して献上ということになると思いますが、正直私どもも発見には至っておりません。


 フレッシュ青果店は……青果店という名前ですが、もはや私どもと同様商会と言ってよい商売形態でございます。そのフレッシュ青果店はヴォルフェンビュッテル侯爵と懇意の間柄ですので、ヴォルフェンビュッテル侯の親族であるパウエル男爵と組んだと考えられます。

 私どももまだ何も成果が無い状態ですから、なぜこの時期に誘拐などしたのかという疑問がありますので、ヴォルフェンビュッテル侯かパウエル男爵、もしくはフレッシュ青果店になにか事情があったのかもしれません。


 考えられるとしたら、最近私どもが珍しい磁器を手に入れ、磁器通であるヴォルフェンビュッテル侯に磁器を卸したことから、フレッシュ青果店が私どもと侯爵の仲を裂こうと何か仕掛けてきた可能性はあるかもしれません」


 ケネスがそう説明したが、フィンのお嬢さんが誘拐された理由なぞ俺が思い当たることなどない。


「フレッシュ青果店とは御用商人の件などで、いろいろなところで争っているんです。


 御用商人とは貴族から御用商人として認められますと、その貴族が必要とされる物資や情報を直接、商いできるようになるのです。それから貴族が持っている領地での商いもやりやすいよう便宜が図られます。その代わり場合によっては貴族同士の争いや、本人や係累の起こした事件の尻拭いを頼まれることもあります。こういった話には表に出せる話と出せない話があり、場合によっては裏社会の人間を使わざるを得ない場合もございます。


 御用商人は一人の貴族につき一人から三人くらいが指名され、少なくとも御用商人にならないとその貴族とは直接取引ができません。御用商人でない場合はその貴族の御用商人経由でしか商売ができないため価格面などで競争力が落ちたり、利益が少なく成ったりと商売が難しくなります。広く商売をするためには、より多くの貴族から御用商人に指名されることが必要なんです。


 磁器を卸した時は特別にヴォルフェンビュッテル侯の御用商人に一時的に指名していただきました。これをフレッシュ青果店が警戒して、警告する意図で誘拐にまで発展したのかもしれません」


 話の内容は理解できたが、誘拐の原因が侯爵なのか男爵なのか青果店なのかは、さっぱりわからない。いや、そもそもそんな理由で誘拐するだろうか。


「俺が思うに」


 エドワードがこの件について考察を述べる。


「今回の件に関してフレッシュ青果店側の残りの人間の中で、誰が、何人知っているのかということは調べておきたい。またパウエル男爵もどれくらい、この件に噛んでるのか、はたまた首謀者なのか、これも調べておく必要はある。少なくとも場所を提供していたパウエル男爵は事件の概要くらいは知っているハズだ。


 しかし、パウエル男爵はよほど深く関わってないかぎり、今後直接動くことは無いだろう。今回の事が公になり、場合によってはお家騒動にでも発展するのは避けたいはずだ。そもそも、スティーブの子分二人が殺され、家の者に気付かれることなく出て行ったことは、パウエル卿自身も危ないということは悟ったはずだ。


 逆にフレッシュ青果店は社長や武闘派のトニー一味がやられちまったんだ、落とし前を付けるために必死に犯人を捜すはずだ。スティーブの息子で番頭をやっているウィルが、いずれ社長に昇格するだろうから、父親を殺しの犯人を捜すまで諦めないはずだ。こいつには注意しておく必要がある」


 ケネスがエドワードの話に付け加える。


「午後になっても帰ってこないスティーブを探し始めましたが、その様子から今回の事件に関わった者はフレッシュ青果店には残ってないものと思われます。ただ、パウエル男爵から死体を始末するよう連絡が来れば、パウエル男爵の口から今回の顛末が語られるかもしれません。パウエル男爵が自身で死体を始末した場合、トニーとディクスンが疑われるでしょう。スティーブの財布は無くなっているのですから。


 コジロー様、スティーブから譲り受けた財布を交換しますので、出していただけませんか?」


 スティーブの財布を俺が持っているのを誰かに見られたらまずかったな。そう思い、ケネスの言われるままスティーブの財布を渡した。


 財布を受け取ったケネスは、別の財布を取り出し中身を移す。中身を移し替えた財布をケネスは俺に返してくれた。


「コジロー様、スティーブの財布は焼却炉の方で処分致しますので、ご安心ください」


 ケネスがスティーブの財布の末路を教えてくれた。スティーブの財布は一旦、ケネスの胸の隠しにしまい込まれた。

 新しい財布を魔法鞄にしまう。


「エドワード、ケネス、今後しばらくは周りに気付かれないよう、屋敷や商会の警備を強化してくれ。私の家族が出かける場合は必ず護衛を付けるように。それからフレッシュ青果店、特にウィルの動向には注意しろ。


 パウエル男爵はこちらの動きに注意を払っているはずだから、直接的な調査はやめておこう。私の方からブランデンブルク辺境伯を通して調べてみる。それにしても分からないのはヴォルフェンビュッテル侯は次男のクリスティアン王子陣営のはずなのに、パウエル男爵がなぜ動いているんだろう」


 フィンがクリスティン誘拐事件後の警備の強化や調査の方法を指示するが、このような事件が起きた背景については疑問を解決できずにいるようだ。


「それでは王都近辺に現れたSS級魔獣ファフニールについて、警告が出ましたのでご報告いたします。


 本日午後五時ごろ、北の側防塔から見張りをしていた者からS級魔獣ドラゴンが飛行しているのが確認されました。外壁から10Kmくらい先を東から西に飛んでいたということでしたが、このS級魔獣ドラゴンという報告が視認による誤報であり、のちにSS級魔獣ファフニールと訂正されています。被害などは報告されておりませんが、投石器(カタパルト)数基を外壁周辺に配置したとのことです。目的などについては現在調査中とのことです。以上です」


 ケネスが俺たちが遭遇した魔獣について報告してくれた。

 王都にはS級やそれ以上の魔獣が近づいた場合に、通報のシステムや周知させるシステムが存在するようだ。


「そのことについてだが、実は俺たちが衛兵にファフニールが居たことを報告したんだ。ケネスが言った通り、衛兵は飛行していたファフニールをドラゴンと誤認し、S級魔獣が接近したと報告したらしい。俺たちは北の城門から、北に10Km近くのところでトロールを討伐していた。これは冒険者ギルドのBランク依頼によるものだ。


 トロールを倒し死体の始末をしているところをファフニールに襲われ、命からがら逃げてきたわけだ。ファフニールはその後、西の空に飛び去ったのを確認して俺たちは王都に戻ってきて、城門のところで衛兵に報告したのさ。もちろんファフニールの目的なんて分からない。


 襲われた直接の理由は、たまたま俺たちの上を飛んでいたときに、俺たちが倒したトロールの血の匂いにでも釣られたんだろう」


 エドワードがファフニール襲撃の顛末を報告すると、フィンは驚いたように訊ねた。


「ファフニールに襲われて、二人とも無事だったということか?」


「服は破けちまったが体に異常は無かった。そのかわり、何もできなかったな」


 エドワードは両手を肘あたりから広げ、両の手の平を上に向けた状態から肩をすくめるジェスチャーをやり、どうしようもなかったとアピールしながら、無事ではあったが手も出せなかったことを伝えた。

 腕を食いちぎられて、俺から祝福を受けたことは内緒にしてくれたようだ。


「二人が無事だったことは何よりだ」


 それほど重大な危機ではなかったのだろうと、フィンも安心したように言った。


 これで本日はお開きとなり、セバスチャンに客室まで案内してもらった。客室は二人用の部屋でベッドが二つあり、一人で過ごすには少し広すぎる感じがした。トイレの場所を教えてもらい、何か用があるときはこのベルを鳴らすよう指示される。


 試しに思いっきりベルを鳴らした。


「チリンチリン」


 思ったより大きな音がして驚いたが、特に使うこともないだろうと、そのときは思った。


 異世界生活一日目はこうして幕を閉じた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「楽しめた」


「楽しめなかった」


「続きが読みたい」


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