1話 異世界生活は南新宿から始まる
俺こと中村正門は、37歳という若さでお陀仏となった。
東京に春一番が吹き荒れた日、打ち合わせのためにやってきたのは南新宿。某・お馬さんを応援できる建物を横目に、交差点の信号が変わるのを待っていると、大きなつばの麦わら帽子をかぶったご婦人と、そのご婦人と手をつないだ小さな娘さんが目に入った。遠くの方では、車に興味のない俺でもエグゾースト音と形容したくなるような爆音が響いていた。信号が変わったところで横断歩道を急いで渡る。小さな娘さんが自分の帽子が風にさらわれて、帽子を取ろうと届くはずのない手を伸ばして手をバタバタとあがいている姿が目に入った。
小学生の時、友達の加藤君が風に飛ばされた友達の通学帽を、ひょいと大きな通りを横切ってキャッチしたのを指をくわえて見ていた光景を思い出す。柄にもなく躊躇することなく小さな娘さんの帽子目掛け駆け出していく。
これでも高三のときには剣道部主将として出場した地方大会を、個人で優勝した実績をもっている。残念ながら全国大会では良い成績は残せなかったが、足さばきと敏捷性にはちょっと自信がある。
走りながら風に流されている帽子に手を伸ばし、その持ち主の方を覗いてみると驚いた顔をしている。なんとなくどこかで見たことがあるような顔だななんて考えていると、遠くで響いていたエグゾースト音がすぐそばで鳴り響いていることに気がついた。
気がつくと、そこは柔らかいベッドの上だった。周りに目をやると屋内で、見慣れない形の全体的に白い建物であることが分かる。天井は丸い半円形のドームのように見え、そこには自分にとって、いかにも女神様然とした女性が居た。寝ているのは失礼かと思い急いで立ち上がる。女神様のような人は……女神様だったら人じゃなくて神だけど……ギリシア神話に出てくる登場人物たちが着ているような、白い布を少し留めてひだひだを強調した服装をしていた。髪の毛は石膏によくあるパターンの天然パーマだ。
俺はスーツにネクタイ姿であったはずだが、なぜか白い雨合羽のような形の服を着ている。確認はしていないが、下がスースーするのでノーパンな気がする。ただそれを確認すると相手に気付かれそうなので、確認したいが確認できないジレンマに陥る。そうこうするうちに、彼女はとんでもない事を告げるのだった。
「中村正門様、あなたは本日南新宿にて命を落とされました。本来地球人の死者の魂は洗浄され、いずれ地球上の生き物として転生することになります。しかし、中村様はこれから別の世界へ転生していただきます」
きたー、異世界転生。
別の世界とは、死に戻りしているジャージ姿の少年が居たり、幼女が銃もって最前線に投入されたり、骸骨姿の魔導王がいたりするのか?
いやいや、それじゃまんまパクリじゃねぇか。このままいくと、俺の異世界サバイバルマニュアルという名の愛読書が役に立ちまくりじゃねぇか。ダメだ。これは聖典に対する冒とくだ。早いとこ、軌道修正せねばならん。
そして、聞きたいという欲望を抑えることができず、つい口をはさんでしまう。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
最初に見たときから、いかにも女神様らしい雰囲気を持っていたため、確認せずにはおれなくなったのだ。
「やはりあなた様は女神様なのでしょうか?」
「いいえ、私は魂の案内役です。姿形はございません。中村様が私を女神の姿に見えるのであれば、中村様自身が女神の姿を望み、その姿を中村様が見ているにすぎません。別の方を案内する場合は、別の方が望む案内役の姿が見えることになります」
うわぁぁぁー、超恥ずかしい。中二病時代、孤高をいっていたはずの俺様がテンプレのような女神様を案内役に望むとは。その当時は誰でも思いつく邪眼を俺様だけが特別に、いや超特別に開眼を許されたのだと思い込もうとしていた。決して他者とは相容れない、孤高の人生を送る俺様……の黒歴史。
邪眼につきものの眼帯といえば、俺様の場合は黒い眼帯。黒い眼帯と言えば、まさしく柳生十兵衛。絶対に負けない兵法を持つ漢の象徴だ。
その残滓は、今でも机の引き出しの奥に黒い眼帯として残っている。さすがに眼帯をして外出したことはないけど……本当に黒い眼帯を作るとは、まさに若気の至り。
そんな俺の夢想を相手にすることなく彼女は言った。
「異世界へ転生するにあたり、中村様の望むスキルをお付けできます」
きたきた異世界テンプレ。こういう場合、何を望むのが正解なのか? 頭と運が悪い女神をもらっちゃいけないし、スマートフォンは既に持っていかれてる。
聞きたいことを聞いてみた。
「スキルは何個でも付けられますか? どんなスキルでも構いませんか? 物理的な物をもらうことはできますか? 魔法を唱えることはできますか?」
ちょっと聞いてみようと思ったが、どんどん疑問が湧きだしてくる。にもかかわらず、魂の案内役とやらは丁寧に答えてくれた。
「スキルの個数について上限は決まっていません。スキルの内容ですが、世界一強いとか、世界一モテルとか、物理攻撃無効、魔法攻撃無効、死なないなどのスキルを付けることはできません。物については、世界一強い剣はできませんが、これから行く世界で一番固い鉱石で作った剣はできます。また、魔法を唱えることはできます」
「それでは、最凶の邪眼をください」
やはり俺の相棒は邪眼だ。それも最強ではなく最凶でなければならない。邪眼さえあれば、後は何もいらない。
なかなか返事をくれない案内役を見ていると、その端正な顔立ちがなぜか汚物を目の前にしたような顔でこちらを見ていた。
「邪眼とは何ですか?」
こいつ、異世界テンプレの人なのに邪眼も知らないの? 邪眼て、一般名詞じゃないの?
「えー邪眼とはですね、邪な目で、世界の真理すら見通せる目です。その能力は魔法の発動を見極め、武技スキルの発動を見極め、ときに幻術を生み出す、魔界の眼です」
案内役の口がありえない方向に歪むのを見て、これはしまったと思ったが後の祭りだった。
「邪な目とは、どのような目でしょうか? 世界の真理とは何の事でしょうか? 魔法の発動や武技の発動は見極められませんが、ラーニングというスキルで魔法や武技スキルを習得することはできますが、非常に大きなペナルティが必要とされます。幻術スキルをここで望む場合は、これもまた大きなペナルティを要します。それから魔界とはどのような場所にあるのでしょうか?」
案内役に立て続けに浴びせられた罵声とも言える言葉の洪水に、俺のプライドが押し流されそうになった。
しかも言っておきながら『邪な目』をこれ以上の言葉で説明することが俺には不可能だった。寧ろ俺自身が『邪な目』を説明して欲しいぐらい。言うまでもなく『世界の真理』なんて知ってるはずがない。『魔界』なんて、どこかのラノベか漫画で知った単語に過ぎない。
俺の浅薄な中二病的知識が常識ある言葉でこなごなに打ち破られた瞬間だった。
もうやめてくれー。
「それなら、経験値に負の倍数のペナルティをつけるよ」
俺はどうしても自分の中二病心を満足させたい一心で、思いついた大きなペナルティを申し出たところ、案内役はものすごく驚いたようだった。
「経験値に1.2倍のボーナスをつけることならできますが、それで、いかがでしょうか?」
「いえ、いいんです。経験値に-1倍のペナルティを付けてください。その代わり、魔法や武技スキルを習得できるラーニングのスキルを付けてもらえないでしょうか?」
案内役は一般的なボーナスで手を打たないかと勧めてきたが、俺は大きなペナルティでも是非ともラーニングのスキルを付けたかった。
「そのペナルティなら、ラーニングのスキルを付けることはできますが、あまりお勧めできませんよ」
「構いません」
俺が提案したペナルティを付けることを案内役は躊躇しているようだが、俺はそこを問題としていない。
「ラーニングのスキルでどんな魔法も習得できますが、レベルが上がらず、結果としてMPが上がらずに習得できても魔法が使えない状態となりますが、本当によろしいのですか? 武技スキルも同様に習得できますが、ステータス不足で自分では使用できない可能性がありますが、大丈夫でしょうか?」
「はい、それで構いません」
「では、レベル1の魔法剣士、つまり魔剣士に、取得経験値を-1倍のペナルティを付け、初期スキルとしてラーニングを付与するということでよろしいでしょうか?」
「それでお願いします」
結局案内役が折れてくれて、俺が望んだスキルを付与してくれることになった。
「それでは、中村正門様を指定されたジョブに設定します。また、指定されたジョブの初期装備を装着した状態で始まります。それから、転生先でのお名前をお付けください」
自分の名前は古臭い割に有名な剣士と同名ということは無かった。二刀流のムサシも捨てがたいが物干竿のコジローのほうが何となく好きという理由でコジローにする。
「コジローでお願いします」
「畏まりました。それでは、中村正門様改め、魔剣士コジロー様でご登録させていただきます」
もう一つ、気になっていた事を聞いてみる。
「あっ、転生させたもらった条件として、何かクリアする目的みたいなものってありますか?」
「それはございませんが、新しい人生を悔いの無いようお楽しみください」
「わかりました。いろいろお世話になりました」
「なお、これからコジロー様が転生する世界ではステータスと念じるだけで、現在の自分のステータスを見られます。さらにいくつかの詳細ステータスを見ることもできます。それにより、取得したスキルの一覧や魔法の一覧を確認したり、取得したスキルポイントを振ることもできます。また、ラーニングは念じればすぐに使えるスキルですが、常時発動にしておくこともできますので、それを利用するのをお勧めします。簡単なインターフェイスのため、すぐに慣れると思いますが、ステータスはここで使えますから、念のため試してみてはいかがでしょうか」
ゲームのステータス画面のようなものか。これも異世界テンプレだな。
『ステータス』と念じると、自分のステータスが表示される。
今までの世界がグレースケール化され、その上にポップアップウィンドウのようなものが表示され、自分のステータスを見ることができた。
名前はコジロー、年齢は37、種族人間、性別男性、レベルは1、状態は健康、経験値は〇、HPやMPはバーで表され現在は最大値に対し満タン状態となっていた。力強さ、器用さ、丈夫さ、素早さ、賢さ、精神力、運、魅力についてはオールGだった。
表示されている以外の隠しパラメータもあるかもしれないが、Gというのは恐らく低い方なのだろう。
他に、スキルと魔法というボタンのようなものがあった。
まずはスキルを見るとラーニングが表示されており、その横にレベル1と書かれていた。ガイドメッセージにスキル習得率10%と表示されていた。ラーニングにおけるスキルの習得率は100%じゃないのかって、ある意味当たり前か。
レベルもあるし上げることができれば習得率も上がるかもしれない。
このスキル画面からスキルを発動したり、先ほど教えてもらった常時発動の設定できるのかもしれないが、現在は操作不可能だった。細かい操作は現地に行かないとできないのかもしれない。
魔法の方を見るとファイヤーとあった。その横にはレベル1とあり、レベルにより威力が違う可能性を示している。最初から魔法が使えるとは思っていなかったので、ちょっと得した気分になった。
『閉じろ』と念じ、ステータスの表示をやめた。
グレースケール化された世界が、元の色鮮やかな世界へと戻った。
「力強さや器用さがGとなっていたけど、これがどれくらいの値なのか分かりますか?」
「基本的に、能力が高い順にAからGまでの7段階になっています。それより上のクラスにあたる達人でAA、さらに上のクラスにあたる勇者でAAAという値になることがあります」
スキルは最低値か、レベル1だしそんなもんだよなとは言え、少し落ち込む。
「なるほど、では魔法の詠唱には特別な知識などが必要になりますか?」
「スキルも魔法も特別な知識は必要ありません。スキルはレベルとスキル名を念じるか、メニューから発動できます。魔法はレベルと魔法名を詠唱するか、メニューから詠唱できます。ただし魔法の場合は、詠唱できる状態でないとメニューからも詠唱できません。スキルも魔法もレベルを省略すると、自身が習得した最高スキルレベルを指定したことになります。
それと、魔法にはもう一つ詠唱する方法があります。その方法とは、魔導書を読んでその通りに詠唱する方法です。しかし、魔導書は古い言葉で書かれており読めるようになるまで時間がかかる上に、魔導書がとても高価なので現実的にはかなりハードルが高いと言えます。この場合は魔法を習得している必要はありません」
まずは通常の魔法やスキルを習得するところからだな。
「丁寧に説明していただきありがとうございます。あとは転生先で少しずつ知識を増やしていこうと思います」
「長い時間お付き合いいただきありがとうございます。それでは、最初の町に転生させていただきます。コジロー様のご活躍をお祈りしております」
冒険者は無理かもしれないが、いろいろなスキルが使える、おもろいおっさんとして生活するには困らないだろう。
きっと周りもレベル1みたいなやつらばかりだろうから、MPを使わない凄いスキルを発動させて、みんなを驚かせることができるかもしれない。
ここから俺の異世界転生スローライフが始まると思うとワクワクとドキドキが止まらない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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