第5章 スピードとパワー
剛獣ヘルロムートの力を発動した辰馬の次の戦いは?
大小、様々な岩の転がる荒野。辺りにはココネしか居ないのを確認してから、辰馬は剛獣ヘルロムートへ変身する。
二回目だというのに、もうスムーズな変身が可能。実際にやってみないと解らないが、走りながら飛びながらでも、変身が出来るだろう。
全身に力が漲る。しかし、ただ強い力を振り回すだけでは何の意味もない、下手をすれば自分どころか身の回りの者さえ傷つけかねない、強い力は使いこなすことが一番大事。
まずは軽く体を動かし温めながら、具合を確かめ腰の大鉈を抜く。
日本で身に着けた剣道と剛獣ヘルロムートの力を合わせ、大鉈を振り下ろす。
振り下ろされた大鉈は、簡単に大岩を真っ二つにした。
「すごいのですすごいのです、辰馬」
尻尾を振り振り、拍手の嵐。
「こんなもんだな」
変身を解く辰馬。本人も納得ができるぐらい、剛獣ヘルロムートの力を使いこなせている。
今日は、この荒野で野宿。中学校で行ったキャンプを思い出す。あの時は玲も一緒で、あいつの作ったカレーは美味しいと高評価を受けた。
「うっ」
ココネが晩ご飯に用意したのはトカゲ。そこら辺を走っていたのを捕まえて串に刺して火で炙っている、味付けは塩コショウのみ。
「美味しのです、辰馬も食べるです、早く早く」
焼き上がったトカゲにかぶりつき、辰馬にも勧める。
「あ、ああ」
当たり前と言ったら当たり前のことだけど、トカゲなんて食べた経験はない、一度も。
断ればココネを傷付けてしまうだろうし、お腹も減っている。
おっかなびっくり、一口食べて見る。
「あ、美味しい」
意外とトカゲの丸焼きは美味しかった。しいて言えば味は鶏肉に近く、肉質に弾力があり、塩コショウだけの味付けが肉そのものの味を引き立てている。
毛布に包まり、星空を眺める辰馬、隣ではココネは既に寝息を立てている。
魔女ルシーカの居所が全く解らない、ティネムも拠点を捜させたものの、見つからず。
ただ五獣勇者が活躍すれば、向こうから接触してくる可能性はある、実際に宣戦布告は受けた。
取り敢えずはティネムに会うため、王都を目指すことに。
明日は近くの町で準備を整えることにしよう。そんなことを考えているうちに辰馬も寝息を立てていてた。
翌朝、王都を目指す準備のために辰馬とココネが町へ。
都心に近い、割と発展した町。ココネにして見れば珍しくない光景だけど、辰馬から見れば珍しい、町の様子を見回す。
「ヒャッハー」
町を散策する辰馬とココネを物陰から見ている男。
けもみみたちが行きかう街道、客引きをするお店や屋台。
何となく活気が薄い気がする、よく町の情景を眺めて見れぱ行商人の数が少ない。それが活気が薄い理由。
「あんちゃん、強そうだね、一つ仕事をやってみないかい」
唐突に左目に眼帯を当てた怪しげな男が話し掛けてきた、けもみみは生えてはいない爬虫類系。
クイクイ、ココネが袖を引き、
「アイツは多分、非合法な仕事の斡旋業者なのです。正規のルートを通さないので報酬の取り分は多いのですけど、ヤバい仕事ばかりなのです」
と耳打ち。
「まーまー、そう言わずに話ぐらいは聞いてくださいよ」
これまた怪しさ丸出しの笑顔を浮かべる。
「話ぐらいは聞こう」
非合法の仕事斡旋業者からの依頼。本やテレビでしか見たことの無いことが目の前で起こっている、興味が出てきた。
「流石はご主人」
定例の誉め言葉を言った後、
「仕事と言うのは行商人の馬車の護衛でして」
「行商人の馬車の護衛? そんなの正規のルートで十分な仕事なのです」
その通り、本来ばこんな非合法な斡旋業者に回ってくる仕事では無い。
「それなんですがね、最近、この近辺で行商人の馬車が“人”の集団に襲われまして。で、その“人”の集団ていうのがやたらと強く、魔女ルシーカの強化を受けているのじゃないかと噂されまして、正規の護衛が匙を投げてしまったんで、あっしらに仕事の話が回ってきたでやんす」
情報収集のつもりで町に来た途端、こんな話が入ってきた。うますぎるが、今は少しでも手掛かりが欲しい。
「解った――その仕事、俺が引き受けよう」
きな臭さがぷんぷんする話ではあるが、敢えて乗ることにした、虎穴に入らずんば虎子を得ず。
非合法な斡旋業者に紹介されたのは恰幅のいい、いかにも金持ちと言った雰囲気を持つ豚耳の商人。
「あんたたちのような強そうな人たちが仕事を受け入れてくれるなんて、感謝感謝」
ニコニコ顔で、辰馬とココネに両手で握手。非合法な斡旋業者とは違い怪しさは無く、純粋に護衛が欲しかったようだ。
そんな様子を見ながら、こっそり非合法な斡旋業者は去って行く。
こそこそと裏路地へ入る非合法な斡旋業者、キョロキョロ辺りを見回すが誰の姿もない。
「ご苦労様~」
いきなり背後から声がかけられ、
「ヒヤッ」
悲鳴を上げてしまう。
背後に気配を感じるけれど、怖くて振り向くことが出来ない。
「手を出しな」
そう命じられ、恐る恐る手を出す。
「約束の報酬だ」
いつの間にか非合法な斡旋業者の手にズシリと重い革袋が乗っていた。中に詰まっているのは約束通りの額の金貨。
革袋の中身を確かめているうちに、相手は一陣の風と共に気配を消す。
翌朝、豚耳の商人の馬車まで辰馬とココネは向かう。
金持ちの馬車だけど豪華さは無く、機能性を重視した造り、豹をモチーフにしたロゴが描かれて、これが豚耳の商人の商標。
集められた護衛は辰馬とココネ以外にもいた。誰も彼もが肉食系のけもみみで、いかにも戦士と言った風貌と出で立ち。
皆、辰馬とココネを一目見ただけで、何も言わない。余計なことは言わない、プロフェッショナル感が半端なし。
「全員、集まったことですし、早速、出発しましょう」
豚耳の商人に言われ、護衛たちはそれぞれの馬に跨る。
辰馬は馬に乗った経験は無いので、手綱はココネに任せることにした。
傍から見れば情けないかもしれないが乗り方が解らないんだから仕方がない、早いとこ覚えた方がいいかも。
こうして豚耳の商人の馬車けもみみ護衛たちは出発。
心配していた襲撃もなく、馬車と護衛たちは順調に進んで行く、ここまでは。
豚耳の商人の馬車が林間道へ、絶好の襲撃ポイント。辰馬も含み、護衛たちは気を引き締める。
丁度、林間道の中間に達したた時、周囲に木々の影から“人”が襲撃を仕掛けてきた。
強いと言えば“人”の集団は強かった。しかし、林間道の中間と言う距離は引くにも進むにも適しておらず、絶好の襲撃ポイント。したがってけもみみ護衛たちが最も警戒を強めていたことで、あっさりと対応が出来たのである。
お金持ちの豚耳の商人に雇われただけであって、けもみみ護衛は誰も彼もが手練れ、襲い掛かってきた“人”の集団を次々に返り討ち。
敵である“人”の集団と戦いながら、辰馬は違和感を感じていた。魔女ルシーカの強化を受けているという割には、あまり強くない。ボノドと比べれば、あまりにも弱すぎる。
ココネも同じく、不審に思う。
全滅した“人”の集団。
「ありがとう、感謝いたします」
「気にするな、これも仕事だ」
感謝感激の豚耳の商人、冷静な対応のけもみみの護衛。
「対してことは無かったな」
もう1人の護衛が剣を鞘に納める。
「……」
辰馬とココネだけが警戒を解かず、周囲に注意を払っていた。
「ヒャッハー」
声が聞こえたかと思うと、護衛の1人が切り裂かれ落馬。
他のけもみみ護衛たちも行動する前に、切り裂かれて行く。
「ひぃ」
地面に這いつくばった豚耳の商人の背中の上を何かが通り過ぎた。
前以て警戒を怠らなかった辰馬だけが、相手のハルパーを剣で受け止める。
剣とハルパーが打ち合い、鳴り響く金属音。
辰馬が反撃に転ずるよりも早く、相手は後ろへジャンプ。
「俺様の攻撃を受け止めるとは、流石は五獣勇者」
やっとここで確認できた相手の姿、両手にハルパーを持ったガリガリに痩せたモヒカンの男。
「俺様の名はテレット・イン・ギムダ、魔女ルシーカ四天王」
魔女ルシーカ四天王の名を聞いた豚耳の商人の顔は蒼白。
「五獣勇者、お前は邪魔なんで、ここで始末させてもらうぜ」
怪しすぎる非合法な斡旋業者の依頼、なるほど、最初からこの襲撃が目的だったんだ。
ボノドと同じ、魔女ルシーカ四天王の1人。ただ者でないのは聞くまでも無し。
馬から降りる辰馬。このままでは勝てない、剛獣ヘルロムートに変身。
「うひぁ」
這いつくばったまま、びびった豚耳の商人は木の後ろへ隠れ、それでもちょこっと覗く。
「特訓の成果を見せるぞ!」
気合と共にテレットに拳を打ち込もうとしたが、既にその場に姿は無く、代わりに拳り当たった大木はへし折れる。
倒れた大木が、地面に落ちてた枯れ葉を巻き上げた。
自然に体が動く、剛獣ヘルロムートの力と言うよりかは、物心ついたころより鍛錬を積んだ武道家としての動き。
大鉈を抜き、背後から襲い掛かってきたテレットのハルパー二刀流を受け止める。
カウンターで殴りかかるが、ヒョイと躱されてしまう。
木々と木々の飛び回りながら、攻撃を仕掛けてくるテレット。
「ヒャッハー」
辰馬も大鉈と拳で反撃に転じるが、全て避けられてしまう。
「とんでもない力ですね、でも当たらなければ意味なし」
何度も死角を突いて攻撃、何とか凌げているもののジリ貧、勝ち目が全く見えてこない。
高速移動からの連続攻撃。剛獣ヘルロムートに変身したのに、追い詰められていく辰馬。
「動きが速すぎるのです」
あんまりものスピードに、ココネも魔法の支援が出来ない。
どんなに剛獣ヘルロムートの力が強くても、鈍重さが足を引っ張りテレットのスピードに翻弄される、
「キィヒヒヒヒッ、キィヒヒヒヒッ」
防御しきれず体の至る個所がハルパー二刀流に切り裂かれる。
(くそっ、幾ら力があっても、あのスピードを何とかしなければ勝てない)
その時、辰馬の中で初めて剛獣ヘルロムートに変身した時と同じような“何か”が目を覚ました、剛獣ヘルロムートとは違う“何か”が。
巨大熊の体が縮み、無駄な肉が削ぎ落ちスマートな体形になる。赤毛の体毛が黄色に変わって至る所に生まれる斑点模様。
牙も爪も全体のフォルムは大型猫族の姿へ。
重量級の鎧は軽装の鎧へ変わる。
おまけとばかり、受けた傷も治癒。
「ヒョオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ」
辰馬の雄たけびが林間道に響き渡る。
新たに変身した姿、それは軽装の鎧を身に着けた二足歩行の豹。
「キィヒヒヒヒッ、キィヒヒヒヒッ、姿が変わったからって、俺様の勝ちは変わらないんだよ」
豹の姿になった辰馬をハルパー二刀流で切り裂いたと思ったのも一瞬のこと、そこには誰もいなかった。
「俺の残像でも切ったか?」
背後から聞こえてきた声、慌てて振り向きざまに切るが、そこにも誰もいない。
魔女ルシーカ四天王の中でも、随一のスピードを持つテレット、直ぐに辰馬も高速で動いていることに思い至る。
「この俺様にスピードで挑んでくとは、笑止!」
辰馬のスピードを凌駕すべく、全力移動を開始、その速さ、常人の目では認識できない程もの。
「俺様のスピードに着いて来れるものなら、着いて来てみろよ、ヒャッハー!」
超高速で移動、いつもなら相手は何が起こっているのか解らないまま、ハルパーで切り刻まれる。
たがテレットの視界に辰馬の姿はない、何とか視界にとらえようとしているココネや木の後ろに隠れている豚耳の商人の姿は見えているのに。
「これがお前の全力のスピードか?」
突然、前方から声を掛けられ、超高速で後ろへ移動。
「もう一度聞く、これがお前の全力のスピードか?」
今度は背後から声を掛けられ、また超高速で移動する。
「馬鹿な、この俺様、魔女ルシーカ四天王の俺様よりもスピードが速い奴がいるなど、あり得るはずがない!」
どんなに口で否定しても超高速移動先に辰馬は先回りしており、その移動はテレットの目でも、全く捕らえられず。
「俺様はあァァァァァァァツ魔女ルシーカ四天王が1人ッテレット・イン・ギムダ様だあァァァァァァァァァァァァ」
お得意の戦法、超高速移動で相手を翻弄しながら切り刻むを止め、全力を超高速攻撃に叩き込む。
辰馬が剣を振り下ろす、妙に細く長い剣。
ハルパーで受け止めようとした。一本で受け止めても、こちらにはもう一本のハルパーがあるのだ、それで切り刻めばいい。
ハルパーとぶち当たった剣の刀身がしなり曲がった、まるで鞭のように。
曲がった刀身はテレットの肩を切り裂く。
「があっ」
ハルパーで幾らかの威力はそがれたものの、喰らったダメージで一本のハルパーを落としてしまう。
それでも魔女ルシーカ四天王、咄嗟に超高速移動で距離を取った。
「!」
だが辰馬は超高速を越える、超々高速移動で向かってきて、剣を振り上げる。
ヒュン、風を切る音がテレットが最後に聞いた音となった。
超々高速で放たれた鞭のようにしなる剣ウルミの一撃を食らい、真っ二つになるテレット。
超高速移動を得意とするテレットのスピードを凌駕したスピードを叩きだした辰馬。
軽装の鎧を身に着けた二足歩行の豹、その姿にココネは心当たりがあった。
巨大な赤毛の巨大熊の姿をした力を司る剛獣ヘルロムートに対し、速さを司る二足歩行の豹の姿をした五柱の神獣の一柱。
「旋獣グーガサイン」
「旋獣グーガサインですと!」
旋獣グーガサインの名を聞いた豚耳の商人は隠れていた木の裏から飛び出し、しっかりと辰馬の姿を見た。
「おおっ、豹の姿に軽装の鎧。言い伝え通りの旋獣グーガサイン様の姿、日頃の信仰に答えて助けに来てくださったのですね」
両手を合わせ、跪き拝む。
「旋獣グーガサインを信仰しているですの?」
豚耳の商人が旋獣グーガサインをかなり信仰のは見れば解るけれど、興味があったので聞いてみた。
「ハイ、商売にとって素早く商品を届ける、素早く取引をする、素早く交易を行う、素早くチャンスを掴む。素早さがモットーなので旋獣グーガサイン様を信仰してきました、私の商標のロゴも旋獣グーガサイン様をモチーフにしているものなのですよ」
馬車に描かれた豹のロゴは旋獣グーガサインをモチーフしたものなのか。
うるんだ目で辰馬を見ている豚耳の商人、なんかめんどくさそうなことになりそうな雰囲気。
初めて剛獣ヘルロムートに変身した時と同じく、ココネをお姫様抱っこして離脱。速さを司る旋獣グーガサイン、本当に“目にも止まらない”スピードで消え去った。
パワーの次はスピードということで、旋獣グーガサインへ変身。