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『アニマル世界 無敵の五獣勇者』  作者: 三毛猫乃観魂
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第4章 剛獣ヘルロムート

 強敵、魔女ルシーカ四天王との遭遇。

 辰馬の朝は早い。早く起きて、柔軟体操で体を解した後、剣道の鍛錬を積む、これがいつもの日課。

 異世界へ来ても毎日の習慣はそう変えられるものではなく、早くに目が覚める。

 隣のベットを見れば、ココネが熟睡中。

 起こさないよう、そっとベットから出て背伸びしてから、空気を入れ替えようと窓を開ける。

「うん?」

 早朝にも関わらず、何か町の方が騒がしい。

 軽く身支度を整え、ちゃんとねこ耳の鬘も忘れずに外へ。


「おのれ“人”め!」

 集まっているけもみみの群衆から、そんな声が聞こえてきた。

 何があったのか本物の耳で聞き耳を立て状況を探ってみると、街の女性、それも子供が“人”に攫われ、その中には昨日の牛角の老人の孫もいた含まれている。

「奴はボノドとか名乗っていたな」

「ボノドであろうがなかろうが、“人”には違わないだろ」

「奴は丘の上でテントを張っていた。今、行けば間に合う」

「そうだ、みんなで取り返しに行こう!」

 馬耳の若者が拳を上げれば、多くのけもみみたちが拳を上げる。

「儂も行くぞ」

 牛角の老人も名乗り出る。

「あんたも行くのか?」

 以外そうに馬耳の若者が聞くと、

「儂とて、大切な人が手を出されれば戦う」

 昨日も同じことを言っていた。彼の目は牧場の牛ではなく、今や闘牛の目になっている。

 牛角の老人だけではない、集まったけもみみたちは戦士の目となり、闘気を纏う。

「黙って見過ごすわけにはいかないな」

 五獣勇者以前に、義を見てせざるは勇無きなりなのである。

 準備に取り掛かるため、宿屋に戻る。


 宿屋に戻ると、ココネが欠伸をしながら目を擦っていた。

「辰馬、朝の散歩かにゃん」

 まだ寝ぼけている様子。

「実は……」

 町であったことを話す。


「何ですって、ボノド! ボノド・ウータイク!」

 一気に目が覚める、耳と尻尾がピンと立つ。

「知っているのか?」

「知っているの何も、ボノドは魔女ルシーカの配下の中でも最強を轟かせる四天王の1人なのです。怪力の持ち主で、けもみみの騎士団を単独で幾つも潰した奴なのです」

 けもみみの騎士団を単独で幾つも潰した。いくら戦う気になっていても、一つの村の寄せ集めの部隊、相手にはならないだろう。

「恐ろしいのはボノドはけもみみを食べるのです、特に子供を……」

 耳がぺたっと倒れ、顔色も悪くなる。

 その顔色を見て辰馬は準備を始める、グズグズなんかしていられない。

「あたいもお供するのです、これでも一介の魔法使いなのだ」

「ありがとう」

 こんな時の相棒はありがたいもの、素直にお礼を言う。



 町のけもみみたちが丘の上にたどり着いたら、そこに“人”はいた。

 短く切った頭髪、2mに達する身長、細身ながら筋肉質の体を白いランニングシャツが強調、着けているエプロンがインパクト大。

 鼻歌交じりで、調理器具を準備しているコイツ以外に“人”の姿は見えない、何人もいると思ってきたのに。

「お前がボノドか」

 馬耳の若者が聞く。

「さようでございます、私ががボノド・ウータイク。魔女ルシーカ四天王の1人」

 町でも、その名前を口にしていた。

 やってきた町のけもみみたちを見回す。

「沢山の食材、そんなにも私に食べられたいんですね」

 ニカっと白い歯を見せ笑う。

「……」

 牛角の老人の縛り上げられたけもみみの子供の姿があった、そこに孫の姿もあり。

 縛り上げられたけもみみの子供たち、用意された調理器具、ボノドの言葉。これが意味することは、とても恐ろしい、けもみみとは言え、人の姿をしているのに。

「外道めが」

 これには牛角の老人も怒りが込み上がる。

 町のけもみみたちは鎌や鍬など農機具をした、中には斧を構える者も。

 相手はたった一人、見たところ武器も持っていない。これなら、勝てる、町のけもみみたちは自分たちに自信を持たせた。

 エプロンを外すボノド。

「塩ゆで、丸焼き、揚げ物、どんな調理が好み」

 白い歯を見せて笑うボノドに、町のけもみみたちは一斉に飛び掛かる。



 辰馬とココネが丘の上に駆けつけた時、既に決着はついていた。町のけもみみたちは全員が倒れ、砕かれた農機具や斧が散らばっている。時間からして、戦闘が始まって少ししか経っていないはずなのに。

 ボノドを見た辰馬の第一印象は、某健康ドリンクのCMで『一発!』と言ってそう。

「ほほっ、これはまた美味しそうなケモノが来たな」

 ボノドが振り向く。こいつが四天王の1人、ボノド・ウータイク。

 けもみみたちに舌なめずりするボノドに、第一印象は吹っ飛び、鳥肌が立つ。

「これだけの数、食べきれません。残りは干し肉にしてしまいましょう」

 辰馬は剣を抜き、構える。こいつは異常なだけではない、かなり強い。ココネの話を聞いただけではなく、武人の勘が教えてくれていた。

 ココネの尻尾の毛が逆立ち、猫の尻尾ってここまで大きくなるのと言うぐらい、膨らむ。


「どこからでも、掛かってきなさい」

 全く防御態勢を取らないボノドが挑発、完全に辰馬とココネを舐め切っていることが解る。

 ならばこちらから仕掛ける、強く大地を蹴って走り、剣で切りつけた。

「!」

 振られた拳が剣を弾く、伝わる感触だけで柄を握る手が痺れる、何という力。

 殴り付けてくるボノド、両手の籠手をクロスさせ防御。

 ちゃんと防御したのに、殴られた途端、後方へ吹っ飛ぶ。

 一回、地面にバウンド、全身がギシギシと音を立ててるような衝撃、もし鎧を着ていなかったら、確実に骨が砕けていた。

「大地に座する物を飛べ、セガズンシキーン」

 ココネが呪文を唱えると、道の端に転がっていた岩石が飛び、ボノドに向かう。

「ほほっ、ふん」

 向ってきた岩石を頭突きで砕く。

「ほほほほつ」

 白い歯を見せ笑う、魔女ルシーカ四天王なのは伊達ではない。これだけの戦闘で解った、勝てない、力の差があり過ぎる。

 一歩、一歩、ボノドはココネに近づいて行く。

「大地に座する物を飛べ、セガズンシキーン」

 震えながらも呪文を唱え、岩石を飛ばすが、拳で砕かれてしまう。

 このままではココネが殺される、確実に。しかし、ダメージを受けた体は言うことを聞いてくれない。

(くそ、異世界へ転移か転生すれば、チートになるんじゃないのかよ、五獣勇者ってなんなんだ)

 異世界へ来て五獣勇者になったというのに、日本にいた頃と何だ変わらない。

 ココネの次にボノドは辰馬も殺すであろう、そうなれば万能薬も手に入らず、玲を助けることも出来ない。

 玲を守れない、ココネも守れない、けもみみたちも守れない、誰も守れない。

(力があれば、奴を上回る力があれば……)

 心底、そう思った時、辰馬の中で“何か”が目を覚ます。


「ゴオォォルルルルルルルルルルルルルルルルルゥゥ」

 立ち上がった辰馬は唸り声を上げた、それは人とは違う唸り声。

 唸り声に振り向いたボノドの目の前で、“それ”は起こった。

 辰馬の体が膨れ上がって行く、鎧もそれに合わせて重量級に変形。

 全ての歯がごつい牙になり、両手の爪が太く硬い爪に変形。昨夜、魔女ルシーカの使い魔を斬ったのはこれ。

 体を赤茶色の体毛が覆い、耳がけもみみに。

 腰に下げていた剣も、日本刀から大鉈へと変わる。

「な、なんなんだ」

 驚きを持って辰馬を見上げるボノド、その姿はけもみみなんてものではなく、鎧を着て大鉈を腰に下げた赤毛の巨大熊。

「……剛獣ヘルロムート」

 ココネは辰馬の変じた姿の名を口にした。


 アニマル世界を守護する五柱の神獣の一柱、力を司る剛獣ヘルロムート、巨大な赤毛の巨大熊の姿をしていると伝えられている。

 変身した辰馬の姿は、伝えられている通り。


 2mに達する身長を持つボノドを辰馬は見下ろす。

 全身に力が漲る。勝てない、力の差があり過ぎると思っていたボノドに浮かぶ表情は驚愕、それはとても矮小で貧弱と感じさせた。

 何故、こんな奴に勝てないと思ったのか、今の辰馬は不思議で仕方がない。


 いきなり目の前で少年が巨大熊に変身した、驚くなと言う方が無理であろう。

 だが、すぐにボノドは自信を取り直す、何せ自分には魔女ルシーカより授かった怪力を持つ四天王なのだ。

「もう手加減は終わり、これが私の全力パンチ!」

 全力を込めた右パンチ、2mに達する体重の乗せ方、打ち込み方、踏み込み、どれをとっても完璧なパンチ。その威力は厚さ50cmの鉄板も簡単にぶち抜く威力、どんな相手だろうと生きて立っていることなど不可能、本来ならば。

 辰馬も同時にパンチを放つ。傍から見れば、適当に打ったようなパンチ。

 パンチとパンチがぶつかり合う、力と力の衝突。

 最初、何が起こっているのかボノドは理解できなかった。

 喪失感から、ふと右腕を見れば肩から無くなっているではないか! その事を理解した途端、激痛が来た。

「私の腕があぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 右腕の付け根を抑え、悶絶するボノドに辰馬は近づく。

 自分やココネを殺そうとしたこと、町のけもみみたちを殺そうとしたこと、そして喰おうとしたこと、ふつふつと怒りが沸騰する。

「ひっ」

 怒りと殺意の籠った眼で睨まれ、先程までの態度はどこへやら、慌てて逃げ出す。

 怒りに身を任せ、腰の大鉈を抜こうとした瞬間、玲の笑顔が脳裏を掠めた。

 いくら敵とはいえ、怯えて逃げ出す相手を背後から斬ろうとするなんて……。

 爆発寸前だった怒りが冷却、掴んでいた大鉈の柄から手を放す。

 一度も振り返らず、ボノドは逃げて行った。


 最初に目を覚ましたのは馬耳の若者。“人”に殺され喰われるかと思っていたのに何ともない、町のみんなも気を失っているだけで無事。

 ボノドの姿は無く、一体、どこへ行ったのか周囲を見回していると、鎧を纏った赤毛の巨大熊の姿が目に入った。

 ギョとなるのも無理は無し。

「な、何なんだ」

 “人”でないのは解る。けもみみどころか熊そのもの、かと言ってケモノでもない。

「あ、あなた様は剛獣ヘルロムート様」

 次に目を覚ました牛角の老人が跪く。

「な、何だって剛獣ヘルロムートだと」

 馬耳の若者も五柱の神獣、剛獣ヘルロムートのことは知っている、アニマル世界の住人ならば誰だって知っていること。

 しかし、神話の存在が目の前に現れるなんて想像の外。

「そうか、私たちを助けるため、現れてくださったのですね」

 目を覚ましたけもみみの1人が言うと、目を覚ましたのだけもみみたちが跪きて行き、拝み始めたではないか。

 こんなことは慣れていない、と言うより拝まれるなんて初体験、変なムズムズ感が全身を走り抜けていく。

 横のココネを見れば、彼女も戸惑を見せている。

 一旦、顔を見合わせた後、辰馬はココネを抱いて思いっきり跳躍、着地後は全力疾走。この場から逃げ出すではなく、戦略的撤退を行う。



 ここまで来れば大丈夫だろうという距離に来て、抱いていたココネを降ろす。

「辰馬ですよね?」

 思わず訪ねてしまう、いくら目の前で見ていたとはいえ、赤毛の巨大熊が辰馬だなんて、完全に信じ切れないでいた。

「ちょっと待ってくれ、今、変身を解く」

 みるみる間に、赤毛の巨大熊の姿が辰馬になる。鎧も元の形に戻った。

 これが五柱の神獣を御身に宿し五獣勇者、ティネムの用意した鎧と剣も特別性なのだろう。

「辰馬、体は大丈夫なのです」

 何せ、普段のサイズの倍以上ある姿に変身したのだ、体に何か異常は無いかと心配になってくる。

「全然、平気だよ」

 しいて言えば、少々の疲労と空腹感ぐらい。

 確実なことが一つ。

「俺は、あの姿に何度でも変身できる」

 剛獣ヘルロムートに自由に変身できる。何とは無くだけど、その事は解った、体自身が教えてくれていると表現してもいいのかもしれない。

「本当なのです?」

 耳と尻尾がピンと立つ。

 その通りなので、頷く。

「これで魔女ルシーカ討伐が、ぐっと近くなるのです」

 尻尾をふりふり、大喜び。

 確かにあの剛獣ヘルロムートの力が自由に使えれば、戦闘がかなり楽になるだろう。

 でも、そううまくいくといいんだが。この時、辰馬が思った正直な気持ち。

「そうそう、これ拾っておいたです」

 思い出したかのように取り出したのはねこ耳の鬘、変身した時に落としたのを拾ってくれていた様子。

「ありがとう」

 ねこ耳の鬘を受け取り被る。これが無かったら、おちおちと町にも入れない。



       ☆



 ただ、がむしゃらにボノは逃げる、何も考えず、逃げて逃げて逃げた。

「キィヒヒヒヒッ、負けて逃げてくるなんて、情けなぇ奴」

「誰だ! 私を誰だと思っている」

 いきなり聞こえてきた愚弄する声に恫喝。何せ、自分は魔女ルシーカ四天王なのだ。

「俺様だよ、俺様」

 ひょつこり現れたのはボノドとは対処的な、骨の形が解るほど痩せたモヒカンの男。

「テレット!」

「負けて逃げてくるなんて、魔女ルシーカ四天王の面汚しが」


 カチンと来たボノドは残っていた左腕で痩せたモヒカンの男を殴り付ける。

 完全に殴りつけたはずなのに何の感触もなく、その場に相手の姿も無かった、捉えたと思ったのは残像。

「は~ず~れ~、ドン亀」

 声は背後から聞こえてきた、振り向くよりも早く、ボノドはハルパーで喉を切り裂かれる。

 悲鳴を上げることさえ出来ず、倒れ、絶命。

「キィヒヒヒヒッ、キィヒヒヒヒッ」

 両手にハルパーを持ち、勝利の笑いを上げる痩せたモヒカンの男、魔女ルシーカ四天王テレット・イン・ギムダ。




 やっと五獣勇者の力を発揮しました。

 子供のころ、飼っていた猫が風に揺れるシーツを見てしっぽの毛を逆立て、来れてもかというぐらい膨らませていたことがあります。

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