第1章 親友
ここからが本編の始まり、主人公、辰馬くんの登場。
剣道防具を身に着けた2人が竹刀を構え、向かい合っている。1人は平均的な高校生の体格なのに対し、もう1人は結構大きい。
大きい方が先に仕掛ける。
「面ーッ!」
踏み込みも振り下ろしも申し分なかった竹刀の一撃が空を切る。そこにいたはずの相手の姿が消えていた。
何処に行ったのか? 見学者も含め、そう思った次の瞬間、
「胴ぅぅぅッ」
大きい方は胴を打たれる。
「そこまで」
審判であり顧問の先生が試合終了を告げた。
帰り支度を始める剣道部の面々。
「いやはや、参った参った。全く敵わなかったよ、後藤、お前がここまで強くなるなんてな」
大柄な剣道部の部長、坂木が後輩の後藤辰馬を褒める。
模擬戦で負けた悔しさよりも、これほどの実力のある後輩がいることの喜びの方が大きい。
「本当にそうだな、後藤がいるなら、県大会どころか全国大会も狙えるよ」
「後藤先輩は強いスね」
先輩後輩共々、辰馬を褒める。
「どんなに実力があってもどんなに強くても、どうしようもない事もあるんですよ」
精悍な顔つきの体つきの辰馬、時代が時代なら侍と言っても通じるだろう。
称賛の声に対して、ボソッと呟いた。
「うん、何か言ったか?」
あまりも小さな声たったので坂木が聞きなおす。
「何でもありません、独り言なので気にしないでください」
帰り支度を終えた辰馬、
「それじゃ、俺、帰ります」
一礼してから、ロッカールームを出て行く。
「なんか最近、後藤先輩、付き合いが悪いスね」
何気なく一年生が言った。以前は残っての稽古やコンビニでの買い食いなどに付き合ってくれたのに。
「そっとしといてやれ」
坂木は辰馬の出て行ったドアを見ながら言った。坂木だけでなく、先輩の三年生や同学年の剣道部員は辰馬の抱えている事情を知っているので、付き合いが悪くなったことを咎めなかった。
まっすぐ家に帰らず、辰馬がやって来たのは綾瀬総合病院。
絵に描いたような健康優良児である辰馬には、どう考えても病院なんて縁ない場所。
病院に入ると、エレベーターを使わず階段を上る。普段から、余程急いでいない限り、階段を使うことにしている、鍛錬のため。
最上階の五階まで登り、廊下を進む。この階は個室専用、いわゆるVIPルーム。
一つの部屋の前に止まった、張られているプレートの名前は綾瀬玲。
コンコンとドアをノック。
「入るぞ」
一言いい、ドアを開けて中へ。
「今日も来てくれたんだね、辰馬くん」
窓際のベットに座っている少年が挨拶。可憐な花のような綺麗な顔をしているが、とても痩せていて余計に可憐な印象を与える。
「今日は顔色がいいじゃないか、玲」
嘘を吐くのは良くないことだけど、これは相手を思いやって出た言葉。
「うん、今日はとても調子がいいんだ」
屈託のない玲の笑顔を見た辰馬は、意識せず拳に力を込める。
綾瀬玲は綾瀬の苗字が示す通り、綾瀬総合病院の一人息子。辰馬とは幼馴染で親友。
幼い頃から何処へ行くのも一緒だった、大の仲良しこよしの辰馬と玲。
辰馬の心がギスギスしていても、玲の傍にいれば落ち着けたし。玲が不安な心に包み込まれても、辰馬が傍にいれば安心できた。
辰馬と玲は、お互いがかけがえのない存在。
高校1年の春、玲は倒れ、ずっと入院生活が続いている。
「そうだ、本屋で玲の好きそうな本があったんで買ってきたぞ」
カバンから青いビニール袋にはいた本を取り出す。
「ありがとう」
お礼を言いって受け取り、ビニール袋から本を取り出す。
「わーぁ、猫の写真集だ」
ぱあっと表情が明るくなる。
玲は動物好きで特に猫が大好き。部屋の本棚にも、その手の本が並んでいる。
ページを捲り、可愛い猫の写真を見てニコニコ。
「辰馬くん、よく2人で動物園へ行ったよね」
「そうそう、あれは楽しかったな」
「僕が元気になったら、また一緒に行こうね」
「ああ」
キリッと心が痛む、でも、それを玲には悟らせない。
コンコンとノック音。
「玲さん、検温の時間です」
看護士の女性が入ってくる。
「じゃ、俺、帰るな」
邪魔にならないよう、帰ることにする。
「ちぇ、楽しい時間はすぐに終わちゃうんだ」
つまらなそうに口を尖らせる。
「楽しい時間なら、また作ればいいさ」
精一杯、明るく言う。
病室から出た辰馬、
「辰馬君」
背後から声がかけられる。
「おじさん」
振り返った先にいたのは玲の父、正太郎、綾瀬総合病院の院長。
「今日も来てくれたんだね、ありがとう」
笑顔作るが力なし。
「少し、話をしたいんですが」
辰馬が聞くと、正太郎の方もそう言われると解っていたので了承。
辰馬と正太郎が来たのは院長の私室。
椅子に座る正太郎、辰馬は立ったまま、重い時間が流れて行く。
「玲は、何時、退院できるんですか……」
答えは解っている、それでも聞かずにはいられなかった。
「玲は……君と一緒に卒業は出来ない」
苦しい口調が偽りではないこと教えてくれる。
「くそっ」
思わず壁を殴りそうになるのを、何とか堪える。
どんなに実力があっても、どんなに県大会どころか全国大会も狙える腕前があっても、親友1人も救えない、それが悔しくて仕方がない。
「私も多くの人を救いたくって医者の道を進んだ。なのに息子1人の命も救えない! こんな大きな病院の院長をしていても、この程度なのか!」
悔しい思いは正太郎も同じ。
「玲を救う方法は心臓移植しかないんだ、だが、そう簡単にドナーは見つからない」
正太郎の心臓外科手術の腕は、外国からも手術を受けに来る人がいる程のもの。
そんな腕を持っていても、移植用の心臓が無ければ息子さえ、助けることが出来ない。
「これが腎臓や肝臓なら、私のものをくれてやれるのに……」
腎臓は二つある、肝臓には生体肝移植がある。しかし、心臓は相手が生きている限りドナーになりえない。
「……」
何も言えない辰馬、流れ続ける重苦しい時間。
「遅くなるといけない、もう今日は帰り給え」
空気を読み、帰るように促してくれる、流石は大人。
「ハイ」
それに乗ることにして、部屋を出て行こうとした。
「辰馬君」
唐突に呼び止められる。
「またお見舞いに来てくれ、玲が喜ぶ」
頑張って笑顔を作る。
「ハイ」
同じハイでも、さっきのハイとは違って明るさが混じっていた。
結城総合病院を出た後、何気なく振り返る。
夕日が白を基準にした建物を赤く染めていた。
今のままでは玲は1年も持たない、この現実が重く重く圧し掛かってくる。
もし、今、目の前に悪魔が現れて『魂を売り渡すなら、玲を助けてやる』と言われてならば、迷いなく『Yes』と答えるだろう。
辰馬にとって、玲はそれほどのない友。
《異界におられます御方よ》
突然、声が聞こえてきた。辺りを見回し、声の相手を探してみても誰の姿も見えない。
いや声と言うより、直接、頭に響いてきた感じ。
《異界におられます御方よ、アニマル世界を守護する五柱の神獣を御身に宿し五獣勇者となりて、我らが世界を守り給え》
やはり声を掛けられたのではなく、直接、頭に声が響いてくる。
それを自覚した途端、体が五色の輝きに包まれていく。
「なんだ?」
そして世界が暗転した。
“何か”が辰馬の中に入ってきて溶ける。一つだけではない、一つ二つ三つ四つ五つ、全部で五つの “何か”が辰馬の中に入り溶け一体化していくのを感じた……。
辰馬くんと玲くんは親友で、そんな関係ではありません、少なくとも本人たちはそう思っています。