第16章 決着 辰馬VS魔女ルシーカ
玲の体を乗っ取ったルシーカと辰馬&ココネの第二の決戦。
ショッピングモールに入ってきた玲。
すれ違った女性客たちが、
「あの子、奇麗ね」
「でもなんか、変に色っぽくない」
そんなことを話していた。
スーッと玲は女性客たちを向き、微笑む、妖しさ抜群の笑みで。
その途端、女性客たちが倒れる。女性客たちだけではない、ショッピングモールにいた全ての客と従業員が倒れた。
「ふふふふふっ」
その笑いは玲の物ではなく、魔女ルシーカそのものであった。
乗っ取った直後、使えなかった魔法も今は使える、元の体には及ばなくても。
☆
腹が減っては戦が出来ぬ、とても玲のことは心配ではあるが、辰馬とココネはファミリーレストランで腹ごしらえをすることに。
注文した品が届くまでの間、これまでの出来事の整理とこれからのことを話し合う。
どうやって玲を助けるか、今の辰馬とココネの中に玲を殺すと言う選択肢は無し。
また玲を助けるにしても、どこへ行った解らなければ手の打ちようがない。
難題ばかりで、解決策が出てこず、まるで迷宮の中。
そんな時、隣の席に座ったカップルの話し声が耳に飛び込んできた。
「ショッピングモールに行ったのに入れなかったよね。ドアも開かなかったし、鍵でもかかっているのかしら」
「そうだよな、誰の姿の見えないし、臨時休業か? それにしてもネットにはそんなことは書かれていないし」
ハッとする辰馬、ココネも同じ表情。
もしかしたら、間違っているのかもしれない、小さな可能性だとしても手に入ったからには、それに賭けてみることにした。
辰馬とココネはお互い顔を見合わせ、強く頷く。
可能性は薄かったかもしれないが、辰馬、ココネはショッピングモールに向かう。
「!」
ショッピングモールにの前にくるなり、ココネは息を呑みこむ。
「結界が張られているのです、これなら入れないのも納得なのです」
「結界……」
ココネに言われ、辰馬もショッピングモールを見上げた。
一見、普通の見えるショッピングモール、しかしそこには結界が張られていると言う。
結界はこの世界にはない力、そうなると答えは出てくる。
ここに玲の体を乗っ取ったルシーカがいる。
「破れるか」
「問題ないのです
ゆっくりココネは入り口に手を向ける。
赤を基準とした女性物の服を着た玲、男の子だけど元から可愛いのでとても似合っている。
「この世界の飲み物もいけるじゃない」
ジュースを飲んでいる、体が未成年なのでノンアルコール。
「!」
ハッと顔を見上げ、
「来たのね、ふっふふふふふ」
魔女ルシーカの顔で妖艶に微笑む。
結界を破ったココネとともに、辰馬はショッピングモールに入る。
ファミリーレストランの客が言っていた通り、平日の午後だと言うのに客どころか従業員の姿も見えない、外には人の往来があるにも関わらず、異様な光景。
「『ゾンビ』とは逆だな」
ボソッと呟く。
「それ、なんですの」
「いや、何でもない」
アニマル世界から来たココネは、映画『ゾンビ』ことは知らないだろう、説明するのもややっこしいので誤魔化す。
無人のショッピングモールを歩く感覚は、やたらに不気味。
物音がした、その方向に辰馬とココネは顔を向けた。
ごそごそとはい出てきたのは裸のマネキンたち。奇麗だけど、無表情の顔が気味悪し。
「あれもルシーカの魔術か」
勇者の剣を取り出す。
「その通りです」
無人のショッピングモールに、動くマネキンたち、ホラーの上乗せ。
襲い掛かって来るマネキンたち、迎え撃つ辰馬とココネ。
マネキンたちの指先が変形して刃物状になり、何体かは口が開いて剃刀状の歯を生やす。
数は多く、多少のダメージを与えて襲い掛かって来るが、エイダの人操りと違い、こちらはマネキン、ただの人形。その分、辰馬もココネも遠慮なく戦える。
魔法で強化され、頑丈になっていても遠慮の必要がない相手。辰馬もココネは連携でスムーズに倒していく。
マネキンたちを倒した辰馬もココネ。でもここにはマネキンのストックなどは幾らでもある、魔女ルシーカを何とかしない限り、問題は解決しない。
しかし、ショッピングモールは広い、しらみつぶしに探せば時間かせかかってしまう。
どうするか、辰馬とココネが考えていると、
『私に会いたいのなら、最上階まで来なさい。そで待っているわ』
館内放送が入る。向こうから居場所を教えてくれた、玲の声で。
『楽しみで待っているからね』
罠であるのは明白、それでも玲を見捨てることなど、辰馬には出来ない。
何も言わずココネを見ると、強く頷いて同意を示してくれた。
エレベーターもエスカレーターも動いていないので、ただの階段と化したエスカレーターを辰馬とココネは昇っていく。2人とも体力はあるので、全然、きつくない。
時々、マネキンが攻撃してくるが大した相手ではないので、簡単に片付けることができた。
しばらく昇っていると、上から巨大な蛇が襲い掛かってきた。
辰馬とココネは左右に別れてエスカレーターから飛び降り、初手の突撃攻撃を躱すと同時に勇者の剣と風の刃で攻撃開始。
攻撃を受けた大蛇は、口を大きく開けココネに噛みつこうとする。
猫族ならではの素早い動きで、噛みつきをやり過ごす。
ココネを噛み損ねた大蛇は後ろにあった観葉植物をズタズタに切り裂く。
切れ味抜群、噛まれたら一巻の終わり。
勇者の剣で斬りかかってきた辰馬へ、口から何かを吐き出す。
ココネほどにないにしろ、素早く身をかわす辰馬。
柱に刺さった吐き出された何かは大量の針、大蛇は大量の針を高速で吐き出していたのだ。まるでニードルガン、命中していたら、ただでは済まない。
巨体をくねらせ、体当たりをかまそうとした頭に辰馬は飛び乗る。
勇者の剣を振り上げ、何度も首を斬りつけて切断する。
倒した大蛇を見てみれば、様々な服を縫い合わせて作った物であった、観葉植物を引き裂いた牙はハサミ。戦っていた時は強敵感があったのに、正体が解れば何だろうこれ感。
「それで吐き出したのが針だったのか……」
妙な納得をしてしまう辰馬。
「もう行くのです」
ココネはエスカレーターの上を見ている。
「そうだな」
最上階は近い。
“必ず、助けてやるからな、玲”
最上階は映画館のフロア、本来なら邦画、洋画、アニメが公開中。
入り口のライトは消えている、ただ一つを除いて。
どうやら、私はここにいるの合図のつもり。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。気を引き締め、辰馬とココネは入ることにした。
一つ辰馬には気がかりなことがあった。ショッピングモールに入ってから、人っ子一人あってはいない。
幾ら平日とはいえ、何人もの客と従業員はいたはず、皆はどこへ消えたのか。
相手は魔女ルシーカ、嫌な考えばかりが思い浮かぶ。
油断することなく、映画館に入る辰馬とココネ。
「待っていたわよ」
スクリーンの前に立つ玲の姿をしたルシーカ、赤を基準とした女性物の服が良く似合っているが、今、そんなことはどうでもいいこと。
「ここにいた人たちはどうした……」
辰馬は静かに問う。玲の体を返せと言っても、取り付く島もないことは解っている。
何より辰馬にとって許せないのは、玲の体を使って人が殺されたこと。
ココネも思いは辰馬と同じ。僅かな間とはいえ、一緒に過ごした相手、玲が優しい人だ言うのは十分に解る。そんな自分の体が人殺しを行ったのだとしたら、玲はどう思うのだろう。おそらくは耐えられない。
「ふふふふふっ」
妖しい笑いが最悪の結果を想像させる。
「飛ばしたわよ」
最初、言葉の意味が解らなかった。
「邪魔になるから、飛ばしたのよ、この世界のいたるところへね」
と言うことはテレポートさせたと言うこと。
「生きているのか?」
辰馬は再度聞く。
「当り前じゃない、違う世界とは言え人間よ。敵対しない限り、無関係な奴らは殺したりしないわ、ケダモノじゃないんだから」
どうやら、客と従業員は生きているようだ。ただ世界中にテレポートさせられているようなので、気が付いたら、相当、驚くことになるだろうが。
敵対しない限り、人は殺したりしない、意外なルシーカの一面。
玲の体が人殺しには使われなかった、安心する辰馬とココネ。
妖艶な微笑みのまま、戦いの構えを取るルシーカ。
「さぁ、始めましょ」
後は玲の体を取り戻すのみ、辰馬とココネも戦いの構えを取る。
ルシーカが右手を前に突き出すと、映画館中の椅子が宙を舞い辰馬とココネに襲い掛かる。
ココネが両手を横に伸ばし、
「ドネータ・ジ・ルフト!」
魔法を発動。竜巻が巻き起こり、椅子を吹き飛ばす。
床を蹴り上げた辰馬がルシーカとの距離を詰める。勇者の剣は使わず、幾ら乗っ取られていても玲の体を斬りつけることなんて出来ない。
襟首を掴み、投げ飛ばす。
床に叩きつけられならがも、すぐ起き上がるルシーカ、大したダメージは無い様子。
起き上がったルシーカの手のひらに黒いスパークが走る。
たちまち、手のひらの上に黒い雷撃の球が生まれ、投擲。
躱す辰馬。黒い雷撃の球は轟音とともに炸裂、床に穴を穿つ。
ルシーカは次々と黒い雷撃の球を生み出して投擲。素早く動くことで一発も命中させない、代わりに床が犠牲になる。
「クロンサイ」
ココネが風圧の弾を叩きつける。
直撃したものの、びくともしないルシーカ。
「イーン・タフ!」
今度は風圧の弾を何十発も叩きつける。
「はっ!」
ルシーカが気合を発すると、何十発もの風圧の弾が消滅。
この時生じた隙を狙い、背後から辰馬は当て身をくらわせようとする。
だが一足早く気付かれ、距離を取られてしまう。
開いた間合いを詰め、鳩尾を狙いパンチ。
パンチを受け止められ、今度は辰馬が投げ飛ばされる。
宙で体制を整え、着地。
再び開いた間合いの中、辰馬とココネ、ルシーカは睨み合う、過ぎて行く時間。
「何故、変身しない、五獣の勇者。あの時のように」
異世界でルシーカと戦った時のように、辰馬はキメラに変身しないのか? 切札なのに。
「キメラになったら、玲を殺してしまう」
これを聞かれたら、ルシーカに弱みを見せてしまうことになる、それが解っていても言わずにはいられなかった。
「俺は玲を殺したくはないんだ!」
ピクリと動くルシーカの顔。
「あ、あなたにとって、この子はどんな存在なの……」
この質問に偽りの答えは出せない、どうしても玲に関しては嘘は付けない。
「最も大切な存在だ!」
嘘偽りの無い、心の赴くままの言葉。
何故かルシーカは鼻血を流す。
「男同士、それもイケメンと美少年――」
そのまま、反っくり返って倒れた。
一瞬、何が起こったのか理解できない辰馬とココネ。罠かと思い警戒したが、一向に動こうとはしない。
恐る恐る近づくと軽い寝息を立てていた。
辰馬には解る、玲だと。
「もしかして、ルシーカは昇天したのです?」
首を傾げてしまうココネ。
こんな決着になってしまいました。実はこの決着は最初から、浮かんでいたのです。




