第10章 新たなる旅立ち
魔女女ルシーカとの戦いに勝利して、辰馬たちは帰国します。
魔女ルシーカの討伐を成し遂げ、王都に凱旋したけもみみ騎士たちを国民は褒めたたえた。。
けもみみ騎士たちは英雄と称えられ、亡くなった者たちは英霊と称えられた。
国民のことはけもみみ騎士たちに任せ、辰馬とココネ、ローとエイダは女王ティネムに魔女ルシーカと討伐のあらましを報告に向かう。
「……そうですか」
脚色なしの報告を聞き終えたティネムは、顔色一つ変えずそう言った。
一緒に話を聞いた2人の側近のけもみみ神官の顔色は良くない、これが当たり前の反応。周囲に動揺を見せないティネムがすごいのだ、みんなに慕われる女王だけある。
「肉体と心臓を離して置き、その両方が破壊されない限り、滅びないようなしておくとは、敵とはいえ、抜け目がないですね、魔女ルシーカ」
魔女ルシーカが完全に滅んでいないことを知っているのは、辰馬とココネ、ローとエイダ、今しがた報告を聞いたティネム、2人の側近のけもみみ神官だけ。
魔女ルシーカを倒したと信じ、お祭り騒ぎのみんなに教えて絶望させる必要はないだろう、今のところは。
「どこに心臓があるかは解っているのですね」
「はい」
頷く辰馬、ルシーカを倒した時、しっかりと見えていた。心臓のある場所は、辰馬の生まれ育った町。
「五獣勇者様、魔女ルシーカ討伐を終えたばかりで悪いのですが……」
辰馬はその先の言葉を制した。それ以上、聞く必要は無い。
「日本へ帰り、魔女ルシーカの心臓を破壊する」
元からルシーカを倒したら帰るつもりだったし、何よりアウレイ・ブッチの洋館で手に入れた、万能薬を玲に届けなくてはならない。それが一番の目的なのだから。
「私も行く、辰馬の手助けをするのだ」
手を上げるココネ。
「ええ、五獣勇者様一人に押し付けるつもりはありません。ローとエイダ、あなたたちにも同行をお願いいたします」
命令はしなかったが、
「御意」
「任されたぜ」
ローとエイダは引き受けた。
街では夜通しの宴が始まる。勝利の祝い、そして英霊たちの弔うため。
屋台が並び、平民も貴族も騎士も商売人も関係なく、誰も彼もが仲良く食べ仲良く歌って仲良く踊る。
そんなけもみみたちをぶどうジュースを飲みながら、辰馬は見ている。
みんながみんな楽しんでいるのに、魔女ルシーカが復活するかもしれないなど、無粋なことは辰馬もココネ、ローもエイダは言わない。
何より、
「この勝利は五獣勇者様や騎士たちだけで成し遂げたものではありません、あなたたち全てでつかみ取った勝利なのです」
女王ティネム自身がおくびにも出してはおらず。
ルシーカが復活する前に心臓を破壊してしまえばいいのだ、そうすればまるく収まる。
「五獣勇者様~、一杯どうです」
酔っぱらった羊の角を生やしたおじさんがボトルを片手に進めてくる。
「すいません、俺、酒が飲めないので」
丁重にお断りする。何せ辰馬は未成年、この世界ではどうなっているかは解らないけど、飲めないものは飲めない。
「なら、あたしが飲んでやるよ」
すでに赤ら顔のエイダがボトルをと取り上げて飲みだす。
確かに蛇は酒飲みのイメージがある、うわばみなんてものもいるし。
意気投合したようで2人は酒を飲み交わす。考えてみれば捕食者と捕食される側が仲良くしている図式、何とも不思議な世界。
ローはけもみみ騎士たちと宴を楽しんでいる。一見、普段とは変わらず冷静沈着に見えるが、よくよく見ればかなり楽しそうな様子。
「辰馬さん~、一緒に食べましょうね」
ココネが良く焼けて美味しそうな香りを放つ肉を持ってきてくれた。彼女の尻尾は左右にふりふり。
「ありがとう」
辰馬は自分の分を受け取る。
ちょこんと辰馬の隣に座って、肉を美味しそうに頬張るココネ。
辰馬は改めて思った、この人たちの笑顔を絶やしてはいけないと。その決意を熱く滾らせる。
それから数日の間、辰馬はココネ、ロー、エイダに地球のこと、日本のことを教える。
言葉、社会のルールや常識、法律に習慣など、教えることは沢山ある、何せこの世界とは異なることが多すぎるのだから。
「ふむ、五獣勇者様の育った国は、本当に平和で恵まれた国なのだな」
ローに言われて自覚する、日本にいた頃はただ当たり前のように過ごしていた日常が、物騒な国から見れば本当に平和で恵まれた国なのだと。
付き合いは短いとはいえ、この国にも本当に平和で恵まれるようになって欲しいと、辰馬は心底思う。
ココネ、ロー、エイダの学習能力は高く、みるみる合間に日本の言語、ルールや常識、法律に習慣を覚えていく。
生徒が優秀なら、教える教師は楽。
これなら、いつ日本へ行っても恥をかくことはないだろう、見た目以外は。
大したトラブルも起こることなく、恙なく日本行きの準備は進んでいった。
辰馬は初めて、アニマル世界に来た時に着ていた制服を用意。しっかりクリーニングされていて着心地に問題なし。
ココネ、ロー、エイダはの衣服は辰馬の意見を参考に仕立てあげられた。と言っても辰馬にファッションのセンスがあるかどうかは本人も解らないけど、少なくとも異世界から来たとはバレないようにチョイスしたつもり。
ココネとローにはけもみみを隠すための鬘も用意しておく、アニマル世界へ来た辰馬とは逆。
準備もすっかり整い、日本へ向かう日がやってきた。
神聖さが溢れ出る部屋に集まる辰馬とココネ、ローとエイダ、みんな大きく描かれた魔法陣の中央に立つ。
制服を着た辰馬、ココネ、ロー、エイダは旅行客を意識した服を着ている。鬘でけみみみを隠しているので、外国人に見えなくもない。
「必ず、みんなで無事に帰ってくるのですよ」
ティネムの言葉に、
「魔女ルシーカの心臓を破壊し、必ずここへ戻ってまいります」
深々と頭を下げるロー、続いてココネとエイダも頷く。
「――では」
ティネムが祈りを始めると、取り囲む神官たちも真言を唱える。
真言と真言が重なり合い、複雑で独特のメロディーを醸し出す。
やがて魔法陣が輝き辞し、辰馬とココネ、ローとエイダが光に包み込まれ、どんどん光が強くなっていく。
限界まで光が膨張、破裂。光が収まり、視力が回復したとには、魔法陣の上には誰もいなくなっていた。
☆
未明に近い時間なのに綾瀬総合病院は慌ただしい、玲がが熱を出したのだ。
心臓に疾患のある玲は健常者には軽い症状も命にかかわるものになってしまう。
父親の正太郎は全力を持って治療を施し、看護師たちもサポート。
“死なせてなるものか”その一心で動く正太郎と看護師たち。
治療の甲斐もあり、何とか容態の安定した。玲は落ち着いたのか、軽い寝息を立てる。
やっと一息ついた正太郎。
「みんなご苦労だった、ありがとう。後はゆっくり休みたまえ」
労いの言葉を贈る、看護師たちもホッと胸を撫でおろす。
「くそっ、何が名医だ!」
医院長室に入った正太郎は溜まっていた思いをぶちまける。
玲が突然、熱を出すのは珍しくない、その度に命の危機に陥る。
今日は何とか玲を助けることができた。しかし、根本的には治っておらず、このままで二十歳までは生きられないだろう。医者だからこそ、そのことが解る。
「私は何のために、医者になったんだ……」
人の命を救うのが医者なのに、我が子を命を救うことすらできないのが悔しくてしょうがない。
目の端に金庫が映る。
「……」
意を決して金庫へ向かい、ダイヤルを回して開ける。
中にあったガラスの筒を取り出す、入っているのは心臓。心臓と言っても、ただの心臓ではない、ドクドクと脈を打っている。
この心臓は生きている、心臓しか無いのにも関わらす。
先日、小学校時代からの顔見知りの刑事に託されたもの。
何でも遺失物として届けられたものの、警察署も持て余してしまい、医者の正太郎なら、何か解らないかと託された。
血液を調べたところ、玲の血液と一致、リンパ球もサイズも問題ない。
「私はどんな手段を用いてみ息子を助ける」
こうして辰馬とココネ、ローとエイダは日本へ。




