第八話 徹平の災難
秀ちゃんなんか大っ嫌いや。
叫ぶように言われたつぼみの言葉が、頭の中をくるくると回る。
大っ嫌いて、何でやねん。
俺、何か嫌われるようなことしたっけ。
考えても、考えても分からない。
秀は、一年三組の、教室の後ろのドアを開けた。
普通に開けたのだが、授業中だったので、その音はやけに教室によく響いた。
クラス中の視線が、秀に向く。
「こら、栗原。遅い……」
現国の教師は、教室のドアを開けた秀に注意しようとして、途中で言葉を切った。
「な、何や。どうかしたんか栗原」
秀の様子がおかしいことに気付いたのである。まるで秀の周りに暗雲が立ち込めているかのようだ。
暗い。暗すぎる。
「すんません。先生。授業、続けてください」
そう言う秀の声が暗い。まるで何かに憑かれているように、肩を落としている。
「あ、ああ。ほな、続けよか。栗原。早よ席つけ」
教師は気圧されたようにそう言ったあと、秀が席に着くのを待って授業を再開した。
席に着いた秀は、机の上に見覚えのない紙が置いてあるのに気づいた。折りたたまれたその紙を開くと、文字が書かれている。どうやら、手紙のようだ。
その手紙にはこう書かれていた。
『昼休憩に、裏庭で待っています』と。
生物の授業を終え、昼休憩に入った。
つぼみは一人、渡り廊下に足を踏み入れる。すると、その少し先に、徹平と夢花の背が見えた。
不意に、秀と徹平が笑顔で会話している、先ほどの光景が頭をよぎった。
つぼみは、足に力を入れると、脇目もふらず、徹平の背に向かって走る。
足音に気付いたのだろうか。後ろを振り向いた夢花が驚いた顔をする。
「テ、テッペー君。危ない」
夢花が声を上げたが、間に合わなかった。
徹平の背に、つぼみの飛び蹴りが見事に決まる。
予測していなかった徹平は、驚きの声とともに、勢いよく廊下に手と膝をついた。
「痛って、何や、何が起こった?」
徹平は片手で腰を押さえて振り返る。
そこには、仁王立ちしたつぼみがいた。なぜか目にいっぱい涙をためている。
「え? 何で?」
徹平が声を洩らすのとほぼ同時に、つぼみは動いた。
夢花に抱きつく。
「うわーん。ユメちゃーん」
驚いた夢花は、つぼみの背に手を回しながら声をかける。
「ど、どうしたん? つぼみちゃん。何があったの?」
つぼみは夢花の問いには答えず、ただ大声で泣き続ける。
徹平は立ち上がり、困惑顔の夢花と顔を見合わせた。徹平は蹴られた腰をさすりながら呟く。
「泣きたいのは、こっちやねんけど」
徹平の言葉はもっともであった。