第七話 つぼみの思い
つぼみが、秀の教室に行かなくなって、三日が過ぎようとしていた。二日前、お昼も五人で食べようと夢花から誘いを受けた。つぼみは秀の前に顔を出すのが怖くて、昼休憩の時間は逃げるように、その身を隠した。一人で昼食をとり、一人で休憩時間が終わるのを待つ。
帰りは、誰とも会わないように、終礼が終わると一目散に逃げるようにして家に帰った。
「なんや、つまらへんなぁ」
呟いて、つぼみは溜息をついた。四時間目の授業は移動教室で、別校舎にある教室に向かっている途中であった。手にはクラスメートの人数分の資料集を持っていた。運悪く、先生に捉まってしまったのである。二回に分けて運べばよいものを、一度に運ぼうと無理をしたため、重さによろよろとしてしまい、なかなか先に進まない。油断すると資料集を廊下にぶちまけてしまいそうだ。
渡り廊下に差し掛かろうとした時だった。つぼみは聞き覚えのある声を耳にし、とっさに近くにあった掃除用具箱の影に身を隠した。
そっと先を覗いてみれば、徹平と夢花。そして、秀の姿が見える。徹平と夢花はつぼみと同じ方向へ向かっていたのだろう。秀はこちらに向かってこようとしていたらしかった。途中で出会って談笑している、といった感じだ。
秀ちゃん笑ってる。
そう思って、つぼみは唇を噛みしめた。
ウチには、あんな顔して笑ってくれへんのに。
そう思うと、徹平が妙に憎らしくなってくる。
だんだんと見ていられなくなって、つぼみは壁に背を預けた。資料集が重くて、手が痛い。
「ツボミ? おまえ、こんなとこで何してるんや」
いつの間にか、ぼうっとしていたのだろう。気付くと目の前に秀が立っていた。
秀は、驚きに声の出ないつぼみを一瞥した。
「何持ってるんや?」
聞かれて、つぼみは反射的に口を開く。
「資料集。先生に第二理科室に持ってってって頼まれてん」
言いながら、つぼみは視線を落とした。すると、急に秀の腕がこちらに伸びてくる。慌てる間もなく、秀はつぼみの持っている資料集を全て取り上げた。
「第二理科室やな」
そう言って、歩き出す。あんなに重い資料集を持っているのに、秀はすたすたと歩いて行く。その後ろ姿に、つぼみは声をかけた。
「ちょ、待ってよ。何で?」
秀が振り返った。相変わらずにこりともしない。さっきは笑っていたのに。
「何でて、持って行くんやろ? これ」
「そうやけど、でも。秀ちゃんは関係ないやん」
「関係ないって、そらそうやけど」
秀が眉を寄せた。秀の雰囲気が変わった気がして、つぼみは一歩後退る。
「何やねん、つぼみ。言いたいことがあるんやったら、はっきり言えや」
秀ちゃん怒ってる。
つぼみは、両手でギュッとスカートを握る。
「秀ちゃんのアホ」
「ああ?」
秀の声に怒気を感じて、唇を引き結んだ。
秀ちゃんはやっぱりウチが嫌いなんや。
そう思ったら泣きたくなって。でも、涙を見せるのは嫌で。つぼみは叫ぶように声を上げる。
「ウチやって、秀ちゃんなんか大っ嫌いや」
言い捨てて、つぼみは踵を返した。そのせいで、秀がどういう顔をしているのか分からない。
つぼみの背に秀の声がかかることもなかった。
休憩時間終了のチャイムが鳴る寸前に、つぼみは第二理科室のドアを開けた。
教卓の上には、途中までつぼみが運んでいた資料集が置かれていた。