第四話 宣戦布告?
穏やかな春の日差しが、教室に入ってくる。朝はカーテンを閉めていないと眩し過ぎたが、今は日が動きカーテンを閉めていなくてもよくなった。
開け放った窓から、緩やかな風が時折教室に入ってくる。カーテンを翻した風には、庭に咲き誇る花々の芳香が混じっている。春特有の緑の匂いだ。
「また、来たんか。つぼみ」
疲れたような声音で、秀は自分の席の傍らに立ったつぼみを見上げた。つぼみはここ数日、昼休みを除く休憩時間に必ずと言っていいほど、秀のクラスに遊びに来ていた。
「だってー、カナエちゃんとこのクラスは遠いし、お昼は一緒に食べる約束してるし。ユメちゃんとテッペーんとこ行ったら、なんや幸せオーラにあてられてへろへろになるし。その点、秀ちゃんとこは隣のクラスやから来やすいねん」
にひっと笑うつぼみに他意はないようだ。
秀は一つ溜息をつく。
「悪いけど、俺んとこ今から体育やねん。着替えなあかんし行くわ」
そっけなく言って立ち上がった秀に、つぼみは唇を尖らした。
「むう。秀ちゃん冷たい。もっとウチにかまってよー」
秀の腕を掴んで揺さぶると、秀は珍しく満面の笑みを浮かべた。つぼみは秀が笑顔なのに目が笑っていないことに気づく。
「俺、今から体育やって言うたよな?」
「うん」
「教室帰れ」
「むぅ」
頬を膨らませたつぼみを残して、秀は教室を出て行ってしまう。
気づけば、いつの間にか教室は閑散としていた。教室に残っている生徒は片手で足りるほどの人数しかいない。一人残されたつぼみは、肩を落として教室を出て行こうとした。
その背に、声がかけられる。
「なあ、ちょっと。野山さん」
振り向くと、見覚えのある少女がいた。大きな目の可愛らしい少女だ。肩まで伸びた髪を花柄のピンでとめている。どこか可憐な雰囲気を持つ少女だった。女の子らしい女の子とでもいおうか。つぼみとは正反対のタイプに思えた。
つぼみは、この少女に見覚えはあるのだが、名前は知らなかった。同じクラスになったことはないはずだ。小中と、同じ学校に通っている可能性が高いから、たまに廊下などですれ違ったりしていたのかもしれない。
「えっと、何? っていうか誰やったっけ」
聞かれて、少女は顔をゆがめた。つぼみの聞き方が気に障ったようである。当のつぼみは全く気づいていないが。
「野山さんって、栗原君の何なん」
「何なんって、友達やけど?」
いきなり、挑むように睨まれて、つぼみは当惑する。少女は、可愛い顔に嫌悪をにじませていた。
「はっきり言わせてもらうけど、かなり迷惑してるで、栗原君。毎日毎日休憩のたんびにくるなんてどうかしてるわ。同じクラスやないんやから、もうちょっと自重してもらわな」
秀ちゃんが、迷惑している?
つぼみは、少女の言葉を頭の中で反芻した。言葉の意味がゆっくりと脳にしみわたって、つぼみは声を上げた。
「ちょっと、何なん急に。秀ちゃんが迷惑してるわけないやん。ウチら友達やのに」
「友達って、そっちが勝手に思ってるだけちゃうん。いつも、あんたが来ると栗原君迷惑そうな顔してるやん。気づかんかったん?」
言われて、つぼみは秀の顔を思い浮かべた。そういえばさっきも、秀は、また来たんかと疲れた声を出していた気がする。
いつものことやから気付かんかったけど、ウチもしかして秀ちゃんに嫌われとったんやろうか。テッペーたちとおりたいから、仕方なくウチと一緒におったんやろうか。
そんな嫌な考えが頭に浮かぶ。嫌な考えだが、それが真実のような気がしてならない。秀は、女の子らしい子が好きなのだ。たまに男の子に間違われるようなつぼみではなく、そう、目の前のこの子みたいに。
「ウチ、嫌われてるんかな」
呟くようなつぼみの声を聞き、前に立つ少女はどこか勝ち誇ったような顔をした。
「やっと気付いたん? わかったんやったら、さっさと帰り。もう二度とウチのクラスに来んといてな」
じゃあ、と少女は駆けて行く。
つぼみは、誰一人として居なくなった教室に、休憩終了のチャイムが鳴るまで、一人佇んでいた。